要約
食品中農薬濃度の残留基準値超過は定期的にニュースになりますが、最近では尿中から農薬が検出されたというニュースも目にします。このようなニュースの読み解き方の解説として、除草剤のグリホサートを例に摂取量への換算方法やリスク評価について説明します。
本文:尿中から検出された農薬の健康影響の判断方法
野菜などから検出された農薬濃度が残留基準値を超過した、などのニュースは定期的に流れます。そのようなニュースでは「基準値の〇〇倍!」などの数字が強調され、それによる健康影響についてはあまり詳しく解説されません。
実のところ、「基準値の〇〇倍!」という数字から判断できることはほとんどありません。以前に本ブログではそのような際に健康影響を判断する3つのステップについて紹介する記事を書きました。その3つのステップとは以下の通りです:
1.農薬評価書を活用して農薬の毒性、無影響量などを調べる
2.影響が出るまでどの程度その食品を食べる必要があるのかを計算する
3.リスクを評価し、そのリスクが受け入れられるかどうかを考える
さて、最近では野菜などの食べ物ではなく、人間の尿から農薬が検出された、などのニュースも見られます。最近出た以下のニュースでは、アメリカの調査にてほとんどの人の尿中から除草剤の成分である「グリホサート(ラウンドアップなどの商品名で売られている)」が検出されたということが示されています。
Business Insider:ほとんどのアメリカ人の尿から除草剤の成分を検出…CDCの調査で。発がん性などについてはさらなる研究が必要
ここではグリホサートの発がん性について公衆衛生機関の評価が分かれていると書かれていますが、ここでは各国政府機関の見解にしたがって発がん性はないという前提とします。詳しい解説は以下を参照ください。
発がん性がないという前提では、ある閾値以下の摂取量では有害性がない、というのが毒性学の基本です。なので摂取量と無毒性量との比率(曝露マージン)などを計算することでリスクを評価できます。
野菜の残留濃度であれば基準値と比較したり、基準値を超えていても摂取量からリスク評価をしたりできますが、尿中濃度となると基準値もありませんし、健康影響としてどういう意味を持つのかすぐには判断できません
ということで本記事では、尿中から検出された農薬の健康影響を判断する方法について解説していきます。まずは尿中グリホサート濃度レベルを整理し、尿中濃度から摂取量への換算方法、リスク評価の順で説明します。
尿中グリホサートの濃度レベル
まずはグリホサートが尿中からどの程度出てくるのかという知見をまとめてみましょう。
冒頭のニュースで紹介したアメリカの調査結果は以下に掲載されています。2310サンプルのうち、約8割のサンプルから検出され、濃度としては0.141~8.13μg/L(=ng/mL)の範囲でした。平均値や中央値がどれくらいかは記載がありませんでした。
次に2022年に公表された日本の子供を対象とした尿中グリホサートのモニタリング事例を見てみましょう。これは名古屋大学によるプレスリリースになっています(文献1:文献情報は補足参照)。濃度レベルは上昇傾向にあるが健康影響が出る程度の量ではないと書かれています。
調査は愛知県にて行われ、2006年、2011年、2015年に4-6歳くらいの50人からサンプルを採取しています。実際の濃度レベルは以下の表の通りです。濃度の単位はμg/Lで、パーセンタイル値で示されています。
パーセンタイル | 2006年 | 2011年 | 2015年 |
50 | <LOD | <LOD | <LOD |
75 | <LOD | 0.15 | 0.24 |
90 | 0.16 | 0.33 | 0.37 |
95 | 0.25 | 0.4 | 0.5 |
中央値(50パーセンタイル値)はすべて検出限界以下(<LOD)でしたので、この結果からはわかりません。そこで、高濃度域のデータを対数正規分布にあてはめて中央値を推定してみました(エクセルのソルバー機能を使うと簡単にできます):
2006年:0.065μg/L
2011年:0.076μg/L
2015年:0.14μg/L
さらに、最近の研究を集めたレビュー論文もありますので、それも見てみます(文献2:文献情報は補足参照)。職業曝露(農薬を散布する作業者を想定、一つだけ農薬生産工場の労働者の研究含む)と非職業曝露(一般消費者を想定、ただし農薬散布者の家族なども含む)に分けてまとめられています。
