要約
いいことした分だけ悪いことをしたくなる心理的効果の「免罪符効果」についてまとめました。コロナ対策でも何か対策をやった分だけ他の対策をさぼってしまったり、自分が対策をやった分だけ感染者に差別的感情を抱いたりということが考えられます。感染防止対策の目的と道徳的な善悪を切り離すことが重要です。
本文:コロナ禍における免罪符効果
店舗や職場の入り口でタブレット端末を用いたサーマルカメラを設置して体温をチェックするなどの感染防止対策が進んでいます。ああいうのって結構目立つので「何か対策をやった」気分になりますよね。「ウチは対策やってます」というアピールにはもってこいです。ただ、35℃台とか普通に出てきたりするので私はほとんど信用していません。気分だけの対策ですね。
一方で、三密回避:会食中でも話すときはマスク・5人以上で集まらない・定期的に換気、などの本当に重要な対策はあまり目立ちません、というかやらなくてもバレにくいです。
私が気になるのは、この二つ(気分だけだが目立つ対策と重要だが目立たない対策)にどういう関係があるのか、ということです。つまり、サーマルカメラを設置しているから、他の(本当に重要な)対策はちょっとくらいおろそかでも大丈夫だよね、などという誤った安心感が生まれてこないかどうか、ということを心配しています。気分的にはプラマイゼロでも、やっているのは効果の怪しい対策ばかりで重要な対策がおろそかになれば、感染防止的にはかなりのマイナスです。
目立つ or 目立ちにくいというところもポイント化もしれません。良いことをしていることが目立つ、良いことをしてなくてもバレにくい、というのはモラルハザードの一種である道徳心の欠如に結び付きやすいです。
本記事では、このようないいことした分だけ悪いことをしたくなる心理的効果である「免罪符効果」についてまとめてみます。免罪符効果の説明、コロナ禍における免罪符効果、免罪符効果の防ぎ方の順で書いていきます。
免罪符効果とは
免罪符効果(もしくはモラルライセンシング、英語ではmoral lisencing)とは一言でいうと、いいことした分だけ悪いことをしたくなる心理のことです。例えば、今日はジョギングをしたのでいつもよりお酒をたくさん飲んでも大丈夫と思ってしまったりします。昨日はお菓子を我慢したので今日はその分たくさん食べても大丈夫、というのも同じです。行動等においてプラスマイナスゼロという一貫性を常に保っていたい欲求に由来するようです。
モラルという言葉からきているように道徳心と大きく関係があります。道徳的に善い行動をとる人ほど、自身の非道徳的な行動も正当化しやすくなります。例えば以下のように差別的行動に表れます:
・学生を被験者とした実験で、ダイバーシティ研修の動画を見せて高齢者を不利に扱わないように求めると、その後かえって高齢の求職者に厳しい評価を下す傾向が強まった
・2008年のアメリカ大統領選挙でオバマを支持する表明をした人は、その後黒人を差別する確率が高まった
あとは会社の経営者で、自分の力で会社をたくさんもうけさせてやったのだから、ちょっとくらい会社の金を使い込んでも正当化されるなどの主張をする人もいますね。
面白い例としては、有機食品を食べる人は自分自身を道徳的に優れた人間だと考えて、その分ボランティアをする時間が減ったり、他の人を断罪しやすくなるなどの研究もあります。
リスクの文脈においては、リスク補償・リスクホメオスタシスなどの用語で語られることもあります。例えば自動車保険に入っているから、ABSがついいているから、エアバッグがついているから、などの理由で危険な運転をしても大丈夫と思ってしまう傾向があったりします。
コロナ禍における免罪符効果
冒頭に書いたように、何か対策をしているといいことをした気分になり、その分だけ他をさぼってもOKという心理に傾きがちになります。例えば:
・昨日は感染防止対策を頑張ったから今日くらいは緩めてもOK
・マスクをしているから鼻くらい出してもOK
・空気清浄機を置いたから換気は不要
・手洗いしてるし、換気もしてるからマスクは不要
・PCR検査したから飲み会OK
ネットで見つけた面白い例では、米国ジョージア州の調査で、前の週はみんながstayhomeしていたという情報を与えられたグループは、そうでないグループよりもより外出しようとする傾向が強まった、というものがあります。情報提供って本当に難しいものです。(みんなが〇〇している、という情報への反応は日本人とアメリカ人では違うかもしれませんね)
また、コロナをめぐる差別・偏見でも免罪符効果は起こるのではないかと思います。「道徳的に善い行為が差別・偏見を正当化する」なんて言われたら私は頭をガツンと殴られたように感じます。
自分は政府に言われるとおりにstayhomeを守っているのだから、gotoする奴を批判し、感染した奴に対して差別・偏見をしても良いのだ、と感じてしまったりはしないでしょうか。
これは道徳教育に対して大きな問題を投げかけています。上記のダイバーシティ研修の例でも、研修を受けるとそれでいいことをした気分になり、その分だけ差別を正当化してしまうことが示されています。
