要約
日焼け止め成分が紫外線照射により毒性の高い代謝物に変化するという内容の論文を例に、化学物質の生態リスクを考える際のポイントを紹介します。現実的な濃度よりも数桁以上も高い濃度で実験されており、実際の環境中で同様の影響が起こるかどうかを考えることがポイントになります。
本文:日焼け止め成分が紫外線により毒性が強くなる?
注:今回の主役はクマノミではなくイソギンチャクのほうです
日焼け止め成分である「オキシベンゾン」と「オクチノキサート」は2021年からハワイでも販売が禁止されるなど、悪名が広がっています。オキシベンゾンで検索をかければ、サンゴに悪影響を与えていることが確定しているかのような記載ばっかりです。
本ブログの過去記事において、化学物質による生態リスクを考えるポイントとして、日焼け止め成分の毒性を報告した論文の解釈の仕方を書きました。結論として、少なくとも日本のビーチではあまり問題なさそうという判断になりますが、これがニュースサイトでは「淡水生態系にとって危険であることが判明」という見出しになってしまいます。
さらにそこにとどめを刺すかのように最近(2022年5月)報告されたのが、サイエンス誌に掲載された以下の論文です。オキシベンゾンが紫外線照射により毒性の高い代謝物に変化するという現象を発見したものです。
Vuckovic et al (2022) Conversion of oxybenzone sunscreen to phototoxic glucoside conjugates by sea anemones and corals. Science, 376, 6593, 644-648
ただ、実のところ日本ではあまり取り上げられていないように思います。5月という時期的にあまり日焼け止めに関心を持たれにくかったのかもしれません。
この論文もよくあるパターンの一つで、実際の環境中濃度よりもケタ違いに高い濃度での現象を発見したものであり、実際の環境中で同様のことが起こるのかどうか全くわかりません。
本記事では前回の記事の続編ということで、論文の中身を紹介しながら生態リスクを考える際のポイントをまとめていきます。重要なことはやはりレギュラトリーサイエンスの視点を持つことになります。
論文の内容紹介
まずはこの論文の内容を紹介していきましょう。
サンゴではなくセイタカイソギンチャクという生物を試験に使用しています。サンゴとイソギンチャクは同じ刺胞動物で、セイタカイソギンチャクはサンゴのように渦鞭毛藻と共生するという特徴を持ちつつも、サンゴよりも水槽内での飼育が容易で試験しやすい生物です。
オキシベンゾン2mg/Lと紫外線の照射のそれぞれありなしで4通りの組み合わせで実験したところ、オキシベンゾンと紫外線照射の両方ありの試験区でイソギンチャクが17日で全て死にました。他の3つの試験区では死亡率は無視できる程度でした。
オキシベンゾンと紫外線照射の両方ありの試験区では、オキシベンゾンがオキシベンゾン-グルコシドに代謝されており、これがイソギンチャクへの毒性を強めたと考えられました。
また、共生する藻類が抜けて白化した場合にはさらに毒性が強くなり、8日目で全て死んでしまいました。これは、代謝物のオキシベンゾン-グルコシドがイソギンチャクよりも共生している藻類のほうに蓄積して、イソギンチャクを保護するためです。
著者の主張としては、光による代謝と毒性変化のメカニズムを知ることで、サンゴに安全な日焼け止め成分の開発に役に立つ、ということが書かれています。
基本的に、光が当たることで毒性が強くなるというメカニズムを発見したという内容の論文であり、よくこんなこと見つけたなとは思います。
ただし、現実の環境中でサンゴが死ぬのはオキシベンゾンが原因である、のかどうかはこの論文の内容では全くわかりません。著者も直接的にそのようなことは書いていません。
ところが、、、です。著者の主張として「サンゴに対して安全な製品の開発に役立ちます」と書いてあるわけですよ。つまり裏を返せば、オキシベンゾンはサンゴに対して危険であって代替製品に置き換えるべき、ということを暗に匂わせているわけです。
この匂わせ行為が非常に問題だと思うのです。この匂わせに反応して「サンゴに悪影響であることが証明された」などという反応が出てきてしまっています。
サイエンスの論文がネイチャーで(批判的に)紹介された
この論文がサイエンス誌で公表された後、サイエンス誌のライバル科学誌であるネイチャー誌のニュースに上記論文の紹介記事が掲載されました。
Nature NEWS: A common sunscreen ingredient turns toxic in the sea ? anemones suggest why.