職業曝露(農薬工場労働者を除く)の尿中平均グリホサート濃度は1.35~3.2μg/Lの範囲でした。農薬工場労働者は最も濃度が高く、平均濃度は292μg/Lでした。非職業曝露の平均濃度は<LOD~3.4μg/Lの範囲でした。このときのLODは0.05~0.5μg/Lです(研究により異なる)。
まとめると、一般消費者では0.1~1μg/L程度が多いということになります。
尿中濃度から摂取量への換算
尿中グリホサート濃度から健康影響を判断するには、ADI(許容一日摂取量)や無毒性量と比較するために一日摂取量に換算する必要があります。
摂取量と尿からの排出量の関係を調べた研究を見てみましょう(文献3:文献情報は補足参照)。12人の被検者にファラフェル(潰したひよこ豆やそら豆に香辛料を混ぜ合わせ丸めて食用油で揚げた中東の料理)を食べてもらい、その後2日間尿を採取してグリホサートとその代謝物であるAMPAを分析しました。ファラフェルの材料であるひよこ豆はグリホサートが残留しやすいことが知られており、グリホサートとして約200μgを摂取しました。グリホサートのADIは1mg/kg体重/日(詳細は後述)であるため、健康に影響を与えるレベルではありません。
グリホサートとしては摂取量の1%程度(0.57~1.68%)しか尿中から出てきません。AMPA(すべてグリホサート由来と仮定した場合)は0.2%程度でした。つまり、摂取した食品からあまり体内に吸収されていないことを意味します(多くは便として出ていきます)。
以前はマウスの実験結果から、摂取量の20%程度が尿から排出されると考えられてきましたが、人とマウスではだいぶ違うことがわかりました。
ここから凄くざっくりと尿中濃度から摂取量への換算をしてみます。尿中濃度が0.1μg/Lとした場合を考えます(日本の調査の中央値とほぼ同じ)。1日に1~1.5L程度の尿を出すので、一日1Lと仮定すると、0.1μg/人/日のグリホサートが排出されており、摂取量はこの100倍とすると(尿からの排出量は摂取量の1%であるため)10μg/人/日と計算されます。
ここで、厚生労働省が行っているマーケットバスケット調査方式による農薬の一日摂取量調査と比較をしてみます。マーケットバスケット調査とは、「各地域のスーパーマーケット等で市販された食品を購入し、そのままの状態あるいは必要に応じて調理した後、食品摂取量の地域別平均の分量に従って、合計14の食品群に分別し、食品群毎に混合均一化することにより調製されたもの」を分析対象とします。つまりは平均的な食事に含まれる農薬濃度を調査するわけです。
令和2年度の調査では、グリホサートの摂取量は7.92~17.08μg/人/日と推定されました。尿中濃度0.1μg/Lから推定した摂取量10μg/人/日とほぼ同じになりますね。だいたい妥当な数字だということがわかります。
令和2年度 食品中の残留農薬等の一日摂取量調査結果
https://www.mhlw.go.jp/content/000831252.pdf
ただし、ここでやったような換算は簡易な計算としては良いのですが、厳密にはもう少し複雑で、尿中のクレアチニンという物質を用いて濃度を補正するのがより一般的です。
直前に水をたくさん飲んだりすると尿が薄まってしまうので、尿中農薬濃度も薄まります。そこで、1日のクレアチニン排泄量はほぼ決まっている(成人で1g/日)ことから、クレアチニンあたりの目的成分濃度を計算して補正します。
文献1でも摂取量は以下のような式で計算されています:
摂取量(μg/kg/日) = (UGC×CE)/(UER×bw)
UGCは尿中グリホサート濃度(μg/gクレアチニン)、CEはクレアチニン排出量/日、UERは尿中排出率(1%と仮定)、bwは体重。
これは論文レベルの話なので、本記事では簡易な換算法でリスク評価まで進めていきます。
尿中グリホサートのリスク評価
尿中濃度から摂取量に換算できたところで、リスク評価に進みましょう。
食品安全委員会が公表している農薬評価書を見ると(この辺の詳細は冒頭に紹介した本ブログの過去記事をご覧ください)、無毒性量=100mg/kg体重/日、ADI=1mg/kg体重/日となっています。
したがって、各試験で得られた無毒性量のうち最小値はラットを用いた90日間亜急性毒性試験、イヌを用いた90日間亜急性毒性試験及び1年間慢性毒性試験並びにウサギを用いた発生毒性試験の100mg/kg体重/日であったことから、食品安全委員会はこれを根拠として、安全係数100で除した1mg/kg体重/日を一日摂取許容量(ADI)と設定した。
