要約
生活習慣病のリスクを高める飲酒量として男性40g/日・女性20g/日という数字を示した飲酒ガイドラインの内容を紹介(実際には飲酒量の基準を示したものではない!)し、男性40g/日・女性20g/日はどこから出てきた数字なのかの謎を解き明かします。
本文:飲酒ガイドラインの男性40g/日・女性20g/日の根拠
飲酒のリスクについて2回に分けて書いていきます。今回はその1として飲酒ガイドラインについて取り上げます。
本ブログの過去記事では食品関係のリスクとして最も高いのは食べ過ぎ、飲みすぎ、高塩分であることを示しました。アルコールは食品関係のリスクの中で特に注意すべきものと言えます。
さて、2023年11月に厚生労働省は、国民のそれぞれの状況に応じた適切な飲酒量・飲酒行動の判断のために、「飲酒ガイドライン」の案を取りまとめて公表しました。
NHK:「飲酒ガイドライン」案取りまとめ 健康リスクを数値で示す
ガイドライン案では、生活習慣病のリスクを高める飲酒量を、1日当たりの「純アルコール量」で、男性は40グラム以上、女性は20グラム以上を摂取した場合としたうえで、体質などによってはより少ない量にすることが望ましいとしています。
また、アルコールと関連する病気について、男性では高血圧・胃がん・食道がん、女性では脳卒中(出血性)・高血圧、は少しでも飲酒すると発症リスクが上がると紹介されています。少し飲んだだけでもがんになるのにどうして男性40g/日・女性20g/日という線引きができるのでしょうか?
いろんなニュースを見ると、飲酒量の基準を示したような部分と、「少しでも」飲酒するとがんになるという部分が強調されているようです。本ブログではリスクの線引き問題をメインコンテンツの一つとしていますので、これを取り上げないわけにはいきません。
本記事では、飲酒ガイドラインの内容の紹介(実際には飲酒量の基準値を示したものではない!)し、男性40g/日・女性20g/日はどこから出てきたのか?、飲酒ガイドラインの内容をどう受け止めるべきかの考察、という順番でまとめていきます。男性40g/日・女性20g/日の根拠は実に謎解き要素が満載でした。
飲酒ガイドラインはどのような内容か?
飲酒ガイドライン(案)は以下のサイトの第5回資料の中にあります。
厚生労働省:飲酒ガイドライン作成検討会
このガイドラインにはアルコールの基準値男性40g/日・女性20g/日の根拠が書かれているものと思い、ワクワクしながらページをめくりました。ところが、このガイドラインにはびっくりするくらいたいしたことが書かれていないのです。男性40g/日・女性20g/日の根拠などは一切出てきません。
それどころか、です。実はこのガイドラインには「飲酒はアルコール量として男性40g/日・女性20g/日以下に抑えるべき」とか、そのようなことはなんと一切書かれていないのでした!以下のように、健康日本21に記載されているアルコールの量が参考としてさらっと紹介されているだけなのです。
また、参考となる飲酒量(純アルコール量)の数値としては、第2期計画や令和6
https://www.mhlw.go.jp/content/12205250/001169984.pdf
年度から開始予定の健康日本 21(第三次)において、「生活習慣病のリスクを高める飲酒量」として、「1日当たりの純アルコール摂取量が男性 40g以上、女性 20g以上」が示されています。
ということで、なぜ飲酒ガイドラインのニュースとして男性40g/日・女性20g/日という数字ばかり出てくるのか本当に意味不明になります。基準値の根拠を期待して読んだのにこれにはガッカリです。繰り返しますが、このガイドラインは飲酒量の基準を定めたものではありませんでした。
ただし、海外の基準との比較が最後に出てきており、これはなかなか興味深いものでした。基準の数字も各国で異なりますし、男女差の違いもバラバラ、年齢で差を設けている国もあり、日あたりか週あたりかの違いもあります。
日あたりに換算すると、日本(と韓国)は最も基準値が高いですね。ウォッカ大国のロシアですら30g/日ですからね。逆に最も厳しいのは男性ではオーストラリアの14.3g/日、女性ではスウェーデンの10g/日です。
健康日本21とは?
アルコールの基準値「男性40g/日・女性20g/日」は飲酒ガイドラインの数字ではなく、健康日本21に記載された数字でした。この根拠を追いかけるために、次に健康日本21のほうを見ていきましょう。
健康日本21とは、2000年以降における国民健康づくり対策のことで、以下のように期間が分かれています。期間ごとに健康に関する様々な目標を立て、それが達成されたかどうかの評価が行われます。
・2000年~2012年:健康日本21(第3次国民健康づくり対策)
・2013年~2023年:健康日本21(第二次)(第4次国民健康づくり対策)
・2024年~:健康日本21(第三次)(第5次国民健康づくり対策)
(第一次)健康日本21では、アルコールに関する目標として以下の3つが設定されました:
・多量飲酒者(60g/日以上、社会生活に影響が出る量)の減少
・未成年者の飲酒をなくす
・節度ある適度な飲酒(20g/日)の知識の普及
健康日本21:アルコール
20g/日の根拠として、アルコール摂取量と死亡率の関係は以下の図のようないわゆるJ型カーブの形となり、まったく飲まない人よりも少し飲む人のほうが死亡率が低くなっています。最も死亡率が低くなるアルコール摂取量が男性で10-19g/日、女性で9g/日であったことから20g/日が基準値として設定されました。
ただし、目標をよく読むと「アルコールは20g/日以下にしましょう」ではなく、「適度な飲酒は20g/日以下という知識を普及しましょう」だったのです。多量飲酒者のほうは2割減少が目標になったのに対して、知識を普及するだけとはずいぶん後ろ向きに思えます。飲酒量を大きく制限するようなメッセージを出すなとどこかの業界からクレームがついたのかもしれませんね。
男性40g/日・女性20g/日の値はどこから出てきたのか?
