熱中症対策と塩分摂取の関係―予防と治療の区別が肝心

heat-illness 身近なリスク

要約

熱中症対策では塩分の補給が重要と言われていますが、一方でその必要性に疑問が提示され、塩分摂取の悪影響も懸念されています。現状の日本人は必要量よりもかなり多い食塩を摂取しており、汗をかいた程度で不足することはありません。なぜ熱中症対策として塩分摂取をする必要があるのかの疑問に迫ります。

本文:熱中症対策と塩分摂取

夏本番となり、熱中症に関するニュースも増えてきました。多い年には熱中症で1000人以上が亡くなることもあり、リスクとしては結構高いものです。本ブログでも熱中症に関する記事はこれまでにいくつか書いてきています(リンクは最後の補足参照)。

熱中症についていつも疑問に思ってきたのが塩分補給の必要性です。近年は塩分を含んだタブレットなどをよく見かけるようになり、熱中症の予防に良いというふれこみで売られています。おいしいので私も食べることがありますが、正直効果には疑問を持っています。

厚生労働省が作成した「職場における熱中症予防対策マニュアル(令和3年改訂版)」には、「熱中症の予防と対策」として「定期的な水分及び塩分の摂取の徹底を図ることが必要(p25)」と書かれています。
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000636115.pdf

また、環境省が作成した「熱中症環境保健マニュアル 2022」には、「熱中症を防ぐためには」のところで、水分補給のポイントの一つに「大量に汗をかいた時は塩分も忘れずに(p33)」と書かれています。 
https://www.wbgt.env.go.jp/pdf/manual/heatillness_manual_full.pdf

一方で、以下の記事にあるように、塩分補給に潜むリスクもあります。

東洋経済オンライン:専門家が警告!暑い日の「塩分補給」に潜むリスク

専門家が警告!暑い日の「塩分補給」に潜むリスク
「熱中症予防のために、汗をかいたら塩分を補給しましょう」。今の季節によく聞くフレーズだが、高血圧の専門医によると通常では塩分摂取が必要になることはまずないという。ではなぜこの時期、塩分補給の商品が店…

「『熱中症対策に塩分補給を』というようなCMも流れますが、かえって身体に悪いのでやめてほしい。実際、熱中症対策になって身体にいいと思い込み、塩分の入った飲み物を飲んで血圧が上がってしまう人がかなりの数いるんです。子どもにも飲ませているので危険です。高血圧専門医の間でもよく話題になるのですが、みんな頭を悩ませています」

(中略)

「普段は1日に1.5~2Lの水分補給の必要がありますが、夏に外で身体を動かしているときはそれより多く、水やお茶をとるよう心がけましょう。また、例えば、激しい運動などをして、1時間で急激に2~3Lも汗をかくような場合は適切な塩分摂取が必要になります。普通に生活していたり、ちょっと運動するぐらいでは塩分は必要ありません」

日本人は基本塩分を摂りすぎであって、汗をかいたとしても足りなくなることはありません。一方で、塩分過多のリスクは熱中症のリスクを上回るものと思っています。この辺のリスク比較はまた今度に置いておき、今回は熱中症対策における塩分摂取の必要性について調べてみました。

まず、食事摂取基準から食塩の必要量、目標量、現状の摂取量について整理します。次に、塩分を摂りすぎなのになぜ熱中症対策として塩分摂取をする必要があるのかの疑問に迫ります。最後に、水分として何を飲むべきなのか?スポーツドリンクはダメで経口補水液じゃないとダメなのか?についてまとめます。

食塩の食事摂取基準と熱中症

食塩の摂りすぎは高血圧や胃がんの原因になることが知られており、厚生労働省は食事摂取基準の中で食塩の目標値(一日の摂取量をこれ以下におさえたほうが良いという値)を定めています。食塩については、以下の報告書から「ミネラル(多量ミネラル)」の「ナトリウム」の項目を見ましょう。

「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書

「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書

ミネラル(多量ミネラル)
https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586565.pdf

