リスクと幸福はどんな関係にあるのか?その2:OECDが測定する幸福度とリスク

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要約

OECDが測定する幸福度は、主観的幸福度と能力アプローチ(健康、教育、所得などの自分の人生の機会を拡大する因子)、公正な配分という3つのアプローチからなる11の側面で評価するものです。指標としては平均寿命、大気汚染、殺人率など、リスクの指標と重なるものもあります。

本文:OECDが測定する幸福度とリスク

前回の記事にて様々な統計データを整理した結果、興味深いことが明らかになりました。私たち日本人はより健康になり、より安全な社会に暮らし、より経済的に豊かになっているのに、暮らしはより悪い方向に向かっていると感じています。これは大きなパラドックスです。社会の格差が広がっていること、未婚化が進んでいること、雇用が不安定化して将来にわたる不安があることなどが幸福のマイナス要因として考えられました。

リスクと幸福はどんな関係にあるのか?その1:日本の統計からみるリスクと幸福
リスクと健康・幸福の関係を見るために、肉体的なリスクだけではなく精神的・社会経済的なリスクも含めて統計データを整理しました。私たち日本人はより健康になり、より安全な社会に暮らし、より経済的に豊かになっているのに、暮らしはより悪い方向に向かっていると感じています。これは大きなパラドックスです。

今回からは幸福度の測定についてさらに詳細に調べていきます。本記事ではOECDが測定している幸福度指標とリスクの関係について紹介していきます。なぜOECDという経済の組織が幸福度を測るのか、幸福度指標の中身、日本の幸福度の結果について、という順で書いていきます。

なぜOECDが幸福度を測るのか?

OECDは化学物質の評価のためのガイドラインを作ってそれが現在グローバルスタンダードになっていたりします。さらにそれだけではなく幸福に関しても評価しています(こちらはガイドラインを作るだけではなく実際に評価している)。

OECDというのは「経済協力開発機構」という組織で、国際経済について協議する国際機関です。どうして経済の組織が化学物質のリスク評価や幸福度の評価におせっかいを焼いてくるのでしょうか。

化学物質のリスク評価については、各国でリスク評価法が違うと貿易の際に自国の評価の後に相手国の評価法で再度リスク評価をせねばならず、非効率になってしまいます。このため評価法を標準化することが経済的に重要であったのです。

また、OECDはGDPなどの経済統計を扱っていますが、GDPが果たして社会的繁栄を表している指標なのかどうか、つまり人々の幸福につながっているのかどうか、という批判が生じています。その結果、GDP以外の幸福に関する指標を整理し、GDPが幸福度とどのように関係しているのかどうかを調べることになったのです。最終的に幸福にはやはり経済成長が重要(つまりGDPが重要)ということを示したい狙いもあります。

GDPと幸福度の関係については以下の論文を参照して書いていきます。

村上、高橋 (2020) GDPを超えて-幸福度を測るOECDの取り組み. サービソロジー, 6(4), 8-15

GDPを超えて-幸福度を測るOECDの取り組み
J-STAGE

GDP(Gross Domestic Product, 国内総生産)とは、国内で一定期間に政府・企業・非営利組織・家計によって行われた全ての生産を記録したものとなっています。生産は市場価値で記録されるため、例えば無償の家事労働などは記録されず、これが家事代行などに外注されると、生産量に変化がないにもかかわらずGDPを押し上げることになります。

また、交通事故が起きると車の修理や医療などの経済的なサービスが発生してGDPが伸びます。つまり、リスクの増加によってもGDPは伸びてしまうのです。さらに、家電製品の進化によって家事の時間が減少し、それによって睡眠時間が増えて健康度や生活満足度が上昇してもそれはGDPには反映されません。

このように、GDPは健康や幸福度と関係しない部分も多く、そもそも幸福度の指標として誕生したものでもありませんが、経済発展=幸福と考えられることによって、GDPが幸福度の代替指標として使われるようになっていたのです。

このような問題意識から、2008年にフランスのサルコジ大統領(当時)の呼びかけにより設立された「経済成果と社会進歩の計測に関する委員会」にて、幸福度を測定する指標が検討されます(この時点ではOECDとは無関係)。この委員会はノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツが中心になっていたのでスティグリッツ委員会と呼ばれます。

