要約
PFASの血液検査を受けるべきか?という問いに対して、公衆衛生的な視点とはまた別の個人的動機について考察するために、PFASの血液検査とそれに伴う住民説明会を行った自治体における住民説明会の質疑を解析しました(後編)。これはリスクコミュニケーションの記録として貴重なものと考えられます。
本文:住民説明会の質疑の解析 後編
PFASの血液検査の意義についての記事その3になります。その1では血液中PFAS濃度の基準値の導出根拠について詳しく解説しました。

ただし、「それでも血液検査を受けるべきか?」という問いに対して、公衆衛生的な視点とはまた別の個人的動機があるのでは?という点について、吉備中央町の住民説明会の資料を元に深掘りすることにしました。
吉備中央町:円城浄水場健康影響に関する住民説明会
これはリスクコミュニケーションの記録として非常に貴重なものと考えられます。これらの住民説明会の内容と質疑について解析することにより、血液検査を行う動機について考える土台としてみます。
2025年11月の時点で4回の説明会があり、ボリュームが多いので前編と後編に分けて解析し、前回の記事にて最初の2回分をまとめました。今回はその後編部分になり、後の2回分をまとめます。

説明会3
2025年2月、住民らのPFAS血液検査の結果を報告する「円城浄水場健康影響に関する住民説明会」が開かれました。
吉備中央町における有機フッ素化合物による健康影響調査結果(血中濃度検査結果)
https://www.town.kibichuo.lg.jp/uploaded/attachment/11481.pdf
質疑応答一覧
https://www.town.kibichuo.lg.jp/uploaded/attachment/11709.pdf
非飲水者20名、円城地区住民以外飲水者188名、円城地区住民521名の血液検査を行ったところ、PFOA血中濃度の中央値は非飲水者で3.0ng/ml、円城地区住民以外飲水者で14.2ng/ml、円城地区住民で156ng/mlとなりました。PFOA以外のPFASは3つのグループでほぼ同じでした。
また、5年後をめどに再検査を行い、血中濃度が減少しているかどうかを確認する予定であることが説明されました。
質問は53件あり、前回と同様にAIにより5つのグループに整理しました。使用したプロンプトは記事最後の付録に記載しています。
| No. | トピック | 内容のまとめ | 該当する質問・意見の数 |
| 1 | PFASの科学的性質と排出、および調査体制 | PFASを自然排出以外で下げる方法(薬、献血)についての科学的な質問と、それに対する回答(PFOAでは研究されていない、献血は貧血を招く可能性から勧められない)が含まれます。半減期(3〜8年)の解釈に関する質問や、血中濃度が平均20ng/ml以下になるまでの期間の推測(15〜20年ほど)が示されています。また、非曝露住民との比較調査の実施や、住民の許可が得られれば生化学データ等の公表を行う予定であること、PFAS対策予算や担当者の増員の要望、PFAS外来設置や医療費補助に関する質問が含まれます。 | 14 |
| 2 | 血液検査(血中濃度)の意義、対象、および実施方法 | 血液検査の結果について、浄水器の効果や年齢による違い、結果の予測に関する質問があります。特に、採血が難しい2歳以下の子どもの検査の時期や、検査間隔(5年後)が適切かどうか、より短い期間でのサンプル検査の実施可能性について議論されています。また、血液検査はしないのかという質問や、献血等で血中濃度を下げる方法を議論すべきという要望も含まれています。 | 10 |
| 3 | 健康影響の分析、調査項目の拡大、および追跡調査 | 特定健診データだけでは捉えきれない広範な健康影響の調査に関する要望が中心です。高コレステロール血症の地区間の比較検証予定、腎エコーや腎臓を調べる必要性、心疾患への影響調査、発がん性に関するIARCの評価についての意見が含まれます。特に小児科医として、出生票のデータ(体重、週数など)や乳幼児健診、学校健診のデータを用いて子どものPFAS曝露影響を追跡調査する予定であることが示されています。特定健診に甲状腺機能検査を追加することの検討も行われています。 | 10 |
| 4 | 町の対応、情報公開、および住民との信頼関係 | 検査結果を報道を通じて知り、精神的ケアの観点からも住民ファーストの順番ではないことへの批判が強く寄せられています。町が3年間供給し続けた責任を重く受け止め、誠意をもって対応することが求められています。また、役場内での情報共有の不足や、住民の希望を伝える機会の欠如、全て町長が決めているのではないかという不満があります。今後は地域住民を加えた会の設置などを検討し、住民参加の終身検査体制を作ることが要望されています。行政文書の半永久的な保存の方針が示されています。 | 10 |
