要約
人口の少ない若者世代の声をより政治に反映させるために、リスク指標としての「損失余命」と同じように、選挙の際に平均余命で票を重み付けした(余命投票方式)ならどんな結果が得られるか?を2024年の衆院選のデータからシミュレーションしました。
本文:余命による1票の重み付け
2025年明けましておめでとうございます。今回は冬休みということで通常のブログ記事の更新はお休みです。その代わりに2024年の衆院選の結果を使って、損失余命と同じように余命で1票を重み付けるとどうなるか?について書いてみます。リスク指標の応用問題ですね。
2024年10月に行われた衆議院議員総選挙では、与党である自民・公明を併せて過半数に届かず、立憲民主党や国民民主党が躍進しました。特に国民民主党はSNSを活用した選挙戦略で躍進し、若者の支持率が高くなりました。
他にも2024年は東京都知事選や兵庫県知事選などでSNSの活用が選挙結果に影響を与えるようになりました。
ただし、若者がどれだけ支持をしても、高齢者のほうが人口が多く投票率も高いため、全体としては若者の投票の影響力は大きくありません。この結果、政治は高齢者向けの政策を優先させ、若者の意思は反映されにくくなります。これはシルバー民主主義などと呼ばれています。
このシルバー民主主義の打開策として、選挙制度の見直しがあります。例えば成田悠輔氏は、2016年の米国大統領選挙を例に「平均余命で票を重み付けした(余命投票方式)ならどんな結果が得られていたか」を推測したところ、勝者はトランプではなくヒラリーになったと推測しました。
余命で重み付けする、という考え方はリスク評価の分野ではそれほど突拍子もないことではありません。リスク指標として死亡率(1人の死亡はすべて平等であるという考え方)ではなく、損失余命やDALY(disability-adjusted life year、障害調整生命年)で考えることはよくあります(本ブログの過去記事も参照のこと)。
そこで本記事では、余命投票方式について解説したのちに、2024年の衆院選(比例代表)の年代別投票先のデータを用いて、余命投票方式を導入したら結果がどう変わるかをシミュレーションした結果を示します。
なお、私は余命投票方式の導入を支持しているわけではありません。ここではあくまで試算結果を示すに留めています。
余命投票方式
余命投票様式については以下のように学問的検討の対象にもなっています。余命投票様式を導入した場合に政府投資割合は増加し、勤労世代や将来世代の効用が改善する可能性があるようです。
小黒一正, 石田良 (2012) 「余命投票方式」の移行可能性に関する一考察. 一橋大学経済研究所 世代間問題研究機構, ディスカッションペーパー No.562
https://cis.ier.hit-u.ac.jp/Common/pdf/dp/2012/dp562.pdf
この文献に従って余命投票方式を解説しましょう。そもそも選挙制度における世代の偏りを補正するためには以下の3つの方法が提唱されています。
1.ドメイン投票方式
子どもにも選挙権を付与し、親が子どもの代理として投票する仕組み。最近では日本維新の会がこれを支持しています。
2.年齢別選挙区
選挙区を地域でなく、有権者の人口構成比に応じて世代ごとに議席数を配分した上で、各々の世代の代表を選出する制度。例えば、20・30代の「青年区」、40・50代の「中年区」、60代以上の「老年区」の3つの世代に分割するなどがあります。
3.余命投票方式
例えば寿命を100歳とするとき、t歳の有権者(t=18, 19, 20, 21,……, 100)は(100 – t)票を有する投票方式
この場合に問題となるのがエイジズム(年齢による差別)です。老人差別だ!となるわけですね。これは損失余命をリスク指標とする際にも同じ問題が起こります。
ある時点を切り取れば、若者ほど票をたくさん持っているので老人差別となるかもしれません。ところが、その老人も若いときがあったので、一生涯で見れば(皆が平均寿命まで生きるとすれば)すべての人が同じ票数を持つことになります。こう考えれば生涯を通じた平等は保たれます。
ただし、途中で選挙制度が変更された場合に過去にはさかのぼることはできないため、不公平が生じてしまうでしょう。
また、エイジズムにもいくつかの考え方があり、余命で重み付けする方法は「異なる年齢における人生の1年はすべて同じ価値である」、という考え方です。ほかにも生産性エイジズム(社会的貢献度によって重み付けする)やフェアイニングスエイジズム(健康な1年は不健康な1年よりも価値が高い)などもあります。この辺の倫理的側面は本ブログの過去記事で詳しく紹介しています。
さすがに選挙制度で生産性エイジズム(生産性の高い人が多数の票を持つ)やフェアイニングスエイジズム(健康な人は不健康な人よりも多数の票を持つ)を導入するのは無理がありそうです。
各党への年代別投票数の計算
それでは実際に余命投票方式を導入すると選挙結果はどの程度変わる可能性があるかを計算してみましょう。
まず、余命で重み付けする前の年代別・政党別投票数を整理する必要があります。これは
「人口×投票率×政党別投票割合」で計算します。この年代別に計算した政党別投票数の合計から議席を配分することにします。
