要約
熱中症予防には塩分摂取という情報が広がっている中、熱中症のリスクと塩分の過剰摂取のリスクを比較するとどうなのかを解説します。それに加えて、塩の過剰摂取に関する最近の話題や、減塩の効果とそのための面白い技術なども併せて紹介します。
本文:熱中症と塩分摂取のリスク比較
2023年も夏本番となり、熱中症アラートも頻発されています。ここ数年は平均で年間1000人程度が熱中症で亡くなっており、十分な注意が必要です。
さて、昨年の夏に本ブログでは熱中症対策と塩分摂取の関係について記事を書きました。熱中症対策では塩分の補給が重要と言われていますが、「予防」と「治療」を区別することが重要です。熱中症の「予防」で塩分を摂取する必要はなく、一方で労作性熱中症の初期「治療」では塩分を含んだ水分を補給したほうが良いです。
一方で、「熱中症には塩分」という情報が広がりすぎてしまったことにより、非常以上の塩分を摂ることによる悪影響も懸念されます。厚生労働省が定めている「食事摂取基準」を参照すると、現状の日本人は必要量よりもかなり多い食塩を摂取しており、汗をかいた程度で不足することはないのです。
結局どっちなの?夏に塩分を摂ったほうがいいの?ダメなの?
基本的に熱中症「予防」に塩分摂取は必要ないので過剰摂取のリスクのほうが高くなるでしょう。熱中症の予防として気軽に経口補水液のOS-1などを飲むのもオススメできません。その根拠として、熱中症のリスクと塩分の過剰摂取のリスクを比較するとどうなのかを本記事では解説します。
さらに本記事では、熱中症と塩分摂取のリスク比較に加えて、塩の過剰摂取に関する最近の話題をいくつか紹介します。減塩の効果とそのための面白い技術なども併せて紹介します。
塩分神話:塩の効果の過大評価
現在の日本人の食塩摂取量は大きなリスクになっています。そのこと自体はよく知られていると思いますが、一方で「塩は健康に良い」という空気も一部界隈で見られています。
これはSNSで塩による健康法を唱えるインフルエンサーの存在の影響などもあるかもしれません。
ひたすら塩を用いた健康法を唱える「塩の人」と呼んでいますが、唱える健康法についてはデマが多く、信じてしまうと健康を害することになるでしょう。本ブログではAIを用いてSNSアカウントのデマ判定を行い、この塩の人のデマ度が高いことを報告しています。
また、熱中症の「治療(予防ではありません!)」に使われる経口補水液OS-1についても飲みすぎ問題が発生しています。以下はツイッターで見つけた一例です。
この方の祖母は体調が悪いときに「美味しくないけど身体に良いから」とOS-1を一日2~3本飲んでいたようです。入院したこととの因果関係は不明ですが、これは明らかに飲みすぎです。
OS-1は塩分0.3%なので、ペットボトル1本(500mL)飲めば食塩1.5g、2本なら3gになります。理想は食塩5g/日以下ですから、OS-1だけで3gも摂ってしまうと達成不可能です。普段の水分摂取は水やお茶、スポーツドリンクで十分です。
熱中症疑いの子供に塩分を過剰摂取させて死なせてしまった事例もあります。2015年8月に盛岡市の認可外保育施設で、保育担当の経営者が1歳の女の子に過剰に塩分を与えたことが原因です。
YAHOOニュース:大人の絶望的な「無知」が子供の悲劇的な「死」を招く
これらの事例は「塩分神話」を信じる人がそれなりにいることを示しているのでしょう。
塩と熱中症のリスク比較
次に塩と熱中症のリスクを比較してみましょう。比較するためのリスク指標として、本ブログでおなじみの「人口10万人あたりの年間死者数」を使います。
塩分の過剰摂取は高血圧を引き起こし、虚血性心疾患や脳血管疾患による死亡を増加させます。
世界疾病負荷研究で評価された塩分過剰摂取のリスクは以下のrisktoolsで表示できます。
「(試作版)リスク要因別リスクのものさし表示ツール」で「ナトリウムの多い食事」を選んで決定を押すと以下の結果「10万人あたりの年間死者数29.8人」が表示されます。
次に熱中症のリスクを見てみましょう。本ブログでも過去記事でこのリスクを計算しています。
最新版のデータは以下にあります。2021年から過去5年間の死者数の平均値をとってみると年間1145人となり、日本の人口で割ると、「10万人あたりの年間死者数0.91人」となります。
厚生労働省:熱中症による死亡数 人口動態統計(確定数)より
つまり、熱中症の死亡リスクよりも塩分過剰摂取の死亡リスクのほうが30倍くらい高いわけですね。このようなリスクの量的感覚は知っておいてソンはないと思われます。
減塩の効果と減塩テクノロジー
何度も書きますが、塩分を追加で摂取することで熱中症を予防することはできません。むしろ積極的に塩分摂取量は減らしていくべきです。では減塩の効果はどれほどのものでしょうか?
