農業と熱中症の関係その2~熱ストレスの農作業への影響~

heat-illness-2 身近なリスク

要約

農業と熱中症の関係の記事第2回として、熱ストレスの農作業への影響をまとめます。農作業と熱中症に関する日本の実態調査を紹介した後に、いくつかの文献をもとに熱ストレスの農作業への影響をまとめ、最後に実際のデータで夏の高温化によって農作業が可能な時間が減少している実態を示します。

本文:熱ストレスの農作業への影響

夏の高温化により農作業中に熱中症で亡くなる事故が増えています。本ブログでは熱中症のリスクに関する記事をかなり書いていますが、最近は特に農業と熱中症に注目しています。まだ5月ですが、5月に入るともう熱中症による救急搬送が出はじめます。

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スポーツやレクリエーションは暑ければ中止すればよいのですが、仕事は生活がかかっているので中止するわけにもいかず、ついついぎりぎりまで作業を続けがちになります。さらに農作業は屋内や暗いうちにはできず、野外の明るいうちでしかできません。これが農業における熱中症対策の難しいところです。

さらに、農薬散布などは全身を防護する服装で作業する必要があり、これが熱中症のリスクを引き上げることになります。

また、普通の仕事では作業場にトイレがあるのが普通ですが、農作業を行う圃場にはトイレがある場合は少ないでしょう。かなり離れたところのコンビニのトイレを借りたりすることが多いようです。しかも泥だらけだとそれもなかなか借りにくいでしょう。トイレに行くのが難しい環境ではどうしても水分補給を控えることにつながります。農業には熱中症と相性の悪い要因が多数あります。

農業と熱中症に関する前回の記事では、農業と熱中症の関係に関する研究を整理したレビューの内容を紹介しました。熱中症の生理学、熱中症の評価方法、熱中症の対策と規制の順で情報を整理しました。

農業と熱中症の関係その1~熱中症の評価と管理の基礎知識~
夏の高温化により農作業中に熱中症で亡くなる事故が増えています。そこで本記事では農業と熱中症の関係に関する研究を整理したレビュー論文の内容を紹介します。熱中症の生理学、熱中症の評価方法、熱中症の対策と規制の順で情報を整理しました。

その1では熱中症の基礎知識的なところで文字数が多くなりすぎて書ききれない部分が多かったので、今回はその続きを書きます。今回のその2では、実際の農作業にどのような影響が出るかについて注目してみます。

本記事では、まず農作業と熱中症に関する日本の実態調査を紹介した後に、いくつかの文献をもとに熱ストレスの農作業への影響をまとめ、最後に実際のデータで夏の高温化によって農作業が可能な時間が減少している実態を示します。

農作業と熱中症に関する日本の実態

農作業と熱中症に関する日本の実態調査の事例は少ないのですが、以下の調査結果は非常に参考になります。これは若手青年農業従事者90人を対象にアンケートを行った結果です。

日本気象協会:「農作業と熱中症に関する実態調査結果」と農業での気象データ活用

「農作業と熱中症に関する実態調査結果」と農業での気象データ活用
近年、気候変動の影響で記録的な暑さが続いています。2025年は梅雨明け前から厳しい暑さとなりました。 屋内・屋外に関わらず、暑い環境で農作業をする際は熱中症に注意が必要です。今年の6月1日からは、職場

夏の暑さにより作業環境や働き方、作業時期に影響があったと感じた人は、90%以上となりました。
具体的な影響として
・1日の休憩頻度を増やす
・作業時間帯をずらす
・作業時間数を変更する
など、暑さを避ける行動をとる人が多く見られました。

農作業中もしくは農作業後に「熱中症にかかったことがある」、または「周りでかかった人がいる」と回答した人は約6割となりました。

若手農業従事者が特に熱中症に注意が必要だと感じるシーンは「重労働や1人になりやすい環境」で、
草刈り作業や薬剤散布などの重労働
エアコンの効いていないトラクターで作業するとき
個人農家やハウス内での水やり作業時

約9割が夏の暑さによる働き方の変化を感じています。具体的には休憩時間の増加、作業時間帯の変更作業時間数の減少などです。自分や周りの人が熱中症にかかったことがある人は約6割にものぼり、救急搬送も4%ありました。リスクの高い作業は草刈りやエアコンのないトラクター、ハウス内の作業などが浮かんできました。

以下の文献をみると、ハウス栽培の熱中症の主観的既往者(熱中症になった自覚があった人)は枠3割で、低いようにも思えますが、実際には主観的非既往者(熱中症になった自覚がなかった人)でも実際に症状を聞き取ると熱中症の症状であった人も多く、知識がなくて熱中症と自覚できていない人も多いようです。

齊藤ほか (2017) 農業従事者におけるハウス栽培作業時の熱中症および水分補給の実態
日本生気象学会雑誌, 54, 13-22

農業従事者におけるハウス栽培作業時の熱中症および水分補給の実態
J-STAGE

各種文献からみる農作業への影響

さらに、以下のいくつかの文献を参考に、実際の農作業にどのような影響が出るかについて洗い出しを行いました。文献の中には農業に限らずに労働全般を扱ったものもありますが、その中から農作業への影響をみています。

Khayat et al (2022) Impacts of Climate Change and Heat Stress on Farmworkers’ Health: A Scoping Review
Frontiers in Public Health, 10, 782811

