要約
熱中症は高齢者による自宅での発生が多いため、エアコンの故障や停電は熱中症のリスクを上げる致命的な要因となります。市民レベルでできることとして、エアコンは10年以上経過したら故障する前に交換し、台風の予報をみてから事前に停電時の準備をしておくことがポイントでしょう。
本文:熱中症のマルチリスク
前回の記事にて熱中症の死亡リスクを計算し、コロナウイルスとのリスク比較から夏場のコロナ対策と熱中症対策のトレードオフについて考えてみました。
高齢者による自宅での発生が多いので、エアコンによる室温調整とこまめな水分補給による対策が重要になります。ところが、普段はエアコンと水分補給により熱中症対策に気を付けていても、熱中症とは異なるリスクが原因となり、間接的に熱中症のリスクを高めることも想定されます。例えば、
エアコン故障->熱中症
台風->停電->熱中症
化学物質による水域汚染->水道の断水->熱中症
などが考えられます。
2011年の東日本大震災における原発事故も、地震->津波->全電源喪失->原子炉冷却停止->炉心損傷という経過をたどりました。このような自然災害起因の産業事故を特にNatech(natural-hazard triggered technological accidents)と呼ぶようです(たぶんネイテックと発音する)。
産総研安全科学研究部門:新興リスクとしての“Natech”:自然災害と産業事故の間のギャップを埋める
以下のサイトをみると、昨年だけでもNatechと呼べる事故が多数起こっているということです。
2019年の自然災害に起因する産業事故「Natech」【週刊化学災害ニュースまとめ】
以下、見出しのみ抜粋
*2019/08/28 佐賀・大雨による冠水で鉄工所の油槽から石油類が流出
https://sanpo.aist-riss.jp/riscadnews/2019/12/p5515/
*2019/09/09 千葉・台風の影響でダム湖面の太陽光発電施設火災
*2019/09/09 千葉・台風で電気ケーブル工場の変圧器から分圧器が落下して絶縁油が漏洩
*2019/09/09 千葉・台風で製鉄所の足場が落下し塩酸タンク配管が破損して塩酸が漏洩
*2019/10/16 福島・台風による河川氾濫によりめっき工場からシアン化ナトリウムが流出
*2019/09/17 長野・台風により浸水しためっき工場からシアン化ナトリウムが流出
*2019/10/18 福島・台風による河川氾濫でめっき工場からシアン化ナトリウムが流出
*2019/10/21 福島・台風による浸水で溶剤リサイクル工場から有害物質入りのドラム缶などが流出
本記事では、あるリスクがほかのリスクを生み出すという意味での「マルチリスク」の観点から熱中症を考えていきます。
自然災害と熱中症
前回の記事でも紹介した環境省の熱中症環境保健マニュアルにも自然災害と熱中症というコラムがあります(p42)。
地震、暴風雨、台風等の大規模な自然災害は、いつ起こるのかわかりません。自然災害とそれに伴って発生する事故は、夏季には熱中症の危険性を高めることとなります。事故対応や災害救助等での野外作業に伴う熱中症、そして、避難場所、避難所、仮設住宅等での熱中症に対する備えが必要です。
https://www.wbgt.env.go.jp/heatillness_manual.php
災害時には車中避難として一時的に自動車内で生活する場合があります。密閉された車内で、直射日光により車内温度が短時間に上昇すると、熱中症の危険が高まります。車中避難の暑さ対策として、車を日陰や風通しの良い場所へ移動すること、断熱シートの設置、車の窓枠に防虫ネットや車用網戸を張って風通しを良くする等の工夫が必要です。
体育館や集会場等の避難所は、大勢の人間が放出する体熱で室温が上昇します。多数の人が同じ空間で生活し、プライバシー確保のための段ボール等の仕切りもあるため、風通しが悪く、熱がこもりがちです。また水道が使用できなくなり、飲料水が不足して水分摂取を控える傾向も見られ、脱水症ひいては熱中症の原因にもなります。水分補給にも注意を払いましょう。
災害時は仮設住宅の建設が急がれます。短期間で建てられるプレハブ住宅の居住空間は必ずしも良くありません。夏の直射日光によって断熱材なしの屋根、壁面は熱くなり、鉄骨の柱は焼けるように熱く、室内は蒸し風呂状態で冷房なしには過ごせません。家の中で熱中症になる危険性があります。換気窓等を備え、室内の通風に配慮し、涼しい風が通る空間が望まれます。日の射す窓際にはプランター等で朝顔やゴーヤを育て、緑のカーテンで日陰をつくることで、室内の温度を下げることができます。
自宅を失った人に対して仮設住宅でゴーヤを育てろというのはなかなか厳しいとは思いますが、ともかく避難所や車中泊、仮設住宅などでの熱中症対策なども考えておく必要がある、ということですね。
エアコンの故障と熱中症
エアコンが故障したことによる熱中症の死亡例が相次いでいます。
TBSニュース:東京北区 エアコン23度設定も熱中症で80代女性死亡、故障か
https://news.yahoo.co.jp/articles/2f557815bc0f6da3439654d3624025544c0528bf(リンク切れ)
