農家はうつ病になりやすいのか?農薬がうつ病の原因なのか?を検証します

depression リスク比較

要約

農家はうつ病になりやすいのか?を検証するため、米国の質の高い疫学調査における農薬使用とうつ病との関係を調べた結果を紹介し、さらに日本の職業別悩み・ストレス・心の状態のデータから農家のストレス度を比較します。いずれも結果の解釈が難しく注意が必要なことがわかりました。

本文:農家はうつ病になりやすいのか?

本ブログではこれまでに農家の長寿命説の真偽について2回にわたり記事を書いてきました。ついでに農家は認知症になりにくいのかどうかについても検証しました。寿命にしろ認知症にしろ強いエビデンスはなく、その効果もそれほど大きなものではなさそうです。

「農家は長寿命」はファクトか都市伝説か?を検証します
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今回は、農家はうつ病になりやすいのか?農薬がうつ病の原因なのか?について検証していきます。以下のように、農家はうつ病が多いというニュースもある一方で、農業体験によってうつ病を治療するプログラムを開発する会社があるそうです。この両者はなにか矛盾しているように見えますね。

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PR Times:農業体験による心理療法をうつ病の新たな治療法として全国の医療機関で提供します

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株式会社Flourishingのプレスリリース(2022年4月1日 16時02分)農業体験による心理療法をうつ病の新たな治療法として全国の医療機関で提供します

さらに最近になり、農薬使用とうつ病に関係があるというシステマティックレビュー論文も公表されています。農家がうつ病になりやすい原因は農薬なのでしょうか?

Cancino et al. (2023) Occupational exposure to pesticides and symptoms of depression in agricultural workers. A systematic review. Environmental Research, 231(2), 116190

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本記事では、質の高い農薬の疫学調査である米国のAgricultural Health Study(AHS)によりうつ病との関係を調べた結果を紹介し、次に日本の職業別悩み・ストレス・心の状態のデータから農家のストレス度を比較し、最後にこれらの結果をどう解釈すべきかをまとめます。

AHSによる農薬とうつ病の関係を調べた研究の紹介

冒頭で紹介したシステマティックレビュー論文にて、農薬使用とうつ病との間に関係があるという結果が出ていました。ところが、農薬の影響を調べる疫学調査は非常に難しく、質の悪い研究をいくらたくさん集めても間違った結論になってしまうことを本ブログの過去記事で指摘しました。

除草剤グリホサートの健康影響その2:農薬の疫学調査はなぜ難しいのか?
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農薬使用による影響を調べた疫学調査で質の高いものは米国のAgricultural Health Study(AHS)があります。逆にこれ以外のものはあまり参考にしないほうがよいでしょう。

AHSによって農薬使用とうつ病の関係を調べた研究として、2つの論文が公表されています。一つは男性農家を対象としていくつかの種類の農薬使用とうつ病との関連あり、もう一つは農家の女性を対象として農薬中毒と診断された人以外はうつ病との関係なし、という結果でした。

最初の論文は以下のもので、男性の農薬散布者(主に農家)約2万人を対象として平均12年追跡調査した研究です。7種類の農薬 :燻蒸剤のリン化アルミニウムと二臭化エチレン、除草剤の2,4,5-T、有機塩素系殺虫剤のディルドリン、有機リン系殺虫剤のダイアジノンとマラチオンとパラチオンの使用歴のある人はうつ病の割合が有意に高くなっていたという結果です。

Beard et al. (2014) Pesticide exposure and depression among male private pesticide applicators in the agricultural health study. Environ Health Perspect, 122(9), 984-991.

