血液中PFASの検査の意義はある?その1:血液中PFAS基準値のからくり

PFAS-monosashi 基準値問題

要約

自治体が住民の血液中PFASの検査を行った事例がニュースとなっています。「基準値超え」という部分だけが注目されがちですが、そもそもの検査の意義を理解できるように、血液中PFAS濃度の基準値の導出根拠について詳しく解説します。

本文:血液中PFAS基準値のからくり

近年、地下水などから「PFASの濃度が基準値を超過した」というニュースが頻繁に報道されています。日本の水道水や環境水の基準値はPFOSとPFOAの合計で50ng/Lで、この基準値の根拠やリスクについてはこれまでにいくつも記事を書いてきました。以下にまとめ記事があります。

PFASをめぐる科学と社会~まとめ記事~
有機フッ素化合物「PFAS」に関する基礎知識、リスク評価、基準値問題、規制動向などについての「まとめ記事」。

水に加えて、吉備中央町や鎌ヶ谷市などで血液中PFAS濃度の検査が行われた事例があります。例えば鎌ヶ谷市では、水質検査で基準値を超過した井戸水を飲用した住民を対象に血液検査が行われ、2025年5月に結果が公表されました。 

鎌ヶ谷市:PFASに係る血液検査の結果について

PFASに係る血液検査の結果について|鎌ケ谷市

この市のWEBサイトでは、「PFAS(ぴーふぁす)の血中濃度が高い場合であっても、現時点では健康状態との関連について明確な情報は無く、将来的な疾病の予測も難しい状況です。」と書かれており、何かの結論を出すものではありません。

ところが、以下のニュースでは「10人中9人が、アメリカの学術機関が健康リスクが高まると指摘する値を超えていたということです。」と、基準値超過の部分が強調されて報道されました。

NHK:血液検査 PFAS 米学術機関健康リスク高まる値超 千葉 鎌ケ谷

血液検査 PFAS 米学術機関健康リスク高まる値超 千葉 鎌ケ谷 | NHKニュース
【NHK】一部の物質が有害とされる有機フッ素化合物のPFASが井戸水から高い濃度で検出された千葉県鎌ケ谷市は、井戸水を飲み水として利用していた住民を対象に行った血液検査の結果を7日公表しました。10人中9人が、

この基準値は、全米アカデミーズが提案したガイドライン値のことで、以下のような内容となっています。

・血清または血漿中のPFOS・PFOAなどの7つの化合物の合計値をPFAS血中濃度とする
・PFAS血液中濃度が2ng/mL未満のときは健康への悪影響は予想されない
・PFAS血液中濃度が2ng/mL以上20ng/mL未満のときは、感受性の高い集団に対して悪影響がある可能性がある
・PFAS血液中濃度が20ng/mL以上のときは悪影響のリスクが高まる

しかしながら、いつもの基準値超え報道と同じように、「基準値を超えた」ということだけが強調され、そもそもその基準値の根拠や超えたときの意味何なのかは説明されません。

NHKのような報道姿勢だと、見た人が「自分の血液中PFAS濃度は大丈夫だろうか?」と不安になってしまうことが懸念されます。ただし実際には、血液検査をしてもその結果を踏まえて何をしたらよいかが不明なままであり、それゆえに個人としては検査を受けるメリットがあまりありません。

本記事では、まず血液中PFAS濃度の基準値の導出根拠について解説し、次にこの基準値の解釈について解説します。最後に検査を受けるべきかを考える際のポイントを整理します。

参考にするのは拙著「世界は基準値でできている」の第9章です(文末の付録参照)。

血液中PFAS濃度の基準値の根拠

まずは血液中PFAS濃度の基準値の根拠について解説します。

全米アカデミーズは血液中PFAS濃度のガイドライン値を決めるにあたり、ドイツのヒトバイオモニタリング委員会が提案した値を最終的に採用しました。

このドイツの委員会は、健康への悪影響が生じない値(PFOSが5ng/ml、PFOAが2ng/ml)と、健康リスクが増加し長期的なモニタリングが推奨される値(PFOSが20ng/ml、PFOAが10ng/ml)の2段階の値を設定しました。

全米アカデミーズはこれらの値のうち、最も低い2ng/mLと最も高い20ng/mLに着目し、7種類のPFASの合計濃度としてこれらの値を基準値として採用したのです。本来物質ごとにその影響は違うはずなのですが、そこはあまり考えずにとりあえず低い値と高い値を持ってきただけなのですね。

ところでドイツの委員会はどのようにしてこれらの値を導き出したのでしょうか?その手順は以下のようになります。

1.文献調査の実施: PFOSやPFOAがもたらすさまざまな健康影響に関する文献を調査

2.影響レベルの確認: 調査の結果、健康影響が生じる血中PFOSのレベルは1~30ng/mLの範囲であることが判明

3.基準値の設定: この範囲の中から、コレステロール濃度の増加が20ng/mL以上でみられることに注目し、基準値として設定

実のところ、「健康影響が生じる血中PFOSのレベルは1~30ng/mLの範囲である」という調査結果から、なぜコレステロール濃度に注目して20ng/mLを選定したかは不明瞭なのです

このコレステロール濃度への影響については、米国の汚染地域住民(18歳以上)とデンマークの一般住民(50~65歳)を対象とした疫学研究の結果が活用されました。これらの調査から明確な線引きができるわけではありませんが、20ng/mlあたりからコレステロール濃度の上昇がみられると判断されたのです。

血液中PFASの基準値をどう解釈したらよいか?

