要約
農業と熱中症の関係の記事第3回として、熱中症のリスクアセスメントの方法についてまとめます。WBGTを活用したリスクアセスメント方法を解説した後に、ISO7933をベースとしたPHSモデルによるシミュレーションの方法を解説し、各種条件を変更させて作業可能時間がどのように変化するのかを示します。
本文:熱中症のリスクアセスメント
夏の高温化により農作業中に熱中症で亡くなる事故が増えています。本ブログでは熱中症のリスクに関する記事をかなり書いていますが、最近は特に農業と熱中症に注目しています。
その1では熱中症の基礎知識的な解説を行い、その2では実際の農作業にどのような影響が出るのかについて整理しました。暑さにより、熱中症だけではなく、怪我のリスクも高まり、作業効率が低下して経営が悪化する、労働者の確保が困難になる、などのさまざまな影響があります。実際に作業時間がどの程度減るのかの試算も行いました。


本記事執筆時点では、6月に入って梅雨で暑さは一段落ついた様子ですが、今年(2026年)は昨年(2025年)と比べても熱中症の搬送人数は多くなっています。

農業は仕事として生活がかかっているので、スポーツやレクリエーションのように暑ければ中止、というわけにもいきません。単に注意!注意!というだけではなく、熱中症のリスクを適切に評価して、適切にリスクを管理する必要があります。
そこで今回のその3では、熱中症のリスクアセスメントに焦点を絞り、作業の許容レベルや作業可能時間のシミュレーション結果を示します。
最初にWBGTを活用したリスクアセスメント方法を解説します。次に、ISO7933をベースとしてPHSモデルによるシミュレーションの方法を解説します。最後に、このモデルを使って、各種条件を変更させて作業可能時間がどのように変化するのかを示します。
熱中症のリスクアセスメント1:WBGTの活用
暑さ指数であるWBGTは国際規格ISO7243に定められており、熱中症のリスクアセスメントのグローバルスタンダードです。日常活動ではWBGTによって野外活動の中止となる目安にしたりします。
農業など仕事に関しては、WBGTの値に加えて、衣服や作業強度、暑熱順化ありなしなどでリスクを評価し、作業の許容水準を決めるのが一般的な方法です。
日本シグマックス株式会社:熱中症リスクアセスメントとは?

以下の表は、厚生労働省の「職場における熱中症防止のためのガイドライン」にて作業区分別のWBGT許容レベルを示したもので、暑熱順化ありなしによって値が異なります。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000116133.html
また、衣服によってWBGT値に加えるべき着衣補正値も以下のように示されています。
0:作業服(織物製作業服で、基準となる組合せ着衣である)
つなぎ服(表面加工された綿を含む織物製)
単層のSMS不織布製のつなぎ服(SMS はポリプロピレンから不織布を製造する汎用的な手法である)
2:単層のポリオレフィン不織布製つなぎ服(ポリエチレンから特殊な方法で製造される布地)
3:織物の衣服を二重に着用した場合(通常、作業服の上につなぎ服を着た状態)
4:つなぎ服の上に長袖ロング丈の不透湿性エプロンを着用した場合(巻付型エプロンの形状は化学薬剤の漏れから身体の前面及び側面を保護するように設計されている)
10:フードなしの単層の不透湿つなぎ服(実際の効果は環境湿度に影響され、多くの場合、影響は小さくなる)
11:フード付き単層の不透湿つなぎ服(実際の効果は環境湿度に影響され、多くの場合、影響は小さくなる)
12:服の上に着たフードなし不透湿性のつなぎ服
+1:フード(着衣組合せの種類やフードの素材を問わず、フード付きの着衣を着用する場合。フードなしの組合せ着衣の着衣補正値に加算される)
WBGTが許容値を超えている場合に作業する際は、以下のように休憩時間の目安が示されています。
WBGT基準値からの超過と休憩時間の目安(1時間当たり)
1℃程度超過 15 分以上
2℃程度超過 30 分以上
3℃程度超過 45 分以上
それ以上超過 作業中止が望ましい
ただし、WBGTは許容レベルと比較して作業をやってよいか否かという判断目安にはなりますが、「どれくらいまでなら作業してもよいか?」という問いには答えられません。次のISO7933ベースの評価が必要になります。
熱中症のリスクアセスメント2:PHSモデル
冒頭で紹介した農業の熱中症その1の記事にて、もう一つのISO規格であるISO7933について紹介しました。これは、Predicted Heat Strain (PHS) Indexを用いて、「この環境・この作業・この服装で働き続けた場合、体温や汗の量はどうなり、何時間までなら作業可能か?」をシミュレーションするものです。
これなら「どれくらいまでなら作業してもよいか?」という問いに直接答えられます。ただし、計算はWBGTに比べて簡単ではありません。必要な入力条件も多く、計算は電卓やエクセルなどではできません。
まず環境に関しては
・気温(乾球温度)
・温度
・平均放射温度(黒球温度計で測定する周囲からの熱放射)
・風速
の4つのパラメータを設定します。
個人に関しては
・活動量から計算した代謝率(体を動かすことで発生する熱量)
・衣服の熱抵抗(着ている服の種類で決まる)
の2つのパラメータを設定します。
これらのパラメータから、深部体温や発汗率の時系列変化を予測し、深部体温が38℃、発汗量が体重の5%という危険水準に達するまで何分かかるかを計算します。
Pythonのpythermalcomfortというライブラリがあり、これを使うと簡易に計算できます。(プログラミングの知識・技術は必要です)

