要約
飲酒ガイドラインの目安量(男性40g/日、女性20g/日)と比較して日本人の飲酒量はどれくらいか?、アルコール摂取量と死亡率に関するJ型カーブの謎(なぜまったく飲まない人よりも多少飲む人のほうが死亡率が低くなるのか)、お酒の種類や休肝日の影響について調べた結果、をそれぞれまとめました。
本文:アルコール摂取量と死亡率の関係
飲酒のリスクについて2回に分けて書くシリーズの2回目です。前回その1では、飲酒ガイドライン案に記載された飲酒量の基準(生活習慣病のリスクを高める飲酒量としてアルコール量換算で男性40g/日・女性20g/日)の根拠について書きました。
がんなどの閾値のない(少量でも飲酒するとリスクが上がる)エンドポイントは無視して、脳梗塞と虚血性心疾患などの閾値がある(あるレベルを超えないとリスクが上がらない)エンドポイントだけに注目して線引きをしたものでした。
となると次の疑問は、実際日本人はどれくらいの量のアルコールを摂取しているのか、になります。以下の記事では2014年と少し古い情報ですが、飲酒習慣のある人限定で、男性は平均13.7リットル(38g/日)、女性は平均6.7リットル(18g/日)、という数字が出ています。平均だと飲酒ガイドラインの目安をギリギリ下回っていますね。
保健指導リソースガイド:アルコールを飲みすぎてない? 知っておきたい「飲酒ルール」
また、アルコール摂取量と死亡率の関係はいわゆるJ型のカーブになりますが、どうして多少飲酒している人のほうが死亡率が低くなるのか?ということも疑問ですね。
さらには、ワインはカラダに良いなどの話を聞くこともあり、飲むお酒の種類でリスクは変わるのでは?という疑問もあります。他にもトータルで同じ量のお酒を飲むにしても休肝日を作ったほうが良いのかどうか?、などキリがありません。
そこで本記事では、まず日本人のアルコール摂取量を詳しく調べ、次にアルコール摂取量と死亡率に関するJ型カーブの秘密を探り、最後にお酒の種類や休肝日の影響についても調べた結果をまとめます。
日本人のアルコール摂取量
まずは現状のアルコール消費量やその推移について調べてみましょう。
国の統計情報としては国税庁が毎年公表している「酒のしおり」があります。〔販売(消費)数量〕というところを見ると、お酒の種類ごとの消費量の推移や、都道府県別の消費量のデータが掲載されています。
国税庁:酒のしおり
清酒やビールが減って、発泡酒やリキュール(第3のビールを含む)、スピリッツ(ハイボール等)が増えたことがわかります。
2021年における都道府県別の成人1人あたり酒類消費量を見ると、東京都(96.6L)が最も高く、滋賀県(56.1L)が最も低くなっていました。東京は昼間人口を加味しないとフェアな比較にならなさそうです。東京の次は富山県(91.1L)が高くなります。滋賀県が低い理由は、、、ちょっとわかりませんね。
上記は酒類消費量であって、アルコール量換算ではありません。アルコールに換算したものは以下の論文に詳しく書かれています(ただし2007年の論文なのでデータが少し古い)。
Higuchi et al (2007) Japan: alcohol today. Addiction, 102, 1849-1862.
1人あたりのアルコール消費量は戦後伸び続けて1993年にピーク(8.4L/年)を迎え、その後減少して2004年には7.4L/年となりました。この数字は上記の国税庁の数字がベースとなっています。
もっと新しい数字を探してみましたが、WHOの文書で2015-2017年の平均値として6.9L/年という数字がありました。順調に減っているようです。ただし、Unrecorded(国税庁の統計に記録されていないもの、実態は???)を加えると8.0L/年という数字も出ています。さらに飲酒する人限定だと、14.1L/年(男性19.0L/年=42g/日、女性6.6L/年=14g/日)でした。
WHO: Alcohol Japan 2019 country profile
アルコール消費量が減少している理由の一つは高齢化です。高齢者は飲酒量が減る傾向があるため、この影響がありそうです。年齢別に見ていく必要がありそうですね。
年齢別の情報として、前回の記事でも紹介した健康日本21(第二次)の報告書の中に男性40g/日、女性20g/日を超える飲酒をしている人の割合のデータがありました。これは年階級別に推移のグラフが掲載されています。
男性・女性ともに飲酒量のピークは50代であることがわかります。また、年次推移も興味深いところで、男性の場合は20~40代まで減少傾向、50代で停滞、60代以上は増加傾向です。女性の場合は20-30代で減少傾向ですが、40代以上は増加傾向でした。年齢調整をした全体としては男性で停滞(若干減少傾向)、女性では明確に増加傾向でした。
女性の飲酒量が増加傾向にある理由については、上記のHiguchiらの論文において、
・女性の社会進出に伴う飲酒の増加
・女性の飲酒は恥ずかしいものという文化の衰退
・宴会の会費の性別差が広まった
・お酒の広告に女性が目立つようになった
などが挙げられています。
なお、健康日本21の目標として設定されている未成年者の飲酒率や妊娠中の飲酒率については順調に下がっていました。
アルコール摂取量と死亡率の関係(J型カーブ)のからくり
次に、前回の記事でも紹介したJ型カーブについて、なぜまったく飲まない人よりも多少飲む人のほうが死亡率が低くなるのかを調べてみました。
まずは日本の栄養疫学の第一人者による本「佐々木敏の栄養データはこう読む(初版)」の記載を見てみましょう。
がんは少しの飲酒でのリスクが増加しますが、循環器疾患(心筋梗塞や脳卒中)は少量の飲酒によってリスクが下がります。この結果としてJ型カーブになるのではと書かれています。
以下の記事でも、心筋梗塞について最もリスクが高いのは飲まない人で、飲酒量が増えてもリスク低いままとなっていました。
日本経済新聞:病気リスクを高めない飲酒量、今の基準は多すぎる?