| 5 | 汚染源の特定、責任追及、および補償 | PFOA汚染が始まった時期を特定したいという強い要望があり、過去の曝露を評価できる検体(へその緒など)を集める可能性や、血中濃度からの推測、または別の検体の利用を検討していることが示されています。汚染源企業が分かっているため、損害賠償を引き出すよう対策をとるべきという意見や、原因究明部会と協力して対応する方針が示されています。また、活性炭業者の近くなど、他の地域の採血の必要性についても質問されています。 | 8 |
前半の2回の説明会では血液検査への要望が多かったのですが、今回は実際に血液検査を行った後の説明会となりました。目立つのは献血などで血を抜くことでPFASの濃度を下げられないのか?などの質問でした。誰かがこのような危ない(どう考えてもデメリットの方が大きい)情報を流しているのでしょうね。
半減期が3~8年であるため、5年後をめどに再検査の予定が示されていますが、それでは長すぎるなどの要望もあります。高頻度で検査しても下がるわけではないので、要望の一つにもあるように精神的なケアなども重要になるのでしょう。他には腎臓がんなどの検査の要望や、汚染開始時期の特定の要望などもありました。
説明会4
2025年5月、PFAS血中濃度と健康調査の関係を解析した結果を報告する「健康調査票や有機フッ素化合物(PFAS)血中濃度から得られる情報に関する分析(令和7年4月末までの分析結果)に係る住民説明会」が開かれました。
説明会配布資料
https://www.town.kibichuo.lg.jp/uploaded/attachment/11843.pdf
質疑応答概要
https://www.town.kibichuo.lg.jp/uploaded/attachment/11947.pdf
上記の説明会3の時点で報告された血中濃度と、それぞれの住民の健康調査の結果との関係を解析した結果が報告されました。飲水者1019名と非飲水者1613名において、コレステロール値の異常(脂質異常症)や各種がんなどの発症率を比較した結果、すべての疾患において有意差は見られませんでした。また、早産・低出生体重児の比較においても有意差はありませんでした。
さらに、血中PFOA濃度の値で5グループに分け、コレルテロール値など血液検査結果との相関を解析した結果、脂質、肝機能、甲状腺などのすべての項目で有意な相関はありませんでした。ただし、「健康への影響はないと断定したものではない」として、今後も解析を続けて定期的に報告を続けると説明されました。
質問は26件あり、同様にAIにより5つのグループに整理しました。
| No. | トピック名 | 内容のまとめ | 該当する質問・意見の数 |
| 1 | データ収集と調査手法の検討 | 今後の調査におけるデータ収集方法(既存資料の利用、新規調査票の作成、血液検査の追加など)に関する質問が多く寄せられています。特に、国民健康保険や後期高齢者医療制度以外の加入者(社会保険、共済組合など)や65歳未満の若年層のデータ(レセプト情報や健診データ)をどのように取得するかが課題として挙げられています。また、自己申告による調査票の信頼性や、へその緒を用いた曝露調査の可能性についても問われています。非飲水者に対する調査の回答率の低さへの懸念や、住民の意見を反映した新たな調査票作成の要望もあります。 | 9 |
| 2 | 曝露状況の把握と飲水者の定義 | 調査対象者の曝露状況や属性をより詳細に把握し、データの信頼性を高めることへの関心が高いです。飲水者と非飲水者の定義や区分け(例:円城地区在住者、円城地区外飲水者、飲んだ量、一時的な飲水者)の妥当性が問われており、血中濃度を加味した解析の必要性が示されています。また、何年間にわたって高濃度のPFOAを摂取していたか、転居歴や飲水量の情報をどう評価するかなど、曝露期間の把握についても質問がありました 。 | 5 |
| 3 | 住民の健康対策と検査の継続性 | 住民の健康を守るための具体的な検査やフォローアップ体制に関する意見です。特に、子どもの血液検査について、採血の難しさや、健診の機会がないことを考慮し、積極的に検査を受ける体制を整えるべきとの要望があります。また、腎臓がんの早期発見のため、腎エコー検査を健診に加えるべきではないかという提案や、甲状腺機能検査を男性も含めて継続的に実施する必要性が指摘されています。健康追跡の期間(5年スパンの妥当性)についても再検討を求める声が上がっています。 | 5 |
| 4 | 倫理的課題と町の責任・長期計画 | PFAS高濃度住民の献血に関する倫理的判断(被害者が加害者にならないか)や、社会貢献としての献血と個人の不安とのバランスについて見解が求められています。また、調査結果に基づく情報発信において、「関連がない」といった誤った情報や断定的な表現を避けるべきという強い警告も含まれています。さらに、水問題における町の不手際を反省し、今後ちゃんとした体制で行政が運営されるかどうか、住民の不安を軽減するための長期的な水・土壌汚染対策の目標と実施時期についても質問が寄せられています。 | 5 |