まず、以下の記載を見ると、食塩の摂取量が足りないということはまずありえないことがわかります。必要量であるナトリウム200-500mg/日は、食塩に換算すると食塩相当量で0.5-1.3g程度です。一方で、報告書にある平成28年国民健康・栄養調査における食塩摂取量の中央値は、男性で10-11g/日程度、女性で8-9g/日程度となっています。つまり、実際には必要量の10倍程度もの食塩を摂取していることになります。


p266-267
日本人のナトリウム摂取量は、食塩摂取量に依存し、その摂取レベルは高く、通常の食生活では不足や欠乏の可能性はほとんどない。ナトリウムを食事摂取基準に含める意味は、むしろ、過剰摂取による生活習慣病の発症及び重症化を予防することにある。

(中略)

適切な身体機能のために必要な最低限のナトリウム摂取量については十分に定義されていないが、世界保健機関(WHO)のガイドラインには、おそらく、わずか200-500 mg/日であると推定されると記載されている。

食事摂取基準2020年版で定められた食塩の目標量は男性7.5g/日、女性6.5g/日となっています。一方でWHOのガイドラインでは5g/日以下を推奨しています。この違いはどこから来るのでしょう?

日本食は塩辛いことが特徴で、5g/日以下を満たす日本人は非常に少ない状況です。実行不可能な目標を定めてもしょうがないので、WHOの基準と実際の日本人の摂取量の中間の値を目標に定めました。

このような減塩が求められる状況の中で、熱中症対策として追加で塩分摂取することの意義はどんなものでしょうか?。同文書の中では熱中症との関連も記載されています。


p267
ただし、高温環境での労働や運動時の高度発汗では、相当量のナトリウムが喪失されることがある。多量発汗の対処法としての水分補給では、少量の食塩添加が必要とされる。近年の我が国の特に夏季の気温の上昇を考慮すると、熱中症対策としても適量の食塩摂取は必要であろう。ただし、必要以上の摂取は後述する生活習慣病の発症予防、改善、重症化予防に好ましくないので、注意が必要である。

多量発汗の際に限定して少量の食塩摂取が必要とありますね。ただ、塩分が欠乏するとは思えないのにどうして追加摂取が必要なのでしょうか?この段階ではまだモヤモヤします。

熱中症対策は「予防」か「治療」かを分けて考える

実は「熱中症対策」という言葉は塩分との関係を考えるには大雑把すぎます。これを予防か治療かを分けて考えることが必要です。参考にするのは以下の記事です。著者の佐々木氏は食事摂取基準にも深くかかわっています。

佐々木敏 (2019) 日常生活における熱中症予防 水分と塩分はどれくらいとるべきか? 栄養と料理 2019;85(8) 115-119
http://www.nutrepi.m.u-tokyo.ac.jp/publication/ja/4168.pdf

まずは熱中症の予防を考えます。予防においては塩分の補給は基本的に不要と考えられます。大量の汗(1L)をかいて体重が1kg減った場合でも、計算上1.4-1.6g程度の食塩が体外に出ていくだけであり、食事だけで必要量を大きく上回る食塩を接種している現状では、塩分が不足することは考えにくいのです。

次に治療です。熱中症の初期症状が見られた際の治療では、塩分のバランスが崩れた状態であるために塩分の補給が必要になります。また、水分も急いで補給させる必要があります。この時、適度な塩分や糖分が含まれた飲料のほうがただの水よりも素早く水分が体内に吸収されます。この適度な塩分・糖分を含んだ水が経口補水液と呼ばれるものです。

また、自力で水も飲めないほどぐったりしている場合は急いで救急車を呼ぶ必要があります。

さらに、労作性熱中症か非労作性熱中症の区分も重要です。労作性熱中症は高温多湿の中で激しい作業やスポーツした時に起こります。非労作性熱中症は高齢者を中心に運動などをしていない状態で起こり、野外ではなく室内で多数発生しています。