基本的にサイエンス論文の内容が淡々と紹介されていますが、ところどころに批判的なニュアンスも出てきます。
サンゴをおびやかす要因は日焼け止め以外にも気候変動や、海洋酸性化、沿岸汚染、サンゴ礁生態系における乱獲などいろいろあり、そのなかで日焼け止めがどの程度重要かについては未知である、などと書かれています。
さらに一番最後にはかなり皮肉っぽいことが書かれています。以下に引用します。
この研究には「生態学的リアリズム」が欠けていると、オーストラリアのタウンズビルにあるジェームズクック大学の海洋生物学者であるテリーヒューズは同意します。たとえば、オーストラリアのグレートバリアリーフでのサンゴの白化現象は、観光客の活動の変化よりも水温の傾向に密接に関連しています。「観光客がどこにいても大量の白化が起こります」とヒューズは言います。「最も遠く離れた、ほとんどの手付かずのサンゴ礁でさえ、水温がそれらを殺しているので、白化しています。」
ヒューズは、サンゴ礁への最大の脅威は、気温の上昇、沿岸の汚染、乱獲であると強調しています。日焼け止めを交換しても、サンゴ礁を保護するのにあまり効果がないかもしれないとヒューズ氏は言います。「人々が日焼け止めを変えてニューヨークからマイアミに飛んでビーチに行くのは皮肉なことです」と彼は言います。「ほとんどの観光客は、別のブランドの日焼け止めを喜んで使用していますが、飛行量を減らして炭素排出量を削減することはしません。」
(Google Chromeによる翻訳)
サイエンスの論文では白化したイソギンチャクでは毒性が強まるとされていますが、そもそも白化した時点でサンゴは回復するのが難しいため(共生する藻類からの栄養の提供がなくなるため)、白化すると感受性が高まるという発見にはあまり意味がなさそうです。
レギュラトリーサイエンスの視点
さて、この論文をレギュラトリーサイエンスの視点から見るといろいろな問題があります。以前にオキシベンゾンの生態リスクを例にレギュラトリーサイエンスの視点を論じた記事を参考に考えてみましょう。
一番の問題はすでに書いたように、オキシベンゾンはサンゴに対して危険であって代替製品に置き換えるべき、ということを暗に匂わせていることです。
ところが、この論文で試験されたオキシベンゾンの濃度は2mg/Lのたった1濃度のみです。そして、沖縄のビーチで測定されたサンゴ礁地帯の海水中オキシベンゾン濃度は0.01μg/L以下でした。これも本ブログの過去記事ですでに紹介しています。
つまり、現実的に曝露される濃度の10万倍以上の濃度で曝露させた際に起こった現象を報告しているだけなのです。このような実験で、実際にオキシベンゾンがサンゴに対して危険であるかどうかを判断することなどできるわけがありません。
一方で、レギュラトリーサイエンスの視点で考えると、「オキシベンゾンと紫外線を同時に曝露させたら死んだ」ではなく、「無影響となる濃度レベルはどれくらいか」を調べます。その無影響濃度以下になるように管理すれば問題ないわけです。
ところが、「紫外線照射下におけるオキシベンゾンの無影響濃度はこれくらいです」という研究内容ではサイエンス誌にはゼッタイに掲載されません。インパクトが弱いからです。ただし、本当に意味のある研究はむしろコチラのほうなのですね。
代替製品に置き換えるべき、という話も、現時点で代替製品として使われている酸化亜鉛や酸化チタンは金属で毒性も強く、この代替でリスクが下がるのかどうかは不明です。よって、代替の流れを手放しで喜ぶべきではないでしょう。
もう一つレギュラトリーサイエンスの視点からの問題は試験法についてです。サンゴを用いた試験は困難であるため、その代わりとしてセイタカイソギンチャクが使われています。セイタカイソギンチャクは水槽内での飼育は容易で、繁殖力も強いようです。そこで、水槽内での飼育が難しいサンゴの代わりの試験生物としての活用が期待されています。例えば以下のような論文もありました(未読)。
Howe et al (2014) Development of a chronic, early life-stage sub-lethal toxicity test and recovery assessment for the tropical zooxanthellate sea anemone Aiptasia pulchella. Ecotoxicology and Environmental Safety, 100, 138-147
ただし、リスク評価に活用するということになると、試験法の標準化が必要になってくるでしょう。標準化が進むことで試験としての信頼性が確保できるようになります。
まとめ:日焼け止め成分が紫外線により毒性が強くなる?
化学物質の生態リスクを考えるポイントのその2として、日焼け止め成分の有害性に関する論文を取り上げて、解釈の方法を解説しました。前回と同様に、現実的な濃度で影響が見られるかどうかを考えることがポイントになります。
今回取り上げた論文は現実的な濃度よりも10万倍以上も高い濃度で実験されており、実際の環境中で同様の影響が起こることは考えにくいです。
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