要約
OECDが2014年に公表した「How was life? Global Well-being since 1820(幸福の世界経済史)」という幸福度の歴史的変遷を解析したレポートを紹介します。世界のリスクトレンドがこれ一つでわかるという優れモノです。世界の幸福度は基本的に右肩上がりに伸びてきていますが、地域の差は非常に大きくなっています。
本文:世界各国の幸福度はどのような歴史をたどってきたか
健康とは肉体的・精神的・社会的に全てが満たされた状態というWHOの定義に従うと、健康は幸福と同様の概念になります。つまり、「健康」リスクを考える際にも肉体的なリスクだけではなく精神的・社会的なリスクも含めて考える必要があります。前回の記事では、OECDが測定する幸福度指標について紹介しました。主観的幸福度と能力アプローチ(健康、教育、所得などの自分の人生の機会を拡大する因子)、公正な配分という3つのアプローチからなる11の側面で評価しています。
本記事では、幸福度がこの200年程度の間にどのように変化してきたのか、暮らしと社会の進歩具合をOECDが解析していますので、それを紹介したいと思います。
これはOECDが2014年に公表した「How was life? Global Well-being since 1820」というレポートで、「幸福の世界経済史」として日本語にも翻訳されています。
この内容は、世界各地域の人口やGDP、賃金、教育、平均寿命、身長、生活安全、政治、環境、所得格差、男女格差について、1820年からの長期経年変化をまとめ、さらにこれらの項目の総合指標化を試みたものとなっています。一言でいうととんでもなくスゴいレポートです。
これは化学物質などの個別のリスクを見るというミクロなアプローチとは別の、マクロなアプローチとみなすことができるでしょう。様々な項目を評価していますが、これらの項目は直接あるいは間接的に幸福やWHOが定義する「健康」を満たすために必要なものと考えられます。よってこれは世界のリスクトレンドを網羅的に表したものと言うことができます。
各幸福度指標の歴史的変遷
まず最もシンプルな指標として平均寿命を見ると、ロシアなど一部の国を除き右肩上がりに上昇し、全世界で見ると1820年代から30年程度伸びています。ところがサハラ以南アフリカでは、他の地域の国が70歳付近まで達しているのに対してかなり低い水準にとどまっています。以下に続くグラフはすべて元データから私が作成したものです。
次に、一人あたりGDP(1990年ベースの購買力平価実質GDP)を見ると、1820年代で世界レベルで650ドル/人であったものが2000年代には7000ドル/人と大きく成長しています。また、先進国と発展途上国の間で大きな差があり、特に第二次大戦後に急激にその差が広がってきたことがわかります。
平均教育年数を見ると、1870年代に全世界で1年程度であったのに対し、第二次大戦後には3年、2000年代には7年を超えてきました。また、先進国では12年程度(日本の小学校から高校までの教育年数)に達しているのに対して、発展途上国ではまだそのレベルに達していませんが、近年世界的に急激に伸びてきています。
身長が健康の指標として使われた例はあまりありませんが、測定が簡単で栄養状態の経年変化の良い指標となります。平均身長は世界的に伸びてきていますが、その伸び方は各国でかなりばらつきがあるようです。
生活の安全性の指標として殺人発生率を見ると、過去のデータが豊富でないため経年変化はわかりにくいのですが、一部ブラジルやロシアなどで近年上昇している傾向がわかります(現代でも10万人あたり20人を超えている!)。日本はもともと低いレベルにありますがさらに減少傾向が続いています。ちなみに西ヨーロッパでは、13-15世紀には人口10万人あたりの殺人による年間死者数は30-50人と、現代(1人以下)と比べてかなり高かったようです。
環境についてはSO2とCO2の排出量、さらに生物多様性の損失を取り上げています。これらは実測データというよりはモデルによる推定値なので、いろいろと限界があることに注意が必要です。大気汚染の指標であるSO2の排出については1970-1980年がピークとなり、その後減少傾向にあります。気候変動の指標であるCO2排出については化石燃料の使用の増大に伴って現在でも増え続けているものの、先進国での排出量はほぼピークに達してきています。
生物多様性については、平均生物種豊富度(Mean Species Abundance, MSA)という指標で評価しています。これは、全ての在来種が存続している状態を1、人間活動で全ての種が絶滅した状態を0とし、0~1の範囲内の値をとります。ただし、過去にさかのぼるという都合上、非常に簡易な方法で計算されており、単に土地利用の変化(生物の生息地の減少程度を示す)のみをパラメータとしています。市街地は影響が大きく95%の影響、農地は中程度の影響で70%、牧草地は影響が小さいので30%の影響と仮定しています(それ以外の土地は影響なし)。欧米の人たちはアジアの水田は生物の宝庫であることは全く考えてくれません。とりあえずこのMSAは世界中で減少傾向にあるものの、先進国では減少に歯止めがかかっているように見えます。
