要約
梨泰院で多数の死者が出た後も渋谷ハロウィンに多数の人出があったり、だんじり祭りや牛追い祭りなどの死者が出るような国内外の危険な祭りが継続されたりする理由についてまとめました。国内外の危険な祭り、祭りのコロナ感染リスク、祭りのリスクの許容レベルについてそれぞれ整理します。
本文:祭りのリスク
2022年10月29日の韓国ソウルの梨泰院で起こった159人が死亡する雑踏事故は大変衝撃的なものでした。当時はハロウィンのイベントで10万人以上が訪れていたようです。狭い路地に人々が密集して身動きが取れない中、腹部や胸部を強く圧迫されたことで多くの人が亡くなったと考えられています。
この大惨事の直後の10月31日、渋谷においてコロナ前に匹敵する多数の人出がありました。これは直前の事故が記憶に新しい中で、非常に不思議とも言えることでしょう。普通なら利用可能性ヒューリスティック(詳細は過去記事参照、リンクは最後の補足にあります)の影響が大きい状況では、リスク回避に動くことが予想されるからです。
YAHOOニュース:渋谷のハロウィン前日までの人出、コロナ禍前より増加か 渋谷区長は「野次馬的に来るのはやめて」と訴え
梨泰院の事故は「雑踏リスク」というくくり方と「祭りのリスク」というくくり方があると思いますが、ここでは「祭りのリスク」とくくることにします。ハロウィンも元は古代アイルランドに住んでいたケルト人によるお祭り行事が起源とされています。
こういった「祭りのリスク」に関してはなんだかみなさん「ゆるく」ないですか?というのがここでの疑問です。例えば保育所の送迎バスで子どもが亡くなると一斉に全国の送迎バスに安全装置が設置されたりするのとは対照的です(詳細は過去記事参照、リンクは最後の補足にあります)。
そして、祭りのリスクと言えばすぐに思いつくのが「だんじり祭り」です。毎年のように死亡事故が起こるだんじり祭りですが、2022年も不幸なことに死亡事故が発生してしまいました。
朝日新聞デジタル:だんじりの下敷きで引き手の男性1人死亡、3人けが 大阪・富田林市
驚くべきことに、このだんじり祭りは死亡事故発生以降も、事故のあった町以外では予定通り開催するとのことでした。このような事故が起こった場合、行事は中止されるのが普通であり、続行されるというのは通常考えられません。
そこで本記事では「祭りのリスク」について整理していきます。国内外の危険な祭りについて見ていくとともに、祭りのコロナ感染リスクについてまとめ、最後になぜ祭りのリスクに対して「ゆるく」なるのかについて考えてみます。
国内外の危険な祭り
国内
まずは国内外の危険な祭りについて見ていくことにします。
日本ではまず「だんじり祭り」が挙げられます。今までにどれくらいの人が亡くなっているかは正確にはわかりませんでしたが、以下のサイトによると1988年以降で30人が死亡しているようです。
同じサイトでだんじり以外の祭りの死亡事故事例がまとめられています。数えてみると1989年以降で39人が死亡しています。
ここで目立つのは長野県の御柱祭です。これは6年に1度しか行われていないのにほぼ毎回のように74年、86年、92年、2010年、2016年に死者が出ています。今年(2022年)行われた際にも重傷者が出ました。だんじり祭りも御柱祭もこれだけ事故が続いても中止の声が大きくならないのが本当に不思議です。
YAHOOニュース:御柱祭で落下事故 「階段落とし」中、跳ね上がった柱後部から参道に落下 48歳男性が頭蓋骨骨折、くも膜下出血の重傷 御柱は長さ約12メートル
他にも祭りの大事故・大事件はいくつかあります。
まずは2001年兵庫県で発生した第32回明石市民夏まつり花火大会において11名が死亡した事故です。これは梨泰院の事故と同様の雑踏事故で、この花火大会はその後開催されていません。このあたりはだんじりや御柱祭とは違います。11人のうち9人が子どもだったことなどが関係しているかもしれません。兵庫県警はこの事故を踏まえて「雑踏警備の手引き」という非常に良いマニュアルを作成しています(リンクは最後の補足にあります)。
次に、2013年京都府で発生した福知山ドッコイセ祭り花火大会における露店の爆発事故です。この事故では発電機に給油するガソリンが爆発して3人が死亡、59人が重軽傷を負うなどの大事故となりました。花火大会はその後開催されていません。さらに、同じ京都府の宇治市で開催されていた花火大会もこの事故を受けて廃止となりました。
さらに、記憶に残る事件としては1998年和歌山県で発生したヒ素カレー事件があります。これは、和歌山市園部地区の自治会が開いた夏祭りでヒ素の混入したカレーがふるまわれ、4人が死亡、63人が負傷した事件です。この影響として、各地の夏祭りで食事の提供が自粛され、亡くなった男児が通っていた小学校ではその後給食でカレーが提供されなくなったとのことです。
海外
海外にもなぜこんな危険なことをやっているのか理解に苦しむような祭りがあります。
まずはスペイン各地で開催される牛追い祭りです。今年も3人が亡くなったとのことで、ニュースの写真を見ただけでも信じられない蛮行と感じます。また、2015年には10人が死亡しているようです。「牛は人を殺すこともできる動物だ。(牛追いでは)このことを常に忘れず、どうすべきか考えながら走らなきゃいけない」とのコメントが掲載されていますが、いやいや「そうじゃない」感が満載ですね。
AFP BB News:牛追い祭りで3人死亡 スペイン東部
AFP BB News:危険増すスペインの牛追い、今季の死者10人に 過去最多に並ぶ
また、2010年にはカンボジアの「水祭り」で375人が死亡という大惨事がありました。島にかかる橋に多数の人々が押し寄せて積み重なるように倒れたということで、これも雑踏事故になりますね。そして翌年以降も普通に開催されているようです。
