なぜ予測を出せなくなり、なぜそれがリスクとなるのか?予測のリスク学その3

prediction リスクガバナンス

要約

コロナウイルス対策では予測に基づく対策が遅れているように感じます。Googleなどの海外勢が日本の感染予測を出す一方で、日本からは予測が出なくなってしまいました。本来予測を出すべきである中の人たちが予測を出せなくなる現状とその問題点について、コロナと原発事故を比較しながら整理しました。

本文:予測を出さないことのリスク

これまで本ブログではコロナウイルス関連の予測に関する記事を書いてきました。42万人が死亡するという予測は予言の自己破壊によって外れ、トイレットペーパーがなくなるというデマは予言の自己成就によって現実になってしまいました。また、後知恵バイアスによって「俺は最初から(コロナがたいしたことないと)知っていた」論者が湧いて出てくるメカニズムを解説しました。

なぜコロナウイルスで42万人死亡の予測は外れ、トイレットペーパーが無くなるというデマは現実になるのか?予測のリスク学
専門家によるコロナ死者数の予測はそれ自体が人々の行動を予防的に変えるため、リスクを下げるために外れてしまいます。トイレットペーパーが無くなるというデマは在庫があるうちに買っておこうという行動の変化を引き起こし、実際に品切れを引き起こしました。
なぜコロナウイルスのリスクについて「俺は最初から知っていた」論者が後から湧いて出てくるのか?予測のリスク学その2
人の記憶は結果がわかってから「最初からそうだと思っていた」というように都合よく置き換わるバイアスがあります。なので、コロナ対策のように不確実な状況での決定をたまたま成功しても失敗しても必然的に(能力が高い/低いから)そうなった、という評価をしてしまいがちです。

重要なことは予測が的中したか外れたかではなく、どのようなプロセスを経て政策が決定されたかの部分です。つまり、当時の最善を尽くした予測に基づいて政策が決定されたということにより、妥当性や透明性が確保されるわけです。

ところが不幸なことに、日本では42万人死亡が外れたことに対する批判が相次ぎ、その後は専門家助言組織の関係者から死者数予測を出すことはなくなってしまいました。もちろん政府から出されることもずっとありません。

一方で、ワシントン大学IHME(The Institute for Health Metrics and Evaluation)では日本の死者数予測を出していますし、11月からGoogleがコロナによる死者数予測(しかも都道府県別に!)を出すようになりました。

IHME | COVID-19 Projections
Explore forecasts of COVID-19 cases, deaths, and hospital resource use.
Japan: COVID-19 Public Forecasts
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本記事では、本来予測を出すべきである中の人たちがなぜ予測を出せなくなるのか、そして予測を出せなくなることのリスクについて書いていきます。最後に予測を活用するための3つのポイントについてもまとめてみました。

専門家ほどに口をつぐむようになる

42万人死亡の西浦博氏が最近本を出版し、裏側などいろいろ書かれているかもしれませんが(未読)、以下の西浦氏へのインタビュー記事でも予測を公表するハードルが高いことが書かれています。

BuzzFeedNews: ワクチンへの期待とハードル HPVワクチンの苦い思い出「科学が踏ん張れるかどうかが正念場」

ワクチンへの期待とハードル HPVワクチンの苦い思い出「科学が踏ん張れるかどうかが正念場」
新型コロナの感染対策を変えるかもしれないと期待がかかるワクチン。西浦博さんは感染症疫学者の立場から、日本に導入された場合、集団免疫ができるまでのハードルについて語ります。

私たちも今まで流行予測を水面下でやりつつ、各所に報告をあげてきました。しかし、色々な社会的影響もあって、公表する手段や経路がなかなか確保できない状況がありました。

中略

例えばコロナの患者に占有される病床数の予測をやっていたわけですけれども、厚労省の中から表に出すとなると、相当に時間をかけて出さねばならなくて、各所の調整も大変です。

https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid19-nishiura-3?bfsource=relatedmanual

これを見て思い出すのは2011年の東日本大震災の原発事故のことです。このとき実は同様のことが起こりました。当時、日本気象学会が会員の研究者らに、社会的な影響が大きいため大気中の放射性物質の拡散予測を公表しないよう求める通知を出していたのです。

朝日新聞デジタル:放射性物質予測、公表自粛を 気象学会要請に戸惑う会員

放射性物質予測、公表自粛を 気象学会要請に戸惑う会員
福島第一原発の事故を受け、日本気象学会が会員の研究者らに、大気中に拡散する放射性物質の影響を予測した研究成果の公表を自粛するよう求める通知を出していたことが分かった。自由な研究活動や、重要な防災情報

また、当時SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測)という放射性物質の広がりを予測できるモデルが整備されていたにもかかわらず、このモデルによる推定結果の公表地震から10日以上たってからでした。これもやはり内部で出すなという指示があったようです。

不確実な情報を出すことには慎重になるべきであることも重要です。ただし、緊急時には不確実な情報しかないので、情報はとにかく出して、そして高頻度でアップデートすることが求められると思います。

専門家が口をつぐむ一方で予測は誰でも出せるようになった

内部の一番詳しい人が情報を出せなくなっている間に、何もしがらみのない第3者はわりと自由勝手に情報を出すことができます。Googleのコロナ感染予測がまさにそうですね。上記の西浦氏へのインタビュー記事で、Googleが予測を出してくれるのはありがたいと述べています。


