要約
安全に関するさまざまな基準値の根拠をわかりやすく解説した拙著「基準値のからくり」の続編となる新刊「世界は基準値でできている」が2025年6月19日に出版されます。オリンピックにおける性別確認、新型コロナ関連、PFASなど、分野を広げて新たな基準値を多数取り上げています。
本文:新刊「世界は基準値でできている」
最近だとPFASの基準値超過がよくニュースになっています。世の中では、基準値を超えた・超えないの騒動が繰り返し起こりますが、その基準値自体の根拠や導出過程についてはあまり関心がもたれていないのが現状です。
安全の確保のため、さまざまななリスクは数多くの仮定と前提の下で評価され、最終的には基準値や指標値といった単一の数値に換算されます。
基準値の意味を知ることは、そのリスクにどのように向き合えばよいかのヒントになります。
また、基準値は「科学的な評価」のみならず、さまざまなな社会経済的要素を含む形で決定されています。そのため、「基準値の根拠を探る」ことは「世の中の意思決定の仕組みを探る」ことと同じ意味を持つのです。
ここが基準値の面白いところで、基準値の根拠を探ることは「純粋に面白い!」のです。これが、私が本ブログで基準値問題をメインコンテンツの一つとして取り上げている理由です。
そしてこのたび、私を含め4人の著者で基準値の根拠に迫った新刊:
講談社ブルーバックス「世界は基準値でできている 未知のリスクにどう向き合うか」が2025年6月19日に出版されることになりました。
本記事では、この新刊「世界は基準値でできている」を紹介します。まずは同じ4人の著者で書いた前著「基準値のからくり」をおさらいし、次に新刊の構成・内容を紹介します。最後に、新刊出版までの道のりについても記録として残しておこうと思います。
前著「基準値のからくり」のおさらい
前著「基準値のからくり」が出版されたのは2014年でした。いくつかの抜粋はWEBで見ることができます。

この抜粋記事ではお酒はなぜ20歳からなのか?を取り上げています。「お酒は20歳から」が日本の決まりとなっていますが、なぜ19歳でも21歳でもなく20歳なのか?という疑問にきちんと答えることは難しいです。
アルコールが健康を害することはよく知られており、特に若年ほど影響が大きいとされています。ここまでは科学で答えられますが、どこで線引きすべきかは科学だけで答えを出すことができません。20歳になると突然アルコールの害がなくなるわけではないからです。
そこで最後には「調整」というプロセスがどうしても必要になります。もともとは法律の名称である「未成年者飲酒禁止法(当時)」のとおり、20歳は「成年」であり自立して自己責任がとれる年齢だから、が線引きの根拠となっていました。
そしてなぜ20歳で成年なのか?については、1876年(明治9年)当時、欧米諸国が21-25歳程度を成年年齢と定めていたのに対し、日本人が「精神的に成熟している」ことと、「平均寿命が短い」ことから、20歳が成年年齢として採用されたのです。
こんな感じの面白いエピソードが満載の本になっています。構成は以下のとおりです。
第1章 消費期限と賞味期限――「おいしさ」の基準値の「おかしさ」
第2章 食文化と基準値――基準値やめますか? 日本人やめますか?
第3章 水道水の基準値――断水すべきか? それが問題だ
第4章 放射性物質の基準値―― 「暫定規制値」とは何だったのか
第5章 古典的な決め方の基準値―― 「リスクとは無関係」な基準値がある
第6章 大気汚染の基準値―― 「PM2・5」をめぐる舞台裏
第7章 原発事故「避難と除染」の基準値―― 「安全側」でさえあればいいのか?
第8章 生態系保全の基準値――人間の都合で決まる「何を守るか」
第9章 危険物からの距離の基準値―― 「電車内の携帯電話」から水素スタンドまで
第10章 交通安全の基準値――「年間4000人」は受け入れられるリスクか
「世界は基準値でできている」の構成・内容
前著から10年ほどが過ぎて、世の中も大きく変わりました。新型コロナウイルスによるパンデミックにより、濃厚接触者1m以内で15分以上などの新たな基準値が登場したり、オリンピックにトランスジェンダー選手が出場して男女の線引き基準があいまいになったり、新たなリスクとしてPFASや昆虫食などが登場したりしています。
お酒についても、成年年齢が18歳に引き下げられるなどの変化が起こりました。これまでは、20歳は「成年」だからお酒を飲んでもOK、という理屈であったので、お酒も自動的に18歳からになるはずでした。ところが、飲酒開始年齢は20歳に維持されており、逆に法律の名称の方が「二十歳未満ノ者ノ飲酒ノ禁止ニ関スル法律」に変わりました。
このような世の中の変化に伴い、前著で書けなかったような分野の基準値や、新たに問題となった基準値などを取り上げて書いたのが新刊「世界は基準値でできている」です。また、前著で好評だったコラム(基準値に関するちょっとした小話できなもの)もあります。構成は以下のとおりです。
第1章 男と女の基準値―テストステロンルールの迷走
第2章 新型コロナの基準値(1)―「距離と時間」の狂騒曲
第3章 新型コロナの基準値(2)―空気感染とはなんだったのか
第4章 トライアスロンと水浴の基準値―セーヌ川だけが汚いのか
第5章 放射線の基準値―誰が処理水と除去土壌を受け入れるのか
第6章 原子力発電所の基準値―どのくらい安全なら安全なのか
第7章 治水と防潮堤の基準値―科学だけでは決められない
第8章 がん検診の基準値―受けるべきか、受けざるべきか
第9章 PFASの基準値―世界から追われる嫌われ者
第10章 新しい「食」の基準値―コオロギは本当に安全なのか
第11章 AIと個人情報の基準値―自分で基準をつくっていく
コラム
1 先発投手の100球
2 花火大会の保安距離
3 学校の天井の高さ
4 水質環境基準のなりたち
5 妊婦はなぜ温泉に入れなかったのか
6 災害における「時間」と「6ヵ月」
7 暑さと寒さはどっちが危険か
8 どこからがカスハラ?
9 安全係数「それ100で割っちゃうの?」
10 激辛食品のおかしな基準
私の執筆箇所は、まえがき(共同執筆)、第1章、第2章、第3章、第5章(共同執筆)、第9章(共同執筆)、あとがき(共同執筆)、コラムの7、9(共同執筆)、10です。
私の執筆箇所は、基本的に本ブログの基準値問題として書いた記事を元ネタとしています。例えば第1章は以下の記事がベースです。

