バイオスティミュラントで農薬削減?その1~バイオスティミュラントと農薬は何が違う?~

biostimulants 化学物質

要約

農薬とも肥料とも異なるカテゴリの農業資材であるバイオスティミュラントについて解説する記事のその1です。農薬削減につながるとも言われていますが、バイオスティミュラントとは何かについて改めて整理し、欧州における規制の枠組みや安全性への懸念を解説します。

本文:バイオスティミュラントと農薬は何が違う?

農業資材といえば農薬や肥料、土壌改良剤などがありますが、最近「バイオスティミュラント」という新しいモノが出てくるようになりました。

バイオスティミュラントとは生物(Bio)を刺激するもの(stimulants)という意味ですが、植物の生長に影響を与える物質や微生物などのことです。農薬とも肥料とも違うこの資材がこれからの農業で期待されているというわけです。

特に最近では、このバイオスティミュラントが「農薬使用量を減らすことができる」という文脈で使われることが多くなっているように思います。政府もみどりの食料システム戦略で農薬使用量の削減目標を立てている(記事最後の補足参照)ため、バイオスティミュラントに期待が集まっています。

例えば以下の記事でも、バイオスティミュラントが農業で期待されている役割の一つとして「化学肥料や農薬の使用量の削減」が挙げられています。

味の素グループアミノ酸肥料オンライン販売:バイオスティミュラントが環境分野で期待されている効果と理由について

バイオスティミュラントが環境分野で期待されている効果と理由について
「バイオスティミュラントにはどんな効果が期待できるのかな?」「肥料や農薬との違いを知りたい」 「バイオスティミュラントを活用してみたいが、どの状況で使えばよいかわからない」 「バイオスティミュラント」という農業資材を見聞きしたことはあるでしょうか。「環境負荷を減らせる」「化学肥料...

バイオスティミュラントが、農業で期待されている役割は主に以下の4点です。
化学肥料や農薬の使用量の削減
土壌改良
土壌汚染の修復
植物病害虫の防除
(中略)
バイオスティミュラントは、直接的な病害虫の防除効果はないものの、高温障害など非生物的なストレスを軽減できるため健康な作物づくりが可能です。健康な作物づくりにより、間接的に病害虫からの被害軽減に貢献できるでしょう。

なんとなくバイオスティミュラントで農薬が減る、というイメージが広がっているように見えますが、それって本当なの?と疑問に思うこともあります。

・そもそも農薬とバイオスティミュラントの違いは何か?
・農薬は効果やリスクが評価されて厳しく規制されているが、バイオスティミュラントはちゃんと評価・規制がされているのか?
・農薬使用が減ってバイオスティミュラントの使用が増えた場合に、リスクが低減する根拠はあるのか?

このような疑問について調べてみたことをまとめて、2回に分けて解説します。第1回となる本記事では、まずバイオスティミュラントとは何かについて改めて整理し、欧州における規制の枠組みなどを解説します。その後でバイオスティミュラントを健康食品的な位置づけで考えた場合の懸念などについて考察します。

バイオスティミュラントとは?

まずバイオスティミュラントとは何かについて、日本バイオスティミュラント協議会のサイトを参考にして整理してみます。

日本バイオスティミュラント協議会
バイオスティミュラントは植物が持つ自然な力で、植物の健全性、ストレス耐性、収量と品質、収穫後の状態、貯蔵に良好な影響を与えます。

農業では、作物にさまざまなストレスがかかることによって、期待される収量に比べて実際の収量が低下してしまいます。

このストレスを生物的ストレスと非生物的に分けて、それらの制御方法を対応させると以下のようになります:
・生物的ストレス:病害虫、雑草 -> 農薬によって制御
・非生物的ストレス:高温、乾燥、物理的な被害 -> バイオスティミュラントによって制御

このバイオスティミュラントは以下の6つに大きく分類されます:
① 腐植質、有機酸
② 海藻(+その抽出物)、多糖類
③ アミノ酸、ペプチド
④ ミネラル、ビタミン
⑤ 微生物資材
⑥ その他(動植物由来機能性成分、微生物代謝物、微生物活性化資材など)