グーグルのモデルというのは、科学的妥当性の検証もちゃんとできる構造になってアメリカの研究者が作ったものを日本に適用して出しているのです。

わかりやすくいうと、われわれもやってきた予測の対案になるようなモデルをやっと第三者が出してくれる仕組みというのができてきている。それが一番健康的な方法だと思います。

残念なのは、それを主体的にやっているのは日本人ではないということです。ちゃんと研究者を育てて、何年か越しにやってもらうようにしないとしょうがない。それでも複数の予測ができる状況にはなってきたと思っています。

https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid19-nishiura-3?bfsource=relatedmanual

一方で、感染拡大モデルであるSIRモデルを使った予測などは4月のピーク時には結構いろんな人が計算結果を公表していました。英語ではいろんな計算ツールが出てきますし、日本語でも以下のようなものもあります。

Qiita: [CovsirPhy] COVID-19データ解析用Pythonパッケージ: SIR model

[CovsirPhy] COVID-19データ解析用Pythonパッケージ: SIR model - Qiita
IntroductionCOVID-19のデータ(PCR陽性者数など)のデータを簡単にダウンロードして解析できるPythonパッケージ CovsirPhyを作成しています。パッケージを使用した解析…

このように、誰でもこういう計算ができるようになりました。しかも、以前は査読付き学会誌など限られた公表機会しかありませんでしたが、個人のブログや査読前プレプリントなどの隆盛により公表する媒体も多様になりました。しかし、そのような素人による予測結果はかなり玉石混合でないでしょうか。

上記で例に挙げた原発事故の際にも、SPEEDIの結果が公表される前にアメリカなどの予測結果が先に公開されてしまい、日本は情報を隠蔽して信頼できないという評判が立ってしまいました。こういうことが予測を出さないリスクになります。

これを防ぐには、とにかく一番詳しい内部の人が先に情報を公開することが一番です。不確実性があるのは当然織り込み済みで、迅速にアップデートしていれば、今最善を尽くしてやっていることは伝わると思います。

また、外部の人は予測の当たり外れに一喜一憂し、外れると責任を追及するなどの行為は避けるべきです。責任を追及することに一生懸命になると、責任感の高いまともな専門家ほど口をつぐんでしまいます。

一方で、無責任でいい加減な人ばかりがより不正確なことを言い出すようになります。これは社会にとって損失が大きいのではないでしょうか。責任は意思決定プロセスの不備(予測結果をどのように政策決定に活かすかが不透明)に対して適用すべきであって、予測の当たり外れに適用すべきではありません。

予測を活用するための3つのポイント

最後に、予測を活用するための3つのポイントを整理してみます。

1.予測を出さないことのリスクを認識する
政府が先に予測を出さなければしがらみのない第3者が勝手な予想結果を出してしまい、政府は信頼を失う結果となってしまいます。よって、いち早く最初に政府から予測結果を出すべきだと思います。

2.政府は事前に(平時から)公式に予測に使用するモデルを制定しておく
感染症も定期的に新型のものが発生することは想定されているわけですから、予測に基づいた対策ができるように、平時から基本となるモデルを決めて、その根拠や検証結果等を公表しておくのが理想です。

3.モデルの予測結果をどのような行政的措置に活用するのかを事前に決めておく
緊急事態になってからあたふたしないためには、モデルによる予測の活用方法、つまり意思決定にいたるフローを事前に決めておく必要があります。

このように、事前の準備がなにより大切なのですが、緊急事態にならないと予算が付かないなどの根本的問題もあるように思います。緊急事態が終わった際にはこんなことが必要だ、などの課題が整理されるのですが、喉元過ぎるともう忘れさられてしまうという問題です。リスクコミュニケーションなども毎回同じことを繰り返しているように見えます。

また、予測に基づく対策は、以前にも本ブログで書いた「解決志向リスク評価」と相性が良いです。こういうやり方にすでにきちんと名前がついていることをもっと知られてほしいです。

コロナウイルスのリスクガバナンスにおける科学と政治その5:リスク評価・管理の分離から解決志向リスク評価へ
専門家はリスク評価、行政・政治はリスク管理という評価・管理分離論がリスク対策においては主流となっていますが、今回のコロナウイルス対策の事例を見てもいろいろと不都合が浮かび上がってきました。「解決志向リスク評価」はそのような関係性を再構築するものです。

まとめ:予測を出さないことのリスク

本来予測を出すべきである中の人たちが予測を出せなくなる現状とその問題点について、コロナと原発事故を比較しながら整理しました。予測を出さないことのリスクについてはもっと注目されるべきではないでしょうか。また、予測に基づく対策を行うには事前の準備が重要で、解決志向リスク評価のような仕組みができている必要があります。

補足

本記事では、コロナウイルス対策においては予測に基づく対策が全然なされていないような書き方をしましたが、政府が予測を出さない一方で地方自治体では積極的に予測を出しているところもあります。

例えば、令和2年12月14日に開催された第32回大阪府新型コロナウイルス対策本部会議の資料1-2「重症患者数の推移」を見ると、シナリオを2つ設定してそれぞれ一ヵ月先までの患者数のシミュレーションを行った結果を公表しています。しかもこのシミュレーションは会議のたびに頻繁にアップデートされています。

第32回大阪府新型コロナウイルス対策本部会議

大阪府の資料は政府のコロナ分科会の資料よりもはるかに出来が良いように感じます。
(K値を使った収束予測なんて出てきませんよ!)

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