要約
サッカーEURO選手権や野球のオールスターで満員の観客を入れている欧米よりもコロナの感染者数や死者数が抑えられている日本でのオリンピックは無観客となりました。オリンピックや中止に追い込まれた日本のロックフェスの共通点を、やはりリスクに関して批判の矛先が集中したこんにゃくゼリーも含めて考えてみました。
本文:オリンピックとロッキンとこんにゃくゼリーの共通点
東京でのコロナウイルス感染再拡大(第5波)を受けて、東京オリンピックはほぼほぼ無観客での開催となりました。ほかにもいろいろと問題が起こっていることも重なり、現在国民の怒りの矛先がオリンピック一点に向けられているような状態になってしまっています。
一方で、欧米では欧州サッカー選手権(EURO)や大谷選手が出場したメジャーリーグのオールスター戦で、マスクもなしに満員の観客が入っていて驚かされました。そしてサッカー大会では多数の感染者も出しているようです。欧米では日本よりもワクチン接種が進んでいるからだ、などの解説もありますが、人口あたりの感染者数も死者数も日本よりアメリカやイギリスのほうが多いので、全く的外れな解説です。
先週末の7月16日の数字を見てみると、人口10万人あたりの1日感染者数と死者数は以下の通りです。
国 | 1日感染者数/10万人 | 1日死者数/10万人 |
イギリス | 75.5 | 0.072 |
アメリカ | 12.3 | 0.086 |
日本 | 2.7 | 0.019 |
日本が(ワクチン普及率が低いにもかかわらず)いかに欧米よりも感染を抑え込んでいるかがよくわかります。
では日本と欧米の差は一体なんなのでしょう?
これはリスク許容度の差が大きいと考えるしか説明のしようがないと思います。本ブログでも何度も書いていますが、安全とは「許容できないリスクがないこと」であり、科学的に決まるだけではなく主観的・心理的な部分も入っています。詳しくは以下の過去記事を参照ください。
リスク許容度は一定のラインがありそれを超えたらなんでもダメというわけではありません。対象によってリスクの許容度が違い(Aの許容度は低いけどBの許容度は高いなど)、それは文化などの影響を強く受けるものです。
これとは別に、ロック・イン・ジャパン・フェスティバル(以下ロッキン)という茨城県で開催予定であったロックフェスが直前で中止に追い込まれるなどのニュースもありました。これもプロ野球・Jリーグは普通にやっているのになぜ?という声もあがっています。
リスクにおいてはみせしめのように怒りの矛先が一点に集中するという現象はしばしば見られます。これまで何度も繰り返されてきた現象ですので、それほど珍しいことではありません。本記事では過去の事例として窒息リスクによって一時期生産停止に追い込まれたこんにゃくゼリーを例に、オリンピック・ロッキン・こんにゃくゼリーの共通点を探ってみたいと思います。
東京オリンピックのリスク許容度
東京オリンピックについての尾身提言については過去記事でも紹介しましたが、オリンピックの開催に関係なく夏には第5波のピークが来ることは予想されていました。
尾身提言でオリンピックの無観客開催を要請したのは、オリンピック開催とは関係なく夏に感染ピークが来るからという理由であって、オリンピック特有のリスクについて評価したわけではありませんでした。
つまり、オリンピック特有のリスクを評価していない上では、オリンピックだけを標的にすることはロジックとしておかしいわけです。全体の活動そのものを止めなければいけない時だというのに、批判がオリンピックに集中し、オリンピックさえやめれば解決、みたいな空気になってしまっています。
オリンピックにだけ注目が集まることで、それ以外の全体の感染対策がおろそかになれば感染拡大が進んでしまいます。オリンピック以外のイベントや飲食などの規制をもっと強めなければ感染はさらに拡大しそうな勢いです。
ところが、飲食店の酒類提供禁止などに対しては「飲食店いじめ」などの意見が出てきます。銀行から飲食店に圧力をかけさせるみたいな話も大炎上でした。これはみんな自分の生活に大きく関わるので、リスク低減効果があってもみんなが反対するだろうと思われます。