この委員会にて、複数の指標をダッシュボード(冒頭の画像のように、いろんな指標が一目で理解できるようなデータ可視化手法)的に示すことが提案され、さらに主観的幸福度と能力アプローチ(健康、教育、所得などの自分の人生の機会を拡大する因子)、公正な配分という3つの主要なアプローチが挙げられました。

このスティグリッツ委員会の提言を受け、2011年にOECDの「より良い暮らしイニシアチブ(Better Life Initiative)」が開始され、幸福度指標(Better Life Index)が開発されたのです。

OECDの幸福度指標

OECDの幸福度は以下11の側面で評価し、さらにその中にいくつかの指標があります。例えば、健康状態であれば平均寿命、環境の質であれば大気汚染への曝露としてPM2.5への曝露、生活の安全であれば殺人率などがあります。これらはリスクの指標としても重要なものですね。

・所得と富
・仕事と報酬
・住居
・ワークライフバランス
・健康状態
・教育と技能
・社会とのつながり
・市民参加とガバナンス
・環境の質
・生活の安全
・主観的幸福

幸福度と言えば、最後の「主観的幸福」をイメージすることが多いと思います。これは、生活満足度などを尋ね、0(全く満足していない)~10(完全に満足している)の11段階尺度で答えてもらうようなものです。私は「幸福」について、上記のようないろいろな側面の全体的な良好状態をwell-being、主観的幸福度のことをhappinessだと思っていましたが、この主観的幸福度はもっと奥深いもののようです。

主観的幸福の正式な定義はOECDによると「肯定的なものから否定的なものまで,人々が自分の生活について行うあらゆる評価と,人々が自身の経験に対して示す感情的反応を含む良好な精神状態」となっています。これは、「主観的幸福を測る OECDガイドライン」に示されているものです。

主観的幸福を測る - 株式会社 明石書店
主観的幸福を測る詳細をご覧いただけます。

概要と提言は以下に公開されています。
https://www.akashi.co.jp/files/books/4238/4238_summary.pdf

これによると、主観的幸福は単なるhappinessではなく、次の3要素が含まれます。
・生活評価:ある人の生活またはその特定側面に対する自己評価
・感情:ある人の気持ちまたは情動状態、通常は特定の一時点を基準にして測る
・エウダイモニア:人生における意義と目的意義、または良好な精神的機能

これらはかつては測定できるものではないと考えられてきましたが、科学的に妥当な尺度によって測ることができるようになりました。ただし、ガイドラインによるとこのうち感情は頻繁に変わるものですし、エウダイモニアはまだ信頼性の評価が不十分な面があるとのことです。特にエウダイモニアはわかりにくい概念ですね。意義深く充実した人生という意味になりますが、アリストテレスの時代からあって非常に歴史あるもののようです。

OECDが測定した日本の幸福度2018年版の結果

OECDが測定した日本の幸福度2018年版として「How’s Life in Japan 」を見てみましょう。
https://www.oecd.org/statistics/Better-Life-Initiative-country-note-Japan-in-Japanese.pdf

OECDが測定する幸福度は、幸福に関係する様々な指標をダッシュボード的に示すものです。総合点をつけて国毎にランキングするようなものとは違います。よくある総合点方式によるランキングは、結局その中の要素を見ていかないと改善のしようがないので意味がないのです。

ただ、OECDの幸福度評価があまりニュースになったりしないのは、「幸福度ランキングで日本は〇〇位!昨年より〇〇位低下!」などのわかりやすい見出しのニュースにならないからでしょう。

指標を見ていくと、国の平均だけではなく格差・不平等についての指標がたくさんあることがわかります。それだけ幸福には格差の解消が重要だと考えられているわけですね。

日本が優れている指標としては以下の項目があります:
・住宅過密率(過密状態で生活する家計の比率)
・就業率
・平均寿命
・学生の技能
・低技能の学生(15歳での学習能力の低い学生の割合)
・負の感情バランス(昨日と比べて前向きな感情よりも負の感情を持つ人の比率)
・殺人件数
・性別による仕事時間の差

逆に日本が劣っている点としては以下の項目があります:
・性別による賃金の差
・屋外大気汚染への曝露(PM2.5濃度が10μg/m3を超える人口比率)
・性別による安心感の差(夜間に1人で歩く際に女性が男性よりも不安を感じる比率)
・休暇
・社会的交流(1週当たりの時間)
・投票率
(最近のデータは見てませんが、日本はPM2.5そんなにダメでしたっけ?)

