要約
インフルエンサーのSNSを見て「何者かにならなければいけない」という焦りが過剰になると、オンラインサロンや情報商材への過剰な課金、嘘で固めたSNS運営、炎上系YouTuberになる、陰謀論にドはまりする、などのリスクがあるため、若者向けには「焦って何者かになろうとしなくてよい」というメッセージが必要になります。
本文:何者かにならなければいけないというリスク
SNSでキラキラしているインフルエンサー、起業して成功している若者、などを見て、自分も「何者かにならなければいけない」と焦りを感じる人は多いのではないかと思います。ネットの世界でこういう焦りが膨らむと「何者かになりたい症候群」になってしまいます。
ここでいう「何者か」とは、何か秀でた才能を持って注目されて称賛されている人、その才能で有名になったりたくさんお金を稼いでいる人、のことですね。こういう人への憧れは承認欲求から出てきます。
この承認欲求が行き過ぎてしまうと、有名人のオンラインサロンや変な情報商材(誰でも簡単に○○できる的な)に過剰に課金してしまったり、嘘で固めたSNS運営をしてしまったり、炎上系YouTuberになってしまったり、陰謀論にドはまりしたり、などの罠にはまってしまいます。これはその後の人生を考えると大きなリスクとなるでしょう。
本記事では、「何者かにならなければいけない」風潮のリスクについて書いてみます。まず、こんなことを考えるきっかけとなった2023年の東大の入学式のスピーチについて紹介します。次に、焦って何者かになろうとすることのリスクについて説明し、最後にじゃあどんなメッセージがよいかという例として最近の成田悠輔氏のスピーチを紹介します。
2023年の東大の入学式のスピーチは絶賛すべき?
2023年度の東大の入学式のスピーチが絶賛されているようです。以下で読むことができます。
令和5年度東京大学学部入学式 祝辞(グローバルファンド 保健システム及びパンデミック対策部長 馬渕 俊介 様)
絶賛されているとの噂を聞いて読んでみましたが、今どきの若者にこんなマッチョな成功体験がウケるの?とびっくりしました。絶賛するのはすでに大きな成功体験を持つおじさんに限られるのではないかと思います。
私は東大卒業後、発展途上国を日本の立場から支援する国際協力機構JICA、民間の経営コンサルティング会社のマッキンゼーの日本オフィスと南アフリカオフィス、世界銀行、それからビル・ゲイツがマイクロソフトを辞めて、途上国の保健医療の問題を解決するために作ったゲイツ財団で、世界の貧困や感染症に立ち向かう仕事をやってきました。最近では、WHOの独立パネルに参加して、新型コロナのような感染症の壊滅的な大流行を二度と起こさないための国際システムの改革を提案して、去年の3月からは、世界の感染症対策をリードするグローバルファンドという国際機関で、途上国の保健医療システムを強化して、感染症のパンデミックを起こさないように備える部局の長をやっています。
経歴からもうめちゃくちゃマッチョです。スピーチは以下の3点に要約できます:
1.夢を持とう。好きなことを続けよう。夢は探し続けて行動し続けないと見つからない。
2.いくつかの分野の経験やスキルを組み合わせるとオンリーワンになれる
3.リスクを恐れずに行動しよう
つまり、とにかく好きなことしていろんな経験積んでリスクを恐れずにガンガン前進しようぜ!ということです。私は最近はこういう話を聞くとドン引きするようになってしまいました。
もちろんこの方のようにグローバルに活躍するのは素晴らしいことです。ただ、たまたま勉強ができて東大に入ったらみんながみんなこういうマッチョな生き方しなきゃいけないの?という疑問も感じます。
令和の時代的には「焦って何者かになろうとしなくてよい」というメッセージのほうがよいと思います。
焦って何者かになろうとするリスク
以前は「何者かになる」には長年何かを地道に続けるしかありませんでした。例外はスポーツや芸術、容姿などに超絶秀でた場合であり、こういう人は若くしてスターに駆け上がります。
令和になっても現実にはほとんどの場合「長年何かを地道に続ける」しかないのですが、スマホ時代になりSNSやYouTubeのインフルエンサーを見てると、まるでそうではないかのような誤解を抱いてしまいます。
SNSのフォロワー数で人を評価するような風潮が拍車をかけていると言えるでしょう。長年地道に何かを続けてやがて何者かになった、というよりも若いうちから注目を浴びてキラキラしている人に憧れを持ちやすいです。
ここで焦った若者が何者かになろうとすると、オンラインサロンやセミナー・情報商材で搾取され、その後以下のような道を歩んでしまうリスクがあります:
・SNSでの承認欲求こじらせ
・写真だけ撮って食べずに帰るなど映えばかりねらうインスタ蠅