わりと最近の研究としては以下の中国の事例があります。内容は日本語のニュース記事を読んだほうがわかりやすいでしょう。この疫学研究の結果、1日あたりの塩分摂取量を1g減らと、虚血性心疾患のリスクを約4%低下させ、脳卒中のリスクも約6%低下する可能性があると評価されました。
この結果とrisktoolsを用いて減塩の効果を評価してみましょう。
「虚血性心疾患」とは、日本の死因分類で行くと「急性心筋梗塞」と「その他虚血性心疾患」を合わせたものになります。risktoolsで2020年ベースの10万人あたりの年間死者数を調べると、急性心筋梗塞で24.7人、その他虚血性心疾患で29.8人、合わせて54.5人でした。その4%なので2.2人のリスク低減効果が得られます。
同様に、脳卒中(=脳血管疾患)のリスクは83.5人であり、その6%なので5.0人のリスク低減効果が得られます。
合計すると10万人あたりの年間死者数で7.2人となりました。これは熱中症のリスク(10万人あたりの年間死者数で0.91人)よりかなり高いですね。
OS-1の500mLペットボトル1本を毎日飲むと、1.5gの食塩がプラスされるので、単純な比例計算で10万人あたりの年間死者数10.8人のリスクとなってしまいます。これはかなり大きい数字ですね。
最後にちょっと面白い取り組みを紹介します。ごく微弱な電流を用いて塩味の感覚を増強させることで、減塩食でもおいしく食べられることを活用した製品(スプーンとお椀型の「エレキソルト」デバイス)が開発されています。
このスプーンやお椀を使うと、減塩食を食べたときに感じる塩味が約1.5倍程度に増強されるという結果が出ています。
キリンホールディングス:電気の力で、減塩食の塩味を約1.5倍※2に増強するスプーン・お椀を開発
2023年中の発売を目指すとのことですので、今後要チェックではないかと思います。
まとめ:熱中症と塩分摂取のリスク比較
熱中症予防に塩分摂取という情報が広がっていますが、基本的に熱中症の予防に塩分は必要なく、逆に塩分過剰摂取による悪影響のほうが大きくなります。一方で減塩による死亡リスクの低減効果は高いです。risktoolsを使ってリスクを定量的に比較することでこれらのことがよくわかるようになります。
補足
減塩の効果については、食塩に感受性が高い人(食塩によって高血圧になりやすい人)とそうではない人がおり、感受性の低い人が減塩してもあまり効果がありません。本記事で示しているのはあくまで「集団としてのリスク」であり、特定の個人のリスクのことではありません。
みんなが減塩すればその中には食塩に感受性の高い人が含まれているので、その人たちは死亡リスクが低くなり、集団全体として見るとリスクが下がるという意味です。
かういう私自身も平均レベルの食塩(1日あたり10g程度)を摂取していると思いますが、長年低血圧のままなので減塩してもあまり意味がなさそうです。
ちなみにトップの画像は塩分過剰摂取のイメージでAIが生成した画像です。
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