料理による肺がんリスクはどのくらい?

cooking リスク比較

要約

料理をすることで肺がんのリスクが高まるという話題がニュースになっています。日本の一般的な状況を踏まえて料理による肺がんリスクがどの程度なのかを定量的に示してみます。リスクは無視できるほど低くはありませんが、それほど心配するレベルでもなさそうです。

本文:料理による肺がんリスクはどのくらい?

本ブログではこれまでにがんの原因についてまとめた記事を書いています。上位の原因である喫煙、不健康な食事、アスベスト(職業曝露)、アルコール、高BMI(肥満)の5つで、がんの原因の半分程度を占めています。

日本におけるがんのリスク要因は何か?世界疾病負荷(Global Burden of Disease)研究の結果を紹介します
世界疾病負荷研究(GBD study)が提供するツールを用いて、日本のがん死亡に対するリスク要因を整理しました。その結果、たばこやお酒、不健康な食事などの日常生活に起因するがんの影響は化学物質によるがんと比べてけた違いに大きくなっています。

最近、頻繁に料理をすることで肺がんのリスクが高まるとする研究が公表され、ニュースにもなっています。 

Yahooニュース:調理回数が多い女性で肺がんリスク増加 海外の研究

調理回数が多い女性で肺がんリスク増加 海外の研究(倉原優) - エキスパート - Yahoo!ニュース
「肺がん」と聞くと、タバコを吸う人に特有の病気というイメージを持つ方が多いかもしれません。しかし、世界全体の肺がんの患者さんの10~25%は「非喫煙者」に発症します。そのリスクとして注目を集めているの

CareNet:高所得国での非喫煙者の肺がん、よく料理する人ほどリスク高い?

高所得国での非喫煙者の肺がん、よく料理する人ほどリスク高い?|CareNet.com
家庭内空気汚染が非喫煙者における肺がんの潜在的な原因であるというエビデンスが蓄積され、空気中の粒子状物質、家庭用家具から発生する揮発性有機化合物、調理煙への曝露が肺がんリスクを高める可能性がある。今回、英国・レスター大学のBria Joyce McAllister氏らが、家庭内空...

肺がんといえばタバコが原因であることが多いのですが、肺がんのうち10-25%は非喫煙者の発症であるようです。このような肺がんは女性に多いとのことです。

ニュースの中では、1日1食調理する女性に比べて1日3食を調理する女性では、肺がんの発症が約3倍に増加し、換気フードを使用した場合は肺がんの発症が半分程度になったとの結果が示されています。

ただし結局のところ、この情報だけではリスクが高いのか低いのかはよくわかりません。3倍とか半分とかいわれても、もともとのリスクがよくわかりませんし(何に対して3倍なのかわからない)、本ブログでいつも示しているように、死亡リスクで他のリスクと比較しないとリスクの大きさとしての判断ができません。

そこで本記事では、日本の平均的な状況を踏まえて料理による肺がんリスクがどの程度なのかを定量的に示してみたいと思います。

韓国の状況

日本では料理による肺がんが話題になることはほとんどないと思いますが、韓国だと以前からよくニュースになっているようです。

JOSHRC:心配になる料理人の呼吸器健康ー肺がん労災認定 2021年4月9日 韓国の労災・安全衛生

心配になる料理人の呼吸器健康ー肺がん労災認定 2021年4月9日 韓国の労災・安全衛生 | 全国労働安全衛生センター連絡会議
パク・チャンイル:食べ物コラムニストついに料理人の呼吸器疾患の内、肺癌が業務上疾病と認められた。勤労福祉公団は2月23日、学校給食料理員として働いたイ・某さんが肺癌で死亡したのは、作業に関連したものと認めた。彼女は永らくおかずを炒めたり揚げる仕事をしてきて、これが肺癌を起こしたと...

