南海トラフ地震臨時情報「1週間」のほんとうの意味:自治体の半分で受忍の限度を超えている

Nankai-Trough 基準値問題

要約

2024年8月に南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が発表されましたが、「1週間は巨大地震の確率が数倍高まる」の意味について解説します。また、1週間という期間は地震発生確率と社会経済の受忍限度のバランスで決まりましたが、実は1週間だと自治体の半分で受忍の限度を超えています。

本文:南海トラフ地震臨時情報「1週間」のほんとうの意味

2024年8月8日に日向灘を震源とするマグニチュード7.1の地震が発生しました。そして同日、政府は「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を発表しました。この臨時情報は1週間継続し、8月15日で「特別な注意の呼びかけ」は終了となりました。

南海トラフとは、静岡県沖から宮崎県沖までの太平洋の広い地域にまたがるプレート同士の境界を指すものです。南海トラフ地震は静岡から宮崎までの広い地域で発生したり、もしくは二つの地域で連続して発生したりすることがあります。

そして、100~150年ごとに繰り返し発生していて最後の発生は1946年なので、今後30年くらいの間に再び発生する確率が高まっています。

気象庁:南海トラフ地震とは

気象庁|南海トラフ地震について | 南海トラフ地震とは
南海トラフ地震とは

そんな中で宮崎県沖で発生した今回の地震により、南海トラフ地震の発生確率が高まったと評価されたため、今回の臨時情報の発表に至ったのです。

南日本新聞:南海トラフ臨時情報「巨大地震注意」とは…地震の予知ではなく「発生確率上昇」を意味 1週間以内にM8以上の可能性が平時0.1%→0.5% 鹿児島県の最悪被害予想は?

南海トラフ臨時情報「巨大地震注意」とは…地震の予知ではなく「発生確率上昇」を意味 1週間以内にM8以上の可能性が平時0.1%→0.5% 鹿児島県の最悪被害予想は? | 鹿児島のニュース | 南日本新聞
気象庁が8日発表した南海トラフ地震の臨時情報は、地震の予知ではなく、過去の事例から「マグニチュード(М)8~9の巨大地震が起きる確率が通常より高まった」という情報だ。鹿児島地方気象台は「普段より防災意識を高め、同等かそれ以上の地震に注意してほしい」としている。

この臨時情報は1週間後に何事もなく終了となりましたが、ちょうどお盆の時期と重なったため、観光地などでは予約のキャンセルなどの大きな経済的影響が出たようです。となるとこの「1週間」という期間にどのような意味があるのか、どのような根拠で決まっているのかに興味が出てきます。

いつもの基準値をめぐる状況と同じように、1週間の間は「危険」で1週間たてば「安全」というきれいな線引きはできないようです。

本記事では、まず南海トラフ臨時情報とは何かについて簡単にまとめ、「巨大地震の確率が数倍高まった」の意味について解説します。次に1週間の根拠となった自治体へのアンケート結果を紹介しますが、このアンケート結果の解釈はかなり興味深いです。

臨時情報とは?「巨大地震の確率が数倍高まった」のほんとうの意味は?

まずは南海トラフ地震臨時情報について簡単にまとめておきます。「巨大地震の確率が数倍高まった」のほんとうの意味は結構トリッキーです。

南海トラフ沿いで大きな地震(マグニチュード6.8以上)が発生するなどの異常な現象が観測された場合、「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」が開催され、その現象が南海トラフ沿いの大規模な地震と関連するかどうかが評価されます。

評価結果によって以下のように情報が発表されます:
巨大地震注意:モーメントマグニチュード7.0以上(8.0未満)もしくは「ゆっくりすべり(プレート境界が通常の地震よりもゆっくりとすべる現象)」が発生したと評価された場合
巨大地震警戒:モーメントマグニチュード8.0以上と評価された場合
(モーメントマグニチュードは、震源断層のずれの規模を精査して評価される)

