要約
ツイッター等のsnsでリスクに関する市民の意識を調査を行っていると、現在は「リスク=コロナウイルス」に大きく偏ってしまっていることがわかります。このような状態になると災害や事故などほかのリスクへの備えがうすれてしまい、本来抑えらえた被害が拡大するという問題がおきる可能性があります。
本文
たびたび芸能人の不倫や薬物使用などが大きなニュースとなりますが、大きく報じられるほど、芸能人はみんな不倫したり薬物を使用したりする、という考え方の偏り(バイアス)が私たちの頭の中にできてしまいます。芸能人が全体で何人いて、そのうち不倫するのが何人という母数の情報が失われているからです。実はリスクの判断でもおなじことが起こることが知られています。あるリスクが大々的に取り上げられると(現状は当然ながら新型コロナウイルス感染症です)、リスク=コロナというように頭の中が偏ってしまいます。これは実際にsnsの定点観測でも明らかになっています。
こういう状態になると、今度はそれ以外のリスクの存在を忘れてしまいます。ところが、実際にはリスク比較の記事でも書いたように、私たちの日常には様々なリスクが存在し、コロナウイルスが蔓延したからといってそのリスクがなくなるわけではないのです。
大地震はいつ発生するか予測がつきませんし、これから夏を迎えると台風や豪雨などの自然災害が発生します。外出自粛で家に閉じこもっていても、家庭内での溺死、転倒・転落、窒息、火災などでの死者数(これらを合わせると年間1万人以上が亡くなっている)は皆が考えているよりもずっと大きなものです。
sns定点観測の記事にて、現時点でコロナ以外のリスクに目が向いていないのは危険かもと書きました。一体なにが問題なのかを考えてみます。
2019年に起こった2度の台風被害
2019年9月から10月にかけて、二つの大きな台風が日本を直撃して大きな被害を出しました。その時にも私はsnsにてリスクの定点観測をしていたのですが、直前のリスク情報によって私たちの頭の中に偏りが生じている状態が確認できました。
まず9月に千葉県に上陸した台風15号では、強風により千葉県で大規模な停電を引き起こしました。この時はゴルフ練習場のネットと鉄柱が倒壊して住宅を直撃しているショッキングな映像がニュースで大々的に報道されました。
そのため次に直撃した10月の台風19号の際は、接近直前のツイートを見ているとリスク=台風=強風&停電というイメージに偏ってしまっており、停電対策バッチリ!などのツイートで埋め尽くされていました。
ところが、台風19号は強風というよりは大雨により大規模な水害を多数発生させました。台風=水害というのは普通に考えれば当たり前なのですが、直近の台風のイメージが強すぎたため、停電のことで頭がいっぱいになってしまい、水害に対する意識が緩んでたと言えます。
リスクの大きさを単純に考える頭の中の偏り
このような思考の偏りを生じさせる原因を心理学用語で利用可能性ヒューリスティックと言います。ヒューリスティックは「見つけた!」の意味で、複雑な問題に対してもっと単純な問題に置き換えて直感的に答えを出そうという思考プロセスのことです。
上記でも紹介したリスク比較の記事でもリスクを死者数/人口の頻度で表現していますが、この頻度を実際の死者数/人口の計算(これは数字を調べたりするのが面倒)によって求めるのではなく、もっと直感的に「イメージが思い浮かびやすいかどうか(利用しやすさ)」で判断すると当然実際のリスクと比べて偏ってしまいます。
コロナウイルスにおいても、世界で何人死んでいる、という統計的な情報を聞いてもピンとこなかったのが、3月終わりに志村けんさんのコロナによる死が大々的に報道されると、一気に「コロナ=死」というイメージが出来上がっていきました。いずれにせよ「たいしたことない」という心理から「かかったら死ぬ」という心理へ、極端から極端に針がふれてしまうと結局どちらも偏ってしまうのです。
リスクの思考が偏ると何が問題か
2019年の台風の例で示したように、あるリスクで頭の中がいっぱいになるとほかのリスクのこと考えられなくなります。これが国家レベルで起こってしまうと大きな問題になります。コロナウイルス対策に予算が引っ張られると、他のリスクへの備えになる組織の人員や予算が削減されます。そして、コロナ以外のリスクへの十分な対応ができなくなったころにそのリスクは襲い掛かってくるのです。
こういう問題をリスクガバナンスの問題と呼びます。リスクガバナンスとはふわっとした考え方ですが、ようするにリスク評価・管理・コミュニケーションを行っていくための社会の仕組みです。
もういちど台風の事例を考えてみます。2005年の8月にアメリカのルイジアナ州周辺を襲ったハリケーンカトリーナは、死者1400人超、ニューオーリンズは市街地の8割が水没、避難者数は40万人という、激甚な被害をもたらしました。ハリケーンカトリーナの被害がこれほどまでに拡大した原因は、アメリカで起こった2001年9月11日の同時多発テロ事件後に、危機管理組織がテロ対策に大きく偏り、自然災害対策のリソースが大幅に減らされたためと言われています。
日本においては2011年に東日本大震災を経験し、その後もなんども豪雨災害に見舞われ、リスク=災害という頭になっていたのではないかと考えられます。災害対策にばかり目が行くと感染症などほかのリスクへの備えが弱くなります(予算は限られているため、一方を充実させるとほかが絞られる)。そして、今回のコロナウイルスの蔓延により、今度はコロナ自粛による経済の落ち込みへの対策などに予算が大きく回されると、ハリケーンカトリーナと同様の悲劇が起こるかもしれません。
まとめ
頭の中が特定のリスクのことでいっぱいになると、ほかのリスクへの備えができなくなります。こういう状態はリスクガバナンス上危険な状態だといえます。こういう時だからこそ、コロナウイルス以外のリスクのことを積極的に考えることも重要ではないでしょうか。
補足(詳しい人むけ)~リスクガバナンスについて~
リスクガバナンスの定義については下記を参考にしてください。ただし、定義は抽象的でイメージしにくいです。
ガバナンス:権限の行使・意志決定が行われるための実行・プロセス・伝統・制度のこと
リスクガバナンス:リスクの特定、リスク評価、リスク管理、リスクコミュニケーションに対してガバナンスの原則を適用すること。
これではあまりにイメージしにくいかと思います。正直この定義を知っていてもあまり役に立ちません。今回の記事におけるイメージに近い記述は以下の記事に見ることができます。
この書き方によると、「コロナウイルスのリスクにどう対応するか」がリスクマネジメントであり、「コロナウイルスもそれ以外のリスクも含めて、社会として限られたリソースをどのようにそれぞれのリスク管理に分配するか」がリスクガバナンスとなります。
ハリケーンカトリーナの事例は上記IRGCが2009年に公表したRisk Governance Deficits(リスクガバナンスの失敗)というレポートに掲載されています。
IRGC (2009) Risk Governance Deficits
https://irgc.org/wp-content/uploads/2018/09/IRGC_rgd_web_final1.pdf
事例研究のフルレポートは以下のサイトにあります:
https://irgc.org/wp-content/uploads/2018/09/Hurricane_Katrina_full_case_study_web.pdf
災害対応を担っていた連邦危機管理庁(the Federal Emergency Management Agency, FEMA)がテロ後はテロ対策を担う国土安全保障省(the Department of Homeland Security, DHS)の1部局に統合され、人員や予算が削減されて十分なスタッフおらず、指揮命令系統も分散して効率が悪くなってしまったと指摘されています。
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