要約
ソーシャルディスタンスの科学的根拠を知りたい場合には「科学的根拠」ではなく「エビデンス」や「メタアナリシス」なのワードとともに検索したほうが質の高い情報にあたります。ソーシャルディスタンスはその根拠は限定的ながら、コロナ感染リスクの低減におおむね効果があると考えてよいでしょう。
本文:ソーシャルディスタンスの科学的根拠
2020年5月に書いたソーシャルディスタンスのからくりの記事は今でも検索経由で多数のアクセスがあります。7月になり新規感染者数が増えてさらにアクセスが増えています。
この記事では、ソーシャルディスタンスの1-2mという基準は
1) 現実的に実行可能なソーシャルディスタンスは1~2mくらいが限度だろう
2) 飛沫の中でも大粒なものが1~2m飛ぶという科学的知見
の二つが組み合わせてできあがったものではないか、と書きました。
検索ワードとして「ソーシャルディスタンス」と「何メートル、間隔、厚生労働省、適切な距離、基準、科学的根拠」などの組み合わせで検索している人が多いです。それだけ職場や店舗での感染対策やイベントの開催等で悩んでいる人が多いと想像されます。
私としては上記の記事で書いた「マスクなしなら2m、マスクありなら1m」というのはなかなかよいメッセージだと思っていますが、これは私が苦労して導いた「翻訳」であって、問題は政府(厚生労働省)がこのような明確なメッセージを出していないことにあると思います。
改めてソーシャルディスタンスへの注目が高まっている中、本記事ではソーシャルディスタンスは本当に意味があるのかどうか、科学的根拠について調べてみたことを書きます。
ソーシャルディスタンスの科学的根拠をネットで調べるとどうなるか
Googleで「ソーシャルディスタンス 科学的根拠」と検索すると、最初のページに出てくるトップ10の検索結果のうち、なんと6つがソーシャルディスタンスは意味がない、という主張のサイトになっていました。これは大変なことになっていますね。「ソーシャルディスタンス エビデンス」で検索するとトップ10のうちソーシャルディスタンスに懐疑的なサイトは2つになりました。ちょっとした検索方法の違いで得られる情報の質がずいぶんと違うようです。
では今度は「ソーシャルディスタンス メタアナリシス」で検索するとどうでしょう?科学的根拠の決定版であるメタアナリシス(後で説明します)が行われていれば非常に参考になります。この検索結果では、トップ10サイトのうち2つは科学的根拠を調べる方法論の本で、残り8つはコロナウイルスの感染におけるソーシャルディスタンスの科学的根拠を調べた同一の論文を紹介するサイトになりました(以下でその内容を紹介します)。このワードで検索していれば、ヤバイサイトを回避してすぐに適切な情報にたどり着けるようです。そもそもメタアナリシスなんて言葉を知っている人であれば、それほど変な情報には引っかからないとは思いますが。
ソーシャルディスタンス懐疑派の記載として、例えばウイルス学者である京都大学の宮沢孝幸さんによる意見があります。
この記事ではタイトルに「ソーシャルディスタンス2m必要なしの根拠」と書かれていますが、特に科学的根拠らしき記載は見つかりません。欧米のソーシャルディスタンスはマスクなしが前提、日本人は皆マスクをして飛沫を飛ばさないので密でもリスクは低い、という趣旨になっています。これは欧米との比較という意味ではわかりますが、日本で皆が常にマスクをしていられるというという想定もやはり極端すぎると思います。家庭内、飲食中、運動中、カラオケ、スポーツ観戦、ライブや舞台の鑑賞、蒸し暑い場所等、マスクをはずす場面はたくさんあり、現にそういった場面で感染拡大しています。
やはり、ソーシャルディスタンスの現時点での科学的根拠をしっかり理解しておく必要があるでしょう。ただし、日本の調査事例はクルーズ船の例くらいしかなく(日本の事例と言ってよいのかも怪しいですが)、海外の事例が主になりますので、生活習慣などがだいぶ違うことに注意が必要です。
ソーシャルディスタンスの効果のメタアナリシス:科学的根拠の決定版
ソーシャルディスタンスの効果を研究した論文を漏れがないように(自分の主張に都合の悪い論文も含めて)多数集めて、データを統合して平均的な効果を判断するのがメタアナリシスの手法です。2020年6月に以下の論文が発表されました。