人口については以下の情報源を使います。20代以上は5歳階級別のデータがあればよいのですが、18,19歳は別途整理する必要があります。これは2024年のデータがまだ公表されていないため、2023年の17, 18歳の人口を代わりに使います。ただし、人口と投票権を持つ有権者数は違うのですが、今回は簡易な計算なのでこれを区別しません。
総務省統計局 人口推計の結果の概要
次に年代別投票率です。年代別の投票率は公式発表がありますが、2024年衆院選の公式の数字はまだ発表されていません。ただし、都道府県別に集計されたものが出ている場合があります。以下は福島県の数字です。
年代 | 人口(万人) |
18,19歳 | 216.4 |
20代 | 1278 |
30代 | 1325 |
40代 | 1633 |
50代 | 1831 |
60代 | 1485 |
70代 | 1607 |
80歳以上 | 1291 |
朝日新聞:衆院選の年代別投票率、19歳と20代前半は20%台 県選管が発表
以下の福岡県、群馬県、富山県、岐阜県のデータと併せて、5県分の平均値を計算して全国の推定値としました。10歳階級で出ている場合と5歳階級で出ている場合があり、5歳階級の場合は単純に平均して10歳階級の値にしました(簡易な計算なので階級ごとの人口の差は考慮せず)。
年代 | 福島県 | 福岡県 | 群馬県 | 富山県 | 岐阜県 | 平均 |
18,19歳 | 35.2 | 39.9 | 38.2 | 39.1 | 42.1 | 38.9 |
20代 | 30.6 | 31.8 | 32.2 | 34.1 | 35.1 | 32.8 |
30代 | 40.5 | 42.8 | 40.8 | 46.7 | 44.9 | 43.1 |
40代 | 47.5 | 49.2 | 48 | 51.9 | 52.1 | 49.7 |
50代 | 56.9 | 56.2 | 55.9 | 59.9 | 57.8 | 57.3 |
60代 | 68.3 | 66.7 | 66.4 | 69 | 69.2 | 67.9 |
70代 | 71.4 | 68.7 | 68.1 | 67.2 | 70 | 69.1 |
80歳以上 | 48.3 | 47.9 | 47.8 | 44.77 | 48.9 | 47.5 |
最後に年代別投票先のデータを入手しましょう。これは公式統計がないため、マスコミ各社が行っている出口調査の結果を使います。各社によって微妙に違いますが、とりあえずの朝日新聞の数字を使います。
朝日新聞:若年層の支持、国民とれいわが拡大 自民は激減 朝日出口調査
年代 | 自民党 | 公明党 | 立憲民主党 | 日本維新の会 | 共産党 | 国民民主党 | れいわ新選組 | 社民党 | 参政党 | 保守党 |
18,19歳 | 26 | 6 | 17 | 8 | 5 | 19 | 9 | 2 | 4 | 2 |
20代 | 20 | 6 | 15 | 10 | 5 | 26 | 10 | 1 | 5 | 2 |
30代 | 21 | 6 | 15 | 12 | 5 | 21 | 11 | 1 | 5 | 2 |
40代 | 24 | 7 | 18 | 12 | 4 | 14 | 12 | 1 | 5 | 2 |
50代 | 25 | 7 | 22 | 10 | 5 | 10 | 10 | 1 | 5 | 3 |
60代 | 26 | 10 | 26 | 8 | 6 | 7 | 6 | 2 | 4 | 2 |
70代 | 30 | 9 | 29 | 7 | 8 | 5 | 3 | 2 | 2 | 2 |
80歳以上 | 37 | 9 | 25 | 6 | 8 | 3 | 1 | 2 | 1 | 1 |
国民民主党は年代によって支持が大きく違うのが特徴です。年代による変動係数を計算すると、国民民主党は63%で最大でした(最小は自民党の21%)。もちろんこれでわかるのは比例代表の投票先だけなので、小選挙区については今回考えません。
「人口×投票率×政党別投票割合」で計算した年代別・政党別投票数は以下のようになります。ここから計算した政党別議席比率も併せて出しています。実際の比例議席比率と比べると少しずれていますが、簡易な計算なのでしょうがないですね。
年代 | 自民党 | 公明党 | 立憲民主党 | 日本維新の会 | 共産党 | 国民民主党 | れいわ新選組 | 社民党 | 参政党 | 保守党 |
18,19歳 | 22 | 5 | 14 | 7 | 4 | 16 | 8 | 2 | 3 | 2 |
20代 | 84 | 25 | 63 | 42 | 21 | 109 | 42 | 4 | 21 | 8 |
30代 | 120 | 34 | 86 | 69 | 29 | 120 | 63 | 6 | 29 | 11 |
40代 | 195 | 57 | 146 | 97 | 32 | 114 | 97 | 8 | 41 | 16 |
50代 | 262 | 73 | 231 | 105 | 52 | 105 | 105 | 10 | 52 | 31 |
60代 | 262 | 101 | 262 | 81 | 61 | 71 | 61 | 20 | 40 | 20 |
