冬のリスクその3:こたつで死亡率上昇?冬の室内温度のリスク

身近なリスク

要約

WHOのガイドラインでは「室温18℃以上」が勧告されており、冬の室内温度が低いことは健康リスクにつながります。こたつ使用率の低い北海道は室内全体が暖かく、冬季の死亡率増加が低くなっています。ここからこたつ使用による死亡リスクを試算してみました。

本文:冬の室内温度のリスク

3月に入り一気に春の暖かさとなってきました。ちょっと時機を逸してしまった感もありますが、今回は室内温度が低いことによるリスクを取り上げてみたいと思います。

私は北海道出身で、冬でも外は寒いのですが室内は暖かく快適に過ごせます。外出時には完璧に防寒しますが家の中では薄着でアイスも食べます。つまりは寒さをガマンしないのです。

こういうのに慣れてしまっているので関東の冬の室内の寒さは耐えがたいものがあります。自分の部屋だけはガンガンに暖めるので、ここだけ常夏だねなどとよく言われます。あと部屋全部が暖かくないと耐えられないのでこたつは嫌いです。

さて、最近のニュースではこのことが取り上げられており、冬の室温は北海道が最も高く(19.8℃)、香川県が最も低い(13.1℃)のだそうです。その差はなんと7℃もあります。さらに、室内温度が低いことが死亡リスクの上昇とも関連があると考えられています。

KBS瀬戸内海放送:香川県の家は全国で一番寒い?! 北海道より約7℃も低い居間…健康への影響や寒さを防ぐ対策は

Yahoo!ニュース
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 伊香賀教授らは厚生労働省の統計をもとに、12月から3月と、それ以外の期間とを比べた死亡者の増加の割合をまとめました。

 増加率がもっとも低い北海道は10%、岡山県は18%、香川県は21%で、全国の都道府県の中で9番目に高くなっています。部屋の温度が低いとされる香川県は、冬に亡くなる人の割合が高い方だといえます。

つまり、こたつを使用して室内全体を暖めないことによって、死亡リスクを高めてしまうかもしれません

本記事では、まず「室温18℃以上」というWHOのガイドラインを紹介し、次に日本における室温上昇による健康改善のエビデンスを紹介し、最後にこたつ使用(室内全体を暖めないこと)による死亡リスクを試算した結果を紹介します。

WHOガイドラインでは「室温18℃以上」を強く勧告

2018年に公表されたWHOのガイドラインでは、室内温度が下がると高血圧や循環器疾患のリスクが高まるため、冬の室内温度を「18℃以上」にするよう勧告しました。また、子どもと高齢者はさらに暖かくした方がよいようです。

WHO HOUSING AND HEALTH GUIDELINES (2018)

WHO Housing and health guidelines
Recommendations to promote healthy housing for a sustainable and equitable future

4章の「Low indoor temperatures and insulation」にその根拠が書かれています。システマティックレビューにより、呼吸器系疾患と心血管系疾患による死亡率が室温18℃以上で下がるという根拠が中程度の確からしさと評価されました。この部分は以下に日本語訳もあります。

住まいと環境社:”冬の室温目標18℃以上”の詳細を追いかけるvol.① WHO Housing health guidelines 2018

005 温熱環境と健康(冬の室温目標18℃以上」の詳細を追いかける vol.① WHO Housing health guidelines 2018) | 住まいと環境社
住まいと環境社 住宅の温熱・省エネ・パッシブデザインについて学び、伝える野池政宏のホームページ

このサイトは18℃の根拠は?18℃とは家のどこの温度?18℃を一瞬でも下回ったらダメなの?などの疑問を追いかけています。基準値のからくりを書いた私のように基準値オタクっぽい感じがします。

WHOガイドラインにおける室温とは「リビングと寝室」のことと考えてよいと思います。もちろん18℃は健康に影響が出る「閾値」ではないため、なるべく室温を上げるように努力しようということです。同じリビングの中でも温度のばらつきがあり、そのばらつきまで考慮されているわけではなく、あまり厳密に考えても意味がないようです。

さて、冒頭のニュース記事によると、全国約2200軒の戸建て住宅の冬の室温を調べた結果、リビングの平均室温が18℃を超えたのはわずか4道県、ほとんどの地域で18℃を下回っていたとのことです。これはあくまで1日の平均室温なので、実際の活動時の室温はもっと高いと思われますが、室温18℃とか私は本当に耐えられません。

日本における室温上昇による健康改善のエビデンス

さて、このような室内温度が低いことの健康影響はどのようなものでしょうか?国土交通省は「スマートウェルネス住宅等推進事業」を行い、断熱改修などによる生活空間の温熱環境の改善前後の健康のアウトカムを調べました。 

国土交通省:住宅内の室温の変化が居住者の健康に与える影響とは?調査結果から得られつつある「新たな知見」について報告します
~断熱改修等による居住者の健康への影響調査 中間報告(第3回)~

報道発表資料:住宅内の室温の変化が居住者の健康に与える影響とは?調査結果から得られつつある「新たな知見」について報告します~断熱改修等による居住者の健康への影響調査 中間報告(第3回)~ - 国土交通省
国土交通省のウェブサイトです。政策、報道発表資料、統計情報、各種申請手続きに関する情報などを掲載しています。

