血液中PFASの検査の意義はある?その2:住民説明会の質疑を解析する 前編

PFAS-session1 リスクコミュニケーション

要約

PFASの血液検査を受けるべきか?という問いに対して、公衆衛生的な視点とはまた別の個人的動機について考察するために、PFASの血液検査とそれに伴う住民説明会を行った自治体における住民説明会の質疑を解析しました。これはリスクコミュニケーションの記録として貴重なものと考えられます。

本文:住民説明会の質疑の解析 前編

PFASの血液検査の意義についての記事その2になります。その1では血液中PFAS濃度の基準値の導出根拠について詳しく解説しました。

血液中PFASの検査の意義はある?その1:血液中PFAS基準値のからくり
自治体が住民の血液中PFASの検査を行った事例がニュースとなっています。「基準値超え」という部分だけが注目されがちですが、そもそもの検査の意義を理解できるように、血液中PFAS濃度の基準値の導出根拠について詳しく解説します。

PFASの血中濃度と健康への影響の関連性については現時点では明確なことは言えず、血液検査をしてもその個人の健康との関係はわかりません。血液検査はあくまで集団としての曝露状況を把握するために活用すべきであるとまとめました。

ただし、「それでも血液検査を受けるべきか?」という問いに対して、公衆衛生的な視点とはまた別の動機があるのではないかと考えられます。今回はそのような個人的な動機について深掘りしてみます。

そこで、本記事ではPFASの血液検査とそれに伴う住民説明会を行った自治体の事例を取り上げます。住民説明会は複数回行われており、そのたびにかなり活発な質疑が繰り広げられています。そしてその質疑の内容はWEBで公開されています。

これはリスクコミュニケーションの記録として非常に貴重なものと考えられます。本記事ではこれらの記録を解析することにより、血液検査を行う動機について考える土台としてみます。

水道水中PFOS・PFOA基準値超過事例

吉備中央町では、水道水中PFOS・PFOAの基準値(暫定目標値として合算50ng/L)を超過していた地域の住民の希望者に対して、2024年11月に全国で初めて公費による血液検査が実施されました。

2023年10月に、少なくとも2020年からPFOS・PFOAの基準値を超えていたことが発覚しました(2020年以前は基準値がないため測定されていない)。取水源を変更したり活性炭を入れ替えるなどの対策をした結果、同年11月には基準値以下となりました。その間は給水車によって給水がされていました。

このあたりの経緯は以下にまとめられています。

吉備中央町 (2023) 円城浄水場の有機フッ素化合物等の検出に係る町の対応状況等について
https://www.town.kibichuo.lg.jp/uploaded/attachment/9176.pdf

その後、元の取水源の近くにあった資材置き場の使用済み活性炭が汚染源であることが判明しています。周辺では他にPFASを扱うような事業所はありませんでした。

朝日新聞 (2024) PFAS問題の原因究明委、土壌撤去を提言 岡山・吉備中央

PFAS問題の原因究明委、土壌撤去を提言 岡山・吉備中央:朝日新聞
岡山県吉備中央町の浄水場で有害性が指摘される有機フッ素化合物(総称PFAS)が検出された問題で、有識者でつくる第三者委員会は5日、原因究明と対応案を示した報告書を町に提出した。「原因は(浄水場近くの…

吉備中央町ではこの水道水が給水されていた地域住民を対象に健康調査を行ったり、血液検査を行ったりしています。そして、その調査・検査結果に関する住民説明会を数回開催しており、そのたびに説明資料や質疑応答の一覧が公開されています。

吉備中央町:円城浄水場健康影響に関する住民説明会

円城浄水場健康影響に関する住民説明会 - 有機フッ素化合物(PFAS)検出に関する情報 - 吉備中央町ホームページ

以下、この住民説明会の内容と質疑についてまとめていきます。ただし、4回の説明会があり、ボリュームが多いので2回に分けて解析し、今回はその前半部分になります。

住民説明会の質疑の解析1

まず2023年11月に健康影響調査結果の結果を報告する「有機フッ素化合物の検出に関する健康影響調査結果の中間報告説明会」が開かれました。

有機フッ素化合物による健康影響調査結果(中間報告書1)
https://www.town.kibichuo.lg.jp/uploaded/attachment/9368.pdf