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以下の表は論文のデータから私が作成したもので、%caseは調査開始時もしくは終了時のどちらかまたは両方でうつ病と診断された割合を示し、%postは調査開始時はうつ病ではないが終了時にうつ病診断された割合を示しています。

%case%post
全体8.03.2
燻蒸剤9.83.7
リン化アルミニウム11.24.6
二臭化エチレン10.33.8
殺菌剤8.73.4
除草剤8.13.3
2,4,5-T9.83.1
殺虫剤8.13.3
有機塩素9.13.2
ディルドリン9.92.9
有機リン8.23.3
ダイアジノン9.13.4
マラチオン8.43.3
パラチオン9.73.6
農薬散布日数<567.13.4
農薬散布日数57-2257.73.0
農薬散布日数226-4578.93.7
農薬散布日数>4578.63.0
農薬中毒あり20.22.7
高曝露経験あり12.33.2

全体のうつ病発症割合(%caseで8.0%、%postで3.2%)に対して増えているところを探してみましょう。%caseで見ると上記7種類の農薬使用で割合が増えています。また、農作散布日数が多いほどうつ病も高そうです。農薬中毒ありや高曝露経験ありだとさらに高い割合になっています。

ただし、%postで見ると、全体より高くなっているのは燻蒸剤の2つとパラチオン、農薬散布日数226-457のところくらいでしょうか。また、農作散布日数が多いほどうつ病割合が高いという関係も微妙なところです。農薬中毒ありや高曝露経験ありでもあまり高くなっていません。調査期間中の農薬使用とうつ病発症の関係を見たいのであればこちらを見るほうがよさそうです。

次の論文は以下のもので、農家の女性約17000人を対象とした研究です。一つめの研究と著者が同じなので、やっていることはほぼ同じです。農薬中毒ありの場合のみうつ病との関係が認められましたが、他は関係が見られませんでした。また、夫の農薬使用とも関連がありませんでした。

Beard et al. (2013) Pesticide exposure and self-reported incident depression among wives in the Agricultural Health Study. Environ Res. 126, 31-42.

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農家のうつ病についてのデータ分析

日本における職業別のうつ病割合については、国民生活基礎調査のデータがあります。2022年のデータを整理してみましょう。以下の表番号103になりますが、ついでに表番号38(職業別悩み・ストレスの有無と原因)と44(職業別こころの状態)についても整理してみます。

厚生労働省:令和4年国民生活基礎調査

国民生活基礎調査 令和4年国民生活基礎調査 健康 | ファイル | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口
国民生活基礎調査は、全国の世帯及び世帯員を対象に、保健、医療、福祉、年金、所得等国民生活の基礎的事項を調査し、厚生労働行政の企画及び運営に必要な基礎資料を得ることを目的として、昭和61年を初年として3年ごとに大規模な調査を実施し、中間の各年は簡易な調査を実施しています。 国民生活...
仕事の有無、職業分類うつ病通院割合%
総数仕事あり1.5
総数 農林漁業従事者1.0
仕事あり1.3
 農林漁業従事者0.9
仕事あり1.7
 農林漁業従事者1.2
職業別うつ病通院割合(%
悩みやストレスあり恋愛・性結婚育児自分の仕事家族との人間関係自分の病気や介護
総  数仕事あり47.51.91.62.725.27.47.0
総  数 農林漁業従事者39.20.91.10.812.57.510.2
仕事あり42.31.81.51.524.85.26.2
 農林漁業従事者36.91.11.30.414.45.610.3
仕事あり53.82.01.74.225.610.17.8
 農林漁業従事者43.40.60.81.49.211.09.9
職業別悩み・ストレスの有無と原因:悩みを持つ人の割合(%)
仕事の有無、職業分類こころの状態(0~4点)の割合(%)
総数仕事あり73
総数 農林漁業従事者76
仕事あり75
 農林漁業従事者78
仕事あり70
 農林漁業従事者74
職業別こころの状態(%)

仕事をもっている人全体に対して、農林漁業従事者(農家だけではない)は男女ともにうつ病通院割合が低いことがわかります。

また、悩みやストレス有の割合も農林漁業従事者は低いです。内訳(ここでは限定して示してあります)で見ると、家族との人間関係や自分の病気では農林漁業従事者のほうが悩んでいる割合が多いのですが、恋愛・性や結婚、育児、自分の仕事では農林漁業従事者の悩みは少ないです。

