異なる種類のリスクを比較してはいけない?~リスク比較の「神話」を検証します~

risk-comparison-guideline リスク比較

要約

「異なる種類のリスク比較は受け入れられない」と記されたCovelloらによる「リスク比較のガイドライン」は現在でも大きな影響力を持っています。このガイドラインの「リスク比較ランキング」の検証結果をまとめた論文を紹介します。

本文:異なる種類のリスク比較はダメ?

本ブログのメインコンテンツの一つに「リスク比較」があります。ここでは、がん、自殺、交通事故、火事、落雷をリスク比較のための「標準セット」として提供し、対象となるリスクの大きさをイメージしやすいようにしています。

最近では例えば消防士の死亡リスクについてまとめた記事を書いています。

消防士の発がんリスク:PFASの影響はどのくらい?
消防士の職業曝露に発がん性があることが確認されています。そこで消防士の消防士の発がんリスクを比較します。消防士の殉職のリスクや発がんリスクを比較し、PFASに由来する発がんリスクも別途比較してみました。

このように種類・性質の異なるリスク同士を比較することには否定的な意見が多いです。特に大きな問題となるのは、○○(放射線や化学物質などなんでもよい)のリスクはタバコや酒のリスクよりも低いのだから許容するべきである、という論調で使われるケースになります。

特に2011年の東日本大震災における原発事故後には「異なる種類のリスク比較はいかなる状況でもダメ」という論調が多くなりました。

ただし、問題となるのは特定のリスクの許容を目的としたリスク比較であり、リスク比較そのものに問題があるわけではありません。本ブログの過去記事も参考にしてください。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のリスクを比較したいときに押さえおきたいポイント4つ。その1:リスク指標の計算
新型コロナウイルス感染症がどれくらい怖いものなのかを知るにはそのリスクをほかのリスクと比較することが大切です。リスクを比較する際に重要なポイントはリスクの指標(大きさ)を揃えることです。人口10万人あたりの年間死者数で表現することで、日本と諸外国のコロナウイルスのリスクを比較したり、コロナウイルス以外のリスクと比較できるようになります。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のリスクを比較したいときに押さえおきたいポイント4つ。その2:リスクのものさし
リスク比較をする際には、比較対象を都合よく選んで「○○よりも小さいから気にするな」という類のメッセージを出してはいけません。それを避けるために、常に一定のリスク比較のセット(リスクのものさし)を使って新型コロナウイルス感染症のリスクを比較してみます。

ではなぜ、いかなる状況でもダメという論調が多かったのでしょうか?これはCovelloらによる「リスク比較のガイドライン」が元になっています。このガイドラインが独り歩きして、疑うことが許されない「神話」になってしまったのです。

ところが最近になり、この神話を検証した結果をまとめた総説論文が公表され、これがあくまで「神話」であってエビデンスに基づいたものではないことを示しています。

桑垣玲子, 菅原慎悦 (2024) リスクコミュニケーションにおけるリスク比較―リスク比較の望ましさランクの「根強さ」を探る―. リスク学研究, 34, 97-107

リスクコミュニケーションにおけるリスク比較―リスク比較の望ましさランクの「根強さ」を探る―
J-STAGE

本記事では、最初にこのリスク比較のガイドラインを紹介し、上記の論文に沿って検証した結果をまとめて紹介します。最後に、なぜこのガイドラインは神話化したかについても考察してみました。

リスク比較のガイドラインとリスク比較ランキング

Covelloらによるリスク比較のガイドラインは以下の「III. Guidelines for Providing and Explaining Risk Comparisons」というところで読めます。この中にリスク比較の望ましさランキングがあり、5段階・14種類の比較方法で示されています。

VT Covello, PM Sandman, P Slovic (1988) Risk Communication, Risk Statistics, and Risk Comparisons: A Manual for Plant Managers

Introduction and Index. Risk Communication, Risk Statistics, and Risk Comparisons: A Manual for Plant Managers (Peter M. Sandman website)
Risk Communication, Risk Statistics, and Risk Comparisons: Introduction and Index (Peter M. Sandman website)

より簡潔に日本語で読むには以下の農水省のサイトがおすすめです。むしろ日本ではこちらのほうが有名ですね。

農林水産省:健康に関するリスクコミュニケーションの原理と実践の入門書

健康に関するリスクコミュニケーションの原理と実践の入門書:農林水産省

リスクの比較のための指針

・第1ランク(最も許容される)
異なる2つの時期に起きた同じリスクの比較
標準との比較
同じリスクの異なる推定値の比較

・第2ランク(第1ランクに次いで望ましい)
あることをする場合としない場合のリスクの比較
同じ問題に対する代替解決手段の比較
他の場所で経験された同じリスクとの比較

・第3ランク(第2ランクに次いで望ましい)
平均的なリスクと、特定の時間または場所における最大のリスクとの比較
ある有害作用の1つの経路に起因するリスクと、同じ効果を有する全てのソースに起因するリスクとの比較

・第4ランク(かろうじて許容できる)
費用との比較、費用対リスクの比の比較
リスクと利益の比較
職務上起こるリスクと、環境からのリスクの比較
同じソースに由来する別のリスクとの比較
病気、疾患、傷害などの他の特定の原因との比較

・第5ランク(通常許容できない‐格別な注意が必要)
関係のないリスクの比較(例えば、喫煙、車の運転、落雷)

本ブログでいつも示しているような、タバコや交通事故、雷など関係のないリスクの比較は最も許容できない第5ランクとなっています。逆に最も許容される比較は同じ種類のリスクを時系列で比較したり、基準値と比較したり、異なる手法で評価したリスクを比較したりなどの方法です。

リスク比較に対する批判は、ほとんどがこのCovelloによるリスク比較ランキングがベースになっています。

リスク比較ランキングの検証

このリスク比較ランキングは大きな影響力を持つようになりますが、実はこのランキングはなにかのエビデンスに基づくものではなく、著者らの長年の経験に基づいて作られたものです。

また、想定される状況としては、工場の周辺住民に工場から排出される化学物質のリスクを説明する、というものであり、リスクコミュニケーション一般を想定したものではありません。ではここで「許容できない」とされた関係のないリスク同士の比較は、本当に許容されないのでしょうか?

