要約
熱中症の死亡リスクは10万人あたりの年間死者数1.3人ですが、年代ごとの差が非常に大きく、高齢者のリスクが高くなっています。また、マスクや換気などコロナウイルス対策とのトレードオフ関係をみるために、コロナと熱中症のリスクを年代別に比較したところ、高齢者は一般的にはコロナよりも熱中症対策を優先すべきと考えられます。
本文:熱中症のリスク
7月は長梅雨で過ごしやすい日が続きましたが、8月に入ってから一気に猛暑となり、熱中症による死者のニュースが相次いでいます。
NHKニュース:東京 熱中症で新たに26人死亡 今月で79人 熱中症対策を
東京都監察医務院によりますと、都内で今月熱中症で亡くなった人は79人に上っています。
年代別では、80代が31人と最も多く、次いで、70代が21人と、70代以上がおよそ80%を占めています。
また79人のうち75人が屋内で亡くなっていて、このうち65人はエアコンが部屋にないかあっても使用していなかったということです。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200818/k10012571631000.html
しかも、今年の夏はコロナウイルス対策をしながら熱中症も予防せねばならず、例年よりも大変な夏になっています。マスク着用と熱中症はトレードオフ関係にあるのでしょうか?
テレ朝ニュース:マスク着用が影響?熱中症の搬送者、去年の10倍に
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000188879.html(リンク切れ)
済生会横浜市東部病院・谷口英喜先生:「子どもは息を吐き出して体温を下げている、だから非常に危険なんです、この暑い時期にマスクというのは」
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000188879.html
さらには、息がしにくいことで私たちは無意識のうちに呼吸に使う筋肉を普段より余計に動かしている、これも体温を上げる要因になります。
厚生労働省は、十分な距離が確保できる時はマスクを外すよう呼び掛けています。しかし、このご時世、外すタイミングを見計らうのは容易ではありません。
本記事では、前回海水浴や釣りの死亡リスクを計算したのと同じように、熱中症のリスクを計算してみます。さらに、コロナウイルスのリスクとのトレードオフ関係を調べてみます。
熱中症の死亡リスクの計算
リスクの計算方法はいつものように、基本的に本ブログで過去に書いた方法に従い、10万人あたりの年間死者数で表現します。
とりあえず熱中症というものを知るには環境省による以下の資料がよさそうです。「とりあえずこれ読んどけ」的なものといえるかと思います。
熱中症環境保健マニュアル 2018
この資料の6~8ページに熱中症の数が報告されており、ここ数年の夏季の間に、熱中症による受診者数は30~40万人程度、救急搬送数は5万件近くに上るようです。死者数は暑い年とそうでない年で変化が大きいですがおおむね増加傾向がみられ、多い年では1000人以上が亡くなっています。
統計情報は以下のページからダウンロードできるようになっていました。
厚生労働省 熱中症による死亡数 人口動態統計(確定数)より
2018年度の熱中症による死者数1581人を人口で割ると、10万人あたりの年間死者数は1.3人と計算されます。これをリスクのものさしで表すと以下のようになります。
要因 | 10万人あたり 年間死者数 |
がん | 297 |
自殺 | 15.9 |
交通事故 | 3.6 |
熱中症 (2018年) | 1.3 |
火事 | 0.81 |
落雷 | 0.0024 |
次に、年齢による影響が大きいので、年代別のリスクを計算したのが以下のグラフになります。70代以上から一気に上がってきます。
また、地域差をみるために都道府県別に計算したものを以下に地図で示します。北海道は明らかに低いですね。関東以西が高くなっていますが、九州・沖縄は意外と高くありません。理由はよくわかりませんでした。
最後に日本全体の経年変化のグラフを以下に示します。
経年的に増加傾向がみられるのには、高齢者の増加と気温の上昇の二つの影響が大きいと考えられます。高齢者の増加の影響を取り除いて温暖化の影響をみる場合には、単純な死亡率(死者数/人口)ではなく年齢調整死亡率を使います(ちょっと難しくなるのであとは補足に書きます)。
マスクをつけると熱中症になりやすいのか?
