プレバンキングの実践ガイドはリスクコミュニケーションの実践にも有用

prebunking リスクコミュニケーション

要約

プレバンキング(心理的予防接種、デマに遭遇する前に心理的な耐性を築く手法)の実践ガイドである「A Practical Guide to Prebunking Misinformation」を紹介します。リスクコミュニケーションへの応用を念頭に置いてHow toを紹介します。

本文:プレバンキング実践ガイド

Jon Rozenbeek, Sander van der Linden(著)、加納安彦(訳) (2025) 現代誤情報学入門を紹介するシリーズ記事の第4回です。

Amazon.co.jp: 現代誤情報学入門 : ジョン・ルーゼンビーク, サンダー・ヴァン・ダー・リンダン: 本
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第1回の記事では、なぜデマを信じ、拡散するのか?について整理し、第2回ではさまざまなデマ対策について整理し、第3回ではデバンキング(ファクトチェックによるデマの修正)の効果的な手法をまとめた「Debunking Handbook 2020」を紹介しました。

なぜニセ情報(デマ)にダマされるのか?なぜデマを拡散してしまうのか?
なぜニセ情報(デマ)を信じ、なぜデマを拡散するのか?について、最新の研究成果がまとめられている「現代誤情報学入門」という書籍の内容を元に整理しました。なぜデマを信じるのか?となぜデマを拡散するのか?はそれぞれ別の要因が働いていることが示されています。
デマ対策の最前線をまとめます
前回の記事に引き続き、「現代誤情報学入門」を元にデマ対策について整理します。まずはデマ対策の分類について整理し、次に各種デマ対策についてまとめます。最後に本書の著者らが作成したプレバンキングのためのショート動画などの成果について紹介します。
デマ情報に対抗するための「Debunking Handbook 2020」の内容を紹介します
「Debunking Handbook 2020」の内容を紹介します。誤情報は害をもたらす可能性があり、そして誤情報はしつこい性質があるため、プレバンキングによって予防し、拡散した後は頻繁にかつ適切にデバンキングを行うことが重要です。実際の例を示しながらデバンキング情報の4つの構成要素について解説します。

今回の第4回では、プレバンキング(心理的予防接種、デマに遭遇する前に心理的な耐性を築く手法)の実践ガイドである「A Practical Guide to Prebunking Misinformation」を紹介します。2025年に公表された新しいものです。

A Practical Guide to Prebunking Misinformation - Inoculation Science
Prebunking is a technique gaining prominence as a means to build preemptive resilience to misinformation. This guide was developed for pract...

プレバンキングについて簡単におさらいしておきましょう。デマの背後にある情報操作の手法や物語(ナラティブ)を論理的に説明し、反論の手段を提供します。また、実際の操作手法を理解するための、具体的かつ無害な(弱毒化した)デマの事例を提示します。

大きな特徴として、個別の事実の正誤を正すのではなく、人々がいかに操作され、ダマされるかという「手口」や「物語の枠組み」に注目する点にあります。これにより、特定のトピックに限らず、幅広い分野の誤情報に対して広範な耐性を身につけることが可能になります。

具体的には、オンラインゲームや短い動画を通じて、感情操作や個人攻撃といった一般的な操作手法を疑似体験することで、批判的な評価能力を高める取り組みが行われています。この効果を検証した論文を本ブログの過去記事で紹介しています。

ニセ情報(デマ・フェイクニュース)対策の心理学:どんな対策が有効か?
ニセ情報(デマ・フェイクニュース)対策の心理学についての最近の研究成果を3つ(誤情報の拡散対策の効果、誤情報を拡散する心理と報酬、心理的予防接種の効果)紹介して、どんなニセ情報対策が有効か?をまとめます。

実践ガイドの話に戻りますが、この実践ガイドは単なるプレバンキングの紹介にとどまらず、「リスクコミュニケーションの実践ガイド」と言ってもよいくらいの内容になっていると思います。

本記事では、この実践ガイドのリスクコミュニケーションへの応用を念頭に置き、前半部分(Part1のプレバンキングの紹介)は省略し、後半部分(Part2のHow To編)を紹介します。

プレバンキングの実践

早速プレバンキングの実践方法についてまとめます。実践ガイドの「2.2 Getting started」では以下の6つのステップが示されています:
ステップ1:対象となるデマの選択
ステップ2:受け手の選択
ステップ3:目標の設定
ステップ4:アプローチの選択(手法vs問題)
ステップ5:フォーマットの選択
ステップ6:介入のデザイン

ステップ1では、プレバンキングの対象となるデマのトピックを決定します。そのトピックについて専門知識を持っている必要があります。トピックが決まったら、それについて現在広がっているもしくは今後広がりそうなナラティブや情報操作の手法について調査します。

ステップ2では、誰にメッセージを届けるのかを決定します。受け手がその情報に対してどのような状況にあるか(すでに関心があるのか等)を理解し、デマへの信念がどの程度定着しているかを調べます。

ステップ3では、プレバンキングによって達成したい具体的な成果を明確にします。成果は主に以下の3つのカテゴリーに分類されます:
・知識・スキル:デマの識別能力や、正確な知識の習得
・態度:自身の知識や情報源の信頼性に対する認識の変化
・行動:デマの拡散を減らすなど、情報の消費・反応の仕方の変化

ステップ4では、目的に応じて手法ベースか問題ベースかのアプローチを選択します。手法ベースは、多くの誤情報に共通する情報操作の手法を標的にします。幅広いトピックに適用できるため拡張性に優れています。問題ベースは、特定のトピックに関するナラティブを標的にします。事実に基づいた反論や詳細な説明が必要な場合に適しています。

