要約
能登半島地震により真冬の避難生活が続いていますが、寒い室内での生活には高い死亡リスクがあります。ただし、夏の熱中症ほどには冬の寒さのリスクはあまりニュースになりません。本記事では熱中症と低体温症のリスクを比較したり、心筋梗塞などの寒さによる間接的な死亡リスクの大きさを整理します。
本文:暑さと寒さはどっちがキケン?
2024年1月1日、元旦の能登半島を震度7の地震が襲いました。これを書いている1月13日現在、まだ道路が寸断されている影響で、孤立している地域や十分に物資が行きわたらない地域もある状態です。死者数は220人と発表されており、まだ被害の全容も明らかになっておりません。
また、真冬の寒さの中でライフラインが途絶えており、避難生活も過酷な状態です。被害の少ない地域への2次避難が提案されているところですが、一時的にも地元を離れる決断がなかなかできない問題もあります。
特に厳しいように見えるのはビニールハウス内での避難生活です。断熱性はほとんどないので夜になると外と同じ寒さになります。
時事通信:ビニールハウス、避難所に 被災者「精神的に安心」 利点の反面、注意も・能登地震
知らない人が集まる避難所より安心できるという声がある一方、十分に暖が取れず眠れないと話す人も。防災の専門家は、余震での落下物がないなど利点がある半面、冷えなどへの対策が必要と指摘する。
(中略)
奥行き60メートルほどの広さのハウスをブルーシートで区切り、熱が逃げないよう工夫を凝らした。それでも、夜は寒さが厳しく、ダウンジャケットを着て毛布をかけても「眠れない日もあった」(干場さん)という。
冬の寒さは非常に大きな健康リスクになります。夏の熱中症で人が亡くなるというニュースを良く目にするため、寒さよりも暑さのほうが怖いと感じてしまいがちですが、実際には暑さよりも寒さのほうが高リスクなのです。
女性自身:凍死は雪山じゃなくて家の中で起きていた!死亡者数も熱中症の約1.5倍
「えっ、家のなかで凍死?」と思う人も多いことだろう。熱中症の危険性は広く知られているが、低体温症による死亡(凍死)者は1,225人(厚生労働省「人口動態調査」2021年)で、熱中症の755人(同)の1.5倍以上に上る。
(中略)
低体温症で亡くなる人は、80年代には年400人程度だったが90年代から増加。毎年1,000人前後が凍死している。高齢化社会になり、認知症患者や独居老人が増えたことも増加の要因のようだ。ひとり暮らしの高齢者には周囲の人のが安否確認や見守りをするなど注意を払ったほうがいいようだ。
本ブログではこれまでにいくつかの冬のリスクについて解説してきました。そこで本記事では、まずこれまでに解説した冬のリスクについておさらいし、次に実際に熱中症と低体温症のリスクを比較してみます。最後に、低体温症による直接の死亡リスクだけでなく、心筋梗塞などの寒さによる間接的な死亡リスクについてもまとめます。
冬のリスクのおさらい
冬のリスクについてこれまでに書いた3つの過去記事をおさらいしてみましょう。
まず、最初の記事では、家庭内のリスク(風呂などでの溺死、転倒・転落、窒息、火災)についてまとめました。これらは以下の図のように冬に増加するため「冬のリスク」と見なせます。
次の記事では、1月の死亡率(を年率に換算したもの)と年間の死亡率の比を計算し、1月の死亡率/年間死亡率の比が1.5以上の死因についてピックアップしました。その結果、下の表のように7つの死因がピックアップされ、比率(相対リスクの増加)で見るとインフルエンザがトップとなり、増え幅(絶対リスクの増加)で見るとその他の虚血性心疾患がトップとなりました。
死因 | 2019年全体 | 2019年1月 | 1月/年間 |
インフルエンザ | 2.9 | 16.3 | 5.6 |
不慮の溺死及び溺水 | 6.2 | 13.1 | 2.1 |
煙,火及び火炎への曝露 | 0.8 | 1.5 | 1.9 |
不慮の窒息 | 6.5 | 10.4 | 1.6 |
その他の虚血性心疾患 | 28.9 | 45.3 | 1.6 |
急性心筋梗塞 | 25.5 | 38.3 | 1.5 |
喘息 | 1.2 | 1.8 | 1.5 |
死亡総数 | 1116.2 | 1329.4 | 1.2 |
3つ目の記事では、WHOのガイドラインで示された「室温18℃以上」に注目しました。冬の死亡率上昇は、外気温よりも室内温度が重要です。実際に、こたつ使用率の低い北海道は室内全体が暖かく、冬季の死亡率増加が低くなっています。こたつ使用によって室温は平均1.5℃が下がり、これは「10万人あたり年間死者数9.1人」のリスクに相当すると計算されました。
