リスクと不平等:リスクの地域格差をどう表現し、格差をどう解消するか?

statistics リスク比較

要約

都道府県間の健康格差が年々広がっていますが、本記事ではリスクの種類ごとに都道府県格差を表してみました。がん<自殺<肺炎<不慮の事故の順で都道府県間格差が大きくなっているなど、興味深い結果が得られました。また、このような格差をどう扱うかについて、3つの考え方をまとめました。

本文:リスクの地域格差の表現と対策

前回の記事では都道府県ごとのがん年齢調整死亡率を示しました。これは10万人あたりの年間死者数で132~202人とかなりの幅があり、「健康格差」があることがわかります。

リスクの年次推移や地域差を見る際には集団の年齢構成の違いに注意が必要
年次推移や地域差を見る場合には、死者数/人口で計算される租死亡率をそのまま使うと、年齢構成が異なる集団を比較することになり、高齢化の影響を見ているだけになってしまいます。年齢構成を揃えて比較できる年齢調整死亡率を使うと年次推移や地域差のパターンが違って見えてきます。

健康状態には経済状態や教育水準、居住地域などが影響すると言われています。特に経済格差の大きい欧米では、所得格差の大きい地域に不健康な人が多いことがわかっています。ただし、前回の記事で簡単に検証したように、日本の場合はその影響はあまり大きくなさそうです。おそらく所得格差自体が欧米よりも小さいので影響が見えにくいのでしょう。

ところで、都道府県ごとの健康格差は年々拡大しているとの解析結果があります。

都道府県の「健康格差」拡大 25年間で寿命4歳延びる

都道府県の「健康格差」拡大 25年間で寿命4歳延びる - 日本経済新聞
2015年までの25年間で平均寿命は4.2歳延びたが、平均寿命が最も長い県と短い県の差が0.6歳広がったことが20日、東京大学の研究成果で分かった。健康で過ごせる期間(健康寿命)の差も0.4歳拡大。こうした「健康格差」拡大の原因は解明できておらず、東大の渋谷健司教授は「医療の質や...

研究では厚生労働省などのデータを使って分析したところ、男女合わせた日本人の平均寿命は1990年の79.0歳から2015年の83.2歳まで4.2歳上昇した。

ところが都道府県別では1990年に最も平均寿命が長い長野県(80.2歳)と短い青森県(77.7歳)の差は2.5歳だったが、2015年には最も長い滋賀県(84.7歳)と最も短い青森県(81.6歳)の差は3.1歳で、25年間で差は0.6歳広がっていた。

https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG19H77_Q7A720C1CR0000/

元論文は以下のものです。格差の要因として確度の高いことは書いてませんが、DALY(補足参照)で見た場合に喫煙や食生活の寄与が大きく、この辺に対策の余地がありそうです。それにしても東大の野村さんらによるこの研究、すごい仕事です。

Nomura et al (2017) Population health and regional variations of disease burden in Japan, 1990-2015: a systematic subnational analysis for the Global Burden of Disease Study 2015
Lancet 390(10101) 1488

Redirecting

健康格差の原因や対策の話はその道の専門家にお任せするとして、本記事ではリスク学的な視点として、リスクの地域的な格差(不平等)をどのように表現し、どのように扱うべきか、という点について書いています。

健康格差の指標

都道府県間のリスクの格差を見る場合にどのような指標を使えばよいでしょうか。ここでは所得格差の指標として使われるローレンツ曲線とジニ係数に注目します。

5人の人がいて、それぞれの年収が100, 300, 500, 700, 900万円だったとします。年収の低い順に並べて、人の累積確率と年収の累積確率を以下のように計算してプロットします。
人累積確率:0, 0.2, 0.4, 0.6, 0.8, 1.0
年収累積確率:0, 0.04, 0.16, 0.36, 0.64, 1.0
そうすると以下に示すようなローレンツ曲線が得られます。全員の年収が同じであれば1:1の直線になりますが、格差が大きいほどに下に凸の曲線になります。

gini-coefficient

また、下に凸になればなるほど、1:1の直線とローレンツ曲線に囲まれた部分(塗りつぶした部分)の面積が大きくなっていきます。その面積と、1:1直線よりも下の三角形部分の面積の比率がジニ係数です。全員の年収が同じであればジニ係数はゼロ、格差が大きければ大きいほど1に近づきます。上の図の場合はジニ係数0.32となります。

