要約
統計情報を活用して海水浴や釣りの死亡リスクを計算しました。海水浴(10万人あたりの年間死亡者数1.3人)よりも釣り(10万人あたりの年間死亡者数は3.5人)のほうが2倍以上リスクが高い結果になりました。海水浴は子供のほうが高リスクというわけではなく、一方で釣りは高齢者が高リスクでした。
本文:海水浴等水難のリスク比較
夏のレジャーといえばやっぱり海!と言いたいところですが、2020年の夏はコロナ禍によって海水浴場が開設されないケースが増えています。ところが、海水浴場が開設されないと、監視員やライフセーバーも不在で遊泳は自己責任化し、かえって海のリスクが高まる可能性もあります。無法地帯化して飲酒&どんちゃん騒ぎが増えるとコロナの感染リスクまで高まりかねません。
YAHOO!!ニュース:湘南の夏、緊張の夏…コロナで海開きなし 遊泳者とサーファー入り乱れ“無法地帯化”も
https://news.yahoo.co.jp/articles/05366ab620c40a30db2b224371411396dc8d53c7(リンク切れ)
ところで、夏になってから、水遊び中に亡くなったなどの死亡事故のニュースが急増しています。プールの営業中止などコロナウイルスの影響で、昨年よりも増えているなどのニュースもあります。
YAHOO!!ニュース:水難事故急増、新型コロナウイルスの影響か 死者数は前年の3倍に 岐阜県
本記事では海水浴などの水難のリスクを実際に計算して比較できるようにします。まず、海水浴のリスクを計算して釣りとどちらが危険かを比較します。次に子供と高齢者はどっちが危険かを比較し、最後に水難事故防止対策について書いていきます。
海水浴と釣りはどっちが危険か?
リスクの計算方法は基本的に本ブログで過去に書いた方法に従い、10万人あたりの年間死者数で表現します。
海水浴の死亡リスクを計算してみましょう。ベースとなるのは警察庁統計の「水難の概況」です。
この資料によると水難による2019年の死者・行方不明者は695人となっています。この10年ほどはそれほど変化はありませんが、若干減少傾向にあるようです。ただし、1975年には3000人を超えていた(!!)ので、そのときと比べると大きく減りました。
このうち、「海水浴」による死者数は直接の数値が得られないため、以下の割合を使って推定する必要がありました。
・死者・行方不明者の海での発生割合 54.4%
・死者・行方不明者のうち「水泳中、水遊び中、ボート遊び中、シュノーケリング中、サーフィン中、スキューバダイビング中」発生割合の合計 23.4%
695×0.544×0.234=88
という計算により88人と推定されました。
次に、リスクを計算するときの分母となる海水浴の参加人口を整理します。少子化やレジャーの多様化、紫外線の回避傾向などから、海水浴離れは着々と進んでいます。2018年の海水浴人口は670万人(日本生産性本部のレジャー白書による。2019年のデータはまだ出ていないので2018年で代用)で、2006年の1850万人と比べて1/3近くまで大きく減少しました。
2019年の死者・行方不明者の88人を海水浴人口670万人で割ると、10万人あたりの年間死亡者数は1.3人となりました。
海水浴以外の水辺のレジャーといえばやはり「釣り」でしょう。2018年の釣り人口は620万人(同レジャー白書による)で、魚とり・釣りによる死者・行方不明者数は2019年に218人となっているため、釣りによる10万人あたりの年間死亡者数は3.5人と計算されます。
海水浴より釣りのほうが2倍以上危険だということです。これはイメージとは逆かもしれませんね。専門用語では「利用可能性ヒューリスティック」といいますが、水遊びで子供が亡くなったなどの事故がニュースで大きく取り上げられるのが原因です。以前の記事でも、直近のニュースなどで特定のリスクのことで頭がいっぱいになると他のリスクのことが考えられなくなる危険性について説明しました。
子供と高齢者はどっちが危険か?
