デラニー条項ふたたび~食品添加物ではまだ廃止されていない~

delaney-clause 化学物質

要約

最近、着色料である赤色3号がデラニー条項によって使用禁止となりました。デラニー条項は廃止されたという説がありましたが、実際には廃止されていません。1996年に廃止されたという説は実際には何だったのかを解説します。

本文:デラニー条項ふたたび

本ブログで「発がん性物質の受け入れられるリスクレベル」について解説した記事があります。そこで、米国の「デラニー条項」という発がん性物質を添加物等に使用することを禁じるルールについて以下のように書きました。

除草剤グリホサートの健康影響その4:発がん性物質の受け入れられるリスクレベル
グリホサートのように発がん性ありなしの論争を続けるよりも、発がんリスクの大きさを評価してそれが十分に小さいかどうかを判断したほうがよい場合があります。リスクが十分低く安全と言えるのかどうか?という問いに答えるための方法・考え方について解説します。

発がん性物質のリスク管理と言えば有名なアメリカの「デラニー条項」があります。1958年に制定されたこのルールにより、発がん性物質の食品添加物としての使用が禁止されました。これはゼロリスクを要求する制度になっています。また、家畜の餌に使用する場合はその食肉から検出されなければ使用してよいとなっています。これも検出されなければゼロであるという考え方です。
(中略)
なお、デラニー条項は以下にあるようにいろいろな矛盾点を抱えており、1996年に廃止となりました。

この問題というのは、以下のような点です。
・検出された時点でダメなので分析手法の発展とともに規制が厳しくなった、
・農薬は新規のものだけ発がん性試験が義務付けられたため、古い農薬が野放しになった
・人口化学物質だけを対象にして、天然の物質は野放しになった
・発がん性のみに焦点を当て、非発がん性のリスクを無視していた
・動物実験で発がん性があってもヒトにはあてはまらないことがある

そこでFDA(米国食品医薬品局)は、発がん性が見つかった場合であっても、発がんリスクを計算して100万人に1人というリスクレベルを実質安全量(virtually safe dose, VSD)として採用することで、デラニー条項の適用を回避しようとしたのでした。

ただし、近年になって、着色料である赤色3号がデラニー条項によって使用が禁止されるというニュースがありました。

日本経済新聞:米国、着色料「赤色3号」の食品使用禁止 発がん性懸念

米国、着色料「赤色3号」の食品使用禁止 発がん性懸念 - 日本経済新聞
【ニューヨーク=西邨紘子】米食品医薬品局(FDA)は15日、着色料「赤色3号」の食品への使用を禁止すると発表した。お菓子などに使われてきたが、動物への発がん性や子供の行動障害との関連性が指摘され、使用禁止を求める声が高まっていた。日本では食品への使用が許可されている。米国の食品メ...

この記事にはデラニー条項という言葉は出てきませんが、以下の畝山さんによる記事をみると、デラニー条項の適用による禁止であることがわかります。

FOOCOM:米国での「赤色3号」の禁止という発表について(前)正確な情報提供を

米国での「赤色3号」の禁止という発表について(前)正確な情報提供を
2025年1月15日、FDAが食品と経口摂取医薬品への赤色3号の認可を取り消す予定であるという発表を行いました。FDA to Revoke Authorization for the Use of R

まずはFDAの公式発表を確認しましょう。
プレスリリースの最初で、「FDAは、連邦食品・医薬品・化粧品法(FD&C法)のデラニー条項(Delaney Clause)により、法の問題としてFD&C Red No.3(赤色3号)の使用許可を取り消す。」と明確に述べています。

つまり、FDAは赤色3号の状況には法律上の矛盾があることはわかっていたものの、安全性に問題がないために法の整合性をとることを保留していたところ、NGOの弁護士に強く指摘されたので対応した、わけです。

実をいうと私も、EPAの管轄する残留農薬の規制ではデラニー条項が廃止されているために、デラニー条項はもうなくなったのだと思い込んでしまっていました。

私もこれで「デラニー条項はもう廃止された」というのは勘違いであったことがわかりました。以下のように、食品安全委員会の機関紙や行政の会議などでも「廃止された」と書かれているので、そうなんだと思いこんでいたのです。

食品安全委員会季刊誌「食品安全」第40号 (2014)
https://www.fsc.go.jp/sonota/kikansi/40gou/40gou.pdf

令和3年度 第2回職場における化学物質管理に関する意見交換会 議事録
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_24321.html