マスクをつけると熱中症になりやすい、というのは本当なのでしょうか?エビデンスとなりそうな論文は一つだけあるようです。体に負担はかかるが熱中症になりやすいとまではいえないようです。
『新しい生活様式』下における熱中症予防に関する学術団体からのコンセンサス・ステートメント
一方、マスク着用が身体、特に体温に及ぼす影響を学術的に研究した報告はあまりありません。いわゆる一般的なマスクに近いサージカルマスクを装着した人と、そうでない人を1時間、5㎞を室内のジョギングマシーンで運動負荷を与え、その前後でマスク内温度や体温などを比較したRobergeらの研究があります10)。これによると、マスク装着し運動した人は有意に心拍数、呼吸数、二酸化炭素が増加、マスクをつけている部分の皮膚温度は、つけていない人の顔面に比して温度が1.76°C上昇したとの報告もあります。深部体温(核心温)には差はなかったとの報告でした。
現時点ではマスクをつけて運動しているから必ず熱中症になりやすいとも言えないですが、心拍数、呼吸数、二酸化炭素、体感温度の上昇から、マスクをつけることで、体に負担がかかると考えられます。中略
10. Roberge RJ, Kim JH, Benson SM. Absence of consequential changes in physiological, thermal and subjective responses from wearing a surgical mask. Respir Physiol Neurobiol. 2012 Apr 15;181(1):29-35. doi: 10.1016/j.resp.2012.01.010. Epub 2012 Feb 2.PMID: 22326638
https://www.jaam.jp/info/2020/info-20200601.html
もう一つ上記資料には、コロナウイルス感染拡大防止のため屋内の長時間滞在やソーシャルディスタンスを徹底すると、近所で声を掛け合うなどの「人と人のつながり」が減少して、熱中症の発症リスクを上げてしまうことも危惧される、ということも記載してあります。
熱中症とコロナウイルス感染対策のリスクトレードオフ
熱中症とコロナ、どっちの対策を重視するかはなかなか難しいものがあります。現時点の死亡リスクは同程度。両者ともに特に高齢者に対するリスクが高いので、高齢者はどちらも注意せねばなりません。そこで、以前に書いたコロナウイルスの年代別リスクの更新版を以下に示します(全体死者数以外は計算値です。死者数を更新しただけで、性別、年代、地域別割合などは更新していません)。計算方法はコチラになります:
区分 | 死者数 | 人口 | 10万人あたり死者数 |
8/18日現在の 日本の死亡リスク | 1115 | 124218285 | 0.90 |
10代 | 1.1 | 11141431 | 0.010 |
20代 | 8 | 11856469 | 0.07 |
30代 | 22 | 14173532 | 0.16 |
40代 | 45 | 18431657 | 0.24 |
50代 | 145 | 15783347 | 0.92 |
60代 | 335 | 16835824 | 1.99 |
70代 | 335 | 15099288 | 2.22 |
80代以上 | 223 | 10945727 | 2.04 |
東京都に住む60代男性 | 81 | 738000 | 10.96 |
60代だとコロナのリスクのほうが若干高くなりますが、75歳以上では熱中症のリスクのほうが高くなります。高齢者なら一般的にはコロナよりも熱中症対策を優先したほうがよさそうです。ところが、難しいことに東京などの都会においてはコロナのリスクのほうが逆転しそうです。周辺の感染状況など、状況を細かくみていく必要がありそうです。
まとめ:熱中症のリスク
熱中症の死亡リスクを計算したところ、全体としては10万人あたりの年間死者数1.3人となりましたが、年代ごとの差が非常に大きくなっています。経年的には増加傾向、地域別には関東以西が多くなっています。また、コロナウイルス対策との関係として、熱中症予防のために夏場はマスクを外しましょうといわれていますが、あまり明確な根拠はないようです。高齢者は一般的にはコロナよりも熱中症対策を優先、ただし、都会の場合は逆になることもあります。
補足
本ブログでは死亡リスクの計算のために、死因別の死者数が記録されている人口動態統計を頻繁に使います。ただし、人口動態統計には「熱中症」という死因の区分はなく、他の区分から推定することになります。この区分自体が時代とともに変化することもあり(現在の区分ICD-10は1995年から)、正確な経年変化を追うことは難しくなっています。
通常は「熱及び光線の作用(T67)」という区分の数字を使いますが、これは傷害の性質に基づく分類で、このほかにも外因に基づく「自然の過度の高温(X30)」や「人工の過度の高温(W92)」という分類もあり、なかなかややこしいです。
年齢調整死亡率(10万人あたりの年間死者数)とは、(一般的には)昭和60年当時の人口分布を基準として、年齢構成による死亡率の違いを補正して比較できるようにした死亡率です。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/other/00sibou/1.html
地域差や気温との関係、経年変化を議論するにはこの年齢調整死亡率を使ったほうが適しています。例えば以下のような論文があります。
熱中症が増加傾向にある理由として高齢化と気温上昇を挙げましたが、もう一つの理由として、以前の記事の「予言の自己成就」に書いたがことが関係しているかもしれません。つまり、熱中症が社会で注目されるようになると、医師が熱中症に気を付けて診断するようになり、以前は違う死因で記録されていたものが熱中症(正式には熱及び光線の作用)と記録されやすくなった、ということも考えられます。
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