要約
発熱等コロナウイルス感染症を疑う症状があった場合、職場に復帰するには陰性証明をもらう必要はありません。症状後8日かつ症状消失後3日経過後という目安が示されています。これはコロナウイルスの感染力の持続性が根拠となっています。
本文
緊急事態宣言や外出自粛が解除となり職場が再開しつつあります。一方で、発熱など新型コロナウイルス感染症が疑わしい場合、あるいは家族がそうなった場合に仕事はどうすればよいのか?という疑問が出てきます。私の身近に医療従事者がいますが、「会社からコロナの陰性証明を求められたのでPCR検査をしてほしい」といって突然病院に来てしまう人がそれなりにいるとのことです(当然疑わしい症状もなければ検査はできません)。退職に追い込まれたというケースも報道されています。
なぜ陰性証明を求めてはいけないの?疑わしいまま職場に来られても不安がつのるだけだよ。疑わしい人もそうでない人もみんなPCR検査して陰性になったなら安心して職場に復帰できるじゃない?
本記事ではこのような疑問に対して、検査ではなくインフルエンザ等と同様に日数で判断すべきことと、その日数は何日でその根拠は何か?について調べてみたことを書いていきます。
PCR検査で陰性証明はできない
本ブログでも以前にPCR検査の不確実性について解説する記事を書きました。偽陽性、偽陰性について知りたい方はまずこちらをご覧ください。
コロナが実際に発症している状態でも10人に3人程度はPCR検査で陰性になってしまいます。その3人が陰性証明をもって次の日から職場に復帰してきたらマズイですよね。また、感染→発症→その後の経過でPCR検査で陽性になる割合は変化してきます。以下のニュースでも書かれていますね。
このニュースの元論文は以下の通りです。
論文1:Variation in False-Negative Rate of Reverse Transcriptase Polymerase Chain Reaction-Based SARS-CoV-2 Tests by Time Since Exposure(Annals of Internal Medicine M20-1495)
感染者が発症する前日ではなんと67%が陰性、発症した日でも38%、発症3日後でも20%は陰性になっています。PCR検査で陰性であったことをもって「陰性証明」としてしまうと感染拡大を防げないのですね。
同じコロナウイルスが原因のSARSの場合は発症後7-10日後に感染力のピークが来るので、発症した人を検査して、陽性の人を隔離することが有効でした。ところが、今回の新型コロナウイルスの場合は発症直前に感染力のピークが来ることが知られています。
論文2:Temporal dynamics in viral shedding and transmissibility of COVID-19 (Nature Medicine 26, 672-675)
この論文では、ある感染者とその人から感染した2次感染者の発症日の間隔を解析したところ、44%が発症前に次の人に感染したと推定されています。発症前ではPCR検査で陰性になる割合が高いことから、検査&隔離だけでは感染拡大を防げないことになります。
職場復帰の目安
PCR検査で陰性証明ができないなら一体どうすればよいのか、途方に暮れてしまいそうです。
ここで厚生労働省のインフルエンザ対策を見てみると、
Q.17: インフルエンザにかかったら、どのくらいの期間外出を控えればよいのでしょうか?
一般的に、インフルエンザ発症前日から発症後3~7日間は鼻やのどからウイルスを排出するといわれています。そのためにウイルスを排出している間は、外出を控える必要があります。
排出されるウイルス量は解熱とともに減少しますが、解熱後もウイルスを排出するといわれています。排出期間の長さには個人差がありますが、咳やくしゃみ等の症状が続いている場合には、不織布製マスクを着用する等、周りの方へうつさないよう配慮しましょう。
現在、学校保健安全法(昭和33年法律第56号)では「発症した後5日を経過し、かつ、解熱した後2日(幼児にあっては、3日)を経過するまで」をインフルエンザによる出席停止期間としています(ただし、病状により学校医その他の医師において感染のおそれがないと認めたときは、この限りではありません)。Q.18: インフルエンザにり患した従業員が復帰する際に、職場には治癒証明書や陰性証明書を提出させる必要がありますか?
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/qa.html#q17
診断や治癒の判断は、診察に当たった医師が身体症状や検査結果等を総合して医学的知見に基づいて行うものです。インフルエンザの陰性を証明することが一般的に困難であることや、患者の治療にあたる医療機関に過剰な負担をかける可能性があることから、職場が従業員に対して、治癒証明書や陰性証明書の提出を求めることは望ましくありません。
ということで、インフルエンザのように陰性証明ではなく日数で判断することができそうです。では新型コロナウイルスの場合それは何日なのでしょうか?