つまり飲食に関してはリスク許容度が高い状態なのです。一人で静かに飲むのはリスクが低いからそれまで禁止する必要ない、などのいろんな言い訳が出てくるのです。それなら一人でオリンピック会場で静かに観戦するのだって同じはずなのです。
もう一つ、注目するポイントとして、そもそも(コロナに関係なく)オリンピックに興味がない人が多いということがあります。世の中スポーツが好きな人ばかりではありません。北海道出身の私などは冬季オリンピックには興味がありますが、夏季のほうはさっぱりです。
また、「東京」オリンピックは「日本」オリンピックではありません。東京から離れた地域では外国でやっているのと大差がない感じがします。時差なしにテレビ中継を見られる、というくらいのメリットしかありません(中国とか韓国で開催しても同じ)。東京まで1時間の距離に住んでいる私ですらそう思うのですから、もっと離れた人はさらにそう思うのではないでしょうか。
興味がない人にとっては、自分と関係のないイベントごとで自分達のリスクが1ミリでも高まるのは耐えられないと感じます。つまりリスク許容度が非常に低い状態になっているのです。
ここでオリンピックに興味ある・なしの調査結果なども見てみましょう。
日本トレンドリサーチ:【東京オリンピック】52.8%が「観戦する」と回答
全国2500人を対象としたインターネット調査の結果を見ると、中止してほしいが6割で、興味がない人の割合は約4割でした。興味がない4割の人たちはリスク許容度が低いので、少しでもリスクが上がるなら反対と考えるのは自然です。
興味がある人たちが6割いますのが、このうちの1/3が中止を希望すれば、興味がない4割と合わせて中止が6割になります。たぶんこの人たちは来年に延期すればもっとお祭り気分を味わえるから、と考える人達が多いと思われます。中止を希望するがもし開催するならテレビで観戦する、と答えた人が結構多いのがその理由です。2020年当時もそう言われてたのですが、実際は変異株の登場により去年の夏よりもさらに状況が悪いというのは皮肉です。この人たちは「始まってしまえば盛り上がる」でしょうから、ネット世論も変わるかもしれません。
ロック・イン・ジャパン・フェスティバル(ロッキン)のリスク許容度
ロッキンは茨城県ひたちなか市において8月8-15日にかけて開催予定でしたが、7月2日に茨城県医師会が中止か延期の要請を出し、その結果中止が決定しました。
茨城県医師会:「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2021」に関する要請について
現在、一時の危機的な医療逼迫の状況は脱したものの、希望者全員へのワクチン接種は未だ進行過程にあり、感染力の強い変異株の勢力拡大によって、いつ何時、全国的な蔓延が繰り返されるのか、大いに懸念されるところであります。
医師会の要請のロジックは上記の1点のみであって、なにかロッキン特有のリスク(熱中症を多数出してしまい、初期症状がコロナと区別しにくくて困るなど)について触れられているわけではありませんでした。これは尾身提言とも共通しています。
以下の記事ではロッキンとプロ野球・Jリーグとの違いが詳しく解説してあり、その違いはよくわかるのですが、医師会の要請のロジックはそういうところとは関係ないようです。(結局のところステークホルダーマネジメントに失敗したのだ、という指摘はその通りだと思います)
はてな匿名ダイアリー:ロッキンが中止せざるを得ず、プロ野球やJリーグは普通に客入れて開催している理由
医師会のロジックを適用する限りは、Jリーグなども含めてイベントにはすべて中止・延期要請を出していないとやはり矛盾が生じると思います。医師会に対してステークホルダー・インボルブメントを怠った(仁義を切っていなかった)ロッキンはみせしめ的に狙い撃ちされたのでしょう。
これもオリンピックと同じ構図で、ロックフェスなど言うこと聞かない若者がバカ騒ぎするだけのイベントだと思われているので、高齢者を含む興味のない人達にとってはリスクが1ミリでも上昇するのは許容できないとなります。
いまやライブでは声を出すことは禁止で、映画館で映画を見ていたり、電車に乗っていたりするのと同じような状態なのですけどね(あと実はそんなに若者が多いというわけでもないようです。。。)。
