要約
農家の自殺リスクは高いのか?の検証として、業種別自殺リスクとそれらの経年変化をまとめました。農業は就業者総数に比較して自殺リスクが高いのですがその解釈は単純ではなく、農業という業種の影響、自営業であることの影響、就業者総数の自殺リスクの過小評価など、考慮すべき点が複数あります。
本文:農家の自殺リスクは高いのか?
自殺のリスク評価について2回連続で書く記事の第2回となります。
第1回では年代別の自殺リスクについてまとめました。自殺リスクはかつては高齢者が多かったのですが、若者ほど増加傾向で高齢者ほど減少傾向となっており、現在では死亡率で見ると年代差がなくなっています。さらに損失余命で見ると若者に大きく偏重しており、全体でも過去よりも増加していました。
第2回では職業別の自殺リスクについてまとめます。本ブログではこれまでに職業別の死亡リスクから農業は危険な職業かどうかを考察したり、農家はうつ病になりやすいのかを考察したりしています。そこで、今回も農業に注目してみたいと思います。
以下の記事では、アメリカで自殺者の割合の多い職業は農業であるという結果が紹介されています。
Woman excite: 1位は10万人中85人も!最も「自殺率の高い職業」ランキング
また、以下の記事では日本の農林漁業者の自殺の原因として、うつ病や身体の病気などの健康問題、負債や事業不振などの経済・生活問題、夫婦関係の不和や家族の将来悲観などの家庭問題が多いことが紹介されています。
JAcom: 農林漁業者の昨年の自殺者数は298人 うつ病など健康問題が原因・動機で最多
本記事では、まず業種別自殺リスクを整理して、経年変化も同時に整理していきます。その結果から農家は他の業種と比べて自殺リスクが高いと言えるかどうかを考察していきましょう。
業種別自殺リスク
まずは業種別自殺リスクを整理していきます。農業の死亡リスクについて書いた過去記事と同様に人口動態職業産業別統計のデータを使います。職業別・死因別に死亡数・粗死亡率・年齢調整死亡率が掲載されています。ここで使うのはもちろん年齢調整死亡率(単位は人口10万人あたりの年間死者数)です。
職業によって年齢構成がバラバラで、特に農業は高齢者の多い職業です。年齢構成を補正してから比較しないと死亡率の差が職業の影響なのか年齢の影響なのかがわかりません。
もしくは自殺リスクその1の記事でまとめたように、年齢別の死亡リスクや損失余命を計算すると年齢構成の違いを含めて議論できますが、本統計には年代別・職業別・死因別のデータはありませんでしたので、今回は全体の年齢調整死亡率で議論します。
以下のe-statのサイトから、「男(もしくは女) 15歳以上の死亡数及び死亡率-年齢調整死亡率(男性人口10万対),産業(大分類)・死因(選択死因分類)別」の2020年のデータを使いました。
厚生労働省:人口動態職業産業別統計
グラフにすると以下の図のようになります。無職は自殺率が高いので、就業者総数を比較対象としてみるのがよさそうです。鉱業・採石業・砂利採取業は断然に高く(男性237、女性413)、グラフに収まりきれませんでした。
男女ともに就業者総数よりも自殺率が高いのは農業・林業、漁業、鉱業・採石業・砂利採取業、建設業、電気・ガス・熱供給・水道業、情報通信業、運輸業・郵便業、金融業・保険業、宿泊業・飲食サービス業、生活関連サービス業・娯楽業、公務でした。
逆に、男女ともに就業者総数よりも自殺率が低いのは、卸売業・小売業、教育・学習支援業、医療・福祉、その他サービス業でした。
全体的に男性のほうが女性よりも自殺率が高いのですが、漁業、鉱業・採石業・砂利採取業、電気・ガス・熱供給・水道業、複合サービス事業では女性のほうが自殺率が高くなっていました。
業種別自殺リスクの経年変化
次に、いくつかの業種を抜き出して、自殺リスクの経年変化を見てみましょう。人口動態職業産業別統計は1995年から5年ごとに2020年までのデータがありますので、それをまとめました。
2005年以前は一次産業は農業、林業、漁業と3つに分かれていたのが、2010年以降は農業と林業が一緒になりました。ただし、林業は農業に比べてかなり少ないので、農業の自殺リスクの推移を追う上であまり影響はないでしょう。
就業者総数では2000年に一度ピークを迎えた後に減少傾向となります。農業・林業、卸売業・小売業、公務などは同様の傾向をとります。
漁業や鉱業・採石業・砂利採取業は減少傾向にあるようには見えません。漁業の女性の自殺率はむしろ増加傾向にあるようです。
製造業については、男性の場合は一般的な傾向と同じですが、女性の場合は増加傾向にあります。
金融・保険業は増加傾向が明確であり、闇を感じます。
このように、業種によって経年変化のパターンが違うことが明らかとなりました。一般的なパターン(2000年のピークを経たのちに減少傾向)と違う業種については、業種特有の影響があるのだろうと考えられます。
農家で自殺リスクが高い理由は何か?
