要約
消防士の職業曝露に発がん性があることが確認されています。そこで消防士の発がんリスクの大きさを評価しました。消防士の殉職のリスクや発がんリスクを比較し、PFASに由来する発がんリスクも別途比較してみました。
本文:消防士の発がんリスク
最近のニュースになりますが、2024年10月にカナダは消防士のがん予防と治療に1229万ドル(カナダドルなので13億円くらい?)を投資する、というものがありました。消防士はがんで死亡するリスクが高いようです。さらには消防士を保護するためのPFASの規制についても触れられていますね。
Health Canada invests $12.29 million in prevention and treatment of
cancer for firefighters
2022年に国際がん研究機関(IARC)は、消防士としての職業曝露を発がん性のグループ1に分類しました。以下に日本語の解説がありますが、消防活動ではアスベストや多環芳香族化合物、粒子状物質、PFASなどさまざまな物質に曝露されます。
JOSHRC:消防士としての職業曝露の発がん性
消防士は、火災による燃焼生成物(例えば多環芳香族炭化水素[PSHs]や粒子状物質など)、建材(例えばアスベストなど)、消火用発泡体に含まれる化学物質(例えばパーフルオロ・ポリフルオロ物質[PFAS]など)、難燃剤、ディーゼルエンジン排ガス、その他のハザード(例えば夜間勤務労働や紫外線、その他の放射線など)に曝露する可能性がある。
特に最近ではPFASに注目が集まっており、本ブログでも多数記事を書いています(トップページの上部にまとめ記事があります)。以下の記事では消防士が着用する防護服に懸念が示されています。PFASは耐熱性に優れているため防護服の素材として使われています。
TABI LABO:消防士が着用する防護服。「がんにつながる」と警告
水や油をはじき湿気や熱にも強い。そんなPFAS(いわゆるフッ素系化合物)の特性を防護服の素材に活かしているわけだが、いっぽうで、PFASは自然環境のなかで分解されず破壊するのがほぼ不可能。人体や環境に与える悪影響が近年問題視され、「永遠の化学物質」と呼ばれている。
こうしたリスクを考慮しての、今回の防護服の「必要なときにのみ着用」という呼びかけ。加えて、移動中もPFASを含む防護服を専用ケースやバッグに密閉し、触れた後は手を洗うようにとのお達しも。
イースト・キャロライナ大学、毒性学のJamie DeWitt教授の弁をNBC Newsが報じている。いわく、「まだPFASがどれくらい皮膚表面を貫通するか分からないが、消防士たちが健康リスクに侵される可能性は十分にある」とのこと。
ただ、さすがにこの記事はどうかと思います。防護服の素材として使われるPFAS由来の曝露量がそれほど多いとはとても思えません。消防活動でPFASに曝露するとすれば泡消火剤の使用に由来するだろうと思われます。
ということで本記事では、消防士の発がんリスクを比較してみます。消防士の殉職のリスクや発がんリスクを比較し、PFASに由来する発がんリスクも別途比較してみましょう。
消防士の殉職リスク
さて、まず消防士といえばそもそもがキケンな職業というイメージです。消火活動の際に火災に巻き込まれる、高所での救助活動時に転落する、などで殉職するリスクが高そうです。
本ブログの過去記事でも農業はキケンな職業かどうかを調べるために消防士の殉職リスクと比較を行いました。
消防白書に掲載されている数字から、平成25~30年の消防職員の公務による死亡は合計40人で、年平均6.7人です。消防職員は約16万人なので、10万人あたりの年間死者数では4.2人となります。
令和以降の死者数を消防白書から調べると、消防職員の公務による死者数は
令和元年:8人
令和2年:6人
令和3年:2人
令和4年:2人
となり、この10年で58人、年平均5.8人でした。消防職員は約16万人なので、10万人あたりの年間死者数では3.6人となります。
これをリスクのものさしとともに表示すると以下のようになります。比較対象となる5つの死因の死亡率はブログ上部にリンクされているRiskToolsで表示されるものと同じです。
要因 | 10万人あたり 年間死者数 |
がん | 306.6 |
自殺 | 16.4 |
消防士の殉職 | 3.6 |
交通事故 | 3.0 |
火事 | 0.7 |
落雷 | 0.0017 |
消防士の発がんリスク
