飲酒(アルコール)のリスクその3:飲酒ガイドライン正式版への反応

alcohol4 基準値問題

要約

飲酒ガイドラインの正式版が公表され、業界への配慮と飲酒量を減らそうというメッセージの両立を目指す修正がなされました。ガイドラインの案と正式版の違いを紹介し、ガイドラインに関連するX(旧ツイッター)のリプライを解析し、どのような反応(特に誤解)が生じているのかをまとめます。

本文:飲酒ガイドライン正式版への反応

飲酒のリスクについて書くシリーズの3回目です。今回は飲酒ガイドライン正式版への反応を解析します。これまでの記事その1では、飲酒ガイドライン案に記載された飲酒量の基準(生活習慣病のリスクを高める飲酒量としてアルコール量換算で男性40g/日・女性20g/日)の根拠について書きました。

飲酒(アルコール)のリスクその1:飲酒ガイドラインの男性40g/日・女性20g/日の根拠は謎だらけ
生活習慣病のリスクを高める飲酒量として男性40g/日・女性20g/日という数字を示した飲酒ガイドラインの内容を紹介(実際には飲酒量の基準を示したものではない!)し、男性40g/日・女性20g/日はどこから出てきた数字なのかの謎を解き明かします。

続くその2では、飲酒ガイドラインの目安量(男性40g/日、女性20g/日)と比較して日本人の飲酒量はどれくらいか?、アルコール摂取量と死亡率に関するJ型カーブの謎(なぜまったく飲まない人よりも多少飲む人のほうが死亡率が低くなるのか)、お酒の種類や休肝日の影響について調べた結果、をそれぞれまとめました。

飲酒(アルコール)のリスクその2:アルコール摂取量と死亡率の関係
飲酒ガイドラインの目安量(男性40g/日、女性20g/日)と比較して日本人の飲酒量はどれくらいか?、アルコール摂取量と死亡率に関するJ型カーブの謎(なぜまったく飲まない人よりも多少飲む人のほうが死亡率が低くなるのか)、お酒の種類や休肝日の影響について調べた結果、をそれぞれまとめました。

死亡率が最も低くなるアルコール摂取量は男性で10-20g/日、女性で10g/日程度でした。男性40g/日、女性20g/日になるとそれよりも死亡率が増加してしまいます。

その後、飲酒ガイドラインの正式版(その1の時点ではガイドライン「案」だった)が2024年2月19日に公開されました。

厚生労働省:「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」を公表します

「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」を公表します

ガイドラインの案と正式版では細かい表現が変わっているものの内容は基本的に変わっていません。ただし、その公開を紹介するニュースでは、案の時点では「男性40g/日・女性20g/日」が強調されていましたが、正式版の時点では20g/日で大腸がんという部分が強調されています。

産経新聞ビールロング缶1本以上で大腸がんリスク 厚労省が初の飲酒ガイドライン

ビールロング缶1本以上で大腸がんリスク 厚労省が初の飲酒ガイドライン
厚生労働省は19日、飲酒のリスクや体への影響をまとめた初のガイドラインを発表した。年齢や性別、体質、疾病別で異なる飲酒による健康リスクを示したほか、酒量より「…

指針によると、大腸がんの発症リスクを高める飲酒量の目安は、1日当たりビールロング缶1本に相当する約20グラム(週150グラム)以上などと例示。特に高齢者は体内の水分量の減少などで酔いやすく、飲酒量が一定量を超えると認知症が発症する可能性が高まる。

本記事では、まずガイドラインの案と正式版とでどこが変わったのかを紹介し、さらに上記のニュース記事についてX(旧ツイッター)のリプライをまとめた結果を示します。最後に、まとめたうちのいくつかのリプライについて解説を試みます。

飲酒ガイドラインの案と正式版で何が変わったか?

まずは飲酒ガイドラインの案と正式版で何が変わったかを見ていきましょう。すべてを比較したわけではないですが、気づいた点を挙げておきます。

まずはお酒業界に配慮したと思われる点が2点ありました。お酒は単なる嗜好品ではなく伝統と文化に根付いているもので、安易に否定されるべきではないという表現になっています。

案:
お酒は嗜好品として国民の生活に深く浸透している一方で、不適切な飲酒は健康障害等につながります。

正式版:
お酒は、その伝統と文化が国民の生活に深く浸透している一方で、不適切な飲酒は健康障害等につながります。

また、「自分に合った飲酒量を決める」だけではなく、「飲酒を心がけることが大切」というように飲酒そのものを否定しないような表現にもなっています。

案:
4 飲酒量(純アルコール量)について
上記のようなアルコールのリスクを理解した上で、次に示す純アルコール量に着目し
ながら、自分に合った飲酒量を決めることが大切です。