東京北区で80代の女性がエアコンを23度の設定で稼働させていたものの、熱中症で亡くなっていたことが分かりました。エアコンが故障していたとみられています。
https://news.yahoo.co.jp/articles/2f557815bc0f6da3439654d3624025544c0528bf
では、エアコンはどのくらいで故障するものなのでしょうか?少し調べてみました。
資源エネルギー庁:エアコンディショナーの現状について
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/sho_energy/air_denki/pdf/002_04_00.pdf
2018年の平均使用年数は14.1年、2013年(10.1年)と比べて経年的に伸びている傾向があり、長寿命化しているのかもしれません。
また、買い替えの理由としては約7割が「故障」でした。ただ、故障してからでは命にかかわる事態になるので、経年劣化して故障する前に買い替える、ということが重要ですね。
10年を経過すると、故障とまではいかなくても、電気代が上がったり、冷却能力が落ちたりします。10年の使用で消費電力が1.5倍になるとのデータもあるようです。
故障した際も修理のための部品が生産終了していたりしますので買い替えになりますが、夏場は取り付け業者が忙しくてなかなかすぐに取り付けられません。ということで、10年たったら故障する前に買い替えするのが熱中症のリスクを下げるポイントになるでしょう。
さらに、上記資源エネルギー庁の資料によると、エアコンの省エネ性能(APFという数字で示され、高いほど省エネ性能が高い)は年々改善してきているので、電気代も安くなり使用エネルギーも少なくできます。
(実はわが家でもちょうど14年たったリビングのエアコンを故障する前に今年更新しました)
停電と熱中症
以下の東京得電力の資料によると、日本は諸外国と比べて停電頻度が低く、さらに経年的に停電頻度が減少傾向にあるようです。
東京電力:停電回数の国際比較
東京電力:1軒あたりの停電回数
ただし、最近でも災害による大規模停電の事例が相次いでいます。記憶に新しいのが2019年9月千葉県に上陸した台風15号による千葉県93万件におよぶ大規模停電です。この停電により熱中症で死亡した例もありました。
朝日新聞デジタル:千葉停電、熱中症の死者3人目「電源車が来ていれば…」
千葉県は13日、同県君津市の特別養護老人ホーム「夢の郷」(定員80人)の入所者の女性(82)が12日朝、搬送先の病院で死亡したと発表した。熱中症などの疑いで治療中だった。台風15号による停電で、この特養では9日早朝から冷房が使えなくなっていた。台風の通過後、県が把握した熱中症とみられる症状の死者は3人目。
https://www.asahi.com/articles/ASM9F6R9XM9FUDCB01W.html
以下の記事にあるように、さまざまな困難により復旧には長い時間がかかりました。
電気新聞デジタル:台風15号被害――オール電力で挑んだ停電復旧の軌跡
また、2018年にも、7月の西日本豪雨災害により中国・四国地方で約7.5万戸が停電、9月の台風21号により近畿地方などで約240万戸が停電、9月の北海道胆振東部地震により北海道ほぼ全域(約295万戸)で大規模停電(ブラックアウト)しています。
地震はいつ発生するかわかりませんが、台風はいつ頃近づくかが事前にわかるので、2019年の台風15号以降は停電対策に力を入れるようになりました。同じく2019年の台風19号の際には、ウェザーニュースがどこでどのくらい停電が発生しやすいかの停電リスク予測を事前に発表するようになりました。これは、過去の台風の際にウェザーニュース会員から得られた停電報告と気象観測機の風速データの相関関係を分析した結果を元に予測を計算するものということです。
台風19号の停電リスク東京都心を含む広範囲で注意
停電したら皆がツイッターなどで「どこどこ停電なう」などつぶやいたりするとすごい量のデータが得られそうです。
ところで、停電がある程度事前に予想できたとして、いざ停電したときの熱中症対策はどうすればよいのでしょうか。ざくっと調べると、水分をとる、シャワーや濡れタオルなどで体を濡らして風を当てる、冷却スプレーや保冷剤で体を冷やす、などが出てきました。また、ハンディ扇風機は停電時でも動くので活躍しそうです。
まとめ:熱中症のマルチリスク
熱中症は高齢者による自宅での発生が多いため、エアコンの故障や停電は熱中症のリスクを上げる致命的な要因となります。市民レベルでできることとして、エアコンは10年以上経過したら故障する前に交換し、台風の予報をみてから事前に停電時の準備をしておくことがポイントでしょう。
エアコンの故障や停電は安全工学などの工学的リスクが扱う分野であり、自然災害を扱う分野とも熱中症を扱う分野とも大分異なります。分野間の融合も重要になると考えられます。
「化学物質による水域汚染->水道の断水->熱中症」のことも書こうと思っていましたが、思いのほか長くなってしまったのでまた次回に書きます。
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