では廃止されたという話は結局何だったのか、今一度調べてみましたので本記事で整理します。まず、デラニー条項の制定と1996年の改変について整理し、デラニー条項を回避しようとしたジエチルスチルベストロールとサッカリンの事例についてそれぞれ整理していきます。

デラニー条項の制定と廃止(?)の経緯

1950年代から、ジェームズ・デラニー下院議員を委員長とする委員会で食品中の化学物質の使用について検討がなされ、1958年の食品添加物改正法により、新しい食品添加物は市場に出る前にFDAの承認を得ることが義務付けられました。

この際、デラニー委員長の発案で組み込まれたのが「デラニー条項」です。これは「ヒトまたは動物にがんを誘発することが判明した添加物は、いかなる量であっても安全とはみなされず、承認してはならない」というもので、ゼロリスクを要求する制度でした。

当時は、発がん性物質が普通の食品にもたくさん存在することは知られておらず、人工の化学物質の中でも発がん性物質の数はわずかであると考えられていました。さらに、分析技術が未発達であったため、微量の発がん性物質を検出することはできず、この規制の影響は大きくないとも考えられていたのです。

デラニー条項はその後、着色料や動物用医薬品にも適用されました。しかしながら、その後は分析技術の発展によって、かつては「含まれていない」と思われてきた微量の発がん性物質が次々と検出されるようになりました。

動物用医薬品では過去記事で解説したように(以下のジエチルスチルベストロールの事例)、100万人に1人の生涯リスクを「de minimis(些細なこと、という意味のラテン語)、実質安全量」として認める(残留なしとみなす)運用を行いました。

最も大きな問題となったのは農薬です。生鮮食品の農薬残留はデラニー条項の対象外でしたが、加工食品において農薬が濃縮される場合は「食品添加物」として扱われ、デラニー条項の対象となりました。

つまり、同じ農薬であっても、生のトマトでは適法なのに、濃縮されたトマトペーストではデラニー条項により違法になるという「パラドックス」が生じました。

農薬の規制を担当するEPA(米国環境保護庁)は、FDAと同様に、100万人に1人の生涯リスクであれば承認するという方針をとりました。ところが1990年に環境保護団体連合がEPAに対し、デラニー条項の執行を怠ったとして訴訟を起こし、裁判で「デラニー条項には例外を認める余地はない」との結論が下され、EPAの主張は却下されてしまったのです(リスクは公衆衛生上重要ではないという部分は認められたにもかかわらず)。

これにより、農業生産に不可欠な多くの農薬が使用禁止の危機にさらされました。これを受けて、農薬業界・食品生産者・消費者団体などの激しい交渉の末、1996年に食品品質保護法が成立し、残留農薬は、生鮮・加工を問わず「食品添加物」の定義から除外され、デラニー条項が適用されなくなりました

これをもってデラニー条項が廃止されたと「勘違い」されてしまったのでしょう。このとき、デラニー条項からの除外は農薬に限定するか、すべての食品添加物に広げるかの議論はかなりあったとのことです。ただし実際には、現在でも食品添加物や着色料に対してはデラニー条項が残っているのです。

ジエチルスチルベストロール(DES)の事例

ジエチルスチルベストロール(DES)は、過去記事にも書いたように、デラニー条項によって使用禁止の危機にありました。DESは女性ホルモン用作用があり、家畜用の成長ホルモンとしてだけではなく、人間の妊娠合併症や流産のリスクを軽減するため、および前立腺がんや乳がんの治療に使用されていました。

除草剤グリホサートの健康影響その4:発がん性物質の受け入れられるリスクレベル
グリホサートのように発がん性ありなしの論争を続けるよりも、発がんリスクの大きさを評価してそれが十分に小さいかどうかを判断したほうがよい場合があります。リスクが十分低く安全と言えるのかどうか?という問いに答えるための方法・考え方について解説します。

家畜の餌に使用する場合はその食肉から検出されなければ使用してよいとなっています。これも検出されなければゼロであるという考え方です。
(中略)
ジエチルスチルベストロール(DES)という家畜の成育促進剤は発がん性物質でしたが、アメリカにおいて1960年代までは通常使用しても当時の分析法で検出できなかったため問題ありませんでした。その後、1970年代になると新たな分析法により微量な残留を検出できるようになってしまい、使用できなくなったのです。

そもそも、「家畜の餌に使用する場合はその食肉から検出されなければ使用してよい」というルールも「DES但し書き(DES Proviso)」と呼ばれる特別ルールだったのです。どうしてこのような特別ルールができたのでしょうか?