労作性熱中症の場合は、激しい運動でぐったりしているのか熱中症でぐったりしているのか、はじめのうちは区別がつかない場合もあります。そのような時には(予防と治療の区別がつかないので)とりあえず塩分を含んだ水分を摂っておいたほうが良さそうです。

一方で、非労作性熱中症の場合は予防として塩分を摂取する必要はありません。高齢者は高血圧や糖尿病などの持病がある人が多いので、塩分や糖分を控えて水かお茶にするのが良いでしょう。

以上にて、塩分が欠乏することがないのに多量発汗の際に食塩摂取が必要なのはなぜか?という疑問がスッキリしました。

参考にした記事の中で、著者が栄養学者らしいなあと感じたところは、熱中症を防ぐためにも運動をして食事をしっかり摂りましょうと書いてあるところです。運動をしないと食欲も出ず、夏バテになり体力も落ち、食事からの塩分摂取量も少なくなります。これが熱中症の観点からも良くないことだ、となるわけですね。

熱中症対策でスポーツドリンクは本当にダメなのか?

さきほど、適度な塩分と糖分を含んだ飲料は水分の吸収速度が速いことを書きました。このあたりを以下の総説を参考にさらに調べてみます。

谷口英喜 (2015) 経口補水療法. 日本生気象学会雑誌, 52(4), 151-164

経口補水療法
J-STAGE

ナトリウム-ブドウ糖共輸送機構という働きにより、ナトリウム、ブドウ糖、水が同時に吸収されていくようです。組成としては生理食塩水(食塩として0.9%)にブドウ糖が1~2.5%含まれている時に最も吸収速度が高くなります

経口補水液であるOS-1という商品の組成は食塩として0.3%程度、ブドウ糖2%程度です。食塩濃度が生理食塩水よりも低いですが、飲みやすさを考慮したのかもしれません。

一方で、通常のスポーツドリンクは食塩として0.1%程度、ブドウ糖5%程度です。経口補水液に比べると塩分は低く、糖分が高いです。糖分が高いので、水分補給として飲む際に糖尿病の人は注意が必要となります。

ただ、経口補水液はやっぱりスポーツドリンクと比べるとまずくてゴクゴク飲めませんね。スポーツドリンクのほうがゴクゴク飲めるので、水分摂取の量を増やすという面で考えると実際にはどっちが良いのかわからなくなります

以下の論文は、食事摂取基準にて多量発汗時に塩分摂取する必要性の根拠として引用されていたものです。こちらに興味深い記載があります。

Maughan & Shirreffs (1997) Recovery from prolonged exercise: restoration of water and electrolyte balance. J Sports Sci. 15, 297-303

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水分補給量は汗の量を超えている必要があるため、大量の水分を補給するためには飲料の味が重要である(まずいとたくさん飲めない)と書かれています。また、固形の食品を食べる場合にはその中に塩分も糖分も含まれているので水分だけで良い、とのことです。

やはりおいしくてゴクゴク飲めるということは重要で、そういうことを無視すべきではなさそうです。さらにお菓子などと一緒なら水だけでもよ良いのですね。「スポドリじゃダメ!経口補水液じゃないと!」というよりはもう少し柔軟に考えるべきでしょう。

WBGT(暑さ指数)に沿った野外活動の制限、体を冷やす、水分を摂る、といった基本的予防策をおろそかにして、マスクを外して塩分を摂れば大丈夫などという判断をしないように気を付けたいものです。

まとめ:熱中症対策と塩分摂取

熱中症対策では塩分の補給が重要と言われていますが、その必要性について調べてみました。食事摂取基準を参照すると、現状の日本人は必要量よりもかなり多い食塩を摂取しており、汗をかいた程度で不足することはありません。そして、熱中症の予防で塩分を摂取する必要はなく、一方で労作性熱中症の初期治療では塩分を含んだ水分を補給したほうが良いです。ただし、水分の補給量を確保するために、あまり塩分にはこだわらずにおいしくたくさん飲めるものを飲んで大丈夫のようです。

補足

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