上記で紹介した桑垣・菅原論文ではいくつかの検証事例が紹介されています。

1.工場周辺の住民にリスクを説明する状況を想定して、ガイドラインで示されている14種類のリスク比較の説明文を示して受け入れやすさを回答してもらう実験の結果、ガイドラインのランキングと受け入れやすさには関係がありませんでした。さらに、異なる種類のリスク比較は「人々がリスクをよりよく理解することを助ける」という指標で最高ランクと評価されたのです。

2.1の実験と同様の設定で、さらに「同社の別の工場で過去に避難を伴う事故が発生している」という、より不安な感情を招く状況を追加して実験しました。それでもなおリスク比較への反応は(異なる種類のリスク比較であっても)おおむね肯定的でした

3.1の実験と同様の設定で、
・群1:「工場長が地元在住」という情報のみを与える
・群2:「地元で悪臭問題やガン発生への懸念」という情報を与える
・群3:「地元で悪臭問題やガン発生への懸念」に加えて「工場のリスクを受け入れるべき」と追記する
という3つのグループに分けて実験しました。この結果でも、全ての群でリスク比較は肯定的に受け止められ、リスク比較のランキングの評価結果は、ガイドラインのランキングとは一致しませんでした

4.一般市民のグループにリスクを比較させる実験を行ったところ、参加者の多くは自発的に異種比較(ラドンと自動車のリスク)を用いて説明を行いましたが、グループ内の議論の場では自発的リスク(自動車)と非自発的リスク(ラドン)との比較は不適切と判断されました。ただし、非自発的リスクとの比較であってもアスベストとがんの自然発生率やラドンと喫煙の発がんリスクなどは受け入れられやすいという結果となりました。

5.ラドンによる発がんとタバコの発がんを比較した場合は、数理処理能力の低い人々でもラドンの実際のリスクレベルと心理的に感じるリスクの大きさの差が小さくなり、リスクレベルを解釈する上で役立つツールになることが示されました。

6.東日本大震災から5年後に行われたオンラインアンケート調査にて、リスク比較ガイドラインに沿ったさまざまなリスク比較情報を提示したところ、福島在住の人々も含めた全ての集団について、「放射線によるがんのリスクとタバコのリスク」の比較は、不信を招くことなくリスクへの理解度を高める結果となりました

なぜリスク比較の神話は誕生したか?

このように、ガイドラインに示されたリスク比較ランキングは実際に得られたエビデンスと一致しないことがわかりました。つまりこのランキングは、長きにわたって多くの人によって使われて大きな影響力を持っていたにもかかわらず、真実ではない「神話」だったのです。

では、もともとエビデンスに裏打ちされているわけでもないこのランキングがなぜ「神話」となるくらい大きな影響力を持ったのでしょうか?ここから先は桑垣・菅原論文の記載ではなく私の考察になりますが、以下の2点を挙げたいと思います。

1.ガイドラインの妄信化
2.心理的な直感とよく合う

1について、一度ガイドラインというものができてしまうと権威化してしまい、「ガイドラインにそう書いてあるから」ということでその意味や理由などを考えなくなってしまう、ということが起こりがちです。しかも一度決まったものはなかなか変えることができません。

これは安全に関する「基準値」も同様です。「基準値というものは、考えるという行為を遠ざけさせてしまう格好の道具である」という言葉を拙著「基準値のからくり」にて引用しました(元ネタは以下リンク先)。

考えることを遠ざけさせるもの|国環研ニュース 27巻|国立環境研究所
国立環境研究所では様々な環境研究に取り組んでいます。

基準値もガイドラインも重要なものではありますが、その反面思考停止を招きかねないので注意が必要になるでしょう。

2について、「異なる種類のリスク比較が反発を招く」というのは心理的な直感とよく合います。「市民はどうせ直感でしか判断しないだろう」という第三者効果も入っていたかもしれません。第三者効果とは、「自分はダマされないが無知な一般人は簡単にダマされる」という感情で、高学歴で専門的知識のある人ほどこの効果が高いとされています。

しかし、実際の人間の感情は直感だけで動くわけではなくもっと複雑です。リスク比較の情報を受け入れられるかはさまざまな状況に依存しますし、自分ごとになればきちんと統計的な情報も活用できます。

もう一つありえるかもしれないこととして、リスクが低いことはわかっていつつも、その事実に何とかして対抗したい勢力が、今度は「説明の仕方」に難癖を付けるために利用を即した、という確信犯的なことも考えられます。原発事故後の論調にはこのように感じることが結構ありました。

リスク比較において重要なことはリスクの比較対象が「異なるリスクかどうか」ではありません。情報の送り手と受け手の関係性(信頼関係の構築)、受け手の知りたいニーズを満たしているか、送り手の「(リスクを許容させたい)意図」が透けて見えないこと、評価の結果が頑健で恣意的でないこと、などがより重要になるでしょう。

まとめ:異なる種類のリスク比較はダメ?

種類・性質の異なるリスク同士を比較することには否定的な意見が多いのですが、その元となっているのはCovelloらによる「リスク比較のガイドライン」のリスク比較ランキングです。ただしこのランキングはエビデンスに基づくものではなく、検証結果とは一致しません。しかし、このガイドラインが独り歩きして、疑うことが許されない「神話」になってしまいました。

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