水難による2019年の死者・行方不明者の年齢構成を見ていくと、15歳以下の子供が30人で4.3%、65歳以上の高齢者が329人で47.3%と約半数を占めています。子供よりも高齢者のほうが死者数で10倍以上多いというのは衝撃ですね。これもニュースなど報道から受けるイメージとは大きく違うと思います。
次にその内訳を見ていきましょう。子供の死者・行方不明者の行為別数を見ると、水泳・水遊びが53%と最も多くなっています。高齢者の行為別数は2019年度の統計情報にはありませんが、以前の2015年の資料には出ていました。2015年における子供の死者・行方不明者の水泳・水遊び中での割合は50.9%だったので、あまり変わっていないとみなしましょう。2015年の高齢者の死者・行方不明者の行為別数は魚とり・釣りが34.4%、作業中が10.3%、通行中が11.9%、水泳・水遊び中は3.3%となっており、釣りが最も多くなっています。
つまり、高齢者の釣りによる年間死者数は
329人×34.4%=113人
と計算されます。
釣り人口の年代別構成比65歳以上が約20%(同レジャー白書)ですので、
620万人×20%=124万人
となります。
これにより高齢者の釣りによる死亡リスクは10万人あたりの死者数9.1人と計算され、釣り全体のリスク(10万人あたりの死者数3.5人)と比べてかなり跳ね上がります。
一方で子供の海水浴による年間死者数は
30人(子供の死者数)×0.544(海での発生割合)×0.53(水遊びの割合) = 8.6人
と計算されます。
レジャー白書には子供の参加人数のデータはないため、ざっくりと海水浴人口の10%程度(67万人)と仮定すると、子供の海水浴による死亡リスクは10万人あたりの死者数1.3人と計算されました。全体の海水浴のリスクと同じ数字となり、子供に限って高リスクになるわけではなさそうです。
このように年齢別に分けることで、水難リスクの見え方が変わったり変わらなかったりします。本記事中で、全体で見ると海水浴より釣りのほうが2倍以上リスクが高いという計算をしましたが、釣りの高リスクには高齢者の寄与が大きいようですね。
このほか、統計で示されている興味深い数字は、水難者数に対して救命された人数(水難者数-死者数)の割合です。この割合を救命率として計算してみると、2019年では子供が84%、大人(子供以外)が51%と大きな差があるのです。大人が近くにいることが子供の高い救命率につながっているのだろうと想像されます。ただし、先に溺れた子供を助けた大人(多くは親)が死亡するなどの事故が多数報道されています。大人が助かるためにはまず子供を溺れさせないことが重要になりますね。
水の事故を防ぐために
水難事故の防止対策は警察庁統計の中で以下のように示されています。
○ 危険箇所の把握(深い、水流が激しい、藻などで滑りやすい等)
○ 的確な状況判断(天候、河川の増水、体調、飲酒等)
○ ライフジャケットの活用
○ 遊泳時の安全確保(危険区域などの標示を守るなど)
○ 保護者等の付添い
この中で何といってもライフジャケットが重要です。子供も大人も釣りや水遊びにはライフジャケットが必須ですが、着けていると大げさに見られがちです。たぶん欧米でいうマスクの装着がこれにあたるのかもしれません。自動車のシートベルトのように着けるのが当たり前になれば死亡事故はかなり減るでしょう。
海上保安庁の統計資料で「海難の現況と対策」というものがあります。
この資料の最新版(令和元年度)によると、防波堤の釣り人のライフジャケット着用率はたった14%だったとのことです。そして、防波堤から海に落下した人のライフジャケット着用者の生存率は90%(10名中9名)、非着用者の生存率は56%(63名中35名)という数字がありました。
ライフジャケットがないときに重要なのが背浮きの技術です。自力で泳ぐのではなく浮かんで救助を待つ方法です。
YAHOO!!ニュース:ういてまて 水災害から命を守る教室で、何を学ぶのか
現代の子供たちはこういうことを学んでいるわけですが、大人のほうが知らない人が多いようですね。私も大学生のときに教えてもらいましたが、ちゃんと練習しないとできるようになりません。
まとめ:海水浴等水難のリスク比較
統計情報を活用して海水浴や釣りの死亡リスクを計算できました。海水浴(10万人あたりの年間死亡者数1.3人)よりも釣り(10万人あたりの年間死亡者数は3.5人)のほうが2倍以上リスクが高いという結果になりました。年代を分けて見ていくと、海水浴は子供のほうが高リスクというわけではないことがわかった一方で、釣りは高齢者のほうが高リスクであることがわかりました。
以上、水難による死亡リスクを見てきましたが、海にはほかにもさまざまなリスクの要因があります。海では溺れること以外にも、水上スポーツの事故、熱中症、津波高波、感染症、落雷、クラゲやサメなどの危険な生物による被害があります。特に危険な生物関係はまた別の機会に整理してみたいと思います。
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