議事概要(主な質問及び回答)
https://www.town.kibichuo.lg.jp/uploaded/attachment/9372.pdf

これは、特定健康診断の結果などについて、基準値超過した水が供給された地域とそれ以外の地域で比較したものです。コレステロール値などの血液検査の結果は統計的に有意な差がなく、過去10年間の早産・低体重児の割合も差がありませんでした。血液中PFASの基準値はコレステロール値の上昇が根拠となっていたので、この結果はひとまず安心の材料になるでしょう。ただし、出生児に関しては早産・低体重児の数自体が非常に少ないので意味のある比較にはなっていません。

これに対して説明会ではいろいろな質問が出ています。質問の数は38あり、これらの質問をAI(Google NotebookLM)を用いて5グループに分類して要約してもらいました。使用したプロンプトは記事最後の付録に記載しています。

No. トピック 内容のまとめ 該当する質問・意見の数
1 血液検査の実施、意義、および解釈 血液検査の実施、特に円城地区での血中濃度測定の必要性について、非常に強い要望が多数寄せられています。血液検査の結果は、健康診断で把握される健康状態の変化と照らし合わせて初めてPFASによる影響が明らかになるという指摘があります。また、結果の評価が難しいこと(基準値がないことなど)への疑問や説明要求、血中濃度の測定を将来の証拠として残すことの重要性(へその緒の例)、検査実施の最適な時期や必要なサンプル数の検討要望などが含まれます。一方、血液検査が高額であること(1人15万円)や、風評被害などのデメリットを指摘し、高齢者など全員の実施は不要と考える意見も一部あります。 15
2 報告と情報公開、住民感情、町への対応 町(及び委員会)の対応への不信感や、住民の不安に寄り添うことへの要望が中心です。特に、過去の隠ぺい疑惑や不透明な対応が不信感の出発点となっていると述べられています。中間報告の内容が「健康被害がない」と先行していることへの懸念、委員会が住民個人の未来ではなく町に有利に映ることへの批判、浄水場の水を飲んだことを大前提にした検討の要望が含まれます。また、年内/年度内の被災者認定や、水道料金の返還要求、委員会の議事録の公開要望、委員会の検討結果・方向性の提示時期に関する質問など、町の責任や今後の計画の透明性に関する要望も含まれています。 8
3 調査の費用、連携、および手法 疫学調査の具体的な手法、費用、および調査体制の構築に関する質問・意見です。疫学とは何かという定義に関する質問や、血液検査費用の確認(15万円説と5万円説)と、町が費用を捻出する予定の有無についての質問が含まれます。また、岡大に研究費用があるか、あるいは他の研究機関(すでに血液検査を実施したところ)との連携やデータ共有の可能性について検討すべきという提案もなされています。 6
4 健康影響の調査項目と範囲 現在行われている特定健診データ以外の、より広範な健康影響の調査項目に関する要望です。発がん性、脂質異常などの項目について、知見が不十分との理由で調査されていない点について、比較検討の必要性が問われています。また、子供の成長・発達への悪影響に関する知見の確認や、今後の子供の成長を追っていくこと(成長率、体重、身長、発達など)の検討の要望、低出生体重児の「前向き」評価の具体的な内容に関する質問が含まれます。さらに、PFOS/PFOAによる健康被害の指標を参考に、献血をしても良いかという住民の具体的な健康上の懸念に関する質問もありました。 5
5 既存データ(特定健診など)の限界と今後の調査対象 今回の中間報告で使用された特定健診データが持つ限界(主に年齢層の範囲)に関する指摘と、今後の調査対象の拡大に関する要望です。現在検証できているのが40代以上であるため、40代以下のデータベースがないこと、およびその年齢層の調査予定について問われています。また、特定健診や後期高齢者健診の結果はデータとして不十分であるため、個人的に人間ドックを受けている方などのデータ収集(聞き取り調査など)をきめ細かに行うべきという要望があります。数名のデータだけでは納得できないため、水を飲んだ人全員を調べるべきという意見も出ています。 4

まずなんといっても血液検査に対する強い要望が出されていることがわかります。コレステロール値の差がないことはPFASの影響が低いことを示していますが(詳しくは前回の記事参照)、PFAS濃度の検査をしないと納得がいかないようです。続いて、汚染を放置した町への不信・責任の問題、疫学調査の内容、発がん性や子供の成長・発達などの調査の要望、調査対象者の拡大の要望などがありました。