血液中PFAS濃度の基準値の根拠について解説しました。ここからはこの基準値をどのように解釈すべきかをさらに解説していきます。注目すべきポイントは、
(1)因果関係の有無
(2)コレステロールを上昇させる他の要因との関係
(3)コレステロールの上昇が何を意味するか?
の3つです。

まずは(1)因果関係の有無についてです。米国の研究やデンマークの研究は、集団のPFAS曝露と健康との関係を調査する「観察研究」という疫学研究に該当し、調査対象を2グループに分けて一方にだけPFASを曝露させてその影響を調査する「介入研究」ではありません(というかこういう介入研究はほぼ不可能!)。

観察研究の場合、PFAS濃度とコレステロール濃度に相関関係があったとしても、それが本当にPFASが原因であるという因果関係なのかはわかりません。PFASの濃度が高い人はPFAS以外の化学物質の曝露量も高い場合が多いので、その中からPFASの影響だけを抜き出すことは困難なのです。

次に(2)コレステロールを上昇させる他の要因との関係についてです。PFOS濃度が20ng/mLを超えるとコレステロール濃度が劇的に上昇するわけではなく、その差は10mg/dL程度でした。この差は平均的な人に比べて若干高めになる程度の差でしかありません。

一方で、実際にコレステロール濃度との関連が強かったのは、PFOS濃度よりも年齢や性別、肥満度だったのです。コレステロールが気になる人はPFASよりもまず肥満に注意すべきでしょう。

最後に(3)コレステロールの上昇が何を意味するか?についてです。この疫学調査はPFASと総コレステロールの関係を調べていますが、総コレステロールが高くても、善玉コレステロールの割合が高い場合には健康への影響は抑えられます。なので、総コレステロールが高いだけで「病気」であるわけではありません。

ただし、悪玉コレステロールや中性脂肪が高い状態が続くと、増加した脂肪が血管に負担を与えて動脈硬化につながります。そして、動脈硬化は血液の流れを悪化させて脳卒中や心筋梗塞などにつながります。

実際には、PFAS濃度と脳卒中や心筋梗塞の頻度との関係がみられているわけではないのです。病気になるかなり手前の状態の変化を調べている、という理解が重要です。血液中PFAS濃度が20ng/mLを超えたら「病気」になるわけではないのです。

PFASによるワクチン抗体価の減少についても、同じような考え方ができます。PFASによって実際に感染症が増えたわけではなく、あくまでそのかなり前段階の話であり、感染が増えるほど抗体が減少するわけではありません。

それでも血液検査を受けるべきか?

じゃあ、PFASの基準っていったい何の役に立つの?血液検査を受ける意味はあるの?

ここまで読まれた方ならこの人と同じような疑問を持つことでしょう。ハッキリ言うとPFASの血液検査を受ける個人に対するメリットはあまりありません。

一般の血液検査で測定される項目である善玉コレステロール、悪玉コレステロール、中性脂肪を見て、基準から外れている場合には食事を見直して運動習慣をつける、それで改善しなかったり動脈硬化のリスクが高い場合には薬を服用する、という一般的な方針に従うべきです。PFAS濃度が高いかどうかはこの方針にあまり関係ありません。

全米アカデミーズに血液中PFAS濃度の基準値の策定を依頼した米国ATSDR(環境有害物質・特定疾病対策庁)は、血液検査を実施するかどうかはメリット・デメリットを考慮して臨床医が個別に判断することとなっています。その結果をどう使うかも臨床医の判断となります。

血液検査によってPFASの曝露量の程度がわかるものの、以下のような限界もあります:
1.そもそも何に由来するかがわからないので、何を減らせば曝露が減るかがわからない
2.体調不良などの原因がPFASなのかどうかがわからないので、そもそも曝露量を減らすべきかどうかもわからない
3.追加の検査などの不必要な負荷を与え、精神的な不安も与えてしまう

このように、検査を受ける個人にとってのメリットはあまりないのです。あくまで集団としての曝露量を把握してリスクを評価するためには有用です。また、時系列の曝露量の推移を知ることができるメリットもあります。

長期的な推移については本ブログの過去記事で紹介した環境省による調査結果があります。一般的な日本人の血液中PFOS濃度は、2008-2010年の平均で14ng/mLであったのが、2023年には3.9ng/mLまで低下しています。

消防士の発がんリスク:PFASの影響はどのくらい?
消防士の職業曝露に発がん性があることが確認されています。そこで消防士の消防士の発がんリスクを比較します。消防士の殉職のリスクや発がんリスクを比較し、PFASに由来する発がんリスクも別途比較してみました。

このように、公衆衛生的には集団としての検査にメリットはあるものの、個人が検査を受けるメリットは少ないと考えられます。「それでも検査を受けたい!受けて安心したい!」といった個人的な動機や社会的な話についてはまた次回に考えてみましょう。

まとめ:血液中PFAS基準値のからくり

血液中PFAS濃度の基準値の導出根拠について解説しました。PFASの血中濃度と健康への影響の関連性については現時点では明確なことは言えず、血液検査をしてもその個人の健康との関係はわかりません。血液検査はあくまで集団としての曝露状況を把握するために活用すべきでしょう。

「それでも血液検査を受けるべきか?」という問いについては次回に続きます。

補足

PFASの各種基準値については、講談社ブルーバックス「世界は基準値でできている」の第9章「PFASの基準値―世界から追われる嫌われ者」に詳細が記載されています。

https://www.amazon.co.jp/gp/product/4065401585

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