さらにこころの状態(0~4点は最もこころの状態が良い状態)は、農林漁業従事者のほうが良い割合が高くなっています。

これだけを見ると、農林漁業従事者はうつ病が少なくストレス・悩みも少ないように見えます。以下でこのデータを考察してみましょう。

疫学調査や職業別うつ病割合のデータの考察

まず、疫学調査AHSによる結果から考察してみます。

うつ病と関連する農薬として、7種類の農薬がピックアップされましたが、二臭化エチレン、2,4,5-T、ディルドリン、パラチオンは過去の農薬で現在使用されていません。リン化アルミニウムについても植物検疫における燻蒸に使用されるもので、野外の農場で使用されるものではありません。検疫所での燻蒸による曝露対策は重要になるでしょう。

残りは有機リン系殺虫剤のダイアジノンとマラチオン(日本ではマラソンと呼ばれる)ですが、使用量は以前と比べるとかなり減っています。例えばマラソンはピーク時に500t/年超の出荷量がありましたが2021年では74tに、同様にダイアジノンでは1000t超から277tになっています(データは以下参照)。使用量も減っていますが、さらに防護服による曝露量低減が重要になるでしょう。

国立環境研究所:化学物質データベース Webkis-Plus

化学物質DB/Webkis-Plus
化学物質を正しく管理・利用するために必要な情報を集約した国立環境研究所が提供する情報基盤サイト「Webkis-Plus」です。環境リスクに着目した様々な情報を検索できます。

また、うつ病になる確率が8%から9%に増えるとかそれくらいの影響であり、農薬はうつ病の主要な要因ではなく、農薬以外の影響のほうが大きいことがわかります。しかも、調査期間に新たにうつ病になった人に絞ると農薬の影響は見えにくくなりました。

次に、日本の職業別うつ病割合のデータを考察してみます。

農林漁業従事者はうつ病が少なくストレス・悩みも少ないように見えるのですが、このデータをそのまま受け止めるのは注意すべきです。

注目すべきは「職業別悩み・ストレスの有無と原因」のデータであり、農林漁業従事者は恋愛・性・妊娠・出産・育児・学業に関する悩みが少なく、自分の病気や介護に関する悩みが多くなっています。

農家の嫁不足みたいな問題はよく耳にしますが、結婚の悩みまで農林漁業従事者が少ないのはなぜでしょう?そうです、「農家」の平均年齢が高いことが原因です。他の職業よりも農家は高齢者が多い集団であり、高齢者にとって恋愛・性・妊娠・出産・育児・学業はもう自分に関係ないものです。代わりに心配なのは自分の病気や介護のことです。見事に高齢者の特徴を表しています。

つまり、農林漁業従事者は他の職業に比べてうつ病が少なくストレス・悩みも少ないというデータは、単純に農林漁業従事者は高齢者が多い、ということを示しているにすぎません。このデータから農業という職業はうつ病になりにくいとまでは言えないのです。年齢構成をちゃんと補正して比較するような研究が必要になるでしょう。

さらに、もし年齢構成を補正したとしても、職業別のうつ病割合の解釈は難しいと思います。もしも仕事でメンタルを崩して仕事をやめ、その後うつ病と診断されると無職の扱いになってしまい、職業との関係がわからなくなります。

また、うつ病割合の低い職業があったとして、職業的にうつになりにくいのか、うつの人は続けられない職業なのか、ということがわかりません。逆にうつ病の人でも続けられるような仕事があれば、その職業のうつ病割合は高くなります。それをうつ病になりやすいブラックな職業と解釈するのは間違いです。

ほかにも、うつ病になりやすい人が就く職業というのもあるかもしれません。医療関係などは「ほかの人を助けたい」という考えの人が就きやすいかもしれず、そういうまじめで道徳観が強く他人に気をつかう人はうつ病になりやすいかもしれません。

まとめ:農家はうつ病になりやすいのか?

農家はうつ病になりやすいのか?その原因は農薬なのか?について検証しました。米国の信頼できる疫学調査によると、いくつかの農薬使用がうつ病割合上昇と関係があるという結果が出ていますが、その効果は非常に小さく、他の原因のほうが大きいようです。日本の職業別うつ病割合のデータを見ると農林漁業従事者はその割合が低くなっていますが、高齢者の割合が多いため、職業の影響か年齢の影響かを分離できません。

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