デラニー条項ができる前からすでにDESは認可されていましたが、デラニー条項制定後に新規参入した業者は発がん性を理由に認可を拒否されてしまい、不平等な状況にあったことがきっかけでした。1962年に「DES但し書き」が追加されたことで新規参入もできるようになったのです。

1970年代に入ると、分析技術の進歩によって新たな問題が生じました。どれほど休薬期間を設けても、組織内には微量の残留物が必ず存在することが判明したのです。「検出されない」ことが認可の条件でしたが、分析感度が上がれば「検出されてしまう」ため、「DES但し書き」が機能しなくなりました。

そこでFDAは、定量的なリスク評価に基づいた考え方を導入しました。これは過去記事に書いたとおりで、当初は生涯がんリスクが1億分の1、後に100万分の1を超えないレベルであれば「実質的に安全」とみなしました

ただし、最終的にDESは1979年に家畜への使用認可が取り消されました。FDAはこの決定においてデラニー条項を根拠としましたが、一度はデラニー条項から救済したDESをふたたびデラニー条項によって禁止した理由はよくわかりませんでした。代替の薬剤がすでにできていたからでしょうか?

サッカリンの事例

サッカリンは人工甘味料の一つで、甘いのにカロリーとなりません。そのため、1960年代くらいから米国でダイエットへ飲料に使われるようになりました。日本では発がん性の懸念からアスパルテームなどへ代替されましたが、歯磨き粉には使用されています。

1960年代にラットを用いた動物実験で発がん性が確認され、FDAは1977年にデラニー条項を根拠にその使用禁止を提案しました。

ところがです。サッカリンは当時、米国で低カロリー甘味料として極めて広く利用されていたため、産業界や消費者、ダイエットを支援する団体までもが禁止に反対し、米国議会が介入して禁止措置を停止させるための法的免除を制定しました。この免除措置によってサッカリンはデラニー条項から救済され、市場に残り続けることになったのです。

サッカリンの事例は、デラニー条項の改革に対して逆の影響を与えました。1979年に米国科学アカデミーは、食品のすべての成分に同一の安全基準を適用すべきであるとして、デラニー条項を改定すべきであると結論付けたのです。ところが、DESやサッカリンがそれぞれ救済されたことで、改正しようとする政治的な動きが弱まってしまったのでした。

問題となる物質が例外として扱われたために、不合理な法律そのものは長らく放置される結果となったのです。

ちなみにサッカリンについては、その後サルも含めてさまざまな動物で試験が行われ、他の動物では発がん性が示されないことから、発がん性はラット特有のものであり、ヒトには発がん性がないと考えられました。

最後に冒頭の着色料の話に戻りますが、着色料は実質安全量(生涯がんリスク100万分の1)によるデラニー条項からの救済は行われなかったのでしょうか?実際にはFDAはもともとはそれを試みていたのです。

オレンジ17号と赤色19号は発がん性が示唆されたため、FDAに対してその使用禁止を求める請願が提出されました。そこでFDAは、発がんリスクがde minimisであることからこの要求を却下しました。

FDAによるこの決定は裁判で争われ、1987年にFDAの主張は却下されてしまいました。裁判所はリスクが低いことは認めましたが、デラニー条項の例外は認めなかったのです。

この判決に至った理由も結構面白いです。まず、デラニー条項はFDA自身が制定を強く望んだものであり、それの例外を求めるのはおかしいということを挙げました。次に、発がんリスクの定量的な評価方法について科学者間で合意がとれた場合には、法改正を求めることをFDA自身が約束していたにもかかわらず、その行動をとっていないことを挙げたのです(これはなかなか反論しにくい)。

このような経緯で、その後も農薬以外でデラニー条項を廃止するような法改正には至らず、現在に至るわけですね。

まとめ:デラニー条項ふたたび

デラニー条項は廃止された?されてない?について改めて整理しました。デラニー条項は加工品中の農薬について廃止されましたが、食品添加物などではまだ廃止されておらず、最近でも赤色3号の禁止など効力をもっています。DESやサッカリンなど、問題のあった事例では例外的な運用をとったため、逆にデラニー条項廃止という根本的な解決を進める動機が弱まったようです。

補足

本記事を書くにあたり、以下の資料を参考にしています。

Merrill RA (1997) FOOD SAFETY REGULATION: Reforming the Delaney Clause. Annual Review Public Health. 18:313-340

FOOD SAFETY REGULATION:Reforming the Delaney Clause
▪ Abstract The safety of food has been an age-old concern. Early civilizations adoptedlaws that punished sellers of tainted food. In this co...

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