要約
とあるニュースが震災による死者数の男女差を問題視しています。そこで、人口動態調査のデータを用いて1995年(阪神淡路大震災)と2011年(東日本大震災)における震災による死亡リスクを算出し、年代別・男女別に示して比較してみました。
本文:震災における死亡リスクの男女差
最近気になったニュースとして、震災による死者数の男女差を問題視する記事が神戸新聞に掲載されてました。
神戸新聞:<+967 災害と女性>震災死者、女性なぜ多い 阪神・淡路、語られぬ性差
震災の死者は6434人に上る。うち兵庫県内は6402人。性別不明の9人を除くと、男性2713人に対し、女性は3680人。女性が「967人」も多い。
(中略)
「1人暮らしの高齢女性や母子家庭世帯など、弱い家に住まざるを得なかった人たちに被害が集中した結果とも考えられる」
この記事の意図はイマイチよくわかりませんが、男女差別の構造を指摘しているようにも見えてしまいます(そのようにはっきりと書いているわけではありません)。
実は以前に朝日新聞が同じような記事を書いており、その際には社民党副党首の大椿ゆうこ氏が「この国の性差別構造が、その死をもたらした背景にある」と反応しました。
朝日新聞:(天声人語)災害と女性の28年
神戸新聞の記事では、女性のほうが人口が多かったから、女性のほうが体力がないから、という理由ではないと書かれています。
本ブログではこれまで「人口10万人あたりの年間死者数」をリスク指標としてリスク比較を多数行ってきました。そこで、これに関しても実際にリスクを比較して確かめてみる必要があるでしょう。
そこで本記事では、いつもの人口動態調査のデータを用いて1995年(阪神淡路大震災)と2011年(東日本大震災)における震災による死亡リスクを算出して比較した結果を示します。
震災による年齢別・男女別の死亡率の計算方法
まずは震災による年齢別・男女別の死亡率(人口10万人あたりの年間死者数)の数字を探しましょう。まずはいつもの人口動態調査を使って、1995年の阪神淡路大震災と2011年の東日本大震災による死亡率を調べてみます。
e-stat: 人口動態調査
人口動態統計 -> 死亡 -> 年次から、各年度の5-16表(性・年齢別にみた死因簡単分類別死亡率(人口10万対))をダウンロードします。
震災による死者は「その他不慮の事故」に区分されているようです。ただし、この区分の死亡率は震災以外の「その他不慮の事故全般」が含まれているため、その分を差し引く必要があります。
よって、各震災の前年度(1994年と2010年)の死亡率を震災以外の「その他不慮の事故全般」による死亡率とみなして、それを1995年、2011年の死亡率から差し引くことにします。
(本来は過去数年の死亡率のトレンドから計算すべきなのですが、今回はざっくりと傾向がわかればよいので簡単に前年度のデータのみを用います)
この引き算の結果、震災による死者数は1995年で約5500人、2011年で約18000人と計算され、おおむね妥当な数字であるとみなします。
震災による年齢別・男女別の死亡率の特徴
震災による年齢別・男女別の死亡率の特徴を以下に図示します。まずは阪神淡路大震災の死亡率からです。
まず、高齢になるほど死亡率が高くなる傾向がはっきりとわかります。阪神淡路大震災では家屋の倒壊による死者が多く、古い家に住んでいる人が多数亡くなっています。高齢者は古い家に住んでいる人が多かったことが原因と考えられます。ただし、20-24歳の死亡率がその前後よりも少し高くなっているのも気になります。
男女差を見ていくと、70代ではたしかに男性よりも女性の死亡率の高さが目立ちます。ただし、それ以上に80代以上で男性の死亡率が高いほうがさらに目立ちますね。これを見ると「女性のほうが震災で死にやすい」という結論は出てこないでしょう。
次に東日本大震災の死亡率を見てみましょう。
阪神淡路大震災と同様に高齢になるほど死亡率が高くなっています。東日本大震災では家屋の倒壊よりも津波による死者が大多数でした。高齢で足腰が弱っている人は津波から逃げ遅れることが多かったと考えられます。また、0歳児(特に男児)は30代以下と比べて死亡率が高くなっています。この理由は簡単には説明がつかなさそうですが、(男児の?)赤ちゃんを連れて急いで逃げることが困難であった可能性があります。
男女差を見ていくと、0歳児を除くと60代以下では男女差があまり明確ではありませんが、70代以上では男性のほうが死亡率が高くなります。この結果を見ても「女性のほうが震災で死にやすい」とはならないようですね。
震災の死亡リスクからわかること
上記のデータからわかることは、震災の死亡リスクは年代差が大きく、男女差は年代差に比べればわずかなものである、ということですね。問題にするべきなのは男女差よりも年代差ということになるでしょう。
阪神淡路大震災では、高齢者は古い家に住んでいることが多いことに加えて、高齢者は1階に住んでいることが多く、建物の下敷きになりやすかったとも言われています。20-24歳の死亡率が高いのは、学生などが経済的な事情から古い家に住んでいることが多かったから、と考えられているようです(以下参照)。
鈴木、和泉 (1995) 阪神・淡路大震災による死者の特性分析. 地域安全学会論文報告集 471-478
今回解析したデータではわかりませんでしたが、阪神淡路大震災では高齢者以外にも低所得者と外国人の死亡リスクも高かったようです(以下参照)。震災の死者数の男女差が差別構造によるものなのであれば、これも外国人差別ということなのでしょうか?
内閣府防災情報:阪神・淡路大震災教訓情報資料集阪神・淡路大震災教訓情報資料集 1.第1期・初動対応(地震発生後初期72時間を中心として) 【02】人的被害
https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/hanshin_awaji/download/pdf/1-1-2.pdf
ではなぜ冒頭のニュースでは女性の死者数の多さが問題視されたのでしょうか?これは、高齢者は女性のほうが人口が多いため、死者数で見ると女性のほうが高くなり、人口あたりの死者数(死亡率)で見ると人口の男女差が補正されることが原因です。
なぜ高齢者は女性のほうが人口が多いのかと言うと、一般的に男性のほうが早死にするからですね。震災の前にすでに死んでいるわけです。さらには1995年の70-79歳は終戦時(1945年)に20-29歳なので、この年代の男は戦争でかなり死んでいると思われます。
このように、数で見るか割合で見るかによって結論が変わることに注意が必要です。ニュースなどではこの違いを利用して自分たちの都合のよい方向にデータを使うことがあります。ニュースを見る際には数が出てきたら割合を考え、割合が出てきたら数を考えるのが非常に有効です。
まとめ:震災における死亡リスクの男女差
人口動態調査のデータを用いて1995年(阪神淡路大震災)と2011年(東日本大震災)における震災による死亡リスクを算出し、年代別・男女別に示しました。基本的に高齢になるほど死亡リスクは増加し、男性のほうが死亡率が高い傾向がありました。男女差別の構造があるという解釈は誤りでしょう。
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