計算方法は検索すればたくさん出てきます。例えば↓

Excelで操る!所得分配の不平等さの指数(ジニ係数)の計算

0.32という数字がどの程度なのか、現在の日本における所得再分配後のジニ係数がちょうどこれくらいです。本ブログの過去記事にも出てきます。

リスクと幸福はどんな関係にあるのか?その1:日本の統計からみるリスクと幸福
リスクと健康・幸福の関係を見るために、肉体的なリスクだけではなく精神的・社会経済的なリスクも含めて統計データを整理しました。私たち日本人はより健康になり、より安全な社会に暮らし、より経済的に豊かになっているのに、暮らしはより悪い方向に向かっていると感じています。これは大きなパラドックスです。

このジニ係数を都道府県間のリスクの格差を表す指標として使ってみましょう。前回の記事にて地図で示した2015年の都道府県別がん年齢調整死亡率(男)を用いてジニ係数を計算すると、0.036となりました。

不平等指標の比較

都道府県間のリスク格差を表すジニ係数がリスクの種類によってどのように違うのかを見ていきます。ここではがん、肺炎、不慮の事故、自殺というタイプの異なる4つのリスクを比較していきます。元データは人口動態統計特殊報告の年齢調整死亡率(2015年)を使います。

平成29年度人口動態統計特殊報告 平成27年都道府県別年齢調整死亡率の概況|厚生労働省
平成29年度人口動態統計特殊報告 平成27年都道府県別年齢調整死亡率の概況について紹介しています。
がんがん肺炎肺炎不慮の事故不慮の事故自殺自殺
0.0360.0350.0700.0880.0960.0960.0640.082
リスクの種別・男女別の都道府県間ジニ係数

がんは4つのリスクの中では格差が小さいほうだということがわかります。これは結構意外な感じがしました。そして、
がん<自殺<肺炎<不慮の事故
という順番で格差が大きくなっています。不慮の事故ががんの3倍くらい格差が大きいのはなぜでしょう?原因が気になります。

また、男女の違いはリスクの種類ほどには違いが大きくありませんが、がんや不慮の事故に比べて肺炎や自殺は男女差が大きくなっています。この解釈を論じられるほどの知識がないところが悔しいところですが、リスクの新たな視点と言えそうです。

次に、このようなリスクの都道府県間格差は過去と比べて減ってきているのか増えてきているのかを見ていきます。使用するデータは上記と同様人口動態統計特殊報告の2015年と2000年のものを使って比較します。

 がんがん肺炎肺炎不慮の事故不慮の事故自殺自殺
 
2000年0.0370.0340.0540.0610.0750.0960.0910.088
2015年0.0360.0350.0700.0880.0960.0960.0640.082
リスクの種別・男女別の都道府県間ジニ係数(2000年と2015年の比較)

・がんは2000年と2015年で都道府県間格差はほぼ変化せず
・肺炎は格差が大きく増加
・不慮の事故は男のみ格差が増加、女は変化なし
・自殺は男女とも格差が減少
このように、4つの異なる種類のリスクにおいて、経時変化がそれぞれ異なる傾向を示しました。これも現段階でうまく解釈できませんが、リスクの新たな視点を示しているのかもしれません。

リスクの格差を扱うための3つの考え方

地域差が地域集団の遺伝的要因や気候・食文化・経済状態・医療体制・各種支援体制など、本人達がコントロールできない要因(本人達が怠けているわけではない)によるものであればこれは是正すべきと考えられます。

リスクの格差を扱う際にはいくつかの考え方がありますが、ここでは3つの考え方を紹介します。

1.功利主義
最大多数の最大幸福というもので、個人ごとの幸福の合計を高めようという考え方です。つまり、格差が大きくても構わないので平均的なリスクを最小化する方向になります。今回の例だと都道府県間格差は考えずに全国レベルのリスクをとにかく最小化しようという考え方です。もしもすでにリスクの低い県(対策が進んでいる県)に集中的にリスク対策費用を分配したほうが効率的にリスクを低減できるのであれば、ローリスクな県はさらにローリスクになっていきますが、ハイリスクな県はそのままになります。ハイリスクな県がイヤならローリスクな県に引っ越せばいいでしょとも言えます。

