コロナウイルスのリスクガバナンスにおける科学と政治その6:新たなコロナ対策分科会と6つの判断指標のまとめ

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要約

新たに発足したコロナ対策分科会は、感染症以外のさまざまな分野の方がメンバーに入りましたが、相変わらずコロナの方だけを見ており経済影響の評価がないままです。今回提案されたコロナの感染状況の判断指標も、先行する都道府県の指標をほぼ追随しており、あまり独自なものではありませんでした。

本文:コロナ対策分科会と6つの判断指標

2020年8月7日に開催された政府の「新型コロナウイルス感染症対策分科会(以下、分科会)」の第5回会議にて、感染状況を判断する6つの指標を提案しました。ただし、政府が抵抗したとのニュースがあります。科学と政治の対立が深まっているのでしょうか?

Yahoo!ニュース:政治判断の余地大きく 感染指標、官邸の意向反映 新型コロナ分科会

https://news.yahoo.co.jp/articles/570bb05e5bf0c2315f04bbe518a68eafe9b5ccf3(リンク切れ)

 分科会は先月31日、感染状況を4段階に分類し、それぞれに応じて対策を打つよう提言した。本来はそれに合わせ、国や自治体が現状についてどの段階にあるか見極める指標と数値を発表したい考えだったが、先送りにした。社会・経済活動を段階的に拡大していきたい官邸が、数値で判断を縛られることに抵抗したためだ。

中略

しかも、分科会が公表した見解は「指標をもって機械的に判断するのではなく、総合的に判断する」と明記した。経済活動の再開を推し進めてきた官邸幹部は「数値なんて単なる参考だ」と言い切った。

https://news.yahoo.co.jp/articles/570bb05e5bf0c2315f04bbe518a68eafe9b5ccf

なにやら批判的に書かれていますが、最終的に政治側が意思決定をするというのはごく当然のことです。そうでなければまた以前のように専門家会議が政策を決めていると誤解されてしまうでしょう。

以前にこのブログにて、新型コロナウイルス対策において専門家から政府に助言をする組織3つ(新型コロナウイルス感染症対策専門家会議、新型インフルエンザ等対策有識者会議 基本的対処方針等諮問委員会、厚生科学審議会  感染症部会)あり、それぞれのメンバーや役割を整理した記事を書きました。

コロナウイルスのリスクガバナンスにおける科学と政治その2:専門家会議(的なもの)の状況や役割の違いを比較してわかったこと
新型コロナウイルス対策において専門家から政府に助言をする組織は専門家会議を含め3つあり、それらのメンバーや役割を整理したところ、それぞれ重複があり「どこからどこまで」を審議するものなのかあいまいなことがわかりました。

その後、専門家会議は分科会に鞍替えされて現在(2020年8月11日)までに5回開催されています。

新型インフルエンザ等対策有識者会議|内閣官房ホームページ
新型インフルエンザ等対策の円滑な推進のため、新型インフルエンザ等対策閣僚会議の下に、新型インフルエンザ等対策有識者会議(以下「有識者会議」といいます。)を開催します。有識者会議の下に、基本的対処方針等諮問委員会を開催します。有識者会議は医療・公衆衛生に関する分科会及び社会機能に関...

本記事では、新たな分科会とはどういう組織か、提案された判断指標はどんなものか、科学と政治の関係における分科会の位置づけはどういうものか、についてまとめました。

新たな分科会とはどういうものか?メンバーや位置づけは?

新型コロナウイルス感染症対策分科会のメンバーを見てみます(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/pdf/meibo-corona.pdf)。旧専門家会議からは河岡氏、川奈氏、鈴木氏、吉田氏の4名が抜け、8名が残留しました。追加されたメンバーとしては、感染症関係では今村氏(厚生科学審議会 感染症部会メンバー)、経済学系では大竹氏、小林氏の2名(両者とも諮問委員会のメンバー)、そのほかマスコミ(読売新聞の南氏)、コミュニケーション(石川氏)、労働組合(石田氏)の関係者がいます。臨時構成員として、太田氏(一般社団法人日本医療法人協会副会長)、河本氏(ANA 総合研究所会長)、清古氏(全国保健所長会副会長)、平井氏(鳥取県知事)の4名がいます。専門的な議論というよりも分野間の利害関係の調整の意味合いが強くなったという印象を受けました。

下記のニュースによると、感染・発症後に社会復帰した著名人を起用する案もあったということで、これだけはボツになってよかったと思います(石田純一さん??)。「アビガンで治りました!」なんて発言されたらたまったもんじゃないですね。