住民説明会の質疑の解析2

次に2024年1月、健康影響に関する「円城浄水場健康影響に関する住民説明会」が開かれました。

説明会配布資料
https://www.town.kibichuo.lg.jp/uploaded/attachment/9744.pdf

有機フッ素化合物(PFAS)による健康影響に関する質問一覧
https://www.town.kibichuo.lg.jp/uploaded/attachment/9745.pdf

PFASとは何か、現在の法規制などの状況、毒性や体内動態が説明されています。各種基準値について解説されていますが、その根拠までは詳しく説明されていないようです。リスクがあるとしても非常に小さいとまとめられています。質問の数は90とものすごいたくさんあり、同様にAIにより5つのグループに整理しました。

No. トピック 内容のまとめ 該当する質問・意見の数
1 血液検査の実施と結果の評価 住民の健康状態把握のため、希望者全員に対する無料での血液検査(血中濃度測定)の早急な実施を求める意見が最も多く寄せられています。血液検査の実施に関する町の責任と最終判断の要望、検査の必要性(メリット)と専門家が指摘する不要性(デメリット)の科学的な議論の要求、有志の会で判明した高濃度の結果に対する見解、血中濃度データを健康指導やフォローアップに活用する具体的な提案などが含まれます。 30
2 長期健康フォロー体制と調査範囲の拡大 特定健診(40〜75歳対象)のデータのみでは不十分であるという指摘と、これに代わるきめ細かな調査手法の要望が中心です。具体的には、40歳以下の住民の情報把握、アンケートや聞き取りによる体調変化の確認、およびPFOAの影響が疑われる特定の疾患(子ども・発育、発がん性、不妊・流産、脂質異常症)に関する長期的な健康追跡調査(10年〜数十年)の継続的な実施が強く求められています。 21
3 町・委員会の対応、情報公開、信頼回復 過去の数値の隠蔽や不透明な対応に対する町の責任追及と誠意ある対応の要求、住民の健康不安や憤りを理解し寄り添う姿勢への要望が多く含まれます。また、委員会の議論に対する不信感(議論の根拠提示、当事者意識の欠如)や、透明性の向上(議事録の発言者名記載、委員会の公開、分かりやすい報告)に関する意見も目立ちます。 14
4 PFASの科学的性質と汚染源の解明 PFASの基本的な性質や曝露に関する質問です。体内に取り込まれたPFOAが排出されにくい理由や、強制的な排出方法の有無,、発がん性や血中濃度基準値(20ng/mL)を超えた場合の具体的な影響についての質問、高濃度汚染水摂取期間の推測根拠に関する疑問が含まれます。また、汚染源の特定(水道水のフッ素の使用目的)や、農薬やフライパンによる曝露の可能性、献血の可否に関する懸念も含まれます。 13
5 対象者の範囲、補償、および医療費補助 血液検査や健康フォローの対象範囲を拡大すること(住民票が町外だが円城で生活・飲水していた人、通勤・通学者)を求める要望が含まれます。また、将来的な健康被害(がん、不妊など)が発生した場合の医療費の全額補助や補償の要求、人間ドック費用の全額補助、風評被害を懸念する農家や畜産農家への資金的サポートに関する要望も含まれています。 12

やはり最も多い質問はPFAS血液検査の要望です。続いて健康調査対象(40歳以下と子供)と調査内容(発がんなど)の拡大の要望、町への不信と責任問題、体内動態や毒性などの詳細な質問、補償の問題などがありました。

まとめ:住民説明会の質疑の解析 前編

吉備中央町では、水道水中PFOS・PFOAの基準値を超過していた地域の住民の希望者に対して健康調査やPFASの血液検査を実施しました。これに伴う住民説明会の質疑をAIを用いて整理した結果、PFASの血液検査への要望が非常に強いことが明らかとなりました。説明会の解析は次回の後編へ続きます。

補足

質問をグルーピングするために、質疑のPDFファイルをNotebookLMに読み込ませ、以下のプロンプトで整理しました。

質問・意見について、5つのトピックにグルーピングし、その5つのトピック毎に内容をまとめて整理してください。さらに、トピック毎に該当する質問・意見の数も併せて整理してください。

PFASの各種基準値については、講談社ブルーバックス「世界は基準値でできている」の第9章「PFASの基準値―世界から追われる嫌われ者」に詳細が記載されています。

https://www.amazon.co.jp/gp/product/4065401585

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