正式版:
4 飲酒量(純アルコール量)と健康に配慮した飲酒の仕方等について
上記のようなアルコールのリスクを理解した上で、次に示す純アルコール量に着目し
ながら、自分に合った飲酒量を決めて、健康に配慮した飲酒を心がけることが大切です。

もちろん飲酒の悪影響を懸念して修正された点もあります。以下の部分では、紛失物の発生が追加されました。

案:
② 行動面のリスク
アルコール摂取により運動機能や集中力の低下等が生じ、使用することで危険を伴う機器(例えば、鋸等の工具類、草刈り機等の電動機、火気を伴う器具類等)の利用や高所での作業による事故などの発生、飲酒後に適切ではない行動をとることによって怪我や他人とのトラブルの発生などが考えられます。

正式版:
② 行動面のリスク
過度なアルコール摂取により運動機能や集中力の低下等が生じ、使用することで危険を伴う機器(例えば、鋸等の工具類、草刈り機等の電動機、火気を伴う器具類等)の利用や高所での作業による事故などの発生、飲酒後に適切ではない行動をとることによっての怪我や他人とのトラブル(例えば、路上や公共交通機関でのトラブル、暴力行為等)、紛失物の発生(例えば、金銭等や機密書類、ノートパソコンやUSBメモリ等の紛失)などが考えられます。

さらに、前回解説した「男性40g/日、女性20g/日」についても、この量までは飲酒しても問題ないと誤解されないように注釈が入っています。

案:
また、参考となる飲酒量(純アルコール量)の数値としては、第2期計画や令和6年度から開始予定の健康日本21(第三次)において、「生活習慣病のリスクを高める飲酒量」として、「1日当たりの純アルコール摂取量が男性40g以上、女性20g以上」が示されています。

正式版:
その他の参考として、国内では、第2期計画において、「生活習慣病のリスクを高める量(1日当たりの純アルコール摂取量が男性40g以上、女性20g以上)を飲酒している者の割合を男性13.0%、女性6.4%まで減少させること」(※)を重点目標として示しています。
※これらの量の飲酒をしている者の減少を目標としたものです。なお、これらの量は個々人の許容量を示したものではありません。

飲酒ガイドラインに対するXのリプライの整理、分類

ここまで整理したところで、「お酒を飲むこと自体が悪いことではない」という業界への配慮をしつつ、「飲み過ぎは良くない」というメッセージを両立させようという努力の跡が見えました。

その結果人々にはどのように受け止められたのでしょうか?ソーシャルリスニングとして、上記の産経新聞のニュース記事を紹介したX(旧ツイッター)のポストに対するリプライを解析してみました。

以前はツイッターAPIを用いて自動で解析できたのですが、今は使用できなくなってしまったので手動で解析します。ほとんどのリプライが典型的なパターンに分類できたので、その典型的なパターンの要約とその分類を示します。

要約分類
(自分、家族、知り合いなどが)ずっとお酒をガブガブ飲んでるけど全く異常なし大したことない
やめられない、気にせず飲む大したことない
人生好きなことをやめるよりも飲んだほうがマシ大したことない
お酒よりも○○の方がハイリスク(ストレス、長時間労働、農薬、たばこ、ワクチン、ラーメンなど)大したことない
○○すれば大丈夫(チェイサーと一緒なら、ヨーグルトを一緒に食べればなど)大したことない
ほどほどならOK大したことない
お酒をやめよう or 減らそうと思うお酒は怖い
がんよりもアルコール依存症のほうが怖いお酒は怖い
これまで推進してたじゃないか、ビールはがんのリスクを減らすって話もあったのに疑問
リスクの大きさを知りたい疑問
「平均して20g/日を飲み続けると」という部分の説明が足りないので、まるでロング缶1本でがんになると受け止められる疑問
日本はアルコールの規制が欧米に比べて緩すぎ出羽守
酒業界が死んでしまう!業界擁護
酒よりも大麻のほうが安全クソリプ
あれもこれもこの世は毒だらけクソリプ
なんでお酒なんか飲んでるの?(お酒飲まないマウント)クソリプ
厚労省はそんなことよりも他のこと(ワクチン中止とか)をしろクソリプ
アルコールの増税を狙っているのでは?クソリプ
「酒は百薬の長」だったはずでは?クソリプ

分類としては
・大したことない
・お酒は怖い
・疑問
・出羽守(欧米では・・・なのに日本では、、、などの日本下げ)
・業界擁護
・話題を違う方向にそらすクソリプ
に分かれます。

数でみると「俺はお酒飲まないのになんでお前らこんなもの飲んでるの?」というお酒を飲む人に対するマウント系が一番多く見られました。飲まない人にとって何の意味もないニュースなはずですが、なぜかこういう人が湧き出てくるのがXの特徴ですね。

