要約
国連の世界幸福度報告(World Happiness Report)の2020年度版について紹介します。ニュースなどでは単なるランキングモノとして扱われますが、幸福度と健康・環境リスクとの関係や、流行りのSDGsとの関係も示されており、さまざまなトレードオフ関係を幸福度という一つの統一指標で表現できる可能性を見せてくれます。
本文:国連の世界幸福度報告は単なるランキング以上の優れモノ
健康とは肉体的・精神的・社会的に全てが満たされた状態というWHOの定義に従うと、健康は幸福と同様の概念になります。つまり、「健康」リスクを考える際にも肉体的なリスクだけではなく精神的・社会的なリスクも含めて考える必要があります。
前回の記事では、OECDが2014年に公表した「How was life? Global Well-being since 1820(幸福の世界経済史)」というレポートを紹介しました。GDPだけでは計り知れない世界のリスクトレンドの変遷がこれ一つでわかるという優れモノでした。
本記事では、OECDの幸福度と似ているようで異なる国連の世界幸福度報告(World Happiness Report)の2020年度版について紹介します。これは毎年ランキング形式で公開されているもので、よくニュースでも取り上げられます。
しかし、ニュースでは表面上のランキングがなぞられるだけですが、これは単なるランキングものではありません。一言でいうとこれはとてつもない報告書です(前回OECDのレポートはとんでもなくスゴいレポートでした。。)。環境リスクや他のさまざま要因が幸福度という一つの指標でつながっていく様が見事です。
以下、World Happiness Reportの紹介、環境と幸福度の関係、SDGs(持続可能な発展)と幸福度の関係の順で書いていきます。
World Happiness Reportとは何か?
生活満足度(「はしご」と表現されています)を例のごとく0~10の11段階で調査して、国ごとにランキングを作成しています。前回の記事でも示した各地域から代表させた9つの国のランクと生活満足度を以下に示します。
この生活満足度に加えて、以下6つの要素がその生活満足度にどう関係しているのかを解析することがメインパートとなっています:
・一人あたりのGDP
・社会的支援 (困った時に助けてくれる身近な存在(家族、友人)がいるか・いないかの回答の平均値)
・平均健康寿命
・人生における選択の自由度 (人生の選択の自由に満足か・不満かの回答の平均値)
・個々人の寛容度 (過去1か月の間に慈善団体に寄付したか?という質問の平均値を一人あたりGDPに回帰させた残差)
・社会の腐敗の認識 (「汚職は政府全体に蔓延しているか」と「汚職は企業内に蔓延しているか」という2つの質問に対する回答の平均値)
リスクに関する項目は健康寿命があります。OECDの幸福度では平均寿命が使われましたが、こちらは健康寿命(介護や支援を必要とせずに自立して生活できる期間)です。OECDが測定する幸福度に比べると、客観的指標がGDPと健康寿命だけと少なくなっています。ただ、これら6つの要素は全て生活満足度と有意な関係があります。回帰分析の結果を用いて生活満足度に対する各要因の寄与率を求めています。
幸福度ランキングの1位はフィンランドで、生活満足度の平均が7.81でした。日本は生活満足度の平均が5.87で、156か国中62位です。日本はGDP(25位)や健康寿命(2位)などの客観的指標はレベルが高いのですが、自由度(73位)や寛容度(129位)、社会の腐敗認識(114位)が低いことが特徴です。ニュースではこの部分だけが取り上げられることが多いようです。例えば、以下(6つの指標を総合して評価したものではないので説明も間違ってますね)。
また、生活満足度の標準偏差で示される幸福の不平等は、西ヨーロッパ・北アメリカ・オセアニア・南アジアで低く、ラテンアメリカ・サハラ以南アフリカ・中東・北アフリカで高いという結果でした。このように、平均値だけではなくばらつきにも注目する必要があります。個人ごとの生活満足度の20と80パーセンタイルの比(これも不平等の指標になる)は収入だけではなく社会的支援や自由度・寛容度とも相関があるようです。
他にも、ヨーロッパ限定ですが、差別、病気、失業、低所得、別居・離婚・配偶者の死亡などの人生のリスクが生活満足度に与える影響も調べています。それぞれが負の影響を持ち、特に病気は1ポイント近く生活満足度を下げることがわかりました。肉体的な健康はやはり重要なポイントとなっていますね。
他にも国ではなく都市ごとの分析や都会と田舎の違いなども分析されていますがあまり興味がないので省略します。
環境と幸福度の関係
このレポートで面白いのは環境と幸福度の関係を調べていることです。環境リスクと幸福度に接点が生まれるわけです。この関係が築かれるとなにがスゴイかというと、幸福度にはこれまで示してきたように収入などの経済状況が大きく関係してくるので、経済と環境のトレードオフ関係を幸福度を指標として示せるようになるのです。
大気汚染ではPM10やPM2.5(10μm以下、もしくは2.5μm以下の粒子状物質濃度)が生活満足度に有意な負の影響を与えていました(社会経済的な交絡要因は調整されている)。OECDの幸福度指標でもPMは採用されていますが、このようなエビデンスがあるわけです。気候条件では気温が負の影響を与えています。イメージ通りですが、温暖な気候は幸福に有利になるようです。また、一人あたり森林面積などの土地利用は有意な影響なしでした。別の研究によると、森林などの単独の要因よりも多様な土地利用のバランス具合が好まれるようです。
