要約
冬のリスクと言えばお正月の餅による窒息死亡事故ですが、人口動態統計から冬のリスクを抽出して経年変化を見たところ、高齢者の窒息による死亡リスクは高止まり状態から2010年以降になってようやく減少傾向が見えてきました。高齢者が餅で死ぬのはしょうがないよね、という空気が変化してきたのかもしれません。
本文:餅による窒息事故はやっと減少傾向に
2022年、あけましておめでとうございます。今年もこれまで通りリスクに関する情報発信を続けていきたいと思いますのでよろしくお願いします。
お正月のリスクと言えばやはり餅ですね。毎年お正月になると餅による窒息死亡事故がニュースになります。
餅は日本の食文化として根付いており、伝統的な正月行事に欠かせません。外国から見るとなぜこんな危険なものを食べているのか?と疑問に思われることもありますが、日本では餅がなくなると困る人が多く、高い窒息リスクを受け入れている状態にあると考えられます。
このことは、なぜこんにゃくゼリーだけが叩かれて餅は叩かれないのか?という疑問に答える形で以前にも本ブログに書いています。
ただ、高齢者の窒息死亡リスクは高止まり状態から近年ようやく減少傾向が見えてくるようになりました。高齢者が餅で死ぬのはしょうがないよね、という空気が変化してきたのではないでしょうか。
また、窒息だけではなく家庭内での溺死や火災も冬に増加し、コロナ禍において「stayhomeにもリスクあり」ということを忘れないことが重要です。このこともすでに本ブログで記事にしています。
本記事はこの続編の「冬のリスクその2」ということで、1月の死亡率が高い死因を網羅的にピックアップし、その中から特に窒息死リスクの推移について見ていきます。さらに、冬の家庭内リスクである溺死・火災についても同様に推移を見ていくことにします。
冬のリスクとは何か?
使用するデータはいつも通り厚生労働省の人口動態統計です。リスクの指標も同様に10万人あたりの年間死者数(死亡率)とします。これの「上巻 死亡 第5.18表 死因(死因簡単分類)別にみた死亡月別死亡率(人口10万対)」という表から月別死亡率を見ていきます。最新は2020年のデータですが、コロナ禍でイレギュラーな感じがするので2019年のデータをまとめます。
リスクとして1月の死亡率(を年率に換算したもの)と年間の死亡率の比を計算し、1月の死亡率/年間死亡率の比が1.5以上の死因についてピックアップします。ただし、1月の死亡率は1.0以上(10万人に1人以上)のものだけに限ります。それ以下のものは比率の計算の誤差が大きくなるからです。
下の表のように7つの死因がピックアップされました。当たり前っぽいですがインフルエンザが圧倒的に高く、冬のリスクナンバー1となりました。続いて溺死、火災、窒息、その他の虚血性心疾患(狭心症など)、急性心筋梗塞、喘息と続きました。
死因 | 2019年全体 | 2019年1月 | 1月/年間 |
インフルエンザ | 2.9 | 16.3 | 5.6 |
不慮の溺死及び溺水 | 6.2 | 13.1 | 2.1 |
煙,火及び火炎への曝露 | 0.8 | 1.5 | 1.9 |
不慮の窒息 | 6.5 | 10.4 | 1.6 |
その他の虚血性心疾患 | 28.9 | 45.3 | 1.6 |
急性心筋梗塞 | 25.5 | 38.3 | 1.5 |
喘息 | 1.2 | 1.8 | 1.5 |
死亡総数 | 1116.2 | 1329.4 | 1.2 |
比率(相対リスクの増加)で見るとインフルエンザがトップですが、増え幅(絶対リスクの増加)で見るとその他の虚血性心疾患のほうが大きいですね。溺死なども結局のところ風呂場でのヒートショックによる心筋梗塞などが原因であるので、冬には心臓に負担がかかるということですね。
高齢者の窒息リスクは減っているのか?