気象庁:南海トラフ地震に関連する情報の種類と発表条件

気象庁|南海トラフ地震について | 南海トラフ地震に関連する情報の種類と発表条件
南海トラフ地震に関連する情報の種類と発表条件

今回発表された「巨大地震注意」は以下のものです。モーメントマグニチュードは7.0でした。過去のデータによると、モーメントマグニチュード7.0-8.0の場合に続けてモーメントマグニチュード8.0以上の地震が7日以内に発生する頻度は1437回中6回(約0.4%)でした。

気象庁:南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)

気象庁|南海トラフ地震に関連する情報
気象庁が発表した南海トラフ地震に関連する情報です。

https://www.jma.go.jp/jma/press/2408/08e/NT_202408081945sv.pdf

この0.4%と比較すべき平常時の確率は次のように計算します。まず、現時点で南海トラフ地震は30年以内に70-80%の確率で起こるとされています。30年に365日をかけると10950日になり、1週間(=7日)が1564回あります。この1564回の1週間の間に0.75回(0.7~0.8の中間値)の巨大地震が発生するとした場合、0.75/1564=0.00048で、約0.05%です。

つまり、巨大地震注意が出ている間は、平常時よりも巨大地震の発生確率が8倍程度高くなっていると表せます。もちろん臨時情報が出ている1週間を過ぎるとすぐに平常時の0.05%に戻るわけではなく、ゆっくりと0.4%から0.05%に戻っていくわけです。

ゆっくりと連続的に確率が減るということは、1週間という線引きにはそれほど明確な根拠がないことになります。また、巨大地震注意が出たとしても巨大地震の発生確率はわずか0.4%であり、理論的には99.6%は空振りに終わります。地震予知の難しさが出ている数字ですね。

さらに、比べているものが違うことにも注意が必要です。「巨大地震注意」時の0.4%は南海トラフに限らず実際に連続して地震が発生した確率を指しており、平時の30年で70-80%という数字は南海トラフ地震独自の「時間予測モデル」から推定したものです。この妥当性もいろいろ議論があるようですが、脱線しすぎるのでこの辺にしておきます。

時間予測モデル | 地震本部

南海トラフ地震臨時情報「1週間」の根拠

「巨大地震注意」が発表されると、避難経路や家族との連絡方法の確認、食料・水の備蓄や防災用品の点検などの地震が発生した際の準備をしながら通常の生活を送ることになります。必要に応じて自主避難をすることもあります。

「巨大地震警戒」の場合は、迅速に避難ができない高齢者や津波の浸水区域の住民などは事前避難をします。1週間経過後に「巨大地震注意」に切り替わり、さらに1週間後に平時に戻ります。

Disaster Prevention Response
「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン(第1版)」の概要
https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/pdf/gaiyou.pdf

南海トラフ地震臨時情報の「1週間」の間は「巨大地震の確率が数倍高まる」わけですが、時間の経過とともに確率は徐々に減少していくため、「1週間」という区切りに特別な意味はありません。では、どのように「1週間」が決められたのでしょうか?実は地震発生確率だけではなく、以下のように社会経済の受忍限度が考慮されたようです。

読売新聞:南海トラフ監視強化、なぜ1週間…「避難で体調崩したり社会活動の維持が困難に」

南海トラフ監視強化、なぜ1週間…「避難で体調崩したり社会活動の維持が困難に」
【読売新聞】南海トラフ地震の「臨時情報(巨大地震注意)」が初めて出され、気象庁は注意深く地震活動を監視している。9日時点で異常な変化は観測されていないが、最大級に備え、想定震源域沿いでは引き続き注意が必要だ。同庁は「すぐに発生する可

1週間の理由について、政府の中央防災会議で臨時情報の制度設計に携わった福和伸夫・名古屋大名誉教授は、「避難が1週間を過ぎると体調を崩したり、社会活動の維持が難しくなったりすることを考慮した」と明かす。

この社会の受忍限度がどれくらいかを知るために、政府は2018年に南海トラフ地震の関係自治体707市町村にアンケートを行ったのです。そして「社会的に影響が出るまでの期間としては、「3日程度」、「1週間程度」との回答が多数」という結果を受けて、1週間が決まったようです。