次に多かったのは「やめられないので気にせず飲む」と「ほどほどにすればOK」的な反応でした。

各リプに対する解説

飲酒ガイドラインに対するいろいろな反応をまとめたところで、どのような誤解が生じているのかを説明していきます。

(自分、家族、知り合いなどが)ずっとお酒をガブガブ飲んでるけど全く異常なし

これはとにかく非常に多い反応です。たばこなども「うちの爺さんはヘビースモーカーだったが90歳までピンピンしていた!」などの反応が多いですね。これは飲酒やたばこのリスクというものが「個人のリスク」ではなく「集団のリスクである」ということが伝わっていないことに起因します。

本ブログではリスクを示す際にいつも「10万人あたりの年間死者数」で表現しますが、これは集団のリスクであることを強調するためです。過去記事で書いたようにアルコールによる死亡リスクは「10万人あたりの年間死者数37人」であり、これはさまざまなリスク要因の中でも高いほうですが、それでも残りの10万人中99963人は死なないわけですから、死なない人のほうが圧倒的に多いのです。なので自分の周りの人がどうなっているかというような経験則ではリスクを判断することは難しいのです。

日本におけるがんのリスク要因は何か?世界疾病負荷(Global Burden of Disease)研究の結果を紹介します
世界疾病負荷研究(GBD study)が提供するツールを用いて、日本のがん死亡に対するリスク要因を整理しました。その結果、たばこやお酒、不健康な食事などの日常生活に起因するがんの影響は化学物質によるがんと比べてけた違いに大きくなっています。
リスクの大きさを知りたい

飲酒ガイドラインには「少量であっても飲酒自体が発症リスクを上げてしまう」というような書き方になっており、実際のリスクの大きさがわかりません。上記で紹介した過去記事のようにリスクの大きさを定量的に表現し、リスクの物差しで表現することでリスクの大きさがイメージできるようになります。

お酒よりも○○の方がハイリスク(ストレス、長時間労働、農薬、たばこ、ワクチン、ラーメンなど)
酒よりも大麻のほうが安全

これはリスクの大きさを比較しているように見えますが、単なるイメージ的に書いているだけでしょう。以下の過去記事に書いたように、少なくともたばこはお酒よりも死亡リスクが高く、大麻はお酒よりも死亡リスクは低いです。農薬やワクチンもお酒よりリスクは大幅に低いと断言できますね。

大麻は酒やたばこよりも安全か?リスク比較によって検証する
大麻の死亡リスクを推定したところ「10万人あたりの年間死者数1人」となり、酒「同15.9人」やたばこ「同59.9人」と比較してかなり低いものでしたが、絶対値として無視できるほど低いというわけでもありませんでした。死亡に至らない精神疾患なども考慮したDALYで比較しても、酒やたばことのリスクの差が埋まりませんでした。
ほどほどならOK

「ほどほど」というラインを示したものが男性40g/日、女性20g/日になります。これも「一日たりともこの量をオーバーすればダメ」と誤解している人が多数いることがわかります。週末だけ飲む人や飲み会の時だけ飲む人もいるので、やはり日あたりではなく週あたりの量で考えたほうがよいでしょう。

あれもこれもこの世は毒だらけ

「毒か毒ではないか」ではなく、すべてのものは量が過ぎれば毒となります。そういう意味ではこの世は毒だらけですね。ただし、それぞれのリスクの大きさはバラバラですので、その大きさで判断すべきです。

人生好きなことをやめるよりも飲んだほうがマシ

このような考え方自体は否定できません。ただしお酒は酔っぱらって対人トラブルを起こしたり、運転して人を死なせたり、病気になって医療費がかかったりなどいろいろ人に迷惑かける行為であるということは心にとどめたほうがよいですね。

日本はアルコールの規制が欧米に比べて緩すぎ

確かに規制制度だけを比較すれば欧米は日本よりも厳しいものが多いのですが、だからと言って日本のほうがリスクが高いかというとそうでもありません。規制を厳しくしなくても低リスクの状況を保てるのが日本のよさであると思います。このことは本ブログの過去記事にまとめています。

規制制度が立派な欧州と規制は緩いがリスクは低いニッポン
さまざまな分野で「日本も欧米を見習ってもっと強い規制を!」などの話をよく耳にしますが、日本は独自のお願い事ベースの緩い管理が成功してきた実績があります。コロナ対策、性犯罪の履歴確認、農作業安全の3つの事例を取り上げて、規制制度の比較と実際のリスクの大きさを比較すると面白い傾向が見えてきました。

まとめ:飲酒ガイドライン正式版への反応

飲酒ガイドラインの正式版が公表され、業界への配慮と飲酒量を減らそうというメッセージの両立を目指す修正がなされました。ただし、Xのリプライを解析するとやはり正しく伝わっていないと思われるリプライが多く、リスクの大きさと集団のリスクであることの説明が必要になると考えられました。

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