要約
SNS時代になり拡散しやすい情報は不安・恐怖から怒りに変化し、リスクコミュニケーションもその変化に対応する必要があります。インプレッション狙いでわざと怒りのエサをばらまく行為(レイジベイティング)や怒りの感情がデマ拡散に与える影響を調べた研究成果について解説します。
本文:人生を怒りに搾取されるな!
リスクコミュニケーション(リスコミ)では「不安」の感情を対象とすることが多いです。あるリスクについて、そのリスクを管理する側とそのリスクを不安に思っている市民によるリスコミの場面などが想像しやすいですね。
ところが、SNS時代になってリスコミの主戦場がSNSになり、その様相が変わってきたのではないでしょうか。SNSでも危険をあおるような情報はよく拡散しています。ただし、その拡散の原動力は不安な感情というよりは怒りの感情であることが多いように見えます。
例えば
「○○にこんな影響があるなんて怖いです!」
という書き込みよりも
「ひどすぎる!○○のようなキケンなものを野放しにしている△△政権や□□省は許せない!」
という書き込みのほうがたくさん「いいね」が付いてよく拡散しそうに思えませんか?
SNS(特にX、旧ツイッター)を見ているとこのような怒りの感情を刺激する書き込みであふれていて、怒りに支配されそうになります。そして、それをうまく利用してインプレッション(いいねやシェア、リプライなど他のユーザーからの反応)を稼ぐユーザー、つまり他人の怒りを搾取している人も増えています。
SNSにあふれるニセ情報(デマ・フェイクニュース)対策を考える際には、このような変化への対応が重要になるでしょう。これは本ブログの過去記事でも同様のことを書いています。

SNS時代になり、情報の拡散の仕方も大きく変わってきました。システム1(理性)vsシステム2(感情)的な対立も重要ではありますが、恐怖や不安よりも怒りの感情(「○○はひどい!、ゆるせない!」など)が以前に増して重要になってきたと思います。不安になりたい人はあまりいませんが、正義の鉄槌で誰かを叩きたい人は非常に多いのです。
上記の記者の行動原則「3.正義感あふれるアクションに共鳴する」というのがこれに関係します。フェイクニュースが拡散するのは善意がベースにあります。社会のためになると思った、注意喚起になると思った、という理由でフェイクニュースを拡散していることも書かれています
(中略)
SNS時代になり拡散しやすい情報は不安・恐怖から怒りに変化し、その変化への対応を考えるべきだと感じました。
このようなSNS時代におけるニセ情報対策についても、以下の記事のように本ブログではかなり重点的に整理してきています。

デバンキング(誤情報が出回ってから、それに対するファクトチェックを行って削除したり反論をしたりすること)は早く、網羅的に、複数の手法を組み合わせることが効果的です。SNSプラットフォームはエンゲージメント量ではなく正しい情報共有に報酬を出すようなシステムに変えるべきです。プレバンキング(誤情報が出回る前に情報の受け手側の事前訓練を行うこと)はデバンキングよりも効果が高いのではと期待されています。最後のはリスク教育みたいな分野と相性が良さそうですね。
本記事では、怒りの感情がニセ情報の拡散にどのような影響を与えるのかについて整理しました。まず、インプレッション狙いでわざと怒りのエサをばらまく行為(レイジベイティング)について解説し、次に怒りの感情が情報の拡散に与える影響を調べた研究成果について紹介します。最後に、怒りに人生を搾取されないための処方箋も考えてみましょう。
レイジベイティングとは何か?
まずはレイジベイティングについて解説します。SNSは怒りを誘う書き込みにあふれています。それは、怒りの感情がインプレッションを増やすことを体験的に知っているからでしょう。
以前なら、インプレッションが増えることで、フォロワーが増え、いいねや書き込みのシェアも増えて、承認欲求が満たされることがモチベーションになっていたかもしれません。
しかし、最近ではXが収益化され、インプレッションが増えるほどにお金を稼げます。その結果、インプレゾンビ(注目されているポストに無意味な返信を連続して行い閲覧数を稼ぐ)なる現象も生まれ、とにかくインプレッションさえ稼げれば何してもよい、という人が群がるようになりました。
そこで出てきたのがレイジベイティングです。以下の記事でも紹介されているとおり、収益を得るためにわざと怒りを誘う書き込みを投稿してインプレッションを集めているのです。
BBC: SNSでの「炎上」で稼ぐ「レイジベイティング」、なぜもうかるのか

「多くのヘイト(憎悪)を受けている」。これは昨年、ソーシャルメディアへの投稿で15万ドル(約2300万円)を稼いだコンテンツクリエイター、ウィンタ・ゼス氏の言葉だ。
(中略)
ゼス氏は、オンラインクリエイターの中で増加している「レイジベイト(怒りを誘うえさ)」(いわゆる「炎上」コンテンツ)を作成するグループの一員だ。目標はシンプルで、他のユーザーを本能的に怒らせるような動画やミーム、投稿を作成することだ。そして、その結果として得られる数千件、あるいは数百万件の共有や「いいね」を享受する。
多くの人がそういった収益化の構造を知ってか知らずか、投稿を拡散させたりリプライなどで反論を重ねたりして相手にインプレッションを稼がせているのです。まさに人生を怒りに搾取されていますね。以下の記事では対処法も書かれています。
怒りの搾取にあうのもそろそろ辞めにしませんか?というレイジベイティングにかかわる話