現在も疫学調査(長期的な追跡調査)は続行中ですが、現在までに得られている知見を見てみましょう:
1. 室温が年間を通じて安定している住宅では、居住者の血圧の季節差が顕著に小さい。
2. 居住者の血圧は、部屋間の温度差が大きく、床近傍の室温が低い住宅で有意に高い。
3. 断熱改修後に、居住者の起床時の最高血圧が有意に低下。
4. 室温が低い家では、コレステロール値が基準範囲を超える人、心電図の異常所見がある人が有意に多い。
5. 就寝前の室温が低い住宅ほど、過活動膀胱症状を有する人が有意に多い。 断熱改修後に就寝前居間室温が上昇した住宅では、過活動膀胱症状が有意に緩和。
6. 床近傍の室温が低い住宅では、様々な疾病・症状を有する人が有意に多い。
7. 断熱改修に伴う室温上昇によって暖房習慣が変化した住宅では、住宅内身体活動時間が有意に増加。

もう少し詳しい情報は以下に記載されています。

建築再生展2019 住宅リフォーム推進協議会セミナー4:住宅の断熱リフォームと健康の関係

https://www.j-reform.com/web-seminars/pdf/reform_swh.pdf

改修前のリビングの平均室温は16.7℃でしたが、改修後は+1.4℃上昇しました。この結果、起床時の最高血圧は-3.5mmHg下がったとのことです。また、室温上昇によって、夜間頻尿が減少したり、だるさ・肩こり・頭痛・やけどなどの割合も減少したそうです。

また、こたつがある家では家の中での活動量が減少しますが、改修後にこたつが不要になると活動量が増えるようです。高齢者の活動量の低下は筋肉の低下、けがの増加、転倒による死亡などにつながります。

こたつ使用によるリスクの評価

冒頭に書いた「冬の室温は北海道が最も高く(19.8℃)、香川県が最も低い」の元論文を見ると、結構興味深いことが書かれています。
(ニュースに論文へのリンクを貼ってくれないので結構たどり着くのに苦労しました)

Umishio et al (2020) Disparities of indoor temperature in winter: A cross‐sectional analysis of the Nationwide Smart Wellness Housing Survey in Japan. Indoor Air. 2020 Nov; 30(6): 1317-1328

Handle Redirect

この調査では、局所暖房(こたつのこと)を使用している場合は使用しない場合よりもリビングの温度を平均で1.5℃低下させるという結果が出ています。
(英語の論文なので、こたつとは何か?ということが図で説明されているのが面白い!)

これを使えば、こたつを使用することのリスクを計算できそうです(結構無理やりですが)。部屋の温度が1.5℃下がることの死亡リスクを冒頭の北海道と香川県の比較から計算してみましょう。

冬季死亡率増加率は12-3月までの4か月の増加分なので、年間死亡率増加率に直せばその1/3になり、北海道で3.4%、香川県で6.9%になります。両者の差は3.5%です。

北海道と香川県の室温の差が6.7℃あり、この差により3.5%の死亡率の差が生まれるとします。比例計算で1.5℃の差にすると0.78%の死亡率の差が生まれることになります。

人口動態統計によると、2021年度の総死亡リスクは「10万人あたり年間死者数1172人」であるので、その0.78%は「10万人あたり年間死者数9.1人」となります。

人口動態調査|厚生労働省
人口動態調査について紹介しています。

これをいつものリスクのものさし(補足参照)で表現すれば以下のようになります。

要因人口10万人あたり年間死者数
がん310.7
自殺16.5
こたつ使用9.1
交通事故2.9
火事0.8
0.0017
ものさしは2021年ベースです

それなりに高いリスクになるかと思います。死者数にすれば年間一万人レベルです。

ちなみに、冬季死亡率増加率の数字は2014年の人口動態統計に基づいて計算されています。ちょっと古いので最新のものと比較してみましょう。人口動態統計の「上巻 死亡 第5.18表 死因(死因簡単分類)別にみた死亡月別死亡率(人口10万対)」を使います。

2014年には全国冬季死亡率増加率は18.3%でしたが、2021年では11.5%とかなり改善してきています。ただし、これが改善されたとみなすべきか、春夏秋の死者数が増えたというべきか、は注意する必要があります。

まとめ:冬の室内温度のリスク

WHOのガイドラインにも示されているように、冬の室内温度が低いことは健康リスクにつながります。こたつ使用率の低い北海道は室内全体が暖かく、冬季の死亡率増加が低くなっています。こたつ使用によって室温は平均1.5℃が下がり、これは「10万人あたり年間死者数9.1人」のリスクに相当します。

補足

冬のリスクその1:家庭内事故

GoToせずともStayhomeにリスクあり。冬の家庭内のリスクをまとめます。
外出自粛で家に閉じこもっていても、家庭内での溺死、転倒・転落、窒息、火災などでの死者数は合わせて年間1万人以上を超えており、これは多くの人が考えているよりもずっと大きなリスクです。特にこれらは「冬のリスク」と呼べるもので、冬に多く発生するため一層の注意が必要です。

冬のリスクその2:餅による窒息事故

冬のリスクその2:餅による高齢者の窒息死亡事故は近年ようやく減ってきた
冬のリスクと言えばお正月の餅による窒息死亡事故ですが、人口動態統計から冬のリスクを抽出して経年変化を見たところ、高齢者の窒息による死亡リスクは高止まり状態から2010年以降になってようやく減少傾向が見えてきました。高齢者が餅で死ぬのはしょうがないよね、という空気が変化してきたのかもしれません。

リスクのものさしについては以下の記事を参照してください

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のリスクを比較したいときに押さえおきたいポイント4つ。その2:リスクのものさし
リスク比較をする際には、比較対象を都合よく選んで「○○よりも小さいから気にするな」という類のメッセージを出してはいけません。それを避けるために、常に一定のリスク比較のセット(リスクのものさし)を使って新型コロナウイルス感染症のリスクを比較してみます。

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