2.分散最小化
これは金融工学などでよく使われる考え方ですが、その名の通り格差そのものを最小化しようとする考え方です。今回の例では格差の指標であるジニ係数を最小化するため、リスクレベルの高い県を中心に集中的にリスク対策費用を分配することになります。また、リスクレベルのすでに低い県に対しては対策費用の分配を減らし、リスクレベルが高まってしまうと、結果的にジニ係数は最小化に向かいます。結果的に格差は縮まるものの、全国民平均的なリスクレベルを下げるには効率が悪くなる可能性もあります。

3.マキシミン原則
最悪なケース(minimum)を最大化(maximize)するという考え方で、maxiとminがくっついてできた言葉です。今回の例では最悪なケースとは最もリスクの高い県のことで、この県のリスクレベルの改善を最優先することになります。格差が大きいかどうかは考えないので、結果的に格差が広がる可能性もあります。

功利主義、分散最小化、マキシミン原則のうちのどの考え方を採用するかによって、リスク対策費用の分配など、管理対策が変わるかもしれません(変わらないかもしれません)。

ただ、この3つは対立的な概念というわけではありません。例えば、最悪なリスクレベルをこれ以下にしなければいけないという制約(マキシミン的)付きの中で平均的なリスクレベルの最小化を目指す(功利主義的)、というように組み合わせて使うこともできます。結局のところ、その時の目的等に合わせてどのように扱うかを決めていくしかないでしょう。

まとめ:リスクの地域格差の表現と対策

都道府県間の健康格差が年々広がっていることを背景に、リスクの種別に都道府県間格差をジニ係数を使って表現しました。がん、肺炎、不慮の事故、自殺というタイプの異なる4つのリスクを比較してみたところ、がん<自殺<肺炎<不慮の事故の順で都道府県間格差が大きくなっていることがわかりました。さらにはリスクの種類によって年々格差が広がっているもの(肺炎)と格差が縮まっているもの(自殺)がありました。

補足

本記事で紹介した3つの考え方は、いずれも結果としてのリスクレベルを指標とするものです。一方で、そもそも結果としての格差があってはいけないということでは必ずしもありません。結果としての格差解消(結果の平等)よりも、公正な分配(機会の平等)が重要という考え方もありますね。あまり詳しく書けませんので補足にとどめておきます。

本ブログでも高齢者よりも若者を優先する倫理的な側面というトピックで記事を書きました。この中では功利主義的な考え方のみ紹介しました。

リスク指標としての損失余命はわかりやすい?その3:損失余命の倫理的側面を考える際の3つの視点
損失余命をリスク指標として使う場合、若者が1人亡くなるのと高齢者が数人亡くなるのが同じ程度のリスクと計算されます。このようなエイジズム(年齢による差別をすること)にはどのような倫理的側面があるのかを3つのタイプのエイジズム(健康最大化、生産性、フェアイニングス)から考えてみます。

さらには別の視点を考えると、リスクではなく満足度(専門的には期待効用と呼ぶ)最大化で考えるという方向もありえます。リスクと幸福度の関係については本ブログでもシリーズとして書いています。

幸福
「幸福」の記事一覧です。

野村さんの論文に出てくるDALYというリスク指標については「高齢者よりも若者を優先する倫理的な側面」の記事でも書きましたし、幸福との関係でも書いています。

リスクと幸福はどんな関係にあるのか?その5:寿命が短くても幸せな条件
死亡に至らなくても病気などで苦しだ分を考慮したリスク指標として、専門家の判断に基づくDALY等があります。一方で当事者の記憶に基づく苦痛の評価はそれとはかなり違い、「終わり良ければ全て良し」などのバイアスが働きます。幸福度も記憶に基づくものに近く、過去から現在に至る快楽や苦痛の総和とはなっていないようです。

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