コロナ専門家有志の会のwebサイトにて発熱や風邪症状があった人の職場復帰の目安が示されています。
日本産業衛生学会が公表している目安として
1)発症後に少なくとも8日が経過している
2)薬剤を服用していない状態で、解熱後および症状消失後に少なくても3日が経過している
の二つの条件となっています。インフルエンザよりも長めですね。ではこの発症後8日、解熱後3日の根拠は一体何でしょうか?日本産業衛生学会の資料を見てみましょう。
5ページ目
https://www.sanei.or.jp/images/contents/416/COVID-19info0420koukai.pdf
発熱や風邪症状を認める場合の基本的な考え方
・常に新型コロナウイルス感染症の可能性を念頭にした対応が求められる。
・新型コロナウイルス感染症との診断に至らなかった場合(PCR検査陰性、医療機関を受診しなかった場合を含む)でも、新型コロナウイルス感染症を完全に否定することはできない。
・最近の感染拡大の状況を鑑みると、「診断に至っていない発熱や風邪症状」については、新型コロナウイルス感染症の確定例と同じ対応を行うべきである。
となっており、熱があればコロナであるとの前提で対応すべきのようです。そして6ページの表2の中に発症後8日、解熱後3日という数字が出てきますね。その数字の根拠は「ヨーロッパCDCの隔離解除基準のうちMild suspected or confirmed COVID-10 cases を参照した」とあります。うーん、まだ数字の根拠にはたどりつけません。
ではさらにヨーロッパCDCの資料を見てみます。Guidance for discharge and ending isolation in the context of widespread community transmission of COVID-19. first update (8 April 2020) https://www.ecdc.europa.eu/sites/default/files/documents/covid-19-guidance-discharge-and-ending-isolation-first%20update.pdf
退院と隔離終了のためのガイダンスとありますね。医療崩壊を防ぐために早期に退院させ自宅療養に切り替えることが必要とのことです。2ページ目に、ウイルス量は軽症例では症状発症から最大8日後まで持続し、重症例では11日目にピークを迎えると書いてあり、ついに8日の根拠が出てきました。ただし、解熱後のウイルス排出期間に関するエビデンスはありませんとも書いてあります。発症後8日の根拠はわかりましたが解熱後3日の根拠については結局よくわかりませんでした。
8日で本当に十分なのか?
ヨーロッパCDCの資料2ページ目には、小児患者では感染後1カ月以上糞便からのウイルス長期排出が報告されているとの記載もあります。また、上記の論文1では、発症後8日では10人中7人程度にPCR検査でコロナウイルス陽性の結果が出るという結果が出ています。発症後16日後でも10人中3人程度が陽性になっています。さらに、上記の論文2では、ウイルス量は発症後徐々に減るが発症8日後でも検出されており、多くのケースで検出限界以下になるのは発症21日後になっています。
うーん、またまた悩ましい問題が出てきました。発症8日後でもPCR検査で陽性になるしウイルス量もまだまだあるとのことです。ふたたび途方に暮れそうです。もう一度ヨーロッパCDCの資料に戻ると、ウイルス排出≠感染力であることも書いてあります。そこで、8日の根拠となる元の論文にあたってみましょう。
論文3:Virological assessment of hospitalized patients with COVID-2019(Nature, 581, 465-469)
この研究では、ウイルス量だけではなくウイルスの感染力を把握するため、生きている(培養可能な)ウイルスの分離を行っています。発症後最初の1週間では多くの割合で発症者から生きているウイルスが分離できましたが、発症8日後以降はウイルス量が多いにもかかわらずウイルスが分離できなかったとのことです。分離できないということはもう増殖する能力を失っているということになり、感染性もないだろうと判断できます。さらにウイルス量に関係なく、発症6~12日目に採取された糞便サンプルからのウイルスは分離できなかった、とも記載されています。
なるほど、ウイルスが検出されるかどうかとそのウイルスが感染力を持っているかどうかはまた別の話ということがよくわかりました。逆に言えば発症後8日以上経っていればPCR検査で陽性であっても退院してもよいということになります。以上、感染症専門医の忽那氏による記事に全部書いてありました。。。
根拠としている文献も同じなので大分遠回りした感じもしますが、職場復帰は発症8日後ということでよさそうです。ただ、根拠となる文献は一つしかなさそう、さらに数人の患者(糞便は4人、他は不明だがそれほど変わらなさそう、年齢なども不明!)から採取したサンプルでの結果でしかないこと、という理由から、もう少しエビデンスの蓄積が待たれるところです。
家族が感染したらどうするか?
ヨーロッパCDCの資料では、患者の世話人はその患者と最後に接触してから14日間は自己隔離すべきである、隔離期間中に症状が発現した場合は発症後8日と解熱後3日は自宅で隔離、または症状が悪化した場合は医療機関を受診すべきである、とあります。つまりは感染疑いの人と同じ扱いになるということですね。
まとめ
PCR検査では陰性証明ができないので、発熱などの疑わしい症状の時はコロナに感染しているかもしれないという前提で日数で管理することになります。症状後8日のエビデンスはウイルス量や排出期間ではなく感染力、症状消失後3日のエビデンスはよくわからず。職場復帰後もソーシャルディスタンスは維持すべきでしょう。
補足
インフルエンザの出席停止期間は上記の通り発症後5日、解熱後2日となっていますが、これも同様の研究結果に基づいています。インフルエンザウイルスの感染力は感染後8日(発症後6日)にかけて消失していく、という実験結果から発症後5日(6日目に登校してよい)となったようです。ただし、この実験の被検者はわずか19人(それでもコロナより多いかも)で、19歳から40歳までと子供が含まれていなかったようです。これも限定的なエビデンスしかない場合でも決めなきゃいけない、というまさにレギュラトリーサイエンスの事例と言えそうです。詳細は「基準値のからくり」をご覧ください。
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