健康日本21(第一次)では、節度ある適度な飲酒(20g/日)の数字の根拠は出てきましたが、男性40g/日・女性20g/日の値は出てきませんでした。なので続いて健康日本21(第二次)を見ていきましょう。
健康日本21(第二次)のサイトにはたくさんの資料が出てきてついていくのが大変なのですが、その中の「健康日本21(第二次)の推進に関する参考資料」の中についに男性40g/日・女性20g/日の根拠を発見しました!
厚生労働省:健康日本21(第二次)
根拠として以下の4つのポイントが示されています。
1.がん、高血圧、脳出血、脂質異常症は飲酒量に比例して増加し、飲酒量は低ければ低いほどよい
2.全死亡、脳梗塞及び虚血性心疾患については、ある程度のアルコール摂取量を超えてから増加し始め、その閾値は男性で44g/日、女性で22g/日程度である
3.女性は男性よりもアルコールに弱く、諸外国では女性の基準は男性の1/2~2/3程度になっている
4.WHOのガイドラインでは、アルコール関連リスク上昇の閾値について男性で40g/日、女性で20g/日としている
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/dl/kenkounippon21_02.pdf
基本的にアルコールは遺伝毒性ありの発がん性物質であることはよく知られており、閾値(これ以下なら発がんしないという摂取量)がありません。胃がんや食道がんは疫学調査でも「少しでも」飲むと増加するという結果です。
なので、発がん性をベースにするならば、受け入れられるリスクレベル(10万人あたりの年間死者数が1人など)をもとに線引きするしかありません。ただし、ここでは受け入れられるリスクレベルの設定からは逃げたようです。
代わりに、脳梗塞と虚血性心疾患については閾値があるっぽくて、それが男性で44g/日、女性で22g/日であったわけです。これとWHOガイドラインの数字が近いので、最終的にWHOの数字に寄せて設定した、というところではないでしょうか。
(もしくは最初からWHOの数字を着陸地点として定めて、それに都合のよいエビデンスをピッキングしてきたか)
つまり、がんなどの閾値のないエンドポイントは無視して閾値があるエンドポイントだけに注目して線引きをした、と解釈できます。なかなかトリッキーなロジックを使っていますね。いろんな意味で感心しました。これで「生活習慣病のリスクを高める飲酒量」と表現するのはかなり無理があります(がんのリスクは少しでも飲酒すれば高まるので)。
飲酒ガイドラインに対する考察
先ほどは男性40g/日・女性20g/日の決め方についてネガティブな書き方をしましたが、結果的にWHOのガイドラインと同じ数字にしているので、大きな批判はなさそうです。そもそもWHOのガイドラインでは、J型カーブにおいてまったく飲まない人と同程度の死亡率になるのが男性で30-39g/日、女性で10-19g/日であったことが根拠になっています(上記の図)。
WHO (2002) International Guide for Monitoring Alcohol Consumption and Related Harm
ただし最近になり、このJ型カーブに否定的な見解が多くなっています。WHOのガイドラインも20年も前のものであり、情報としては古くなってきました。このJ型カーブの謎については次回の記事で取り上げたいと思います。
理想的には死亡率が最も低くなる男性20g/日、女性10g/日あたりを最終目標として、各人が現状の飲酒量と比較して達成できそうな中間目標を立てて、少しずつ減らしていくのが現実的ではないでしょうか。あまりに達成不可能な目標を立ててしまうとあきらめてしまう人が多くなってしまいます。
この辺、飲酒ガイドラインは「男性40g/日・女性20g/日以下に抑えましょう」という内容ではないので、じゃあ実際にどう使ったらよいのか?ということをもう少し書いてもよかったのではと思います。
また、飲み会などのイベントのことを考えると日単位と週単位の併記もあったほうがよいと思います。平均として男性40g/日・女性20g/日ですから、一日たりともそれを超えてはいけないということではなく、イベント時や週末しか飲まない人などは週単位で男性280g/週・女性140g/週で考えたほうがよさそうです。
まとめ:飲酒ガイドラインの男性40g/日・女性20g/日の根拠
飲酒ガイドラインはニュースを見ていると男性40g/日・女性20g/日という飲酒量の基準を示したようにも見えますが、実際の内容はそのようなものではありませんでした。実際に男性40g/日・女性20g/日という数字を示したのは健康日本21の第二次以降であり、がんなどの閾値のないエンドポイントは無視して脳梗塞や虚血性心疾患などの閾値があるエンドポイントだけに注目して線引きをしたものです。
続編として、飲酒ガイドラインの目安量(男性40g/日、女性20g/日)と比較して日本人の飲酒量はどれくらいか?、アルコール摂取量と死亡率に関するJ型カーブの謎(なぜまったく飲まない人よりも多少飲む人のほうが死亡率が低くなるのか)、お酒の種類や休肝日の影響について調べた結果、をそれぞれまとめました。
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