これらを作物へ与えることで以下のような効果が期待できるとうたわれています:
・増収と作物の品質向上を促すために植物の代謝の効率を改善する
・非生物的ストレスへの耐性を強化し、また回復させる
・栄養の同化、転流、使用を促進する
・糖の含有量や色など、生産物の品質属性を高める
・植物の水バランスを制御、改善する
・土壌の特定の物理化学的性質を高め、補完的に土壌微生物の発育を促進する

ただ、海藻やらビタミンやらを与えただけでこんなバラ色の効果が期待できるのでしょうか?人間用のサプリメントも海藻(クロレラとか)やビタミンのサプリメントがいろいろ売られていますが、ちょっとこの辺は眉唾モノですね。

効果のほどはいったん脇に置いておくとして、農薬とバイオスティミュラントの違いに注目してみましょう。農薬は生物的ストレス、バイオスティミュラントは非生物的ストレスを緩和する、ということを考えると、農薬とバイオスティミュラントはそもそもターゲットが異なるわけです

つまり、農薬とバイオスティミュラントを組み合わせて使うことで生物的ストレスと非生物的ストレスも両方緩和できるわけです。よって、バイオスティミュラントを使うと農薬が減る、という説明は正直よくわかりません。肥料を与えれば農薬を減らせる、みたいな話と同じくらい意味不明ではないでしょうか?

バイオスティミュラントの規制

次にバイオスティミュラントの規制について整理します。日本では農薬にも肥料にも該当しないため、法規制の枠組みがありません。今後の課題ということでしょう。

欧州では制度も一歩進んでいます。以下のヨーロッパバイオスティミュラント協議会(EBIC)のサイトを見てみましょう。

European Biostimulants Industry Council: Regulatory

Regulatory - EBIC

EUは、植物バイオスティミュラントの規制の先駆者であり、肥料製品規制(FPR)、正式には規則(EU)2019/1009の下でそれらを独自の製品カテゴリーとして認識しています。2019年6月5日に採択され、2022年7月16日から適用されるこの規制は、バイオスティミュラントを植物保護製品(PPP)の下にグループ化した規則1107/2009などの以前の枠組みからの大きな転換を示しています。


FPRでは、植物バイオスティミュラントを、栄養素利用効率、非生物的ストレス耐性、品質特性、または土壌や根圏における栄養素の利用可能性を改善することを主な目的として、栄養素含有量とは無関係に植物の栄養プロセスを刺激する製品と定義しています。

(中略)

生物刺激剤と殺虫剤の両方の機能を持つ製品など、二重の目的を果たす製品は、規制の曖昧さを生み出します。FPRでは、製品に殺虫特性を持つ物質が含まれている場合、その製品はPPPとして分類され、別の規制経路が必要になります。

FPRは、特に微生物バイオ刺激剤に関して、重金属、病原体、その他の汚染物質の制限を含む厳格な安全要件を定めています。製造業者は、詳細な技術文書と認定機関による定期的な監査を通じて、コンプライアンスを実証する必要があります。

(Google Chromeによる自動翻訳)

ということで、欧州では日本でいう「肥料の品質の確保等に関する法律(旧肥料取締法)」で規制されているようです。効果や安全性に関するデータの提出が必要になります。生物的ストレスに対応する機能がある場合にはやはり農薬(Plant Protection Products, PPP)としての規制を受けるようですね。

欧州の規制を見ても、生物的ストレスに対応する農薬と非生物的ストレスに対応するバイオスティミュラントは明確に区別されています。日本の議論はどうもこの辺がごっちゃになっているようにも見えます。

バイオスティミュラントは安全?