一方で、茨城県の大規模イベントとしては土浦で開催される花火大会(土浦全国花火競技大会)があります。2020年はコロナにより中止、2021年は11月6日の開催予定ですが、8月ころに開催可否の最終判断をする予定となっています。
例年80万人の客が訪れるイベントで、ロッキン(2021年は1日2-3万人の予定だった)とはケタ違いの人出になります。しかも、2018年2019年と二年連続で花火による負傷者を出す事故を起こしており、リスクの懸念もあります。
ところが、100年近くの歴史と伝統をもつイベントでもあり、高齢者を含む一般の人たちにとってリスク許容度がロッキンよりも高くなっていてもおかしくありません。今後どのような判断が下されるのか注目したいと思います。
だんじり祭りや御柱祭などは頻繁に死者が出ても中止にはなりませんが、毎回死者を出すロックフェスなど世の中が到底受け入れるはずがありませんよね(ステージで死ねたら最高にロックだ!などの話もあるかもですが。。。)。この辺、やはりリスク許容度の違いがあるのでしょう。
もちろん花火大会は夜だし熱中症にならないし、バカ騒ぎはしないし、静かに見ているだけならリスクは低いじゃないか、というイメージはあるでしょうが、この辺きちんとリスク評価が必要だと思います(飲食店とオリンピックの関係と同じ)。
こんにゃくゼリーのリスク許容度
こんにゃくゼリーは発売後2008年までに22件の窒息死亡事故を起こし、マスコミがメーカーの責任を追及して規制を求める世論が巻き起こりました。その後一時生産停止に追い込まれています。
一方で、2020年の人口動態調査によると、不慮の窒息による死者数は7828人と大変多いものです
(コロナでは3466人)。他の死因との比較について詳しくは過去記事もご覧ください。
東京都の窒息による救急搬送の原因として最も多い食品は餅で、次に肉、おかゆ・ご飯が続きます。
子供では飴が最も多く、ミニトマトやぶどう、サクランボや豆類なども窒息しやすいと言われています。
また、食品安全委員会が評価した窒息事故頻度では、餅が最もハイリスク、次いで飴、こんにゃくゼリー、パンと続き、こんにゃくゼリーはパンの窒息頻度と同程度でした。
食品安全 vol24 (2008) 食品による窒息事故についてのリスク評価
https://www.fsc.go.jp/sonota/kikansi/24gou/24gou_1_8.pdf
ではなぜこんにゃくゼリーだけが叩かれてしまうのでしょう?餅などは真っ先に規制すべきではないのでしょうか?
餅は日本の食文化として根付いており、伝統的な正月行事に欠かせません。餅がなくなると困る人が多く、高い窒息リスクを受け入れている、つまりリスク許容度が高い状態にあると考えると納得がいきます。
一方で、こんにゃくゼリーは新しい食品なので無くなっても誰も困りません。そういうものではちょっとしたリスクでも受け入れられない、つまりリスク許容度が低くなります。
リスクを評価しただけでは安全かどうかの判断はできず、そのリスクが許容できるか否かということまで考える必要があるのです。今回挙げたリスク許容度の低い3つの事例(オリンピック、ロッキン、こんにゃくゼリー)はそのことを考える良い事例になるでしょう。
まとめ:オリンピックとロッキンとこんにゃくゼリーの共通点
オリンピック・ロッキン・こんにゃくゼリーの共通点として、一般の人たちのリスク許容度が低く、批判が集まりやすいことが挙げられます。特にオリンピックとロッキンは興味のある人とない人の差が大きく、興味のない人(=リスク許容度の低い人)が反対の声をあげやすいことが考えられます。リスクの大きさとリスク許容度は一致しないことに注意が必要で、〇〇はOKなのになぜ△△はダメなのか?と疑問に感じた時はリスク許容度の違いを考慮するとよいでしょう。
補足
こんにゃくゼリーと餅のリスク許容度の話は拙著「基準値のからくり」の「食文化と基準値」という章で書いた話です。他にも食文化が基準値の設定に影響を与えた事例をいくつも書いていますよ。
ところで、今回コロナ禍において感染症や公衆衛生の専門家からはリスク許容度の話を聞いたことがありません。語ってはいけない何かがあるのでしょうか?彼らが目指している安全目標が何処にあるのかいまだにさっぱりとわかりません。
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