ステップ5では、メッセージを届けるための最適な媒体を決定します。プレバンキングの受け手が普段利用するプラットフォームはどこか、予算や制作能力(動画やゲームを作れるか)などを考慮します。ゲームのような能動的な形式は効果が長持ちしますが、受け手の時間と集中力を必要とする一方で、動画などの受動的な形式は、制作期間が短く大規模な拡散に向いています。

ステップ6では、効果的なプレバンキングに不可欠な3つの要素を組み込みます:
・情報操作の可能性を伝え、受け手の防衛機能を起動
・情報操作の手法やナラティブがどのように人をダマそうとしているのかを論理的に説明
・無害で弱毒化されたデマの具体例を提示

これらのステップはプレバンキングをリスクコミュニケーションに置き換えた場合でも同様に有効ではないかと考えられます。

プレバンキングの効果の測定

プレバンキングにおいてもリスクコミュニケーションにおいても、実施後に効果を測定して、その結果に基づいて改善を繰り返すというサイクルが重要です。この実践ガイドにおいても「2.3 Measuring success」において、効果の測定について以下の3つのステップが記載されています:
ステップ1:主要な指標の決定
ステップ2:データの収集
ステップ3:データの分析

ステップ1では、実践のステップ3で設定した目標に結びつく測定指標を選びます。例えば知識・スキルの場合、デマの手法やナラティブを特定する能力、真偽を見極める能力などになります。態度の場合、情報源の信頼性に対する認識や情報の閲覧による感情(怒りや不安など)の変化、陰謀論への傾倒度などになります。行動の場合、デマ情報の閲覧数、拡散行動などになります。

ステップ2では、主に以下の3つの方法によってデータを収集します:
・プレバンキングの受け手に対する知識やスキルのテスト
・プレバンキングの前後における態度や意図の変化のアンケート調査
・SNSなどのプラットフォーム上で、ユーザーによるデマ拡散行動のデータを取得

知識やスキルのテストでは、提示された例の中にどの操作手口が含まれているかをクイズ形式で答えさせたりします。情報源の信頼性のテストでは、信頼性を「全く信頼できない」から「非常に信頼できる」までの数段階で評価させる方法などがあります。

SNSのデータの取得については難しい場合が多いですが、その場合でも「その情報を共有したいと思うか」といった行動意図を申告させて代理の指標とすることができます。

ステップ3では、プレバンキングの前後における比較や、ランダム化比較試験の手法があります。前後の比較によって変化を確認できるものの、プレバンキング以外の要因(交絡要因)が影響している可能性もあります。ランダム化比較試験は、プレバンキングを行うグループと行わないグループ(対照群)をランダムに分けて群間で比較します。前後の比較よりも信頼性の高い手法ですが、その分労力がかかります。

プレバンキングの注意点

最後に、プレバンキングの注意点として、「2.1 When and who should do it」、「2.4 Creative considerations」「2.5 Watchouts」からまとめていきましょう。これらも、プレバンキングというよりもリスクコミュニケーション一般において非常に重要な注意点であると思います。

・実施すべきタイミングと条件
情報操作の手法やナラティブが事前に予測可能かどうかを確認する必要があります。例えば、ワクチンの副作用をあおるなどの手法は繰り返されるパターンがあり、予測可能な例となります。また、デマの定着がまだ弱く、そのトピックに関して分断が進む前だと効果が期待できます。逆にデマを信じこんでいる人や、極端に分断されている場合には逆効果になる場合もあります。

・実施主体に求められる要件
情報をプレバンキングする組織や個人には、必要かつ十分な専門知識、受け手からの信頼と好意、実施と改善を繰り返すキャパシティが必要とされます。これらが足りない場合には、他の組織や個人と連携を検討すべきです。

・適切なトーンの選択
メッセージの内容や受け手との関係性に基づき、シリアス、ユーモア、フォーマル、カジュアル、教育的といった適切なトーンを選択します。興味を持たせるためにユーモアが使われることがありますが、テーマによっては不適切にもなりかねません。物語形式を用いることでよりわかりやすくなる場合があります。

・透明性と次のステップの提供
情報源を明確にし、信頼できることを示します。また、受け手が次に何をすべきか(詳細を学ぶ場所や、情報を拡散する方法など)を案内します。

・クリエイティブ・テストの実施
オンラインで大規模に実施する前に、ターゲットとなる層に動画やゲームを見てもらい、どのように反応するかを確認することが推奨されます。

・プレバンキングは有効な手法の一つである
プレバンキングによって全てデマ問題を解決できるわけではありません。複数の対策を組み合わせることでより大きな効果が期待できます。

・聴衆を見下さない
真実の情報を伝えようとするあまり、上から目線で受け手を見下したりするような態度は避けるべきです。謙虚さを持ちって、相手を非難せず、裁こうとしない態度を維持することが求められます。また、見下すことによるメッセージの過度な単純化も避けるべきです。詳細な情報源へのリンクを提示し、深く知りたい視聴者がさらに学べるようにします。

・誤解される可能性への備え
どれほどわかりやすく伝えようと努力しても、受け手が誤解する可能性は常にあります。誤解が生じた場合に備え、実施の目的や背景についてより詳しい文脈を説明するページへのリンクをあらかじめ用意しておくなどの備えが必要です。

まとめ:プレバンキング実践ガイド

プレバンキング(心理的予防接種、デマに遭遇する前に心理的な耐性を築く手法)の実践ガイドである「A Practical Guide to Prebunking Misinformation」を紹介しました。実践の6つのステップや効果の測定と分析、注意事項などはリスクコミュニケーションにも同様に通じるものがあり、一読の価値があります。

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