高温と低温のリスク比較
とりあえず暑さと寒さのリスク比較として、直接の死因としての熱中症による死亡率と低体温症による死亡率を比べてみましょう。
使用するデータは
人口動態調査の保管統計表(報告書非掲載表)->死因->2022年->1 死亡数,死因(死因基本分類)・性・年齢(5歳階級)別
です。
死因分類の中で、熱中症は「T67熱及び光線の作用 T67.0熱射病及び日射病」を使い、低体温症は「T68低体温(症)」を使います。
これと類似の死因として、「X30自然の過度の高温への曝露」、「X31自然の過度の低温への曝露」があります。これは、熱中症などの「症状」ではなく「原因」としての分類です。ほぼ同じものをカウントしていると思われますが、若干数字が違います。また、こちらは場所別の数字が出ているのでこれを参考にします。
2022年は熱中症で1538人が死亡し(10万人あたりの年間死者数1.2人)、低体温症で1243人が死亡しました(10万人あたりの年間死者数1.0人)。おおむね同程度の死亡率になりますね。これをリスクのものさしで表すと以下のようになります。
死因 | 人口10万人あたり年間死者数 |
悪性新生物 | 316.1 |
自殺 | 17.4 |
交通事故 | 2.9 |
熱中症 | 1.2 |
低体温症 | 1 |
火災 | 0.8 |
落雷 | 0.0017 |
夏に熱中症で人が亡くなるとニュースになりやすいですが、冬の低体温症も同じくらいの人が亡くなっているのにあまりニュースになりませんね。その影響で、熱中症のほうがキケンと感じやすいのですが、実はそうではないのです。
発生場所別に見ていくと、「X30自然の過度の高温への曝露」では56%が家での発生で、「X31自然の過度の低温への曝露」では42%が家での発生でした。どちらも家での発生が多いことがわかります。熱中症も低体温症も外ではなく家の中の温度が重要なのですね。
寒さの間接的なリスク
ここまでで、暑さvs寒さとして直接の死因(熱中症と低体温症)によるリスクを比較しました。その結果死亡率で見たリスクとしては同程度であることが示されました。
次に、寒さによる間接的な関連死のリスクも見ていきましょう。このために人口動態調査の月別死亡率のデータを使用します。以下から「表5-18 死因(死因簡単分類)別にみた死亡月別死亡率(人口10万対)」をダウンロードします。
2022年の全体の死亡率は10万人あたり年間死者数で1286人でした。一方で、春夏秋の死亡率平均(3~11月)は年率換算で1227人でした。これは冬(12, 1, 2月)が無ければ死亡率は1227人で済んでいたところ、冬の存在のおかげで死亡率が1286人まで上がってことを意味します。
つまりこれを差し引くと10万人あたり年間死者数59人というのが「冬のリスク(間接的な関連死含む)」となります。
死因 | 人口10万人あたり年間死者数 |
悪性新生物 | 316.1 |
冬のリスク(間接的な関連死含む) | 59 |
自殺 | 17.4 |
交通事故 | 2.9 |
熱中症 | 1.2 |
低体温症 | 1 |
火災 | 0.8 |
落雷 | 0.0017 |
このように見ると、冬季において室温の低い避難所やビニールハウスなどでの避難生活は非常に高リスクであることが改めてわかります。特に高齢者は早めにライフラインの整っている地域への2次避難が必要となるでしょう。
2016年の熊本地震では、地震による家屋倒壊などの直接死よりも、地震後の避難生活での体調悪化などによる災害関連死のほうが多く、200名以上が関連死で亡くなっています。死因は肺炎などの呼吸器系疾患や心不全などの循環器系疾患が6割程度を占めており、どちらも寒さでリスクが上がるものです。
まとめ:暑さと寒さはどっちがキケン?
冬になると死亡率が増加しますが、これは屋外よりもむしろ室内の温度の影響が大きく、室内を温めることで防ぐことができます。寒さによる直接的な低体温症だけでも熱中症と同程度の死亡リスクとなりますが、寒さによる間接的な関連死を含めると非常に大きな死亡リスクとなり、暑さよりも寒さのほうが圧倒的にキケンと言えるでしょう。
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