本ブログでも以前の記事で、「病気になるのは自己責任」という考え方がコロナ感染者への差別や誹謗中傷の根本になっていることを解説しました。
また、stayhomeによって感染拡大防止に貢献する人、gotoして地域の経済を守ることに貢献する人と、お互いの選択を認め合うことも必要になります。
免罪符効果を防ぐにはどうしたらよいか
怪しい心理学ブログにならないように、こういうことはあまり長々書かないようにしますが、2点ほどポイントを挙げてみます。
1.免罪符効果を知ること
まずは免罪符効果を知ることなしには何が問題なのかに気が付きません。知っていると、「〇〇したから××してもいいよね」という気持ちになったときに、あっこれはまずい、などと気付くようになります(常にではないでしょうけど)。ダイバーシティ研修などの道徳教育的な場面でも、免罪符効果があることを示して、研修を受けて良いことした気にならないように、とクギを刺したほうが良いかもしれません。
2.本来の目標を再確認すること
それぞれの行動には本来の目的があったはずです。これが道徳上の問題と結びついたときに免罪符効果が起こりやすくなります。逆に言うと道徳的の善い悪いと切り離すことが重要で、そのためには本来の目的を思い出すことです。
stayhomeする人は 、自分が感染したり家族にうつしたくないからstayhomeしているのであって、道徳的に善い行為だからやっているわけではない、と本来の目的を再確認すれば、gotoする人を批判することは目的と反していることを自覚できます。逆に「私は善い行いをしているんだ」という道徳的な思いが強くなると、善い行いをしていない人に対して腹が立ちます。そこを目的からうまく分離しないといけないようです。
冒頭のサーマルカメラの設置も、対策してますアピールのためと考えてしまうとその分アピールにならない対策をおろそかにしてしまうので、本来の感染防止という目的を忘れないようにしたいですね。
ところで、コロナ対策における免罪符効果を検証した論文もありました。これによると、マスクをしたからといって手指衛生に悪影響を与えるというエビデンスはなく、マスクなどの介入をためらう必要はないと結論付けられています。
Mantzari et al. (2020) Is risk compensation threatening public health in the covid-19 pandemic?
BMJ 2020;370:m2913
このように、免罪符効果が起こるかどうかはケースバイケースっぽいので、どういう場合には起こりやすい・起こりにくい、その場合なぜは起こりやすい・起こりにくいか、みたいなことが整理されると良いのかもしれません(この論文では免罪符効果そのものに否定的ですが)。
まとめ:コロナ禍における免罪符効果
いいことした分だけ悪いことをしたくなる心理的効果である「免罪符効果」についてまとめました。何か対策をやった分だけ他の対策をさぼってしまうようなことが起こってしまうと感染防止につながりません。さらには自分は対策をしっかりやっているのだから感染した人に対して差別・偏見をしても良いのだ、という心理もコロナ禍の特徴と考えられます。これを防ぐには本来の感染防止対策の目的を見失わないようにし、道徳的に善い悪いという思いと切り離すことが重要となります。
補足
免罪符効果を知ったきっかけは、職場でダイバーシティ推進を担当していたときに読んだ本「WORK DESIGN(ワークデザイン):行動経済学でジェンダー格差を克服する」です。ダイバーシティ研修や黒人差別の話もこの本がネタ元です。
ダイバーシティ推進は少なくとも日本ではエビデンスのフロンティア(未開拓の意)です。この本には驚くようなエビデンスがたくさん載っていてめちゃおもろしいですよ。
男性に対しては能力が高いほど好感度も増すが女性に対してはその逆であるとか(女性なのにこんなに活躍するなんてよっぽど性格が悪いに違いないなどと思われる)、スピーチ会場にヒラリー・クリントン氏の写真を貼るだけで女子学生のスピーチが上手になるとか(ロールモデルの効果)、こんなことをちゃんとランダム化比較試験で確かめていたりするので侮れません。
こんな感じのダイバーシティ推進に関するエビデンス集を作って職場で発表したら大変好評でした。
また、有機食品や交通事故の免罪符効果については以下のような論文がありました(有機食品の方は本文にアクセスできず)。
Eskine (2012) Wholesome Foods and Wholesome Morals?: Organic Foods Reduce Prosocial Behavior and Harshen Moral Judgments.
Social Psychological and Personality Science, 4, 251-254
芳賀 (2009) 安全技術では事故を減らせない-リスク補償行動とホメオスタシス理論-
電子情報通信学会技術研究報告, 109(151), 9-11 https://www2.rikkyo.ac.jp/~haga/files/sice_sss2009.pdf
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