朝日新聞デジタル「分科会、廃止の専門家会議から8人移行 尾身氏が会長に」

分科会、廃止の専門家会議から8人移行 尾身氏が会長に:朝日新聞デジタル
政府は3日、新型コロナウイルス感染症対策本部などを持ち回り形式で開き、同日付で2月から医学的見地から助言を行ってきた専門家会議を廃止し、新型コロナ対応の特別措置法に基づく新たな分科会を設置することを…

この分科会の検討事項は「新型コロナウイルス感染症対策に関する事項(ワクチン接種に係る事項を含む。)」とあり、やはり非常にあいまいな役割であることは変わっていません。ただし、新型インフルエンザ等対策有識者会議の下部組織なので、新型インフルエンザ等対策特別措置法の下に位置づいたことになります。

2020年8月7日の第5回資料(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/corona5.pdf)では病院の経営状況の悪化のことが長々と出てきており、とてもこのメンバーで議論できることではないように思います。それよりも4月の緊急事態宣言による日本経済への影響などをきちんとまとめてここで議論すべきでしょう。

分科会が提案した対策強化の判断指標とはどんなものか?

上記の第5回資料に掲載されている判断指標は以下のとおりです:

No指標ステージ3ステージ4
1病床のひっ迫具合
1-1病床全体の占有率現有の25%50%
1-2うち重症者用病床の占有率現有の25%50%
2人口十万人当たりの全療養者数1525
3PCR陽性率10%10%
4人口十万人当たりの一週間の新規感染者数1525
5直近一週間と先週一週間の比較直近一週間のほうが多い直近一週間のほうが多い
6染経路不明割合50%50%

これまで国は対策強化・対策解除の判断指標を示さず、代わりに大阪府を皮切りに各都道府県が独自に基準を策定してきました。この詳細については本ブログの過去記事をご覧ください。

コロナウイルスとのたたかいは何をもって収束と言えるのか?都道府県独自基準のからくり
安全とは「許容できないリスクのないこと」と定義されるので、許容できないリスクの定義が必要です。コロナウイルス対策に関しては医療崩壊が起こることが許容できないリスクとみなされ、都道府県ごとに異なる状況にあわせて独自の基準が出されてきました。

今回分科会が示した判断指標は都道府県の独自基準を追随する形となっています。まず、感染者数や死者数ではなく「医療崩壊が起こること」をエンドポイント(許容できないリスク)としています。指標自体も例えば茨城県の指標などと比べてもよく似たものとなっています:
①重症病床稼働率【県内】
②病床稼働率【県内】
③1日当たりの陽性者数【県内】
④陽性者のうち濃厚接触者以外(感染経路不明)の数【県内】
⑤PCR陽性率【県内】
⑥1日当たりの経路不明陽性者数【都内】
https://www.pref.ibaraki.jp/1saigai/2019-ncov/index.html

茨城県の指標に出てこないのは「(5)直近一週間と先週一週間の比較」だけですね。こういう実行再生産数の簡易版のようなものがなぜ今更出てくるのか、釈然としないものがあります(k値じゃあるまいし)。また、ステージを4段階に分けたところとその解釈もそっくりです。ステージ4では緊急事態宣言を含む経済活動の制限が提案されています。

科学と政治における分科会の位置づけはどういうものか?

旧専門家会議でも科学と政治の関係性についてさまざまな議論が起こりました。以前に本ブログでも整理しています。

コロナウイルスのリスクガバナンスにおける科学と政治その4:「科学と政治」の二分式ではダメな理由
科学と政治の間にある純粋科学ではないものの正体はレギュラトリーサイエンスとして整理すると位置づけが明確になります。コロナウイルス対策では、発症後8日間で職場復帰、都道府県ごとの自粛緩和基準、ソーシャルディスタンス2m、37.5度以上が4日間続くときに相談、コロナ対策なしなら42万人死亡予測、などがレギュラトリーサイエンス的な要素です。このときどこまでが科学的ファクトでどこからが仮定に基づく推論なのかを明示することが重要です。

今回はどうだったのでしょうか。第5回会議資料の判断指標のページ(26枚目)には、「以下の指標は目安であり、また、これらの指標をもって機械的に判断するのではなく、国や都道府県はこれらの指標を総合的に判断していただきたい。」と書いてあります。評価と管理は別物、ということです。

ただし、最初に引用したニュースにもあるように、このままでは評価(分科会)と管理(政治判断)が大きく分断されてしまうことが危惧されます。以下の記事を読んでもそのような危惧が現実になっているように思えます。

文春オンライン:「あれでは政策提言どころではない」コロナ分科会委員が明かす“東京除外決定の内幕”

「あれでは政策提言どころではない」コロナ分科会委員が明かす“東京除外決定の内幕” | 文春オンライン
新型コロナウイルスの感染再拡大が続くなか、その議論の行方に注目が集まるのが、7月から新たに設置された政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会だ。それまで感染症や生命医科学の専門家が集められていた「専門…