70代 | 333 | 100 | 322 | 78 | 89 | 56 | 33 | 22 | 22 | 22 |
80歳以上 | 227 | 55 | 153 | 37 | 49 | 18 | 6 | 12 | 6 | 6 |
合計 | 1505 | 451 | 1278 | 515 | 337 | 608 | 415 | 85 | 215 | 118 |
計算議席比率% | 27 | 8 | 23 | 9 | 6 | 11 | 8 | 2 | 4 | 2 |
実際の比例議席比率% | 34 | 11 | 25 | 9 | 4 | 10 | 5 | 0 | 2 | 1 |
年代別・政党別投票数を平均余命で重み付け
上記で計算した年代別・政党別投票数を各年代の平均余命によって重み付けしていきましょう。
18,19歳は18歳の平均余命を、20代なら25歳の平均余命を用います。80歳以上はとりあえず90歳の平均余命を使ってみました。使用するデータは以下の令和5年簡易生命表です。
厚生労働省:令和5年簡易生命表
年代 | 平均余命 |
18,19歳 | 66.4 |
20代 | 59.6 |
30代 | 49.8 |
40代 | 40.1 |
50代 | 30.8 |
60代 | 22.0 |
70代 | 13.9 |
80歳以上 | 4.9 |
この平均余命を年代別・政党別投票数にかけて重み付けすると以下のようになります。この結果から計算した政党別議席比率も併せて出しています。
年代 | 自民党 | 公明党 | 立憲民主党 | 日本維新の会 | 共産党 | 国民民主党 | れいわ新選組 | 社民党 | 参政党 | 保守党 |
18,19歳 | 1454 | 335 | 951 | 447 | 280 | 1062 | 503 | 112 | 224 | 112 |
20代 | 4989 | 1497 | 3742 | 2494 | 1247 | 6486 | 2494 | 249 | 1247 | 499 |
30代 | 5978 | 1708 | 4270 | 3416 | 1423 | 5978 | 3132 | 285 | 1423 | 569 |
40代 | 7826 | 2283 | 5869 | 3913 | 1304 | 4565 | 3913 | 326 | 1630 | 652 |
50代 | 8083 | 2263 | 7113 | 3233 | 1617 | 3233 | 3233 | 323 | 1617 | 970 |
60代 | 5756 | 2214 | 5756 | 1771 | 1328 | 1550 | 1328 | 443 | 886 | 443 |
70代 | 4641 | 1392 | 4486 | 1083 | 1238 | 773 | 464 | 309 | 309 | 309 |
80歳以上 | 1107 | 269 | 748 | 179 | 239 | 90 | 30 | 60 | 30 | 30 |
合計 | 39834 | 11961 | 32935 | 16538 | 8676 | 23738 | 15098 | 2107 | 7366 | 3584 |
計算議席比率% | 25 | 7 | 20 | 10 | 5 | 15 | 9 | 1 | 5 | 2 |
重み付け前の計算議席比率% | 27 | 8 | 23 | 9 | 6 | 11 | 8 | 2 | 4 | 2 |
実際の比例議席比率% | 34 | 11 | 25 | 9 | 4 | 10 | 5 | 0 | 2 | 1 |
重み付け前と比較すると、自民、公明、立民、共産、社民は議席減となり、維新、国民民主、れいわ、参政党は議席増となりました。特に国民民主党の増加は結構目立ちます。
とはいっても勢力図が大きく変わるのか?と言われればそこまでのインパクトはない、ということもまたわかります。また、これは比例代表の話であって小選挙区のことはここからではわかりません。
さらに、選挙制度の変更が投票行動にどう影響するかは考慮していません。若者の投票の重みが増すことで、高齢者ほど投票率は減り、若者ほど投票率が上がる可能性もあります。こうなると変化はもっと大きくなるでしょう。
以下の記事では「投票の「量」よりも「質」が大事」と書かれていますが、まずは量を増やさないと質を考えることもできないのではないかと思います。
毎日新聞:「若者よ、投票に行こう」ではダメ? 投票率も「質」の時代に
まとめ:余命による1票の重み付け
すべての人が平等に1票を持つ現在の選挙制度では、人口の少ない若者世代の声が政治に反映されない可能性が指摘されています。そこで、リスク指標としての「損失余命」と同じように、選挙の際に余命で1票を重み付けるとどうなるか?を2024年の衆院選(比例代表)のデータからシミュレーションしました。勢力図が大きく変わるほどのインパクトはありませんでしたが、比較的新しい政党である維新、国民民主、れいわ、参政党の議席が増える結果が示されました。
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