上記のとおり、バイオスティミュラントは人間用でいうサプリメントや健康食品的なイメージがあります。日本では、国が効果や安全性を審査する特定保健用食品(トクホ)や、企業が効果を調べて国に届け出をする機能性表示食品などの制度があります。効果や安全性が厳密に審査される医薬品に比べると規制は緩くなります。

日本がバイオスティミュラントの法規制を整備するとなると、農薬のように厳密に効果や安全性が審査される制度よりも、トクホや機能性表示食品の制度に近くなりそうです。この辺は以下の記事でも詳しく書かれていました。

大谷敏郎 (2021) 機能性表示食品とPlant Biostimulant. 植調. 第54巻第11号, 320-321
https://japr.or.jp/wp-content/uploads/shokuchoshi/shokucho_54-11_06.pdf

さて,病気を治療する「薬」と栄養を補給する「食品」,さらに追加された健康を維持・増進する「トクホ」や「機能性表示食品」,これらの一連の流れは,「農薬」,「肥料」,「PB(注:バイオスティミュラントのこと)」の関係と似ていないだろうか?

(中略)

「PB」は健康食品と非常によく似た状況であることに驚いている。すなわち,法規制によって,使用方法とそれに基づく効果効能が明確な「農薬」や「肥料」と異なり,PBは一部を除いていずれの法規制にも収まらない新しい資材である。一方,作用機作や効果的使用場面等,明らかにすべき課題も多く,また,わが国では表示制度もこれから検討される状況である。そのため,この資材の実用化や市場拡大にあたっては,健康食品が通ってきた道をたどる,または同様の道を農業独自の視点で進むように思われる。

(中略)

PB が法制度化されるとしても,国の許可制度とは馴染まず,むしろ機能性表示食品制度で採用された,企業の責任による届け出制度あるいはそれに類似の制度となるのではないかと推察する。いずれにしても,最も重要となるのが効果効能の評価法の確立である。

さて、この場合、安全性・リスクに関してはどのようになるのでしょうか?バイオスティミュラントは腐植質や海藻など、自然由来のものを使っているからリスクはほとんどない、というような記載も見かけますが、自然由来だから安全なわけではありません。

自然由来の物質によるリスクといえば、小林製薬の紅麹サプリメント(天然物由来)による腎臓疾患の事案を思い出させます。副作用が怖いからといって医薬品の使用をやめてサプリメントに切り替えたら安全になるわけではありません。

天然物による健康影響は原因特定が難しいことについて、本ブログの過去記事に描いていますので、詳細は以下の記事を参照してください。

天然物による健康影響は原因特定が難しい:謎の腎臓病を引き起こした物質の事例
小林製薬が製造した紅麹サプリメントによる腎臓疾患が報告されましたが、天然物による健康影響は原因物質の特定が非常に困難です。腎臓病を引き起こした類似の事例として、ヨーロッパのバルカン地方で発生した謎の腎臓病の原因物質を特定するに至るまでの興味深い出来事を紹介します。

きちんとリスク評価されている農薬に比べて、天然物であるバイオスティミュラントが安全という根拠は特にないのです。このままだと、「農薬じゃないので安全です」というキャッチフレーズで農薬まがいの資材が出回ってしまう可能性もあります。これは実際に過去に起こったことなのです。次回はこのことについてさらに深掘りする予定です。

まとめ:バイオスティミュラントと農薬は何が違う?

バイオスティミュラントは農薬とも肥料とも異なるカテゴリの農業資材であり、非生物的ストレスを緩和する点が農薬(生物的ストレスを緩和)とは異なります。欧州では肥料を規制する法律によって規制されていますが、日本では法規制が未整備です。バイオスティミュラントは天然物由来で安全とされていますが、農薬と比べてきちんとリスク評価されているわけではありません。人間用のサプリメントと同様の問題が起こる可能性もあります。

補足

みどりの食料システム戦略における農薬使用量(リスク換算)の削減目標について、本ブログの過去記事に詳細を書いています。

みどりの食糧システム戦略における「化学農薬(リスク換算)50%減」を解説します
農林水産省の「みどりの食糧システム戦略」では、2050年までに化学農薬の使用量をリスク換算で50%減という政策目標を打ち立てました。このリスク換算の方法として、毒性の強さを示すADI(許容一日摂取量)を使ってリスク係数を求めて使用量を重みづけしていく方向性が出されました。

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