コロナ対策の経済への影響が大きいのであれば、経済影響も医療ひっ迫度やコロナ感染状況のように指標をいくつか決めて、4月の宣言による影響はどうであったか、今後各種対策をとった場合の経済影響はどのようになると予想されるか、を数字で示せばよいでしょう。そもそもそのために感染症以外の専門家もメンバーに加わったのではないでしょうか。そしていくつかの管理オプションの感染防止効果と経済影響をそれぞれ加味して、最終的にどんな対策をとるか政治側が決めればよいでしょう。

こういうことを突き詰めると以前に本ブログでも書いた「解決志向リスク評価」になってくるのです。

コロナウイルスのリスクガバナンスにおける科学と政治その5:リスク評価・管理の分離から解決志向リスク評価へ
専門家はリスク評価、行政・政治はリスク管理という評価・管理分離論がリスク対策においては主流となっていますが、今回のコロナウイルス対策の事例を見てもいろいろと不都合が浮かび上がってきました。「解決志向リスク評価」はそのような関係性を再構築するものです。

従来のリスク評価は問題志向(problem-focused)であって、例えば「コロナはどれくらい怖いのか?」が問いになっています。対して解決志向(solution-focused)リスク評価は「実行しようとしている対策はどれくらい良い対策なのか?」が問いになります。

中略

リスク評価と管理を分離するのではなく、意思決定のための情報の解析(リスク評価や管理オプション評価を含む)と、どの管理オプションを選択するかという意思決定そのものを分離させることが特徴です。

中略

解決志向リスク評価では、リスクをコミュニケーションするのではなく、複数の管理オプションの(リスクを含む)メリットとデメリットをコミュニケーションすることに重点をおきます。

https://nagaitakashi.net/blog/risk-governance/science-policy-5/

現在の状況は、分科会は相変わらずコロナの問題だけを取り上げ、政治側が経済への影響を考えてブレーキをかける、というところではないでしょうか。せっかく多様な分野の専門家がメンバーになっているのに上記のような解決志向リスク評価からは遠のいているように思えます。

まとめ:コロナ対策分科会と6つの判断指標

新たに発足した新型コロナウイルス感染症対策分科会は、感染症以外のさまざまな分野の方がメンバーに入りましたが、議論の中でそれが生かされているようには見えず、相変わらずコロナ対策の面だけを向いているように見えます。今回提案されたコロナの感染状況の判断指標は先行する都道府県の指標をほぼ追随しており、あまり独自なものではありません。それでも政府は提案に抵抗を示したようです。医療のひっ迫度やコロナの蔓延だけではなく、コロナ対策により影響を受ける経済についてもいくつか指標を定めてモニタリングし、対策のメリットデメリットを明確に示す必要があるでしょう。

補足

分科会の第1回資料(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/corona1.pdf)では、分科会のほかに二つの会議のことが書かれています。AIとかに走りたくなる気持ちはわかるのですが(キラキラさせないと予算が取れないので)、保健所機能のデジタル化とかそういうところから始めてほしいですね。

対策効果分析アドバイザリー・ボード
(AIシミュレーション等を用いた新型コロナウイルス感染症)
(委員)
(委員長)
黒川 清
政策研究大学院大学名誉教授
山中 伸弥
京都大学iPS細胞研究所長・教授
(委員)
安西 祐一郎
内閣府AI戦略実行会議座長
日本学術振興会 顧問
(委員)
永井 良三
自治医科大学学長
AIシミュレーション等により、これまで行ってきたクラスター対策等による疫学的知見、三密対策、外出自粛、休業要請等の感染症対策について効果を分析し、より効果的な感染防止・拡大抑止策を検討・提言する。

新型コロナウイルス感染症対策・AIシミュレーション検討会議
スマートライフを実現するためのAIシミュレーション事業を実施するに当たり、新型コロナウイルス感染症に関する専門家とAIシミュレーション有識者との間で、リサーチ・クエスチョン、今後の進め方等について意見交換を行う
新型コロナウイルス感染症に関する専門家
小坂 健 東北大学大学院歯学研究科国際歯科保健学分野教授
押谷 仁 東北大学大学院医学系研究科微生物分野教授
河岡 義裕 東京大学医科学研究所感染症国際研究センター長
齋藤 智也 国立保健医療科学院健康危機管理研究部長
和田 耕治 国際医療福祉大学大学院公衆衛生学教授
AIシミュレーション有識者
安西 祐一郎 内閣府AI戦略実行会議座長、日本学術振興会顧問
北野 宏明 内閣府人工知能研究開発ネットワーク座長、ソニーコンピュータサイエンス研究所社長
中島 秀之 札幌市立大学学長(元産総研サイバーアシスト研究センター長)
神成 淳司 慶応義塾大学環境情報学部教授、内閣官房副政府CIO

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