要約
コロナウイルス対策に関連する学問分野は感染症関連だけではなく多岐にわたっており、様々な分野の専門家が必要になります。さらに各論の専門家だけではなく、全体のリスクガバナンスを考える専門家も必要になります。これに対して現在の専門家会議はキャパシティ不足であったようです。
本文:コロナウイルス対策の専門家とは誰か?
前回の記事にて、専門家会議(的なもの)の状況や役割の違いを比較しました。
そこでも書いたように、おそらく専門家会議は一生懸命社会の期待に応えようとしたのだと思います。もともと位置づけがあいまいだったので線引きがないまま役割が拡大してしまいました。社会の側も専門家会議に期待しすぎてあれこれ求めすぎました。そして政治側は自分たち意思決定の責任を明示するべきだったと思います。
2020年6月23日の専門家会議の会見
では、専門家会議が社会から期待されたこととメンバーのキャパシティが合っていないということをメンバー自ら話していました。自治体からは細かな対策まで求められたが、対策は社会経済の専門家がいないとうまくできない、ということでした。次の専門家会議的な分科会ではより多様な専門家がメンバーに入るようですが、そもそもコロナウイルス対策の専門家とはいったいどんな人のことをいうのでしょうか。本記事ではその部分を考えてみます。
リスク対策は多数の学問領域にわたる
リスク対策は多数の学問領域にわたる(multi discipline)わけですが、例えば2011年の原発事故のリスク対策を考えます。関係する専門家を考えると以下のようになります:
- 原子炉の中で何が起こっているかについては原子力工学の専門家
- 大気、水、食品中の汚染度については放射性物質の機器分析の専門家
- 放射性物質がどのように広がるかは環境動態のモデリングの専門家
- 放射性物質が人体にどのような影響を与えるかは毒性学や疫学の専門家
- 環境中濃度と曝露量の関係や、個人被ばく量の推定などは曝露評価の専門家
- 食品中放射性物質の規制などは法規制の専門家
- 市民に分かりやすくリスクの現状や規制の根拠などを伝える方法などはリスクコミュニケーションの専門家
- 上記全体を見てリスクガバナンスの体制を構築したりするのはリスクの専門家
このように「専門家」は多数の学問分野にわたることがわかります。「専門家」と呼ばれる人であっても、だいたいはこれらのどれかの専門家であって、自分の専門分野を外れると基本的に素人です。そしてこれら全体を見ることのできる専門家はほとんどいません。
ところが、このようなリスク対策全体の中でのほんの一部のみの専門家であっても、テレビ等のマスコミからコメントを求められたり、専門家会議的なところで見解を求められると、その期待に応えようといろいろ話してしまうのですね。結果として結果として自分の専門分野を飛び越えて話しをしてしまうことになります。よくよくみると原子力工学の専門家が放射線の人体への影響についてコメントしていたりするわけです。これはすごく特殊な状況というわけでもなく、専門家の失態というわけでもないのです。専門家といえども狭い専門分野以外は素人ということを皆が理解しておくことが重要です。
コロナウイルス対策に関連する専門家
コロナウイルス対策に関連してどんな専門家がいるのかを上の図にざっくりとまとめてみました。今回言いたいことはこの図がすべてです。矢印は関連性を表しています。(図を集めるのに苦労しました。。いろいろ統一されていなかったりイメージと違うものもあるかもしれません)
- ウイルスがどんなものか、病原性や感染性を調べるウイルス学の専門家
- 感染者数や死者数の把握、検査体制の整備、感染拡大防止対策、ワクチンの準備などの疫学・公衆衛生の専門家
- 感染者数の将来予測をするための数理生物学
- PCR等の検査技術の専門家
- 法規制の専門家、外国との往来を禁止するなどの部分は外交の専門家(ここも本来分けるべきですが)
- デマやパニック行動への対応、効果的な感染防止行動をとってもらうための行動科学の専門家
- 感染者の濃厚接触者に通知をするようなアプリケーションの設計・開発や、自粛による人出の減少量の解析などICT(情報通信技術)の専門家
- 感染防止対策としての経済活動の抑制による社会経済影響を予測・解析する専門家
- コロナウイルスのリスク、感染防止方法、経済影響がどれくらいか、情報の受け止め方等を説明する手段についてはリスクコミュニケーションの専門家
- 中国をはじめとする外国からの物流が止まり、マスクなどの様々な物資・材料が不足する事態などに対応する物流対策の専門家
- 上記全体をみてリスクガバナンスの体制を構築するリスク学の専門家
このようにざっくりと考えただけでも多数の分野の専門家が必要になるわけです。今回の専門家会議でカバーできているのは最初の(図中の左側の)4つくらいまででしょう。「コロナウイルス対策の専門家」ではなくどこの部分をカバーする専門家か、ということに注意する必要がありますね。
専門家の言うことを聞けって思ったときに注意すること
クルーズ船ダイヤモンドプリンセス号のコロナ対策では、「専門家(=俺)のいうことを聞け」と騒いだ「事件」が起こりました。この方は感染症の専門家ではありますが、外国籍の船のため日本の法律や行政権を適用できない問題や、さらに多国籍・多言語の数千人が乗船する小さくて多様度の高い「社会」をどううまく動かすか、などはとても「感染症の専門家」がカバーできることではありません。結局この行動は混乱を招いただけに終わりました。
専門家の話を聞け、という人ほど他分野の専門家の話を聞かない傾向があるかもしれません。専門家はある特定分野の専門家でしかなく、ほかの分野のことは素人ですのでなんでも任せるのは危険です。しかしながら、一分野を極めた人ほど自分に自信を持っており、自分はなんでも適切に判断できるという万能感を持ちがちです。専門家であるほどに他の分野の専門家を尊重するように意識することが重要になるでしょう。
私が本ブログにてリスクに関してのsns等定点観測をしているのも、社会の声を聞くことを忘れないために、システマティックに声を集めることにトライしているからです。
まとめ:コロナウイルス対策の専門家とは誰か?
コロナウイルス対策といっても、関連する学問分野は多岐にわたっており、感染症だけではなく様々な分野の専門家の知識が必要になります。さらに各論の専門家だけではなく、全体を見る役割も必要になります。現在の専門家会議はこれらをカバーするにはメンバー自身が話している通りキャパシティ不足であったと考えられます。専門家といえども専門外のことには素人ですが、期待されると頑張って分野の壁を越えてしまうものなので注意が必要です。
次回は専門家と行政・政治の関係についてリスク学の観点から書いてみたいと思います。今回の記事に加えてその関係性を踏まえることで、次の専門家会議的なものにどんなメンバーが必要かが見えてくるのです。
補足
完全にネタレベルですけど、ニュートンが17世紀にペストの治療法として、ヒキガエルの嘔吐物を使う方法を提案していた、なんていうニュースがあります。さすがのニュートンも専門外のことには口出ししないほうが良いのか、このニュースだけでは何とも言えませんが。。。
専門家とは誰か?という議論は科学哲学の分野でもっとガチな議論がありますが、本記事は専門家とそれ以外の人を分けるものは何なのか、などのところには踏み込んでいません。今日書きたいのは〇〇は専門家じゃないとかいうことではなく、正真正銘の専門家であってもちょっと分野を外れると素人だ、という話です。
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