http://www.fsc.go.jp/fsciis/evaluationDocument/show/kya0100622449b
尿中濃度が0.1μg/Lの場合に摂取量は10μg/人/日となり、体重が50kgとすると0.2μg/kg体重/日となります。これでADIや無毒性量との比較ができます。
曝露マージン = 無毒性量/農薬摂取量 = 500000
となります。つまり影響が出るレベルまでの余裕度が非常に高いのです。
尿中濃度が1μg/Lの場合であっても曝露マージンは50000もあります。冒頭に紹介した過去記事における残留基準値超過事例では曝露マージンは88しかありませんでしたので、これと比べてもリスクは非常に低いです。
これでもなお問題視する人はいると思いますが、それはもはやリスクの話をしているのではないと思われます。詳細は過去記事の解説をご覧ください。
また、ここでの尿中濃度から摂取量への換算は「食べものから摂取」した場合であり、農薬散布者が吸い込んだり皮膚についた場合の換算はまた別であることを注意してください。
本来はここで終了ですが、そもそもなぜ尿中農薬濃度の測定(いわゆるバイオモニタリング研究)をするのかを考えてみます。厚労省が行っているマーケットバスケット調査と比較してバイオモニタリング研究の利点としては、
・個人差がわかる
・ハイリスクの人を特定できる(何を食べているかなどの特徴がわかる)
・健康状態と比較することで曝露量と健康影響の関係がわかる
などがあります。
ただし、グリホサートの場合はマーケットバスケット調査で明らかに健康影響が無さそうとわかるものなので、わざわざ子供などの一般消費者を対象としたバイオモニタリングを行う意義は見えにくいですね。もっと毒性の高い農薬の作業者曝露なら意義を見いだせるかと思います。
個人差がわかるという利点についても厳しいかなと思います。文献3によれば食べたグリホサートは1日以内にほとんどが排出されてしまうので、濃度のばらつきは個人差というよりもたまたま昨日何を食べたかに大きく依存してしまいます。
今回は尿中から検出された場合の判断方法について解説しました。ほかにもいろんな体の部分から検出されたなどの報告もありますが、考え方としては同様となります。
まとめ:尿中から検出された農薬の健康影響の判断方法
除草剤のグリホサートが尿中から検出された、というニュースの読み解き方を解説しました。食品から摂取したグリホサートの排出率は1%程度という知見から摂取量に換算することで、ADIや無毒性量との比較が可能になります。結果として曝露マージンは非常に大きく、リスクの懸念レベルにないことがわかります。
以下、グリホサートの健康影響シリーズの続きです。
補足:文献情報
文献1:日本の子供を対象として尿中グリホサートを測定した研究:
Nomura et al (2022) Temporal trend and cross-sectional characterization of urinary concentrations of glyphosate in Japanese children from 2006 to 2015. International Journal of Hygiene and Environmental Health, 242, 113963.
文献2:尿中グリホサート濃度のモニタリング研究のレビュー:
Connolly et al (2020) Human Biomonitoring of Glyphosate Exposures: State-of-the-Art and Future Research Challenges. Toxics, 18;8(3), 60.
文献3:グリホサート摂取量と尿からの排出量の関係を調べた研究:
Zoller ert al (2020) Urine glyphosate level as a quantitative biomarker of oral exposure. International Journal of Hygiene and Environmental Health, 228, 113526.
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