送迎バス置き去りによる死亡事故から考える保育施設の死亡リスク

child-risk 身近なリスク

要約

保育施設の送迎バスに子どもが置き去りにされて死亡した事件が大きなニュースとなっていますが、保育施設においてどのような死亡事故がどの程度の頻度で起こっているかというリスクを知るために、内閣府が取りまとめている保育事故データベースの情報を整理しました。

本文:保育施設の死亡リスク

保育施設の送迎バスに子どもが置き去りにされて死亡した事件が大きなニュースとなっています。

2022年9月5日、静岡県の認定こども園で3歳の女児が送迎バスに取り残されて、熱中症により死亡しました。2021年7月に福岡県の保育園で同様の事故により5歳児が死亡した記憶がまだ新しいうちの事故となりました。

これを受けて政府は送迎バスを所有する全国の保育施設で緊急点検を実施するようです。また、こども政策担当大臣はバス車内の後方部に取りつける安全装置(後方まで行ってボタンを押さないと警報が鳴る。バス内部に子どもがいればその際に発見できる。)の取り付けについて検討したいと述べました。
 
共同通信:送迎バス、全国で緊急点検へ 置き去り巡り、保育所・幼稚園

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共同通信:全国通園バスに安全装置 小倉担当相「財政措置も検討」

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さて、この事件は非常にショッキングであったため、リスクベースというよりは世論的な感情が対策を後押ししている印象があります。一方で、この事件をリスクの問題として扱うには、このような事件が一体どの程度の頻度で起こっており、それは保育施設における他の死亡事故と比べて多いのか少ないのか、を考える必要があります

以下のサイトの記載が正確だとすると、バス置き去りによる死亡事故は2022年、2021年の前は2007年に1件あったきりとなっています。

幼稚園・保育園送迎バス置き去り過去の事件まとめ!福岡・静岡・北九州では園児が死亡 | Conveni Lady Labo
過去に起きた幼稚園や保育園の送迎バス置き去り事件についてまとめました。幼稚園や保育園の送迎バスに園児が放置され、死亡したり熱中症になる事件は過去に何件も起こっています。2022年9月5日の静岡県牧之原市の川崎幼稚園では3歳の河本千奈ちゃんが死亡。2021年7月には福岡県中間市の双...

では保育施設全体では一体どの程度の死亡事故が起こっているのでしょうか。本記事では保育施設における死亡リスクについてまとめます。まず、保育施設のリスクとはどのようなものかを概観します。次に、死亡事故について政府が整備しているデータを整理します。最後に、直前に起こったショッキングな事件で頭がいっぱいになることで発生しうる別のリスクについて考えてみます。

保育施設におけるリスク概観

まずは保育施設のリスクを概観します。参考にするのは以下の書籍です。

脇貴志 (2016) 事故と事件が多発する ブラック保育園のリアル

ご迷惑をおかけしています!

この本ではブラック保育園という言葉が使われていますが、保育施設のリスク要因は以下のように整理できます:
1.待機児童の解消を目的とした本来のキャパを超える児童を入所させる詰め込み保育
2.低賃金・高離職率を背景とする保育士の質の低下
3.事故が発生しやすい保育環境
4.職員による虐待

結果として保育施設での死亡事故は毎年十数件発生し、2004年から2014年までに163件(報告されたもののみ)を数えています

2015年4月に「子ども・子育て支援新制度」ができて、事故発生時に自治体への報告が義務付けられましたが、それ以前は義務ではなかったのです。ただし、認可外保育園はこの時点ではまだ義務化はされていませんでした(お願いベース)。
(2017年から認可外も報告が義務化されました)

報告された事故事例はデータベース化されるようになりましたが、このデータベースを対策にどう活かすかが課題となっています。

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死亡事故の傾向を見ていくと、以下のようなことがわかります:
・0歳児の事故が過半数
・認可外保育園での事故が約7割
・特に睡眠中の事故が多い