Chu et al. (2020) Physical distancing, face masks, and eye protection to prevent person-to-person transmission of SARS-CoV-2 and COVID-19: a systematic review and meta-analysis. The Lancet 395, 1973-1987
このメタアナリシスによると、1m以上のソーシャルディスタンスは平均的に80%程度の感染リスク低減効果があるようです。距離を2mに伸ばすとさらに感染リスクが減るという効果も示されています。マスク着用や眼の保護も効果があるようです。(疫学でよく使うこのrelative riskという表現方法はあまり好きではないが。。)
注意点としては、新型コロナウイルス(COVID-19)だけではなく、SARSやMERS(これらもコロナウイルスが原因)のデータも入っていることです。一応新型コロナに限ってもソーシャルディスタンスにより感染リスク85%減で統計的有意です。また、新型コロナでは7つの研究がありますが、そのうち5つはピアレビューを受けていないプレプリントです。さらに、医療現場とそれ以外の研究も混ざっています。医療現場で有効だからと言ってそれが日常生活にも当てはまるとは限りませんね。この論文でマスク着用の効果があると言っているのは医療現場の話です。医療現場ではマスクは医療従事者が感染を防ぐためにN-95などの高機能なマスクを着用するものですが、日常生活ではマスクは自身が飛沫を飛ばさないために(他人にうつさないように)着用するものです。
もう一つのポイントは、「アナタはソーシャルディスタンスをとる人」、「アナタはソーシャルディスタンスをとらない人」というようにランダムに人を二つの集団に振り分けて、その人たちの感染率を比較する実験(ランダム化比較試験)をしたわけではない、ということです。命がかかる場面でそのような実験は難しいのですが、科学的根拠の最高峰はこのような実験に基づく比較になります。このように、いろいろと制約もあることは事実ですが、不確実性の下では現時点で得られる限定的な証拠から判断をせざるを得ないのです。とりあえずは「ソーシャルディスタンスは効果がある」と考えてよいのではないでしょうか。
空気感染するならソーシャルディスタンスは意味ないのでは?
最近になって、新型コロナウイルスは飛沫だけではなく空気感染するのではないか、という話が改めて(何日ぶり何度目みたいなやつ)出てきています。
以下の詳しい解説にある通り、飛沫の粒の小さなもの(飛沫核もしくはエアロゾルと呼ぶ)が通常の飛沫より長く飛ぶということを指しているようです。
本当に空気のように長距離をどこまでも漂って感染させるというものではありません。重要なことは距離が離れるほどリスクは低くなるので、0か100かの二分では考えないほうが良いということです。もともと2m離れたら感染リスクがゼロになるわけではありません。3密のうち密閉を避けて換気が重要(小さな飛沫を外気で薄める)という根拠になります。
まとめ:ソーシャルディスタンスの科学的根拠
何かの科学的根拠を知りたい場合には「○○ 科学的根拠」ではなく「○○ エビデンス」「○○ メタアナリシス」などと検索しましょう。検索ワードをちょっと変えるだけでだいぶ情報の質が変わります。後者になるほど情報の質が上がります。ソーシャルディスタンスはその根拠は限定的ながら、おおむね効果があると考えてよいでしょう。ソーシャルディスタンスの距離は再掲ですが「マスクなしなら2m、マスクありなら1m」です。
補足
日本で使われているソーシャルディスタンスと海外で使用されているsocial distancingは少し意味が違います。social distancingは対人距離を保つという以外に、イベントの中止やテレワークの推進なども含まれており、日本語のソーシャルディスタンスよりも広い概念です。また、「ソーシャル」という部分が、まるで人との関わりすべてを遮断すべきかのように誤解されるので、「physical distancing(物理的距離)」という用語が推奨されているようです。ここでは日本語として定着している(?)ソーシャルディスタンスを使い続けます。
Googleの検索結果のことを書いていますが、これはユーザーごとに検索履歴などから最適化されるようですので、私の検索結果がみんなにあてはまるわけではありません。
本記事ではメタアナリシスが科学的根拠の決定版などと天下り的に書いていますが、本来はエビデンスピラミッドやそれへの批判なども解説せねばならないところです。
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