重要なのが活動量(MET, メッツ)という運動強度の指標です。どんな作業をするかでこのMETが変わってきます。
テレビを座ってみることや車に乗ることは1.0メッツ
座って会話や食事、デスクワークは1.5メッツ
料理や洗濯、着替え、洗面、シャワー、家の中を歩くなどは2.0メッツ
ウォーキングや掃除は3.0メッツ
卓球やラジオ体操第1は4.0メッツ
バドミントン、ゴルフは4.3メッツ野球やソフトボールは5.0メッツ
ウエイトトレーニングやスイミング、バスケットボールは6.0メッツ
山登りは6.5メッツ
サイクリングや重い荷物の運搬は8.0メッツ
以下の文献によると、農作業はだいたい2~4MET程度であることがわかります。トラクター作業は2以下、コンバイン作業は3程度、肥料の動力散布は4程度、刈払い機による草刈りは2程度、かんきつの収穫は2程度でした。
大浦ら (2015) 各種農作業における代謝量に関する調査研究 -特に高齢者の農作業時の代謝についてー. 富山県農村医学研究会誌, 33, 36-53
ということで、以下の条件で計算した結果を示します。35℃とかなり厳しい条件下での作業ですが、深部体温ベースで100分(赤い点線の38℃になった時点で危険水準)、発汗量ベースで170分(青い点線の3750gになった時点で危険水準)が限度(リミット)でした。
気温(乾球温度):35℃
平均放射温度(黒球温度):40℃
相対湿度:50%
風速:0.3m/s
活動量:4met
着衣量:0.5clo(薄手の作業着を想定)
姿勢:立位
暑熱順化:あり

モデルシミュレーションによる各種条件の影響
この計算をベースにして、各種条件を変えながらその影響を見ていきましょう。
まず、活動量の影響を見てみます。METをベースの4から2もしくは3に変更した場合のシミュレーションは以下のようになります。

深部体温は危険レベルまで到達しないので、発汗量のほうが制限になります。3METでは280分がリミットとなり、2METでは430分がリミットとなりました。作業内容は大きな影響があります。
次に、気温の影響です。気温をベースの35℃から33℃、34℃に変更した場合のシミュレーションは以下のようになります。

こちらも深部体温は危険レベルまで到達せず、発汗量のほうが制限になります。33度では220分がリミットとなり、34℃では190分がリミットとなりました。1℃の違いも結構大きいですね。
次に、暑熱順化の影響です。暑熱順化ありとなし比較した場合のシミュレーションは以下のようになります。

暑熱順化なしでは40分でリミットとなり、ありの100分と比べて作業可能時間が半分以下になりました。影響が結構大きいことがわかります。
最後に衣服の影響です。通常の着衣量0.5(長袖長ズボン)に比べて、着衣量1.0(農薬散布時の全身防護服を想定)と比較した場合のシミュレーションは以下のようになります。

これはかなり影響が大きく、着衣量1.0では30分がリミットとなり、通常に比べて作業可能時間が1/3になりました。
ということで、自分の作業状況を設定してシミュレーションすることで、どの程度の作業が可能かがわかります。さらに、作業内容や衣服の調整によってどの程度リスクが変わるかもわかります。
ここで計算された時間までは必ず大丈夫というわけではないので、ある程度安全側で運用する必要があり、そのように誤解されないように注意する必要はあります。注意点をきちんと理解したうえで、このようなシミュレーションがスマホなどで簡単にできると非常に有用であると思われます。
(でも現状ではそういうものがない。。。)
まとめ:熱中症のリスクアセスメント
熱中症のリスクアセスメントについて、WBGTを使う方法とPHSモデルによる方法を紹介しました。WBGTの値に加えて、衣服や作業強度、暑熱順化ありなしなどでリスクを評価し、作業の許容水準を決めるのが一般的な方法です。「どれくらいの時間までなら作業してもよいか?」という問いに答えるにはPHSモデルを使用します。さらに、作業内容や衣服の調整によってどの程度作業可能時間が変わるかもわかります。

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