要約
新型コロナウイルス感染症とインフルエンザのリスクを比較する際には、自分の主張に都合のよいシナリオのみを持ってくるのはフェアではありません。コロナのほうが季節性インフルよりも高リスクですが、季節性インフルも警戒を怠ると十分にリスクの高いものです。
本文
2020年5月14日に緊急事態宣言が39の県で解除となりました。コロナウイルス対策としての外出自粛に対して、経済への影響を不安視する声が徐々に大きくなってきています。
よく出てくるのが「インフルエンザでは○○人死んでいるのに自粛はしていない」などの意見です。以前に私が書いたリスク比較の記事でも2018年のインフルエンザによる死亡リスクは10万人あたり2.6人(日本の死者数3325人)であることを示しました。
さらに前回の記事
で書いた「許容できるリスク」を考える際に、インフルエンザとの比較は多くの人の頭の中にあるのではないかと思います。しかしながら今回の新型コロナウイルス感染症とインフルエンザのリスク比較はなかなか簡単なものではありません。ちょっと極端ですが以下の比較は何が問題でしょうか?
シナリオ | 死者 | 10万人あたり死者数 |
コロナ:西浦氏予測 | 420000 | 334 |
インフル:2009年 H1N1 | 199 | 0.16 |
続いて以下の比較はどうでしょう?
シナリオ | 死者 | 10万人あたり死者数 |
コロナ:日本5/16現在 | 725 | 0.58 |
インフル:1918年 H1N1(スペインかぜ) | 69824 | 123 |
どちらの比較も何桁も違っていて比較をするまでもない、というイメージになります。リスクのものさしの記事でも書きましたが、比較対象を自分の主張に都合の良いものを持ってくるのは問題が大きいのです。同じものを比較しているようでも、見せ方でずいぶん印象が変わり、コロナ危険派とたいしたことない派に分かれてしまいます。
本記事では、新型コロナウイルスとインフルエンザの死亡リスクを比較をするときに最低限押さえておくべきこととして、なるべくフェアな比較をすることを指摘したいと思います。ただし、ここで扱うのは死亡リスクのみです。症状の違いや潜伏期のふるまいなど病気としての特徴はだいぶ違うようですが、それは医師や感染症の専門家の発信する情報をご覧ください。
コロナウイルスの比較シナリオ
まず、コロナのほうの比較のためのシナリオを上記二つ以外にも考えてみます。以前もいくつか紹介しています。
クルーズ船ダイヤモンドプリンセスでは3711人現在までに13人の死者が確認されていますので、10万人あたりの死者数は350人となります。中国の武漢では10万人あたりの死者数は41人となります(以前の記事の時より死者数が訂正されて増えています)。ワーストケースとして言われている人口の半分が感染して致死率1%とすると、10万人あたり死者数500人となります。経済を優先してあまり強い対策を取らなかったらどうなるかという事例として、欧州でもあまり強力な対策を行っていないスウェーデンの例を考えてみますと、5/16現在で3674名の死者(10万人あたり死者数36人)、ワシントン大学の予測では収束までに5760名の死者(10万人あたり死者数56人)となっています。
このように比較対象はたくさん用意できます。これらをまとめると以下の表になります。
シナリオ | 死者 | 10万人あたり死者数 |
ダイヤモンドプリンセス | 13 | 350 |
人口の半分感染で致死率1% | 629500 | 500 |
西浦氏予測 | 420000 | 334 |
日本5/16 | 725 | 0.58 |
武漢(湖北省)5/16 | 4512 | 41 |
スウェーデン5/16 | 3674 | 36 |
スウェーデン予測 ベスト推定 | 5760 | 56 |
スウェーデン予測 悲観 | 9089 | 89 |
スウェーデン予測 楽観 | 4426 | 43 |
インフルエンザの比較シナリオ
次に、インフルエンザの方の比較のための上記以外のシナリオを同様に考えてみます。インフルエンザの死者数については、公式統計(人口動態調査)上の数字とは別に超過死亡数があります。これは、公式の死因としては肺炎などと記載されているけどインフルエンザがなかったら死んでいなかったであろう人の数を推定しています。
例えばこのようになっています。国立感染症研究所のwebサイト:
昨シーズンは3267人となっており、統計上のインフルエンザによる死者数3325人とほとんど同じになっています(公式統計は過小評価されていないということ)。ところが過去には公式統計よりも超過死亡がかなり高かった時期があります。上記サイトでも、1998-1999のシーズンでは超過死亡が35000人以上との記載があります。学童への集団予防接種が批判を受け接種が任意となった1995~2001年には超過死亡が多くなる傾向があったそうです。
また、超過死亡は推定手法によって出てくる数字が違います。1998-1999のシーズンでは49128人という推定もあります。そんなに昔の話ではありません。恐ろしい数字です。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jph/53/8/53_554/_pdf/-char/ja
1995~2001年では超過死亡は定期接種化の時代の3倍以上になり、10万人あたり17人/年となっています。これは2018年のインフル死亡リスクの6.5倍という数字です。ワクチンをやめるとこれくらいに死亡リスクが跳ね上がるという性質を持っているわけです。
また、インフルエンザで一番恐れられているのは鳥インフルエンザH5N1型です。厚生労働省はこのパンデミックが起きた場合の死者数予測として、重度型で64万人、中等度で17万人という数字を出しています。
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000136961.pdf
コロナの西浦氏予測の死者数42万人よりも大きくなりますね。ということで、こちらのほうも比較対象はたくさん用意できます。これらをまとめると以下の表になります。
シナリオ | 死者 | 10万人あたり死者数 |
人口動態調査(2018年) | 3325 | 2.6 |
季節性超過死亡 2018-2019 | 3276 | 2.6 |
季節性超過死亡 1998-1999 | 35000 | 28 |
季節性超過死亡 1998-1999別モデル | 49128 | 39 |
季節性超過死亡 1995-2001平均 | 21000 | 17 |
2009年 H1N1 | 199 | 0.16 |
1918年 H1N1(スペインかぜ) | 69824 | 123 |
1919年 H1N1(スペインかぜ) | 41986 | 74 |
1920年 H1N1(スペインかぜ) | 108428 | 191 |
H5N1の予測 中等度 | 170000 | 135 |
H5N1の予測 重度 | 640000 | 508 |
2009年のH1N1パンデミックは当時の報道のすごさを覚えているので、なんとなくインフルの中でも特別ヤバいやつ、というイメージを持ってしまいます。ところが、このようにみると死者としては非常に少ないですね。これを比較対象として持ってくるのはインフルのリスクを低く見せすぎていてフェアではないと思います。
ちなみにスペインかぜも2009年のと同じH1N1型でしたが、こちらは特に若年者の死亡が多かったようですね。
コロナとインフルどっちが怖い?
