要約
損失余命を指標としてリスク比較する際にもリスクのものさし(一定のリスク比較のセット)があると便利です。「がん、自殺、交通事故、火事、落雷」の5つの要因の損失余命を最新(令和元年)のデータを用いて解析し、リスクのものさしとして活用できるようにしました。
本文:リスクのものさし損失余命版
前回の記事にて、コロナウイルスによる損失余命を計算してみました。
この損失余命を指標としてリスクを比較する際に、リスクのものさしが必要となります。その理由は、「○○のリスクはたばこや酒のリスクよりも低いのだから許容するべきである」などのように、恣意的に比較対象を持ってきてリスクを許容させる思惑が透けてしまうのを防ぐためです。死亡率(10万人あたりの年間死者数)をリスク指標とする場合には、すでにリスクのものさしを使ったリスク比較の事例を示しました。
ここでのリスクのものさしとは、「がん、自殺、交通事故、火事、落雷」の5つの要因を標準的なリスク比較セットとして提供するものです。
ものさし以前のそもそもの問題として、損失余命は単位がバラバラです。前回紹介したように、たばこ1本あたり12分、コーヒー1杯あたり20秒というのを比較しようにも分母が違うので比較できません。
損失余命によるリスク比較といえば、産業技術総合研究所の蒲生昌志氏による研究が有名ですが、こちらは(たぶん)1人あたりの年間ではなく生涯の損失余命になっています(例えばこちら:http://risk.kan.ynu.ac.jp/ws2001/Gamo_slide.pdf)。化学物質では生涯のリスクを計算することは普通ですが、化学物質以外のさまざまなリスクを比較したい場合、特にコロナのように突発的に出てきたエマージングリスクの場合生涯よりも年間のほうが比較しやすいと思います。
今回は損失余命によるリスク比較する際に、死亡率の比較に使用しているリスクのものさしが損失余命で使えるかどうかを試してみることにします。
がん・交通事故・火事・自殺による損失余命
まずはがん・交通事故・火事・自殺による損失余命を計算します。使用するデータは以下の通りです。最近2019年(令和元年)のデータが公開されましたので、最新のデータを使います。
人口動態調査->死亡->2019->下巻 2 死亡数,死因(死因簡単分類)・性・年齢(5歳階級)別
ここでは性別・年代別(5歳階級)・死因別の死者数が出てきます。年代が5歳階級なので、平均余命も5歳階級のものを用意する必要があります。前回の記事にならってこれを計算すると以下のようになります。
年代 | 男性 | 女性 |
0~4歳 | 79.5 | 85.6 |
5~9歳 | 74.6 | 80.6 |
10~14歳 | 69.7 | 75.7 |
15~19歳 | 64.7 | 70.7 |
20~24歳 | 59.8 | 65.8 |
25~29歳 | 55.0 | 60.9 |
30~34歳 | 50.0 | 55.9 |
35~39歳 | 45.2 | 51.0 |
40~44歳 | 40.4 | 46.1 |
45~49歳 | 35.7 | 41.4 |
50~54歳 | 31.1 | 36.7 |
55~59歳 | 26.6 | 32.0 |
60~64歳 | 22.3 | 27.3 |
65~69歳 | 18.2 | 22.7 |
70~74歳 | 14.7 | 18.7 |
75~79歳 | 11.2 | 14.4 |
80~84歳 | 8.1 | 10.6 |
85~89歳 | 5.7 | 7.4 |
90~94歳 | 3.9 | 5.0 |
95~99歳 | 2.7 | 3.2 |
100歳以上 | 1.5 | 1.8 |
あとは、年代ごとに死者数×平均余命を計算して、すべての年代を合計します。結果は以下のようになります。
がん | がん | 交通事故 | 交通事故 | 火事 | 火事 | 自殺 | 自殺 | |
死者数 | 損失余命 | 死者数 | 損失余命 | 死者数 | 損失余命 | 死者数 | 損失余命 | |
合計 | 376411 | 5022883 | 4279 | 104526 | 995 | 16592 | 19389 | 629785 |
死者1人あたり | 13.3 | 24.4 | 16.7 | 32.5 | ||||
人口10万人あたり | 298 | 3980 | 3.4 | 82.8 | 0.8 | 13.1 | 15.4 | 499.0 |
死者1人あたりの損失余命は自殺>交通事故>火事>がんの順でした。自殺は若年層に多く、がんは高齢者に多いのが原因です。人口10万人あたりにすると、死者数と損失余命の順番が入れ替わるわけではなく、両者ともにがん>自殺>交通事故>火事の順番です。
落雷の損失余命
落雷は上記の統計表では不慮の事故の中に入ってしまっており、人数がわかりません。そこで、別の統計表を参照します。不慮の事故の中のさらに「X33_落雷による受傷者」という分類になります。また、落雷は年間の死者数が非常に少ないので、10年間の平均をとるために10年分を参照します。