窒息の死亡リスクについても1月は年間の1.6倍になり、統計的に見ても特に正月に多いことが知られています。以下のプレスリリースの図3を見ても正月に突出したピークが見られます。
食物の誤嚥による窒息死は1月1日に最も多い ~11年間の全国での死因統計を解析~
では経年的な推移はどうなっているのかを見ていきます。死亡率の経年変化を見る際には集団の年齢構成の違いに注意が必要であることを過去記事で書きました。つまり、リスクが増えたといった場合に、高齢化の影響なのか実際に危険性が増しているかは祖死亡率の推移を見るだけではわかりません。よって、年齢調整死亡率を計算するか、年代ごとの推移を見る必要があります。
ここでは年代別に見るために人口動態統計の「上巻 死亡 第5.16表 死因(死因簡単分類)別にみた性・年齢(5歳階級)別死亡率(人口10万対)」というデータを使用します。1995年から5年ごとにデータを整理し、0~4歳、75~79歳、85~89歳の3区分で経年変化をグラフにすると以下のようになりました。
高齢者と乳幼児では推移のパターンが違っているのがわかりますね。0~4歳の場合は1995年から減少傾向にあり、2010年以降の下げ幅は鈍化しています。子供の誤嚥・窒息についてはずっと以前から注意喚起がなされてきたのでしょう。
それに対して高齢者の場合、特に85~89歳では2010年から減少傾向がハッキリしてきます。たしかにこの数年は正月が近くなると餅による窒息への注意喚起をたくさん見かけるようになりました。
ちなみに1990年と1985年のデータもありますが、集計方法が違うので一概に比較できません。「窒息および絞首」という死因と「不慮の機械的窒息」という死因の死亡率を足し算してみると、85~89歳で100程度になっており横ばいです。1980年だと85~89歳という区分がなく(85歳以上という区分のみ)比較ができません。
以前だと餅による高齢者の死亡事故のニュースは流れるものの本気で防止しようという感じはあまりしませんでしたが、空気が変わってきたのを感じます。80代後半の窒息リスクの高さは乳児・幼児と比べても10倍以上の違いがありますので、数字だけ見れば餅は鑑賞するだけにして食べないのが無難ということになるのでしょう。以下は消費者庁による注意喚起です。
消費者庁:年末年始、餅による窒息事故に御注意ください! -加齢に伴い、噛む力や飲み込む力が衰えてきます。小さく切って、少量ずつ食べましょう-
溺死や火災のリスク経年変化
窒息と同様に溺死や火災のリスクについても経年変化を見ていきます。まずは溺死のほうからです。
0~4歳児の溺死リスクは大きな減少が見られています。歩き始めたばかりの1歳児が一番多く、目を離したすきに浴槽に落ちてしまうなどの事故があるのでしょう。子供は物理的なリスク低減対策が難しいので注意喚起が効果を発揮しているものと思われます。25年で1/10くらいまで激減しているので大きな効果ですね。
一方で高齢者のほうはハッキリとした減少傾向が見られません。こちらは脱衣所に暖房を設置するなどの物理的な対策が容易なはずですが 、あまり対策が進んでいないものと思われます。
続いて火災による死亡リスクの経年変化です。
火災のほうは高齢者も乳幼児も共に減少傾向にあります。2019年には0~4歳児の火災による死者はゼロだったようです。
減少の原因はよくわかりませんが、以下の住宅火災の原因からは寝たばこや室内での火の使用(ガスコンロや石油ストーブ)の減少が考えられます。
まとめ:餅による窒息事故はやっと減少傾向に
1月の死亡率/年間の死亡率の高さから、冬のリスクとしてインフルエンザ、溺死、火災、窒息、その他の虚血性心疾患、急性心筋梗塞、喘息が抽出されました。窒息死リスクについて1995年以降の経年変化を見ると、乳幼児が1995年以来減少傾向にあるのに対して高齢者は2010年からようやく減少傾向となりました。お正月前の注意喚起の効果が出てきたものと思われます。
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