要約
「衣食足りて礼節を知る」すなわち、SDGsにおいてもまずは食うに困らない安定した生活基盤があって初めて環境保全などのプラスαの取り組みがうまくいきます。農業においても、大規模農家のほうが環境保全に取り組む余裕が出てくるため結果的に取り組みが進んでいます。
本文:農業×SDGs
農家はSDGsに乗り遅れちゃダメッ!化学合成農薬はダメッ!化学肥料はダメッ!ビニールハウス・トンネル・マルチなどのプラスチックもダメッ!
時代はSDGsですねっ!農業で社会貢献します!環境にやさしい自然農業で頑張ります!
3年後、、、
もう限界です。。。農業では食えないので諦めます。。。
世界、そして日本でもSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)の機運はどんどん高まってきています。これまでに本ブログでも、SDGsの達成度合いと人々の幸福度が高い相関を持っていること、SDGsにおける生物多様性への取り組みって何をすればよいのか、Googleの検索履歴データからSDGsのトレンドを探る、などのことを書いてきました(補足参照)。
農業界においても同様にSDGsに取り組もうという流れが進んでいます。今回は農業×SDGsに注目します。農業×SDGsとなるとすぐに「フードロス」、「環境保全」、「有機農業」などのワードが出てくることが多いと思います。SDGsの17の目標の中では
「13 気候変動に具体的な対策を」
「14 海の豊かさを守ろう」
「15 陸の豊かさも守ろう」
あたりになりますね。
これらに対する取り組みが必要で重要であることはもちろん改めて言うまでもありません。ただし生産現場の視点で見ると、余裕がない中で「ああしろこうしろ」と追加の取り組みを求められても、疲弊が進むだけでそれこそ持続可能性を削いでいると感じることがあります。
一方でSDGsのことを調べていると「衣食足りて礼節を知る」という話が多く出てきます。まずは食うに困らない安定した生活基盤があって初めてそれ以上の取り組みができる、という意味です。
SDGsでは上記の13~15のような環境系の話をすぐにイメージしますが、実のところ安定した生活基盤というのもSDGsの中に組み込まれており、途上国を含む全世界的に見ればむしろそちらのほうが重要と言えます。SDGsの17の目標の中では
「1 貧困をなくそう」
「2 飢餓をゼロに」
「3 全ての人に健康と福祉を」
「4 質の高い教育をみんなに」
「10 人や国の不平等をなくそう」
「16 平和と公正をすべての人に」
などがあります。
(本当は例のアイコンとともに示したいのですが、アレは使用条件がなかなか面倒だったりするので。。)
SDGsの推進においても、まずはこれらの生活基盤が成立した後に13~15番のような環境問題に取り組む、という順番でいかないとうまくいきません。これは農業×SDGsにおいても同様で、新規就農者がまずいきなり自然農業とかではなく、まずは生産技術を高めて農業による生活基盤を整えるのが先ということになりますね。
本記事では、まず実際の農家の方が語るSDGsの理想と現実の話をまとめ、次に農家も規模が大きいほど環境保全への取り組みが進んでいるという研究成果をまとめて紹介します。最後にSDGsにおけるリスクマネジメントの視点を整理します。
SDGsより明日の飯
生産現場の視点においては環境問題に対応する余裕がなかなかないということを先ほど書きましたが、その視点で参考になる情報がありました。Voicyという音声配信プラットフォーム(YouTubeの音声だけ版のようなもの)で、農家の方が発信を続けているチャンネルがあります。
農業で自由を手にするラジオ とまたろう@脱サラ就農6年目:SDGsより明日の飯【農業の理想と現実】
内容を勝手に要約すると以下のようになります:
- 野菜の価格が落ち込んだ際に出荷せずに廃棄するのはもったいないのでは?という話をされるが、出荷経費を考えると出荷するだけ赤字であり、畑にすきこんだほうがまし
- 環境保全はもちろん重要であるが、それでも明日の飯の方が大事
- 若い新規就農者は社会問題への取り組みに関して理想に燃えてやってくるものの、有機・自然農業などをやっても収量も低く見た目の悪いものは売れないため収益が上がらず、結局農業で食っていけない
- 外野は理想を押しつけるだけではなく、お金を出して環境保全をやっている農家を支援してほしい(野菜などを高い価格で買ってほしい)
- 農家はもっと情報発信しなきゃいけない。農家と消費者の相互理解が必要。
ぜひVoicyのほうも聴いてほしいのですが、実際の農家の方による発信なので現実がよくわかります。まずは本業で食っていけるようになること(してあげること)が最初で、環境への取り組みはその後、という順番であるべきなのですが、最初から環境に取り組むことを目的に農業を始めてもなかなか難しいのが現実でしょう。
また、最後にある農家と消費者の相互理解が必要という点については、リスクコミュニケーションと同じだと思います。今後はそのようなプロセスが重要となるでしょう。
企業も農家も規模が大きいほど環境へ取り組んでいる
生産現場の視点から、まず本業で食っていけるようになることが最初で、環境への取り組みはその後という順番であるべきだ、ということを書きました。ただし、本業で食っていけるようになったらちゃんと環境に取り組んでくれるのか、疑問に思う方もいるかと思います。
まず、企業における環境への取り組みから見ていきましょう。2021年にブランド総合研究所が実施した「企業版SDGs調査2021」によるSDGsの取り組みの評価が高い企業ランキングを見ると、調査対象は大企業ですがその中でも上位10位は以下のような業界のトップ企業ばかりでした:
トヨタ自動車、ユニクロ、サントリー、日清食品、イオン、日産自動車、ENEOS、スターバックス、ハウス食品、ヤマト運輸
ダイヤモンドオンライン:SDGsへの取り組みの評価が高い企業ランキング2021【全100位・完全版】
ランキングの妥当性はひとまず置いておくとして、本業で儲けるほどにSDGsに取り組む余裕も出てくるという傾向はわかるかと思います。
次に農業においてもそのような傾向があるのかどうか、国内における環境保全型農業の取り組み要因を解析したいくつかの研究事例を見ていくことにしましょう。文献情報は記事最後の補足に書いてあります。
- 2000年の農業センサスデータを用いた研究では、環境保全型農業の取り組み割合が高い農家の特徴として、専従者がいるなどの投入労働力が多い、大規模経営、野菜作、複合経営などがあると報告されている(藤栄 2003)
- 2010年の農林業センサスデータを用いた別の研究においても、中規模で多部門展開をしている経営体、若年・専従労働力の存在、夏季に十分な降水と日照がある地域、という要因が環境保全型農業への取り組み割合を増やすことが報告されている(松浦ら 2016)
- 滋賀県の「環境こだわり農業」の認定農家は、慣行農家と比較して経営規模が大きい、専業農家の割合が高いなどの特徴がある(一方で環境認識には違いがない)と報告されている(黒澤ら 2005)
- 島根県の事例では、中山間地に立地、経営面積が大きい、生活維持の機能にあたる集落活動の実施、という要因が環境保全型農業の取り組みと関連があると報告されている(井上ら 2014)
- 農家へのアンケート調査の結果、専業・大規模を特徴とするグループで環境保全型農業(特に生物多様性関連)の取り組み割合が高いことが報告されている(永井 2021)
このような結果からも、本業の農業できちんと儲けることができ、規模を拡大し、雇用している人に作業を任せられるようになる、などの状況になると環境保全などの取り組みにプラスになることがわかります。
SDGsにもリスクマネジメントの視点が必要
ということで、SDGsは農業による稼ぎに余裕が出てきたらやります、ということでよいのでしょうか?「リスクマネジメント」の観点からは、そのような姿勢だけではマズイと言えます。
良くも悪くも「ブーム」は大きな社会の動きを作り出します。社会のSDGsブームに対する備えも考えておくべきでしょう。例えば、農薬やプラスチックなどの規制強化が突然政治主導で出てくる事態などを想定し、その場合に自分たちの行っている農業にどのような影響が出るかをあらかじめイメージしておく必要があります。つまりは「SDGsリスク」への対応ということですね。
また上で紹介したように、大企業ほどSDGsへの取り組みが進んでいるため、例えばイオンなど食品を扱う企業の川上にある農業においても、取引先としてGAPなどの取り組みを求められるようになります。このことは本ブログの過去記事「生物多様性への取り組みって何すればいいの?と悩んだ時の3つの戦略」にも書きました(リンクは補足参照)。
そういう意味では、いきなりSDGsで有機だの何だのではなくて、農業のリスクマネジメント体系であるGAPの取り組みはオススメですね。これもいきなり負担の大きいグローバルGAP認証取得とかではなく、GAP規範などに基づいて無理なくできるところから少しずつレベルアップしていけばよいでしょう。
最近(2021年11月~)になり、農林水産省が「国際水準GAP推進検討会」を開催しています。この国際水準GAP推進検討会(第3回)の「資料2 我が国における国際水準GAPの推進方策(案)」という7ページの文章の中に、SDGsという言葉がなんと17回も出てきます。ということで、「農業×SDGs」の流れではGAPがますます要注目になるでしょう。
農林水産省:国際水準GAP推進検討会について(令和3年11月~)
まとめ:農業×SDGs
農業界においても同様にSDGsに取り組もうという流れが進んでいますが、新規就農者がいきなり環境保全に取り組んでもうまくいかない現実があります。むしろ基盤が安定している大規模農家のほうが環境保全に取り組む余裕が出てくるため、結果的に取り組みが進みます。要するに「衣食足りて礼節を知る」ということで、まずは食うに困らない安定した生活基盤があって初めてそれ以上の取り組みがうまくいきます。
補足
本ブログでこれまでに書いたSDGs系の記事
参考文献:
藤栄剛 (2003) 広がる環境保全型農業. 農林水産政策研究所レビュー, 7:16-21. https://www.maff.go.jp/primaff/kanko/review/attach/pdf/030320_pr07_04.pdf
松浦実千代, 氏家清和, 納口るり子 (2016) 環境保全型農業の取り組みに関するデータマイニング的分析―茨城県内農林業センサスメッシュ化データによる重回帰分析―. 農業経済研究, 87:359-364.
黒澤美幸, 手塚哲央 (2005) 地域環境の改善を目的とした環境保全型農業への取り組み農家の意識分析 滋賀県の環境こだわり農業を対象として. 農村計画論文集, 24:S61-S66.
井上憲一, 竹山孝治, 藤栄剛, 八木洋憲 (2014) 集落営農組織における環境保全型農法導入の規定要因. 食農資源経済論集, 652:1-11.
永井孝志 (2021) 各種環境保全型農業の取り組みに関する生産者の特性分析と類型化. 農研機構研究報告, 6, 43-52
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