ほぼ空振りに終わることがわかっているのに、あまり警戒・注意期間を長くし過ぎると負の影響が強くなりすぎるので、巨大地震の発生確率とのバランスを考慮したわけですね。

今回は「警戒」ではなく「注意」なので事前避難まではいきませんでしたが、実際に観光地ではホテルのキャンセルが相次いでガラガラになってしまい、大きな経済影響がありました。この損失を誰が負担するのか?ということが実際には重要になってくるでしょう。

「1週間」は自治体の半分で受忍の限度を超えている

ただし、この結果の解釈はウソではありませんがミスリーディングを招いていると私は思います。このアンケート調査の回答結果を見てみましょう

questionnaire
「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン(第1版)」の概要
https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/pdf/gaiyou.pdf

「3日程度」、「1週間程度」との回答が多数という見出しがついていますが、回答が多数かどうかはあまり意味がないです。3日もしくはそれ以上耐えられると回答した自治体はどれくらいか?1週間もしくはそれ以上耐えられると回答した自治体はどれくらいか?の累積を示すべきです。

受忍限度が低いのは「避難生活のストレスに伴う健康問題」ですね。図をぱっと見ると1週間程度まで耐えられる自治体が9割くらいあるように錯覚してしまいます。実際にはグラフの左からではなく右からの累積を見ていく必要があります(右にいくほど長く耐えられるので)。

1週間程度耐えられる自治体は、グラフの右側から1週間程度と回答したところまでの累積で約5割しかありません。同様に3日程度耐えられる自治体は同様に9割くらいです。

つまり、ほとんどの自治体で大きな影響が出ないのは3日までということになります。1週間続くと半分の自治体で大きな影響が出てしまいます。

この結果をもってただちに3日にすべきとなるわけではありません。あくまで巨大地震の発生確率とのバランスになります。ただし、この結果の解釈として「1週間続くと半分の自治体で大きな影響が出る」と書いてしまっていたら、1週間という数字の説得力が落ちていたかもしれません。

本記事で書いたような地震発生確率の意味、1週間の意味などについてのリスクコミュニケーションは今後の大きな課題になってくるでしょう。ここを理解してもらわなければ「本番の巨大地震の前にはかならず臨時情報が出る」、「臨時情報が出ると巨大地震が来る可能性が高い」、「1週間たてば安全になる」という誤解を与えやすくなります。

まとめ:南海トラフ地震臨時情報「1週間」のほんとうの意味

南海トラフ地震臨時情報として「巨大地震注意」が発表されると、1週間は巨大地震の発生確率が平時よりも上昇しますが、平時と注意期間で計算しているものが違うことに注意が必要です。この1週間という期間は地震発生確率の上昇と社会経済の受忍限度のバランスで決定されましたが、実は1週間だと自治体の半分で受忍の限度を超えています。

補足

この1週間の根拠となったアンケート調査の解釈について、以前どこかで見たような、、、と思っていたところ、拙著「基準値のからくり」のバスの運転距離の話と似ていることを思い出しました。

プロのバスドライバーに対して、安全に運転できる最長の距離はどれくらいか?というアンケートをとった結果として、「9割以上が500km以内と答えた」という解釈をまとめました。これを受けてバスの交代運転手を必要とする要件は400km(安全措置を講じる場合は500km)と決まったのです。

ところが、これだと「9割が500kmを安全に運転できる」と勘違いしてしまいがちですが、実際には100~500kmの間のどこかに回答が収まっていたのが9割という結果だったのです(9割の中には100kmしか安全に運転できないと回答した人も含んでいる!)。そして500km以上を安全に運転できると回答したのはわずか15%でした。上記の解釈はウソではありませんがミスリーディングですね。

詳細はぜひ本をご覧ください。

村上道夫、永井孝志、小野恭子、岸本充生:基準値のからくり(講談社ブルーバックス)

https://www.amazon.co.jp/dp/4062578689

コメント

タイトルとURLをコピーしました