| 5 | 健康影響の分析と疫学調査の厳密化 | 疫学調査の妥当性を高めるための詳細な分析手法に関する要望が集まっています。具体的には、薬物治療を受けている人を除外せず解析すること、あるいは治療期間を反映させるなど、より細かくデータを反映させる必要性が指摘されています。また、腎臓がんなどの既往歴の数値について、飲水者・非飲水者間の比較だけでなく、吉備中央町の一般的な数値と比較して評価するべきかどうかが問われています。さらに、PFASと皮膚疾患(アトピーや術後の治り具合など)の関連性についても知見が求められています。 | 4 |
全体的には、PFASと健康調査項目の間に統計的有意な関係がないという結果に対する不満が高いことがわかります。今回の解析ではあれが考慮されていない、これが考慮されていない、だから関係がないという結果は間違いだ、という論調が多いですね。関係がないという結果はうれしい結果だと思うのですが、そこに不満を持つ心理は何なのか、さらに考察が必要です。
再び検査の意義について
今回のシリーズ記事において、その1ではPFASの血液検査について個人的なメリットは見いだせないことを書きました。集団としての曝露量とその推移を把握する意味はありますので、希望者全員ではなくサンプリング検査で十分でした。
一方で、個人の血液検査には以下のようなデメリットがあることも書きました(1番目はすでに曝露源が除去されているのであてはまりませんが):
1.そもそも何に由来するかがわからないので、何を減らせば曝露が減るかがわからない
2.体調不良などの原因がPFASなのかどうかがわからないので、そもそも曝露量を減らすべきかどうかもわからない
3.追加の検査などの不必要な負荷を与え、精神的な不安も与えてしまう
それでも今回2回に分けて住民説明会における質問・要望を解析したところ、血液検査に対する非常に強い要望があり、検査を受けてもなおさらに様々な要望が追加されることが示されました。さらなる検査・解析を追及すると3番目のデメリットが大きくなりすぎてしまいます。
本ブログの過去記事では、無症状の人がコロナの検査を受ける意義について、公衆衛生的には意味がないが、検査受けて安心したい個人の動機があり、これが対立構造になっていることを書いています。

今回のケースも同様の対立構造になっていると考えられます。原発事故後の放射性物質の全量検査や甲状腺がんのスクリーニング検査なども同様の問題を抱えていました。このような価値観の対立の中身を明らかにしておいた方が議論のすれ違いが少なくなりそうです。
もう一つの視点は住民から町への責任追及の話です。汚染を放置した町や汚染物を廃棄した企業の責任は重大ですので、責任の追及はしっかりと行うべきです。ただし、責任追及と健康リスクの件がごちゃ混ぜになる、すなわち「責任追及=健康リスクがあると認めさせること」となってしまうと、これも議論のすれ違いの原因となるでしょう。
血液検査や将来にわたる健康調査の費用を町が出すことで責任を取らせ、気が済む人もいることでしょう。また、PFAS血中濃度が高いことでさらに責任追及のこぶしを高く上げ、訴訟や補償の要求に進む人もいることでしょう。
そこで、「健康影響は検出できない」という町側が提示する結果が、住民側の責任追及の姿勢に対抗しているように見えてしまいます。責任追及と健康リスクの話を分離しないと対立構造が解消されません。
健康リスクはたいしたことがなさそうだ、それはそれと受け入れたうえで、それとは別に町と企業の責任はきちんと追及する、という方向に進むべきではないかと思われます。
まとめ:住民説明会の質疑の解析 後編
水道水中PFOS・PFOAの基準値を超過していた地域の住民の希望者に対して行った健康調査やPFASの血液検査に伴う住民説明会の内容を整理しました。PFASと健康調査項目の間に統計的有意な関係がないという結果を受け入れられない状況が見れとれます。この原因として、検査を受けさせることや、健康影響があることを認めさせることが町への責任追及になっている可能性が考えられました。
補足
質問をグルーピングするために、質疑のPDFファイルをNotebookLMに読み込ませ、以下のプロンプトで整理しました。
質問・意見について、5つのトピックにグルーピングし、その5つのトピック毎に内容をまとめて整理してください。さらに、トピック毎に該当する質問・意見の数も併せて整理してください。
PFASの各種基準値については、講談社ブルーバックス「世界は基準値でできている」の第9章「PFASの基準値―世界から追われる嫌われ者」に詳細が記載されています。

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