Frontiers | Impacts of Climate Change and Heat Stress on Farmworkers’ Health: A Scoping Review
Due to the continuous rise of global temperatures and heatwaves worldwide as a result of climate change, concerns for the health and safety …

Levi et al (2018) Impact of climate change on occupational health and productivity: a systematic literature review focusing on workplace heat
Med Lav 109,163-179

La Medicina del Lavoro
Background: With climate change, mean annual air temperatures are getting hotter and extreme weather events will become more and more common…

ILO (2019) Working on a Warmer Planet: The Impact of Heat Stress on Labour Productivity and Decent Work
https://www.ilo.org/sites/default/files/wcmsp5/groups/public/@dgreports/@dcomm/@publ/documents/publication/wcms_711919.pdf

農作業にどのような影響をまとめると以下のようになります。

・農業労働者の熱中症に関連する死亡率は、他の産業の労働者と比較して35倍高くなっている。移民の農業労働者は特に熱中症のリスクが高い。

・農作業におけるの熱ストレスと脱水は、中央アメリカや東南アジアを含むいくつかの地域における慢性腎臓病との関連が示唆されている。イタリアのトマト収穫作業者など、他の地域での影響も懸念されている。

・暑い環境で働く農業従事者は、疲労の増加、注意力の低下、運動能力の低下などによって職場での怪我のリスクが高まる

・推計によると、2030年までに熱ストレスによる世界の労働時間の損失の60%を農業部門が占めると予測されている(2位の建設業は19%)。世界の気温上昇が1.5℃に抑えられたとしても、2030年には世界全体の総労働時間の2.2%が失われると予測されている。

熱ストレスによって、農業労働者の生産性が低下する。インドの米収穫作業の研究では、WBGT(暑さ指数)が26を超えると、1上昇するごとに1時間あたりの収穫効率が約5%低下することが確認された。また、オーストラリアの研究では、気温が37℃を超えると、労働者の作業速度が低下し、1日あたり平均1時間の労働時間が失われることが示されている。

・農村部での労働が困難になることで、都市や国外への移住を促す要因となりうる。結果として、農業での労働者の確保が困難になる。

まとめると、熱ストレスの上昇によって、熱中症や腎臓病などの直接的な影響だけではなく、負傷のリスクも高め、労働時間は減少して作業効率も低下するため経営が悪化し、それらによって労働者が減少してさらに持続的な経営が営農になる、という非常に厳しい影響が浮かんできました。

作業可能時間の減少の可視化

さて、ここまでで近年の夏の高温化によって農作業にさまざまな影響が出ることを示しました。ここからは実際のデータで作業可能な時間がどれくらい減少するかについて可視化してみます。

今回はWBGT(暑さ指数)による簡易な評価を行います。前回の記事で以下のような目安について書きました。これに基づいて31以上では作業不可、28~31は軽い作業のみ、28以下では作業可能とします。ただしこれは暑熱順化が済んでいる人の場合です。

31~: 特別な場合を除き、運動は中止。高齢者は安静状態でも危険。
28~31: 激しい運動は避ける。高齢者は休息を積極的にとる。
25~28: 積極的に休息、水分補給を行う。
~25: 通常は危険は少ないが、適宜水分補給が必要。

WBGTの時間データについては以下から過去にさかのぼって(2010年以降)ダウンロードできます。ここから茨城県のつくばにおける7月のWBGTを2010~2024年まで集めてみました。

環境省 熱中症予防情報サイト

環境省熱中症予防情報サイト 暑さ指数
env_WBGT_data

まず、7月におけるWBGT31以上の時間について整理すると以下のようになります。2024年には、過去にないくらい作業不可の時間が多かったことがわかります。

WBGT31over

では作業可能な時間がどのくらいかも試算してみましょう。WBGTが低いといっても夜の暗い時間には作業ができません。日の出・日の入を考慮する必要があります。茨城県の日の出・日の入時間の情報を以下から入手しました。

国立天文台:各地のこよみ

各地のこよみ (日の出入り、月の出入り、南中時、月齢) – 国立天文台暦計算室
都道府県庁所在地等の日の出・日の入り、月の出・月の入り、および南中時・月齢などをまとめたものです。
Sunrise_Sunset

日の出から日の入にかけての時間とその前後30分をあわせてプラス1時間を作業可能時間とみなします。そうすると7月は476時間が明るい時間(最大の作業可能時間)です。そのなかでWBGTがどう変化するかの推移を示したのが以下の図になります。

Farming_Hours

WBGT28以下の作業可能時間は2018年と2024年でかなり低くなっていることがわかります。2020年と比べると200時間くらい違いますね。年によってこのくらい違う、という変動幅について理解しておくことが重要と思われます。2020年から2024年まではどんどん作業可能時間が短くなっており、今後も温暖化が進むとさらにこの時間が少なくなることが考えられます。

まとめ:熱ストレスの農作業への影響

夏の高温化によって、すでに農業への影響が顕在化しています。作物の生育に悪影響を与えるだけではなく、作業者の熱中症リスクは上昇し、作業の効率も下がり、作業可能な時間も減少します。疲労の蓄積や注意力の低下によって負傷などの労災がおこるリスクも高くなってきています。

さらに、熱中症のリスク評価の詳細とリスク評価の活用について、別の記事を書いてみる予定です。

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