ついに料理人の呼吸器疾患の内、肺癌が業務上疾病と認められた。勤労福祉公団は2月23日、学校給食料理員として働いたイ・某さんが肺癌で死亡したのは、作業に関連したものと認めた。彼女は永らくおかずを炒めたり揚げる仕事をしてきて、これが肺癌を起こしたという判定を受けたわけだ。今回の公団の措置は、調理室の環境を注意するようにさせる。イ・某さんが働いた学校料理員は、調理室の排気施設が問題を起こし、数回の修理と補強を要求したという。産災の認定は幸いだが、後の祭りだ。

chosun online:韓国の学校給食調理従事者、18%が肺疾患

韓国の学校給食調理従事者、18%が肺疾患
韓国の学校給食調理従事者、18%が肺疾患

韓国の小・中・高校の給食室に10年以上勤めた従業員のうち18%が肺がんや肺結節などの肺疾患を患っていることが分かった。また、調理過程で発生した「料理煤煙」のため、肺がんなどによる労働災害保険が認められた給食調理従事者が、最近50人に上ったことが分かった。

ハンギョレ新聞:「厨房に油の煙が」…揚げ物調理でがんに、死亡日に労災認定=韓国

「厨房に油の煙が」…揚げ物調理でがんに、死亡日に労災認定=韓国
[ドキュメンタリー映像] 「気化した油は粒子状物質」 「排気フード」 垂直ではなく壁方向に設置すれば かなりの量の料理ヒュームが呼吸器経ずに排出

学校給食室に25年間勤めてきたイ・ミスクさん(仮名)は、昨年3月に肺がん判定を受け、今年5月に労災を申請した。全国17市道の教育庁が給食従事者4万2077人に対して肺検診を実施した結果、異常所見者は1万3653人にのぼった。このうち肺がんの疑い、あるいは肺がんとの判定を受けたのは341人。

給食従事者の肺に問題を起こした原因としては「料理ヒューム(cooking fumes)」があげられる。料理ヒュームとは、高温の油を使う調理で多く排出される一種の粒子状物質だ。調理で生じる粒子状物質はそれ自体も発がん物質だが、ホルムアルデヒドや多環芳香族炭化水素(Polyclic Aromatic Hydrocarbons、PAH)のような有害物質も含まれている。

このように、韓国では肺がんの発症者が労災として認められたり、給食従事者を対象とする大規模調査が行われていたりするようです。これはあまり日本だと聞いたことがありませんね。

給食従事者のうち肺がんの疑い・肺がんと判定された人の割合が0.8%とのことで、韓国の肺がん発病率である0.06%の10倍以上になります。

ということで、調理を職業としている人にとっては注意すべきリスクだということになります。

BMJ論文の紹介

では、冒頭のニュースの元となった論文を見ていくことにしましょう。

McAllister et al (2025) Relationship between household air pollution and lung cancer in never smokers in high-income countries: a systematic review. BMJ Open 2025;15:e093870

Relationship between household air pollution and lung cancer in never smokers in high-income countries: a systematic review
Objectives Lung cancer is increasingly being diagnosed in non-smokers, with mounting evidence that household air pollution is a potential fa...

この論文は、直接調理と肺がんの関係を調査したものではなく、これまでに報告されている調理と肺がんの関係を報告した論文をレビューしたものです。検索から最終的に残った論文は3つです。この3つの研究はいずれも台湾または香港で実施され、中華料理を調理する女性の非喫煙者を対象としています。

1.Chenらの研究(2020年)
台湾の非喫煙者の女性(肺がん患者1,302例、対照群1,302例)を対象としました。料理ヒュームへの累積曝露量の指標として、「調理時間年数」を使用しました。これは、「平均的な一日の調理時間」×「調理年数」で計算されます。

調理時間年数と肺がん発症率の間に正の用量反応関係が示され、調理時間年数が11-60のとき肺がん発症率は1.6倍、61-110時間のとき1.7倍、111-160のとき2.1倍, 160以上で3.2倍となりました。また、換気フードを使用していた場合は、肺がん発症率は0.49倍に減少しました。

2.Yuらの研究(2006年)
香港の非喫煙者の女性(肺がん患者200例、対照群285例)を対象としました。曝露量の指標は「調理皿年数」で、調理時間ではなく調理品数と調理年数をかけたものを使用し、さらに調理方法(炒め物、フライパン、揚げ物)別に計算されました。
(炒め物stir-fryingと、フライパンpan-fryingの区別はあまり明確ではありませんが、炒め物はチャーハンのように短時間で中華鍋を素早く振りながら炒めるもので、フライパンは鍋を振らずにじっくりと焼くような調理のようです)

調理皿年数と肺がん発症率の間に、正の用量反応関係が示され、調理皿年数が51-100のとき肺がん発症率は1.3倍、101-150のとき2.8倍、151-200のとき3.1倍、200以上のとき8.1倍となりました。また、揚げ物がもっとも肺がん発症率を高め、続いてフライパン、炒め物と続きました。換気フードの利用は有意な効果がありませんでした。