さらに将来の幸福に向けた日本のリソースとして12項目が挙げられています。こちらは、若年死亡率の低さが優れており、政府の金融純資産、絶滅危惧種のレッドリストインデックス、政治における男女不平等が劣っているとのことです。

レッドリストインデックスは生態リスクに関する項目です。これは全ての種が絶滅の危惧がない状態を1、逆に全ての種が絶滅してしまった状態を0とし、その間で評価するものです。OECD加盟国平均が0.89であるのに対して日本は0.78だそうです。
(ベルギーが0.99だって!、うーん一体何を評価してるの???)

これらの指標データは、日本を含むOECD加盟国の表として以下で公開されています。
http://oecd.org/statistics/Better-Life-Initiative-2020-country-notes-data.xlsx

日本ではどんなデータが欠けているのか?

日本での幸福度評価に抜けているデータに注目すると、以下の4項目があります:
(1)長時間の賃金労働(週50時間以上働く被雇用者の割合)
(2)教育による平均余命の差(高卒以下とそれ以上の差)
(3)徒歩10分以内で緑地にアクセスできる割合
(4)生活満足度(0~10段階での平均値)

どれもリスクという面で考えても結構重要なデータです。(1)の長時間労働が肉体や精神をむしばむことははっきりしています。以前に本ブログにおいても過労死ラインの基準値の根拠について解説しました。

過労死ラインの基準値のからくり:労働時間ではなく睡眠時間から決まった基準値
過労死ラインと呼ばれる労災の認定基準について、一か月の時間外労働45, 80, 100時間という基準値があります。睡眠時間の不足(一日6時間未満)が健康に影響をもたらすという科学的知見から、月に100時間残業すると5時間の睡眠しかとれず、80時間では6時間の睡眠、45時間では最も健康的とされる7-8時間の睡眠をとることができるという計算が根拠となりました。

(2)について、日本は長寿命国ではありますがその格差についてはあまり知られていません。他のOECD加盟国のデータを見ると、最小はイタリアで4.3年、最大はハンガリーで13.9年です。10年違うというのはかなりの衝撃です。

(3)についても環境の質を表す指標として重要だと思いますが、データがありません。他国では90%を超える国がほとんどです。

(4)について、前回の記事にて紹介した国民選好度調査が2011年で終了しており、現時点ではデータがありません。2011年当時の主観的幸福度(0~10の11段階、生活満足度と高い相関がある)は平均6.4であり、OECD平均の7.4と比べて低い傾向があります。

まとめ:OECDが測定する幸福度とリスク

OECDはGDPなどの経済統計を扱っている都合上、GDPが人々の幸福にどう関係しているかについて整理する必要があったため、幸福度を測定するようになりました。OECDが測定する幸福度は、主観的幸福度と能力アプローチ(健康、教育、所得などの自分の人生の機会を拡大する因子)、公正な配分という3つのアプローチからなる11の側面で評価しています。健康状態であれば平均寿命、環境の質であれば大気汚染への曝露としてPM2.5への曝露、生活の安全であれば殺人率などの指標があり、これらはリスクの指標としても重要なものです。2018年版の幸福度では、日本はPM2.5曝露やレッドリストインデックスなどの環境リスクで他国より劣っていることが示されました。

次回は、世界のリスクトレンドがこれ一つでわかるという優れモノである、OECDが世界の幸福度の200年にわたる変遷を解析したレポートを紹介します。

リスクと幸福はどんな関係にあるのか?その3:世界各国の幸福度はどのような歴史をたどってきたか
OECDが2014年に公表した「How was life? Global Well-being since 1820(幸福の世界経済史)」という幸福度の歴史的変遷を解析したレポートを紹介します。世界のリスクトレンドがこれ一つでわかるという優れモノです。世界の幸福度は基本的に右肩上がりに伸びてきていますが、地域の差は非常に大きくなっています。

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