最後に自殺リスクの業種による違いと経年変化について考察します。特に農業・林業について注目してみましょう。
なぜ2000年に全体の自殺リスクがピークになるのかについて調べると、1997~1998年にかけて、三洋証券・北海道拓殖銀行・山一証券・日本長期信用銀行・日本債券信用銀行などの破綻(一部は国有化)や、その後日本企業がリストラを加速したことによって失業者の増加が起こり、自殺者が増加したことが原因とみられます。
ただし、その影響は被雇用者(勤め人)の自殺増加だけではなく、自営業者の自殺増加にもつながりました。1997年から1998年にかけての自殺者の増加率は被雇用者よりも自営業者のほうが大きく、不況や産業構造の変化が影響したとみられます。
そのように考えると、農業・林業で就業者総数とほぼ同じような経年変化をたどった理由も納得できます。自営業者として経営悪化が影響したのでしょう。
(でも安定しているはずの公務員まで自殺が増えるのはなぜか?周りの影響?)
それとは明らかに経年変化が異なるのが漁業、鉱業・採石業・砂利採取業、金融・保険業です。この辺の業種では社会一般の動きと増減の理由が異なると考えられます。
さて、農業・林業(実質は農業)は自殺リスクが就業者総数よりも高く、年齢構成の違いを補正してもなお農業の自殺リスクが高いことが示されました。これをどう解釈すればよいでしょうか。
農林水産業以外の2次・3次産業は被雇用者がほとんどですから、
・失業して無職になり、経済苦から自殺
・病気で働けなくなり、無職になり経済苦や健康問題から自殺
となるルートが考えられ、自殺時に無職扱いになっている可能性があります。
一方で、農林水産業や会社経営者の場合は経営破綻や健康悪化によっても「退職」というルートがないので、その職業のままで自殺というルートをたどりやすくなります。
となると、2次・3次産業の自殺リスクは過小評価されている可能性がありますね。無職というのはいろんな人を含んでいるのでこの辺の解析は困難です(女性の場合は無職の中に専業主婦も多く含んでいる)。
就業者総数ではなく無職を含めた総数で自殺リスクを比較するなら、男性で農業のほうが多く、女性では農業のほうが少なくなります。
この辺の考察は「農家はうつ病になりやすいのか」の記事でも同様でした。うつ病割合の低い職業があったとして、職業的にうつになりにくいのか、うつの人は続けられない職業なのか、ということがわからないのです。
まとめ:農家の自殺リスクは高いのか?
まとめると、農業では就業者総数に比較して自殺リスクが高いのですが、経年変化のパターンが就業者総数とほぼ同様であるため、農業という業種の影響である可能性は低いと考えられます。ただし、農業は自営業であることが原因で自殺リスクが高いのか、それとも就業者総数の自殺リスクが過小評価されていることが原因なのか、は不明のままとなりました。単純な解釈(農家は農薬の影響で自殺しやすいなど)には注意すべきでしょう。
補足
厚生労働省:相談先一覧
https://www.mhlw.go.jp/content/000787909.pdf
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