有機フッ素化合物の1種であるPFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)やPFOA(ペルフルオロオクタン酸)は、半導体や金属メッキ、泡消火剤、フッ素樹脂製造などに使用されてきました。
かつては毒性が低くて安定な物質として重宝されてきたのですが、環境中でも安定な性質のため長期間環境中に残留し、生物蓄積性もあることからいわゆるPOPs条約(残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約)の対象物質となっています。
日本国内では、PFOSが2010年に化審法の第一種特定化学物質に指定され、特定の用途を除き製造・輸入が禁止されています。PFOAについても同様に2021年に第一種特定化学物質に指定されることになりました。
このようにすでに海外でも国内でも規制措置がとられていますが、現在でも地下水などから高濃度で検出されることがあり、頻繁にニュースになっています。
かつてはPFOSとPFOAの問題だったのですが、PFOSとPFOAの使用をやめて似たような他の物質へと代替が進んだことから、PFOSやPFOAを含むより大きな化学物質のグループ「PFAS(ペルフルオロアルキル化合物とポリフルオロアルキル化合物の総称)」としての問題に変わってきています。
経済協力開発機構(OECD)が2021年に公表したPFASの定義によると、10000種類を超える物質がPFASに含まれるとされていますがその数は明確ではありません(具体的な物質のリストは示されていない)。
このOECDの定義によるPFASを大きく分けるとポリマー(フッ素樹脂)とノンポリマー(PFOSやPFOAが含まれる)に分かれ、有害性が問題となるのはノンポリマーのほうです。一方でポリマーのフッ素樹脂のほうは生物体内では不活性(毒性がない)とされています。
PFASをめぐる問題は大きく分けると以下の二つあります:
1)ノンポリマーのPFOS・PFOAとその類似物質は毒性が不明瞭で有害性評価が難しい(基準値の設定が難しい)
2)無害で有用なフッ素樹脂までPFASの仲間に入れられてしまい、対策をややこしくしている
本ブログではこのPFAS問題に大きく注目しており、PFOS・PFOAの基準値の根拠やPFAS規制の話、発がん性評価、リスク比較、生態影響などについて記事を書いてきました。それをここで「まとめ記事」として一覧にしておきたいと思います。
記事一覧
2020年に日本でPFOS・PFOAの水道水や環境水での目標値・指針値(基準値的なもの)が50ng/Lと策定されました。一方、2020年の当時は世界各国の基準値は70~10000ng/Lの間であり、日本が世界一厳しい基準値でした。無影響とされる量や基準値を決める際の仮定の組み合わせによりこのような差が出てくることを解説しました。
PFOS・PFOAの基準値(目標値、指針値)を超過する場合がありますが、「基準値の何倍」という数字からリスクの大きさは判断できません。曝露マージンや影響率などのリスクを実際に計算することでその大きさを判断できます。基準値を超過した水を飲んだ場合にPFOS・PFOAのリスクがどれくらいになるか、計算の実例を示しました。
米国の飲料水の新基準値案について解説しました。これまではPFOS・PFOAの合算で70ng/Lと日本の50ng/Lよりも緩かったのですが、2023年3月にPFOS・PFOAともにそれぞれ個別に4ng/Lという非常に厳しい基準値が提案されたのです。米国はこの新しい基準値案の根拠として「ワクチン抗体価の減少」という見慣れないエンドポイントを採用しましたが、WHOはこのエンドポイントの採用について疑問視しています。
欧州におけるリスク評価を伴わないPFAS一律禁止措置の動向について解説しました。PFASはリスクの観点からは3つに大きく分けられ、リスクの懸念が大きいのはPFOS・PFOAを含むペルフルオロアルキル化合物です。ポリフルオロアルキル化合物は環境中で分解してペルフルオロアルキル化合物に変化することがありますが、フッ素樹脂はそのような特性はなく、毒性もほとんどありません。ところがこれらがすべてPFASと一律にくくられて欧州で禁止措置がとられようとしています。
PFASはどのような製品にどのような目的で使われているのか、PFASがなくなると我々の生活はどう変わるかについて解説しました。耐熱性、耐候性、耐薬品性、撥水撥油性、滑り性、絶縁性、ガスバリア性などを有し、きわめて有用な材料としてさまざまな製品に使われています。PFAS使用禁止によって使用エネルギーは増大し(温暖化対策は後退し)、モノ全体の寿命は縮み、安全性が損なわれます。また、PFAS代替物質のリスクがPFASのリスクを上回るリスクトレードオフも懸念されます。
欧州におけるのPFASのリスク評価の事例を解説しました。有害性評価は1歳児を対象としたPFAS血清中濃度とワクチン抗体価の関係を調べた研究がキーとなっています。乳児のPFAS摂取量は母乳を飲んだ量でほぼ決まってしまいますが、母乳は感染症のリスクを下げる効果があるのに「PFASでワクチン抗体価が下がる!危険だ!」というリスク評価には大きな疑問があります。
PFOS・PFOAの発がんリスクの大きさを評価しました。IARC(国際がん研究機関)はPFOSを「発がん性がある可能性がある」、PFOAを「発がん性がある」に分類しましたが、日本の食品安全委員会は証拠は不十分としています。仮に発がん性がある(+遺伝毒性あり)とみなした場合の発がんリスクを計算した結果、リスクを大きめに見積もった場合でもPFOS・PFOAの発がんリスクはそれほど高くないことが示されました。
食品によるリスクのうち、どのリスク要因がどのくらい大きいのか?という全体を俯瞰するマクロなアプローチが不足しています。そこで、世界疾病負荷研究のデータを用いて食品関係のリスクを俯瞰した結果を示しました。死亡率・損失余命・DALYのどの指標で見ても上位3つは肥満、お酒、食塩の多い食事となり、これらと比べるとPFASなど化学物質のリスクは無視できるほど低い結果でした。このような大局観をもっと広めることが必要です。
河川水からPFASが高濃度で検出された場合、ヒトの健康に対するリスクだけではなく水生生物に対する生態リスクも考える必要があります。健康影響におけるADIに相当する生態影響のPNEC(Predicted No Effect Concentration)について、さまざまな文献から整理しました。これまで観測された日本の河川水のPFOS・PFOA濃度はこれらのPNEC値をほぼ下回っており、現時点で生態リスクの懸念は低いと判断されます。
これらの記事をまとめて読むことで、PFASの事例を通して化学物質のリスク評価・リスク管理の基本を一通り学べる内容になっています。
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