3.Koらの研究(2000年)
台湾の非喫煙者の女性(肺がん患者131例、入院例のある病院対照群252例、対照群262例)を対象としました。曝露量の指標は1日あたりの調理回数と調理年数でした。

調理年数よりも1日の調理回数のほうが、肺がん発症率と関連が高いことが示されました。1日3回調理する女性は、1日1回調理する女性と比較して、肺がんリスクが3.1倍に増加しました。

リスクの計算とものさし

この論文の結果を用いて、日本の平均的な状況での料理による肺がんリスクがどの程度なのかを定量的に示してみましょう。

まず、ベースとなるリスクの定量化が必要です。ここでのベースとなるリスクとは、女性にとっての、喫煙以外を原因とする肺がんのリスクです。これが料理によって何倍になるか、という増加分を料理によるリスクと考えます。

まず、女性の肺がん死亡リスクを整理します。このために本ブログで提供している「Risktools」を使用します。「死因別リスクのものさし表示ツール」において、2020年、女性、年齢総数、気管、気管支及び肺の悪性新生物<腫瘍>を選択します。結果は「人口10万人あたり年間死者数として35.2人」となりました。

次に、喫煙の影響を調べます。同じくRisktoolsから「リスク要因別リスクのものさし表示ツール」を利用して、2020年、女性、死亡率、喫煙を選択します。結果は「人口10万人あたり年間死者数として27.0人」となりました。

タバコは肺がん以外にも影響しますがここではそれを無視して、肺がんの死亡リスク35.2人/10万人から、喫煙由来の死亡リスク27人/10万人を引いて、8.2人/10万人を喫煙以外を原因とする女性の肺がん死亡リスクとみなします。

Chenらの研究がもっとも調査人数が多いので、この研究を用いてリスクの計算をします。このため、曝露量として「調理時間年数」を決める必要があります。

朝はあまり料理せずパンなどで済ませ、昼は外食・お弁当の購入・冷凍食品をレンジで温めるなどで簡単に済ませ、夜はちゃんと作る、というような生活を考えて、1日調理時間1時間で50年過ごすと、「50調理時間年数」とみなせます。これをChenらの研究にあてはめれば肺がん発症率は1.6倍になります。

8.2人/10万人に1.6をかけると13.1人/10万人となり、増加分の4.9人/10万人が料理によるリスクとみなせます。

ただし、これらの研究はみな中華料理圏での研究であり、日本にそのまま適用できるのでしょうか?中華鍋でジャンジャン炒めるのが基本の中華料理よりも和食のほうがリスクは少なそうです。揚げ物のリスクが特に高いので、油を使う量で補正することにします。

以下の日清オイリオの資料によると、中国と日本の比較では、日本はそもそも炒め物の頻度が半分程度(代わりに煮物が多い)で、さらに炒め物に使う油も半分程度です。よって、リスクも半分の半分で1/4程度と判断します。
https://www.nisshin-oillio.com/report/report/images/no11/080718_3.pdf

さらに、1.6倍にはフードを使う人と使わない人が混ざっており、フードを使うことで半減するという結果を用いてさらにリスクを1/2します。

その結果、日本の一般的な状況での女性にとっての料理による肺がんリスクは
「人口10万人あたり年間死者数として0.61人」

となりました。

さらに、「リスク要因別リスクのものさし表示ツール」において、女性の「職業性粒子状物質、ガスおよびヒューム」を原因とするリスクにおける死亡率-損失余命-DALYの関係を用いて、死亡率0.61人/10万人から損失余命やDALYに換算すると、
「人口10万人あたり損失余命として7.2年」
「人口10万人あたりDALYとして16年」

となりました。

これをリスクのものさしで表現すると以下のようになります。

原因死亡率(人)損失余命(年)DALY(年)
がん34657226025
自殺18643660
交通事故3.8109205
火災1.22390
日本人女性の料理を原因とする肺がん0.617.216
自然の力への曝露0.122.84.7
注)すべて人口10万人あたりの数

まとめ:料理による肺がんリスクはどのくらい?

一般的な日本人女性に対する料理を原因とする肺がんを定量的に示しました。リスクは無視できるほど低くはありませんが、それほど心配するレベルでもなさそうです。ただし、調理頻度が高い、フードを使わない(性能が不十分)、揚げ物が多い、炒め物で油の使用量が多い、場合にリスクが高くなります。特に、料理を仕事とする人は排気対策を重視すべきでしょう。

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