ただし、そこから新しい情報なども加えて大幅に加筆・修正しており、本記事をすでに読んでいる方でもまた面白く読めること間違いなしです。
「世界は基準値でできている」出版までの道のり
前著「基準値のからくり」出版後、実は次の本の構想がありました。それが「○○と△△、どっちがキケン?」的なリスク比較ネタでした。本ブログでもその構想をもとに、さまざまなリスク比較を題材にしています。例えば以下


いくつかの比較事例まで書いてみたのですが、なかなか煮え切らないまま企画は途中で止まってしまいました。その後数年経ってから本ブログをスタートさせ、また基準値ネタを書きためてきました。ブログを運営すると人気のある記事がすぐにわかりますので、人気のある記事をネタにすればいけそう、という手ごたえも感じてきました。
そして、新刊の企画は2023年の秋頃から本格的に始動しだしました。約1年かけて原稿が出そろい、その後は著者間での相互レビューや編集者によるチェック・修正を経て、入稿(2025年4月)、ゲラ(紙面見本)確認を経て出版となります。
タイトルは前著「基準値のからくり」の続編として「基準値の〇〇〇〇(ひらがな4文字)」がよいのではと考えて、アイディアをたくさん考えたのですが、最終的には「世界は基準値でできている」になりました。続編感をあまりださない方が前著を読んでいない人も手に取りやすいだろうということですね。
ところで、「世界は基準値でできている」なんてそんなわけないだろ!と思うかもしれません。でもブルーバックスでは「世界は○○でできている」というタイトルの本がいくつもあり、なんと「世界は「e」でできている」なんてのもあるのです。これに比べるとだいぶマトモな感じがします。
タイトルに合わせて表紙のデザインも変わっています。前著では日本地図を中心にしていましたが、新刊では世界地図が中心になっているのです。こういうところにも気付いてくれると嬉しいですね。
サブタイトルもかなりいろいろアイディアを出しました。私としては「広がりゆく「安全」の考え方」みたいなのがよいのでは、と考えていました。似たような意味でキャッチーな表現に、みたいにchatGPTもフル活用で案を並べました。
これも最終的には「未知のリスクにどう向き合うか」になりましたが、さまざまな基準値の事例を知ることで、リスクや安全に関する相場観を養い、多数の引き出しを持つことで、これから出てくる未知のリスクへの向き合い方がわかる、ということからこのサブタイトルになっています。
こういう出版までの道のりもなかなか大変なものではありますが、やはり本ができあがると喜びもひとしおですね。
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