死亡事故のほとんどが睡眠(突然死、窒息死)、食事(窒息死)、プール・水遊び(溺死)の3つの場面で起こります。

その他には虐待などもあります。2014年に栃木県で発生した死亡事故では、毛布と紐でグルグル巻きにした衝撃的な写真が公開され、施設長は保護責任者遺棄致死で懲役10年の判決が出ています。

グルグル巻きの虐待が日常だった…宇都宮市認可外保育施設乳児死亡事件の悲劇(猪熊 弘子)
2020年6月13日、栃木県宇都宮市の認可外保育施設で赤ちゃんが死亡した事件をめぐる裁判で、宇都宮地裁は宇都宮市の責任を認めた判決を出しました。その判決を不服として宇都宮市議会は即日控訴することを決定し、市が16日に控訴しました。一体どのような事件だったのでしょうか。裁判でも、亡...

低賃金かつ激務である保育士の職場環境は悪化し、やりがい搾取状態になっています。独裁国家のようなワンマンブラック経営が横行してもなかなか外からその実態が見えません。食物アレルギーや発達障害児、モンスターペアレント、地域住民の苦情など、きめ細やかな対応が求められることが増えていますが、その対応は難しくなってきています。

このような状況の下、行政の対応も2015年以降はかなり変わってきたように思います。上記の内閣府によるデータベースのWEBサイトは非常に情報が充実しており、チカラをいれていることがうかがえます。

「教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン」も掲載されています。とにかくうつ伏せ寝をさせない、一人にさせない、などで睡眠時の事故はだいぶ防げるようです。
https://www8.cao.go.jp/shoushi/shinseido/meeting/kyouiku_hoiku/pdf/guideline1.pdf

保育施設における死亡リスクの比較

次に、内閣府が取りまとめている保育事故のデータを整理していきます。ところでこの集計をなぜ内閣府がやっているのかはよくわかりませんが、保育施設の管轄が文部科学省(幼稚園)・厚生労働省(保育園)と分かれているためと思われます。

個別のデータベースの情報は膨大過ぎてとても読み切れません(テキストマイニングをやると面白いと思いました)。そこでこれらの情報を整理した「教育・保育施設等における事故報告集計」を見ていきます。単年後ごとに報告書が出ているのでその数字をまとめました。

まず、以下の図のように死者数は減少傾向にあります。ただし、2015年以前は報告義務がなかったため、実際にはこれより多かったのではと推察されます。

child-death

次に、死亡事故が発生した場面を以下の表に整理します。これは2015年以降しかデータがありません。睡眠時がとにかく多かったのですが、対策の効果があったのか減少してきていますね。睡眠・水遊び・食事以外の「その他」は減っておらず、相対的な割合が増えています。今後は送迎バスなどの「その他」の対策が重要になるかもしれません。

睡眠中水遊び食事その他
201510013
201610003
20175102
20188001
20194002
20201022
20211004
場面別の死亡事故数

次に、保育施設の種類ごとのリスクを比較してみましょう。ここでは特に認可保育所と認可外保育施設の比較をします。施設の種類ごとの事故件数と共に保育施設数の情報も掲載されていますので、保育施設10万件あたりの年間死者数を計算できます。これは本ブログでリスクのものさしとして人口10万人あたりの年間死者数を比較しているのと同じです。

認可保育所認可外保育施設
2015863
20162161
2017935
2018978
2019839
2020415
2021921
保育施設10万件あたりの年間死者数

この結果を見ると、常に認可外保育施設のリスクが高くなっています。ただ、認可外の方が1施設あたりの児童数が少ないかもしれないので、施設数あたりではなく児童数あたりにするとその差はさらに広がりそうです。

目の前で起こったことしか見えなくなるリスク

さて、冒頭の送迎バス置き去り事故の話に戻りますが、事故後の対応もリスクベースのものというよりは感情論的な対応のように見えます。

これは最近もどこかで見たことのある話のような気がしますね。そうです、今年(2022年)4月に発生した知床観光船の沈没事故後の状況と非常に似ています。この状況については本ブログの記事をご覧ください。