ちょっと変わった祭りとしてはイギリスの「チーズ転がし祭り」があります。少なくとも600年以上続いている由緒あるお祭りなのです。参加者は転がる円形のチーズを追いかけて斜面を下るのですが、多くの人が転倒して負傷します。斜面の下の方ですでに救急車が待ち構えており、負傷者はすぐに病院に運ばれるというシステム(?)になっています。死者が出たという記録は見つかりませんでした。一応コロナ禍の2020、2021年は中止になり、2022年に再開されました。
祭りにおけるコロナ感染リスク
コロナ禍で中止になっていた祭りが2022年になって再開される例が増えてきています。と同時に祭りによるコロナ感染リスクについても懸念が広がるようになりました。
特に8月に開催された徳島県の阿波おどりでは、参加者数の約4分の1にあたる819人の感染が確認されたとのニュースがありました。これに対して徳島市長は「開催は英断だった」、「街全体が笑顔と熱気に包まれるお盆が戻ってきた」とのコメントを出しています。これも祭りのリスクへの「ゆるい」対応の事例となりますね。
徳島新聞:阿波踊り開催「英断」 徳島市長、感染拡大には触れず
祭りのように大勢の人が集まること(マスギャザリング)におけるコロナのリスク評価や管理対策もいろいろと示されています。WHOはマスギャザリングのWEBサイトを作っていますし、日本では産総研が中心となって大規模イベントのリスク評価を行っています。
WHO: Coronavirus disease (COVID-19): Mass gatherings
MARCO: Mass gathering event の解決志向リスク学
産総研:新型コロナウイルス感染リスク計測評価研究ラボ
大阪大学の村上特任教授らの研究では、日本とスペインの屋外音楽フェスにおける感染リスクとその対策効果を評価しました(リンクは最後の補足にあります)。参加者の感染確率は日本の野外音楽フェスで0.6%、スペインの野外音楽フェスで1.25%という数字が出ており、これと比較すると阿波おどりの感染確率24%は高すぎるように見えます。
さらにこの感染リスクをモデルで表現することで、どの対策がどの程度効果があるのかを評価できます。参加者の抗原検査、1mの距離、マスク、発話制限、消毒、手洗い、ワクチン接種のすべての対策を実施することで94%のリスク低減効果があるとの計算結果が示されました。
今後大規模な祭りの主催者は、事故やコロナ感染も含めてこのような事前のリスク評価と管理対策の効果の評価を行い、「このような対策を行うことでこれくらいリスク低減できます」ということを説明して受け入れてもらう、というプロセスが必要になってくるのではないかと思います。
祭りは許容できないリスクレベルが高い?
安全とは「許容できないリスクがないこと」です(詳細は過去記事参照、リンクは最後の補足にあります)。許容できないリスクレベルは一定の線引きが存在するものではなく、リスクの性質や時代、国、文化などによって変化しうるものなのです。つまり安全は科学のみで決めることができません。
そのような前提で祭りのリスクを考えると、文化が祭りのリスクを許容している、と解釈することができそうです。また、以下のような条件が許容できないリスクレベルを引き上げていると考えられます:
1.歴史が古く、その祭りが文化として地元に広く根付いている
2.(見物客ではなく)自発的な参加者がリスクを負う
3.子どもがリスクを負うことがない
例えばだんじり祭りでは見物客や未成年が亡くなることもあるので2と3の条件が弱くなります。それでも許容できないリスクレベルが高いとすると1の条件がよっぽど強いのだろうと思われます。
チーズ転がし祭りや牛追い祭りなどは1、2、3のすべての条件が強いのでしょう。
花火大会は1の条件には当てはまりそうですが、見物客や子どもが犠牲になっているので2と3の条件は弱く、許容できないリスクレベルは低くなるでしょう。
このような感じで祭りの特徴を整理していくと、許容できないリスクレベルの考察が可能になってきます。
ただし、ハロウィンについてはなかなか解釈が難しいように思います。1について少なくとも日本では歴史が浅く、2について単なる見物客も事故に巻き込まれる恐れがあり、3について子どもも犠牲になるかもしれません。リスクを許容する要因が何か別にあるのでしょうか?
また、当然ながら世の中の情勢が変化すればそれに合わせて許容できないリスクレベルも変化します。世の中全体のリスクが低下していけば、相対的に祭りのリスクの低減も求めらていきます。人権リスクなど、以前はたいした問題にならなかったことが現在では一発アウトになったりすることはよくあります。
歴史や伝統などはなかなか変化しませんが、今後もゆっくりと時代に合わせて安全性を求めていく方向に進んでいくのでしょう。
まとめ:祭りのリスク
だんじり祭りや牛追い祭りなど、死者が出るような国内外の危険な祭りがなぜ継続されているのかについてまとめました。安全とは許容できないリスクレベルがないことですが、伝統文化が祭りの高いリスクを許容していると考えられます。コロナ感染も含めて事前のリスク評価と管理対策の効果の評価が必要になってくると考えられます。
補足
利用可能性ヒューリスティックの解説記事:
送迎バス置き去りによる死亡事故の解説記事:
兵庫県警:雑踏警備の手引きマニュアル
リスク心理学者である木下冨雄さんが協力して集団心理などもよくまとまっています。
日本とスペインの野外音楽フェスの感染リスク評価の論文: Murakami et al (2022) Development of a COVID-19 risk assessment model for participants at outdoor music festivals: evaluation of the validity and control measure effectiveness based on two actual events in Japan and Spain. PeerJ 10:e13846
「安全=許容できないリスクがないこと」の解説記事:
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