過激な投稿に対し、自分のフォロワーに「こんな酷い意見があった!」と拡散するのは最悪です。その投稿のインプレッションをさらに増やす結果となります。
そして、「レイジベイティング」は真面目は人ほどハマります。そしてインプレッション=お金を相手に提供して、真面目な人は心を疲弊させていきます。怒りは疲れます。
これからは、怒りを煽るコンテンツに無意識に反応するのではなく、怒りの根本にある本質=怒りの搾取としてのビジネスモデルを見抜き、冷静に対処できる人が増えるといいなぁと思います。
Xでいえば、リポストや引用ポストは相手のインプレッションを増やすだけなので最もやってはいけない反応です。反論をコミュニティノートで付けると相手のポストは表示されにくくなるので、インプレッションが下がります。淡々とコミュニティノートを付け続けるのが最適解なのです。
怒りの感情が情報の拡散に与える影響
SNS時代に拡散しやすい情報は怒りである、ということは研究からも裏付けされています。
「誤情報は怒りを利用してオンラインで拡散する」と題する論文が2024年11月に科学誌「Science」に公表されました。
McLoughlin et al (2024) Misinformation exploits outrage to spread online. Science, 386, 6725, 991-996
この研究では、ツイッター(Xに変わる前)とFacebookを対象として、信頼できるサイトと偽情報を流すサイト(それぞれドメインで区別)のリンクが貼ってある書き込みを収集し、その反応を計測しました。Facebookでは怒りマークの反応の数をカウントし、ツイッターではリプライなどの書き込みのテキストから感情分析(Digital outrage classifierと呼ばれるもの)を行って怒りの反応度を計測しました。
この結果わかったことは以下の3点です:
(1)誤った情報源は信頼できる情報源よりも大きな怒りを呼び起こす
リンク先のサイトの信頼性が低いほど、怒りの反応やリプライがたくさん付くことがわかりました。
(2)怒りの感情は情報の拡散を促進する
リンクの共有数とそのリンクによる怒りの反応を解析したところ、リンク先の信頼性があるかどうかに関係なく、怒りの反応と共有数に相関関係がありました。
(3)ユーザーは怒りを喚起する誤情報のリンク先を読まずに見出しだけで共有する傾向が強い
怒りの反応が大きいリンクは、リンク先を読まずに(クリックしていない?)共有する頻度が高いことがわかりました。つまり、リンク先の情報が正確かどうかは判別せずに拡散させやすいことになります。
このような研究により、やはりSNSでは怒りの感情をコントロールすることが重要になることがわかります。逆にいえば怒りを誘うことでインプレッションを稼げるわけです。レイジベイティングはこのような傾向をうまく利用していますので、ユーザー側もこの「仕掛け」を見抜いて、相手にインプレッションを稼がせないことが求められます。
怒りに人生を搾取されないための処方箋
このように、SNSには怒りを誘う仕掛けがたくさん仕掛けられています。怒りに人生を搾取されないようにするにはどうしたらよいのでしょうか?
まずはレイジベイティングのようなSNSの「仕掛け」に気付くことが重要です。反応すれば相手の思うつぼです。インプレッションを稼がせてしまうと相手の書き込みはより多くの人に拡散され、相手はフォロワーが増えてSNSでの影響力をさらに強めてしまいます。
できる限り相手にインプレッションを与えないようにしなければなりません。Xであれば、上記のようにリプライ・リポスト・引用ポストを避けて、淡々とコミュニティノートを付け続けるのが最適です。
ところがこれを徹底することは特にSNSで影響力の強い人ほど難しいのです。デマに反論する側も報酬ベースのモチベーションが原動力になっています。リプライや引用リポストでデマを流す側と対決していたほうがみんなに注目されて、いいねがたくさん付いてフォロワーも増えます。
一方で、リプライ・リポスト・引用ポストを避けて、淡々とコミュニティノートを付けても、誰にも気付かれずにインプレッションを稼げないので、モチベーションが上がりません。こういう目に見えない活動にこそ報酬がないと、デマ対応などやっていられないのですね。
さらに、個人ができる活動としては難しいのですが、以下の記事で紹介されているように法的措置はやはり強力なデマ抑止力を持つようです。
Yahooニュース:嵐の大野智さんへの悪質デマ問題に学ぶ、炎上で稼ぐ「レイジベイティング」に対抗する唯一の選択肢

嵐の大野智さんに対する虚偽のデマを投稿、拡散した人物やサイトに対して、STARTO ENTERTAINMENT(以下、STARTO社)が発信者開示請求などの法的措置を進め、一部インターネットサイトを閉鎖するなどの成果を上げたと発表したことが大きな注目を集めています。
(中略)
興味深いのは、実はこの騒動の後、滝沢ガレソ氏が炎上ネタを取り上げる方針を変更したことによって、日本での炎上発生件数が減少したという分析結果が出ている点です。
このほかにも、除草剤ラウンドアップに関するデマに対して日産化学が法的措置を進めたり、ワクチンのデマを広めているとして衆議院議員の原口一博氏を明治製菓ファルマが名誉棄損で提訴するなど、デマに対して法的措置をとる例が増えてきています。
こういったネット上でのデマに対抗できる法的措置がもっと一般的に、もっと簡単にできるようになるとよいですね。
まとめ:人生を怒りに搾取されるな!
SNSでは怒りの感情をあおり、かつデマを含む書き込みが多くなっており、怒りの感情がデマ拡散の原動力となっています。デマに対する反論などを書き込むことでを相手のインプレッションを増やしてしまい、余計にデマ拡散に貢献してしまいます。このように怒りに搾取されないためにはレイジベイティングなどの仕掛けを知って、適切な対応をとることが必要です。
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