知床観光船事故から考える、事故が起こってからの規制強化と事前のリスク評価ベースの安全対策の違い
知床観光船沈没事故を受けて船舶の規制強化が議論されようとしています。事故が起こってからの規制強化と事前のリスク評価ベースの安全対策という二つの安全のカタチがありますが、船舶安全の分野ではFormal Safety Assessment(FSA)という後者のフレームが整っています。

この記事では安全のカタチを2つに分けて紹介しました:
安全のカタチ1:事件や事故が起きてからその結果をもとに法律などによる規制を行う
安全のカタチ2:事前にリスク評価を行い、リスクが許容レベル以下であることを示し、そのことを社会に受け入れてもらわないと実用化されない。

今回の対応は典型的な安全のカタチ1であって、逆に言えば今までリスクが放置されてきたことになります。もっと言えば、直近ショッキングな事件のことで頭がいっぱいになり、他のリスクにまで頭が回らなくなります。そのうちに見過ごされている別の要因で事故が起こり、またそのことしか見えなくなる、を繰り返してしまいます。これが安全のカタチ1の欠点です。

安全のカタチ1の例を挙げてみます。通学路で壁が崩れて死者が出る事故が起こると、全国の壁の一斉点検が行われ、小学生はヘルメットの着用が義務付けられたりしました。その場では対策をした気分にはなりますが、それによってどれくらいリスクが下がったのかは誰も評価しておらず、そのうち事故の記憶が薄れるにつれ誰もヘルメットをかぶらなくなります。

https://nagaitakashi.net/blog/risk-governance/maritime-safety/

これは利用可能性ヒューリスティックという思考のバイアスから起こるもので、これも本ブログの過去記事で詳しく説明しています。

新型コロナウイルス感染症以外のリスクを忘れてしまうと起こる問題って何?
ツイッター等のsnsでリスクに関する市民の意識を調査を行っていると、現在は「リスク=コロナウイルス」に大きく偏ってしまっていることがわかります。このような状態になると災害や事故などほかのリスクへの備えがうすれてしまい、本来抑えらえた被害が拡大するという問題がおきる可能性があります。

2005年のアメリカにおけるハリケーンカトリーナの被害(死者1400人超)が拡大した原因は、2001年の同時多発テロ以降に危機管理組織がテロ対策に大きく偏り、自然災害対策のリソースが大幅に減らされたためと言われています。

別の事例として、2019年に日本で二つの大きな台風が直撃して大きな被害を出しました。まず9月の台風15号では、強風により千葉県で大規模な停電を引き起こしました。そのため次に直撃した10月の台風19号の際は強風&停電で頭がいっぱいになってしまい、水害に対する意識が緩んでいました。結果として強風ではなく大雨により大規模な水害を多数発生させました。

このようなことを防ぐには安全のカタチ2を採用して、リスクベースの対応を行っていくしかありません。ところが、リスクベースの安全のカタチ2は予防に重点を置くため、あまり世間のウケが良くありません。これがマンホールのふた問題と呼ばれるものです(以下の過去記事で解説しました)。

ワクチンはなぜ嫌われるのか?メリットよりもデメリットに注目が集まる心理的要因
ワクチンはなぜ嫌われるかを心理学の「特定できる被害者効果」によって説明しました。ワクチンによって救われているはずの多数の命は「単なる統計的情報」である一方、ワクチンの副反応で苦しんだ特定の個人の声のほうが心理的なインパクトが大きくなるので、メリットよりもデメリットに注目が集まりやすくなります。

まとめ:保育施設の死亡リスク

保育施設の死亡事故をリスクの問題として扱うには、どのような死亡事故がどの程度の頻度で起こっているかを比較する必要があります。そこで、内閣府が取りまとめている保育事故データベースの情報を整理し、保育施設10万件あたりの年間死者数という指標でリスクを表現しました。このような情報をベースにリスク管理を行う必要があります。

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