ただし、この記事で紹介されている研究では、循環器疾患についてはJ型カーブが見られるが、死亡率ではJ型カーブが見られず、アルコール摂取量が100g/週以下だと死亡率は一定で、それを超えると死亡率が上がりだすとのことでした。
最近では死亡率についてのJ型カーブに否定的な見解が多くなってきたように見えます。以下の論文は2023年の新しい論文ですが、J型カーブはバイアスの影響である可能性を指摘しています。
Tsai et al (2023) The relationship between alcohol consumption and health: J-shaped or less is more? BMC Medicine, 21, 228.
ここで書かれていることは以下のように整理できます:
・健康を害すると禁酒する傾向がある。その影響を除外するため生涯禁酒者と比較をした場合、J型カーブにならなくなる
・健康状態が悪い人は禁酒し、健康な人は酒を飲むので因果が逆の可能性がある
・J型をアピールしすぎると飲酒量が結果的に増える可能性がある。「ほどほど」に飲むのは実際には難しい
・適切な飲酒量は年齢で変わる可能性がある
つまり、まったく飲まない人は少量飲む人よりも死亡リスクが高いのではなく、死に近い健康状態の人は飲まなくなる(飲めなくなる)だけだ、ということですね。
同様の関係はBMIと死亡率の関係でも見られましたね。本ブログの過去記事では「肥満の人よりもやせの人のほうが死亡率が高い」といういわゆる肥満のパラドックスについて解説しました。やせていることが原因で死亡率が高くなるというより、死にそうな人はやせるということです。
まとめると、少量飲むと死亡リスクが低いというデータから「多少飲むほうが健康に良い」とは解釈しないほうが良さそうです。しかも飲酒量を「少量」で抑えるのは結構難しいですね。
何を飲むか、どう飲むかで酒のリスクは変わる?
最後に、飲むお酒の種類でリスクは変わるのか?ワインはカラダに良いのか?同じアルコール量でも休肝日を作ったほうが良いのか?などのことも調べてみました。
上記で紹介した「佐々木敏の栄養データはこう読む(初版)」には、お酒の種類と死亡率の関係について紹介されています。ワインは飲めば飲むほど死亡率が下がり、ビールは死亡率が変化せず、蒸留酒は死亡率が増える、というデータがあるようです。
このようなデータから、ワインのポリフェノールがカラダに良いのだ!という主張も見られ、一時期のポリフェノールブームを巻き起こしました。
一方で、佐々木さんの本の中ではお酒の種類と食事の相性が重要と書かれています。ワインを好きな人は、飲まない人・ビールを飲む人・蒸留酒を飲む人に比べて野菜・果物の摂取量が多く、肉の摂取量が少ないことがわかっています。ワインは健康的な食事と相性が良いことが死亡率の減少に効いていると考えることもできます。
どんなお酒でもアルコールはアルコールであって、その影響に差は無いようです。ただし、どんな食事と一緒に飲むかの影響はあるようですね。
次に飲酒パターン(毎日飲むか、休肝日を作るか)の違いについては以下の論文(日本人を対象とした研究)がありました。
Marugame et al (2007) Patterns of Alcohol Drinking and All-Cause Mortality: Results from a Large-Scale Population-based Cohort Study in Japan. American Journal of Epidemiology, 165, 1039-1046
男性を対象とした場合、アルコール摂取量として300g/週(43g/日)以下では死亡率は増加しませんでした。それ以上の場合、同じアルコール摂取量でも週5-7日飲む人よりも週3-4日飲む人のほうが死亡率が低くなり、休肝日を作ったほうが良いとの結果です。
まとめ:アルコール摂取量と死亡率の関係
飲酒量は男性で横ばいですが、女性では増加傾向にあり、年代別に見ると若年になるほど減少傾向で高齢になるほど増加傾向です。まったく飲まない人よりも多少飲む人のほうが死亡率が低くなるという「飲酒のパラドックス」については、死に近い健康状態の人は飲まなくなる(飲めなくなる)だけだという解釈が妥当のようです。また、お酒の種類でリスクが変わるというよりは、お酒と一緒に食べる食品によってリスクが変わると考えるべきでしょう。
その後、飲酒ガイドラインの正式版が公表され、業界への配慮と飲酒量を減らそうというメッセージの両立を目指す修正がなされました。ガイドラインの案と正式版の違いを紹介し、ガイドラインに関連するX(旧ツイッター)のリプライを解析し、どのような反応(特に誤解)が生じているのかをまとめた続編を書きました。
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