・他人に迷惑をかけまくる炎上系YouTuber
・マーケティング全振りの情報商材屋
・詐欺系オンラインサロンの運営
・色恋系コンカフェ・アイドル
こういうことで失った信頼はなかなか取り戻せませんね。
特にSNSの承認欲求こじらせは、SNS上の自分と現実の自分の差に悩み、ストレスや不安が増し、自己肯定感が低下し、SNSで無駄に時間を浪費し、誹謗中傷に苦しみ、最終的にメンタルがやられてしまいます。評価を他者に求めず、自分で自分を認めてあげることが精神衛生上は重要ですね。
また、「リスクを恐れずに行動しよう」というメッセージも非常に心に響きやすいものがあります。ただし、これはリスクをとって「たまたま」成功した人が発するメッセージであり、リスクをとって失敗して消えていった人達がその裏側にたくさんいることを忘れてはいけません。これは生存者バイアスと呼ばれるものです。以下に過去記事で書いた内容を再掲します。
また、大博打を打ってたまたま大成功した人を「運が良かった人」ではなく「能力が高い人」と称賛するようになります。大胆な政策でたまたま当たったひと、株でたまたま大勝ちして億万長者になったひと、会社を立ち上げてたまたま大成功したひと、などです。そういう人たちの自伝的なものをありがたがって読んで、こうすれば成功すると間違った解釈をしてしまいます。それは単にリスクのある行動を取っただけであり(本当はそこが重要なのですが)、同じことをやったとしても大成功する人と大失敗する人に分かれます。そして、大失敗した人は表舞台から消えるので見えなくなるだけなのです。
https://nagaitakashi.net/blog/risk-governance/prediction-2/
何者かにならなくてよいからまずは始めよう
で、マッチョな成功体験がダメならどうすればいいの?
さて、話は戻りますが、焦って何者かになろうとしなくてよい、というだけではあまりに後ろ向きなのでスピーチには向いてなさそうですね。ではどうすればよいでしょう。
最近すごく有名になった成田悠輔氏による令和4年度バンタン卒業式でのスピーチは、成功体験ではないのに意外と前向きっぽいメッセージとなっていて面白いなと思いました。私よりもだいぶ若い人なので内容も今どきな感じです。
(紹介するときにツイッターフォロワー数58万人とかそういう紹介をするところがダメな感じはしますが。。。)
内容をピックアップしてみると以下のような感じです:
・落ちていくことが悪でもないし、昇っていくことが善でもない
・成功者のメッセージがあふれかえっていてうんざりする。ほとんどの人間にとって人生はそんなにたいしたものにはならない。
・成功者もたまたま運が良かっただけ。そういう人を祭り上げて教訓を引き出そうと頑張り過ぎ。
・うまくいくかどうかわからないけど一歩踏み出す勇気が大事。成功は一旦忘れよう。
・もし成功したらその後はあえて没落しよう(成功者の地位にしがみつくな)。
・何が良いことで何が悪いことなのかわからない状態に耐えることこそが生きること。
文字にすると全然前向きな感じがしませんが、そこを巧みな話術でスピーチっぽくするところがすごいですね。
成功することが正しいことではないが、まずは何を始めることが大事ということです。最近はネットを使えばリスクをとらずに何かを始めることは簡単です。このブログなどもそういう類のものですね。続けているとそれなりに自己満足感は高まります。
また、最後の不確実な状態への耐性をつけろ、という部分も重要かと思います。望むかどうか(リスクをとろうとするかどうか)に関わらず社会は不確実になっていくので、いい大学に行っていい会社に就職して(あるいは食いっぱぐれない資格を取って)一生安泰みたいなロードマップが描けなくなるぞ、ということですね。
まあ成田氏自身が非常にマッチョな経歴を持つ方(麻布中・高->東大->マサチューセッツ工科大PhD->イエール大助教)であり、かつとても現代的な「何者か」(何してるかよくわからないけど若いのに突然注目されて有名になる人)であると思うので、あまり鵜呑みにしないように気をつけなければいけないとは思いますが、マッチョな成功体験話よりも現代的でよいなと思いました。
まとめ:何者かにならなければいけないというリスク
SNSのインフルエンサーや起業して成功した若者などを見て「何者かにならなければいけない」という焦りが過剰に増すと、手っ取り早い方法に飛びついてその後の人生に大きなリスクをもたらす場合があります。若者向けのメッセージはマッチョな成功体験よりも「焦って何者かになろうとしなくてよい」のほうがよいのではと思います。
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