最後に、所得格差(福祉による再分配前の当初所得ベース)についての指標であるジニ係数を見ると、エジプトなどの例外を除いて世界各国で1970年代まで減少していますが、その後は上昇するU字カーブを描いています。現在は経済格差が広がっている状況になっています。
幸福度複合指標の計算
複数の幸福指標を一つにまとめるには二つの方法があり、一つ目は正規化(全ての変数を平均0、標準偏差1に変換する)後に単純に複数指標を足し算していく方法、二つ目は主成分分析などの統計的手法を用いてまとめる方法です。後者の方は詳細な計算方法は書いていませんが、因子負荷量の結果が出てくるので因子分析のような解析をやっていると思われます。
前者の方法による幸福度複合指標を以下の図に示します。国ごとの数字は出てこないので、地域ごとにまとめた数字になっています。長期的な傾向としてはどの地域も右肩上がりです。また、西ヨーロッパ&西ヨーロッパ派生国(アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドのことを指します)が世界をリードしていることがわかります。東アジアは第二次大戦後に急上昇して東ヨーロッパを追い抜きます。そして、サハラ以南のアフリカは一番伸びが緩やかです。
後者の統計的手法でまとめる方法では、生物多様性の指標が幸福度にマイナスの重みづけを示してしまいました。幸福度の高い先進国ほど生物多様性がおびやかされているというデータをそのまま反映した結果となります。全体の幸福度には大きな影響を与えていないとのことですが、明らかにおかしい結果になっています。それ以外の指標は、所得格差や殺人率が負の影響になるなど、正しい正負の向きが出ているようです。そして、二つの方法はおおむね似たような結果を示すので、ある程度信頼できるものと考えられます。
ちなみに2000年における日本の順位は158か国中16位とかなり高いです。
幸福度とGDPの関係
上記の幸福度複合指標とGDPの関係を示した結果も報告されています。OECDが幸福度の測定をしている背景には、GDPという経済指標の有効性(社会の繁栄とちゃんと関係しているということ)を示すことが狙いにあります。一人あたりGDPが5000ドルを超えるまでは、GDPとともに幸福度も急上昇します。しかし5000ドルを超えたあたりからは幸福度も上昇を続けてはいますが、その伸びは緩やかになってきます。
また、国ごとの推移に注目すると、第二次大戦後に先進国と途上国ではGDPではどんどん差がついてきましたが、幸福度の差はGDPほどには大きくなっていません。これは、GDP以外の指標は各国間の差が小さいことが影響しています。
次に、幸福度を示す各指標とGDPの関係に注目します。現代においてGDPとの相関が高い指標は賃金、身長、平均寿命、教育年数、政治制度です。反対に相関が低いのは所得格差、生物多様性、殺人率です。ただし、歴史的に見ると相関はかなり大きく変化してきています。例えば所得格差は19世紀まではGDPと正の相関(裕福な国ほど格差が大きい)がありましたが、第二次大戦後からは負の相関(裕福な国ほど格差が大小さい)になっています。
結論としては、GDPのみで幸福を語ることはできない、というごくまっとうなものになるわけです。
まとめ:世界各国の幸福度はどのような歴史をたどってきたか
本記事では、OECDが2014年に公表した「How was life? Global Well-being since 1820(幸福の世界経済史)」というレポートを紹介しました。世界各地域の人口やGDP、賃金、教育、平均寿命、身長、生活安全、政治、環境、所得格差、男女格差について、1820年からの長期経年変化をまとめ、さらにこれらの項目の総合指標化を試みたものです。GDPだけでは計り知れない世界のリスクトレンドの変遷がこれ一つでわかるという優れモノです。世界の幸福度は基本的に右肩上がりに伸びてきていますが、地域の差は非常に大きくなっています。
次回は、OECDの幸福度と似ているようで異なる国連の世界幸福度ランキングについて書く予定です。
補足
本記事もリスク学事典の1-4「私たちを取り巻くリスク(1):マクロ統計からみるリスク」の一部をベースに、紙面の都合でボツになった各データの推移を示す詳細な図表を加えて書き直したものです。
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