他にも興味深い解析が示されています。ロンドンに絞ったものですが、スマホアプリを用いて、位置情報とその瞬間の短期的な幸福度(0-100のスケールで記録される)を繰り返し報告してもらう調査(全部で450万件の回答がある!)の結果から、環境と幸福度の関係を調べています。
屋外の水辺や緑地にいることは大幅に幸福度を高めます。テムズ川の近くはさらに効果が高いようです(ロンドンの人にとっては特に大事?)。晴れと25℃以上の気温はプラスの影響で、逆に雨と強風はマイナスの影響になります。
さらに、ハイキング、ウォーキング、スポーツ、ガーデニング、自然観察などの野外活動は大きなプラスの影響がありました。
一方で、NOxやPMなどの大気汚染度は短期的な幸福度には影響しませんでした。
環境やリスクの金銭価値化はこれまでいろいろと研究されてきましたが、実際の政策決定に活かされることはあまりありません。お金を稼ぐのも環境を守るのも最終的には人間の幸福のためと考えれば、幸福度を統合指標にすえるのが本来の道筋なのかもしれません。
SDGsと幸福度の関係
最後に最近流行りの「SDGs」と幸福度との関係を見てみましょう。SGDsの説明は外務省のパンフレットから引用します。
SDGsとは
SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)は、「誰一人取り残さない(leave no one behind)」持続可能でよりよい社会の実現を目指す世界共通の目標です。2015年の国連サミットにおいて全ての加盟国が合意した「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の中で掲げられました。2030年を達成年限とし、17のゴールと169のターゲットから構成されています。SDGsの特徴
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/pdf/SDGs_pamphlet.pdf
17のゴールは、①貧困や飢餓、教育など未だに解決を見ない社会面の開発アジェンダ、②エネルギーや資源の有効活用、働き方の改善、不平等の解消などすべての国が持続可能な形で経済成長を目指す経済アジェンダ、そして③地球環境や気候変動など地球規模で取り組むべき環境アジェンダといった世界が直面する課題を網羅的に示しています。SDGsは、これら社会、経済、環境の3側面から捉えることのできる17のゴールを、統合的に解決しながら持続可能なよりよい未来を築くことを目標としています。
17の目標(貧困、飢餓、保健、教育など)というのがよく見る17のアイコンで示されるやつですが、これってどう見てもそのまま幸福度の指標になりそうなものばかりなのです。つまり、SDGsの目標に向かって進めばおのずと幸福になるはずです。
実際に、SDGの進捗度を示す総合的なSDGインデックス(0-100)は幸福度(0-10)と高い相関(相関係数0.79)がありました(SDGインデックスがどのようなものかは詳細わかりませんでした)。日本は実は幸福度に比べてSDGインデックスは結構高い(78くらい)です。アメリカよりだいぶ高いですし、イギリスと同じくらいです。トップはやはり北欧の国々です。
ただし、17もある目標のうち、幸福度への貢献度はそれぞれ違うはずです。それがわかると、17の目標のうちどれに優先的に取り組むべきかがわかるかもしれません。
最も幸福度との相関が高かった(相関係数0.8)のは目標9(産業と技術革新の基盤をつくろう)でした。他にも基本的には幸福度との相関があるのですが、目標14(海の豊かさを守ろう)、目標15(陸の豊かさも守ろう)、目標17(パートナーシップで目標を達成しよう)は関係が低く、さらに目標12(つくる責任、つかう責任)と目標13(気候変動に具体的な対策を)は負の相関がありました。
この負の相関がある2つの目標についてもう少し詳しく見ると、目標12の指標は廃棄物の量にかなり関係しており、廃棄物の量の多い国ほど発展しているので幸福度が高いという相関関係が得られたと考えられます。目標13も同様で、たくさんCO2を排出する国は発展しているので幸福度が高いです。廃棄物やCO2の排出は便利な生活に付随するものなので、「短期的な」幸福度とはトレードオフ関係になるのかもしれません。将来にわたる影響と現在の幸福度をいかにつなげていくかが課題となるでしょう。
まとめ:国連の世界幸福度報告は単なるランキング以上の優れモノ
OECDの幸福度と似ているようで異なる国連の世界幸福度報告(World Happiness Report)の2020年度版について紹介しました。これは毎年ランキング形式で公開されているもので、よくニュースでも取り上げられますが、これは単なるランキングモノではありません。幸福度と健康・環境リスクとの関係や、流行りのSDGsとの関係も示されており、さまざまなトレードオフ関係を幸福度という一つの統一指標で表現できる可能性を見せてくれました。
4回にわたって書いてきた幸福とリスクにかかわるマクロ統計データ系の話はそろそろおしまいにして、今後は幸福にかかわるリスクコミュニケーションや心理学系の話をもう少し書いてみたいと思います。
補足
幸福度ランキングで必ず上位に来る北欧諸国ですが、本レポートでもなぜ北欧の人々は幸福なのかが考察されています。気候条件も悪く、自殺率も高く、土地も狭く、メシも激マズなのに人々は幸福であるというのは大きなパラドックスです(日本と逆?)。とりあえず私は絶対に住みたくない場所です。政治の質が高いから、というのが本レポートで出されている答えです。
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