コロナとインフルエンザを同じテーブルに乗せて、死亡リスクの高い順に並べてみました。
シナリオ | 死者 | 10万人あたり死者数 |
インフル:H5N1の予測 重度 | 640000 | 508 |
コロナ:人口の半分感染で致死率1% | 629500 | 500 |
コロナ:ダイヤモンドプリンセス | 13 | 350 |
コロナ:西浦氏予測 | 420000 | 334 |
インフル:1920年 H1N1(スペインかぜ) | 108428 | 191 |
インフル:H5N1の予測 中等度 | 170000 | 135 |
インフル:1918年 H1N1(スペインかぜ) | 69824 | 123 |
コロナ:スウェーデン予測 悲観 | 9089 | 89 |
インフル:1919年 H1N1(スペインかぜ) | 41986 | 74 |
コロナ:スウェーデン予測 ベスト推定 | 5760 | 56 |
コロナ:スウェーデン予測 楽観 | 4426 | 43 |
コロナ:武漢(湖北省)5/16 | 4512 | 41 |
インフル:季節性超過死亡 1998-1999別モデル | 49128 | 39 |
コロナ:スウェーデン5/16 | 3674 | 36 |
インフル:季節性超過死亡 1998-1999 | 35000 | 28 |
インフル:季節性超過死亡 1995-2001平均 | 21000 | 17 |
インフル:人口動態調査(2018年) | 3325 | 2.6 |
インフル:季節性超過死亡 2018-2019 | 3276 | 2.6 |
コロナ:日本5/16 | 725 | 0.58 |
インフル:2009年 H1N1 | 199 | 0.16 |
さて、リスクが高いのはどっちでしょう?フェアな比較ってなかなか難しいものです。どことどこを比較するかはリスク比較の目的次第で違うからです。
正解はないものの、ここでは一つの例を示しましょう。冒頭の「インフルエンザでは○○人死んでいる」は季節性インフルを想定したものでしょうから、新型のパンデミックは比較対象から外します。季節性インフルは外出自粛など行っていませんので、これと比較するならコロナはスウェーデンシナリオ、さらに収束までの死者数予測(10万人あたり56人)と比較するのが良いかもしれません。逆にコロナではワクチンなどを使っていませんので、ワクチンをあまり使っていなかった1995-2001の超過死亡(10万人あたり17人)と比較するのが良いかもしれません。ただし、コロナのほうも超過死亡を考えないとフェアではありません。ここで、エコノミスト誌のwebsiteの国別超過死亡データ
を見ると、スウェーデンでは超過死亡と統計上報告されている死亡数がだいたい同じなので、そのままでよいと考えました。
結局のところ、新型コロナウイルス感染症は季節性インフルエンザよりも死亡リスクで比較する限りは怖い。ただし10倍怖いなどと言われていたように桁が違うほどではなく3倍程度、ということになるでしょう。ただし、これも人種や生活習慣の異なる国をまたいだ比較です。インフルでもコロナでも日本のほうが欧米より死亡率は低いようです。それを加味すると差はもっと縮まるかもしれません。
最後に、上記の二つリスクのものさしと一緒に表してみましょう。
要因 | 死亡率 | 元データ |
がん | 297 | 人口動態調査(2018年) |
コロナ:スウェーデン予測 ベスト推定 | 56 | ワシントン大学IHME |
インフル:季節性超過死亡 1995-2001平均 | 17 | 国立保健医療科学院 |
自殺 | 15.9 | 人口動態調査(2018年) |
交通事故 | 3.6 | 人口動態調査(2018年) |
火事 | 0.81 | 人口動態調査(2018年) |
落雷 | 0.0024 | 警察白書(2000~2009年の平均) |
インフルも十分に死亡リスクの高いものです。コロナに比べて大したことはないと考えてワクチンを打つのをやめてしまうとこのように多大な犠牲が払われるでしょう。このブログでも書いてきた通り、コロナのことで頭がいっぱいになるとほかのリスクのことを忘れてしまいがちになりますが、コロナとインフルと比較することでインフルは大したことはないという認識を持たないようにしましょう。
まとめ
コロナとインフルエンザのリスクを比較する際には、自分の主張に都合のよいシナリオのみを持ってくるのはフェアではありません。なるべくフェアな比較をするためには様々な角度から見ていく必要があります。全体的に考えてもコロナのほうが季節性インフルエンザよりも死亡リスクは高そうですが、インフルエンザも警戒を怠ると十分にリスクの高いものです。
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