人口動態調査>保管統計表(報告書非掲載表)->死因->2010~2019年->10 交通事故以外の不慮の事故(W00-X59)による死亡数,年齢(特定階級)・外因(三桁基本分類)・性・発生場所別
この表での年齢は特定階級といって、6段階のかなり大ざっぱな分類となっています。これも同様に特定階級ごとの平均余命を計算しました。
年代 | 男性 | 女性 |
5~14歳 | 72.1 | 78.1 |
15~44歳 | 51.5 | 57.2 |
45~64歳 | 29.5 | 34.8 |
65~79歳 | 15.0 | 18.8 |
80歳以上 | 6.7 | 8.1 |
15~44歳という30年の幅がある分類になっています。これで平均余命を計算する意味があるのか?と突っ込まれそうですが、なにもデータがないよりはマシとみなします。
10年間で22人が落雷により亡くなっているようです。年平均で2.2人です。損失余命の計算結果は以下の通りです。死者1人あたりの損失余命は36年と自殺よりも高くなっています。(ただし、年齢の階級が大ざっぱなのと人数も少ないので偏りによる影響も考えられます)
年代 | 死者数男 | 死者数女 | 損失余命男 | 損失余命女 |
5~14歳 | 0 | 1 | 0 | 78 |
15~44歳 | 5 | 2 | 257 | 114 |
45~64歳 | 7 | 2 | 206 | 70 |
65~79歳 | 4 | 0 | 60 | 0 |
80歳以上 | 0 | 1 | 0 | 8 |
合計 10年 | 16 | 6 | 524 | 270 |
男女計 10年 | 22 | 794.2 | ||
男女計 年平均 | 2.2 | 79.4 | ||
死者1人あたり | 36.1 | |||
人口10万人あたり | 0.0017 | 0.063 |
ものさしによるコロナウイルスのリスク比較
これで5種類のリスクのものさし損失余命版ができました。以下に示す通り、死亡率も損失余命(10万人あたり)も順番は同じで、数字の桁もほどよくばらついていますね。
要因 | 死亡率 | 損失余命 | 損失余命 | 元データ |
10万人あたり年間死者数(人/10万人) | 死者1人あたり損失余命(年) | 10万人あたり損失余命(年/10万人) | ||
がん | 298 | 13 | 3980 | 人口動態調査(2019年) |
自殺 | 15.4 | 33 | 499 | 人口動態調査(2019年) |
交通事故 | 3.4 | 24 | 83 | 人口動態調査(2019年) |
火事 | 0.79 | 17 | 13 | 人口動態調査(2019年) |
落雷 | 0.0017 | 36 | 0.063 | 人口動態調査(2010~2019年の平均) |
ここに前回の記事で計算したコロナウイルスのリスクを挟みこむと以下のようになります。注意点としては、ものさしのリスクは年間値ですが、コロナはまだ進行途中です。
要因 | 死亡率 | 損失余命 | 損失余命 |
10万人あたり年間死者数(人/10万人) | 死者1人あたり損失余命(年) | 10万人あたり損失余命(年/10万人) | |
がん | 298 | 13 | 3980 |
自殺 | 15.4 | 33 | 499 |
交通事故 | 3.4 | 24 | 83 |
コロナ(2020年10月14日) | 1.3 | 11.6 | 15 |
火事 | 0.79 | 17 | 13 |
落雷 | 0.0017 | 36 | 0.063 |
現時点では火事よりも高リスクで交通事故よりも低リスクです。死亡率よりも損失余命でみたほうが火事と同レベルに近づきます。ただし、死亡率と損失余命でリスクの判断が劇的に変化するような差ではなさそうですね。これは、ものさしはリスクの桁がばらけるように項目を選択しているのに対して、死者1人あたりの損失余命は12~36と3倍程度しか違わないからです。おそらく多くの死因の死者1人あたりの損失余命はこのくらいの範囲に収まるのではないでしょうか。
以前このブログで示したようなPFOSやホルムアルデヒドなど化学物質のリスクは、限られた情報からいろいろな推定を経てリスクを計算します。このようなリスクの大きさは感覚的には桁があっていれば大体同じですので、3倍程度の違いでも大体同じと判断します。そうすると死亡率でも損失余命でも大きく判断は変わらないものと想定されますね。
まとめ:リスクのものさし損失余命版
「がん、自殺、交通事故、火事、落雷」の5つの要因の損失余命を最新(令和元年)のデータを用いて解析し、リスクのものさしとして活用できるようにしました。死亡率でも損失余命でも各要因のリスクの順序は同じであり、死亡率と同じように活用可能と考えられます。
次回も損失余命について書きますが、年齢による死亡の重み付けは倫理的にどのように考えるべきか(高齢者差別にはならないのか?)、について考えてみたいと思います。
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