次に、消防士の発がんリスクについて、カナダの消防士の健康に関するページを見てみましょう。消防士は普通の人よりもがんと診断される確率が9%高く、がんで死亡する確率は14%高い、と書かれています。
さらに、カナダの「消防活動に関連するがんに関する国家枠組み」と題する文章はより詳しい解説が書かれています。
IARCは、消防士と中皮腫やぼうこうがんの発生率増加を関連付ける十分な証拠があると結論付けました。さらにIARCは、消防士の間で他のいくつかのがんのリスクが上昇していることの限定的な証拠を特定しました。そのがんには、結腸がん(発生リスクが19%高い)、前立腺がん (発生リスクが21%高い)、精巣がん (発生リスクが37%高い)、皮膚の黒色腫 (発生リスクが36%高い)、および非ホジキンリンパ腫 (発生リスクが12%高い) があります。
(Google翻訳による)
また、がんの死亡率が14%増加するという根拠となった論文は以下です。中皮腫の発生率が上がっており、建物に含まれるアスベストが火災によって周囲に飛散し、消火活動にあたった消防士が曝露した影響と考えられます。
Daniels RD, Kubale TL, Yiin JH, et alMortality and cancer incidence in a pooled cohort of US firefighters from San Francisco, Chicago and Philadelphia (1950-2009)Occupational and Environmental Medicine 2014;71:388-397
この結果を用いて死亡リスクを計算してみましょう。まず、2022年におけるがんによる死亡リスクは「人口10万人あたり年間死者数として316.1人」です。これも上記で紹介したRiskToolsを使うと表示できます。
非常に簡単に計算するために、この316.1人の14%である44人増加分と考えます。本来は消防士の年齢構成などを考えなければいけませんが、その情報がないのでざっくりと計算します。これで消防士の発がんリスクは「人口10万人あたり年間死者数として44人」と計算され、これをものさしとともに表示すると以下のようになります。
要因 | 10万人あたり 年間死者数 |
がん | 306.6 |
消防士のがん追加分 | 44 |
自殺 | 16.4 |
消防士の殉職 | 3.6 |
交通事故 | 3.0 |
火事 | 0.7 |
落雷 | 0.0017 |
消防士の発がんリスクはPFASが原因?
消防士の発がんリスクは結構高いものであると計算されました。この発がんの原因は冒頭で紹介したようなPFASを原因とするものでしょうか?最後にこれを検証してみましょう。
一般人と比べて消防士のPFAS曝露量はどれくらい高いのでしょうか?まず一般人のほうから見ていきましょう。
以下の環境省による調査「○化学物質の人へのばく露量モニタリング調査(パイロット調査):2018年度(平成30年度)~2023年度(令和5年度)」を見ると、血漿中PFOS・PFOA濃度の推移がわかります。2008~2010年に比べると2023年ではずいぶんと減っていることがわかります。使用をやめればこのように普通に減ってくるのですね。決して「永遠の化学物質」などではありません。
環境省:化学物質の人へのばく露量モニタリング調査
消防士のPFOS・PFOA血中濃度は以下の論文にまとまっています(Table 4)。普通の消防士に比べると泡消火剤(AFFF)の使用歴のある消防士は曝露量が高くなっています(特にPFOS)。
Mazumder et al (2023) Firefighters’ exposure to per-and polyfluoroalkyl substances (PFAS) as an occupational hazard: A review. Frontiers in Materials, 10, 1143411
(この論文は単に数字を拾ってくるだけならよいのですが、書いてあることをまともに受け取らないほうがよいでしょう。あれもキケンこれもキケンのオンパレードなので。)
これらの数字をまとめると以下の表のようになります。通常の消防士は一般人とそれほど曝露量が変わりません。つまり、防護服由来の曝露はほとんど気にする必要はなさそうです。ただし、泡消火剤を使うと一桁ほどPFOSの曝露量が上がるようです(PFOAはあまり変わらない)。
PFOS血中濃度 ng/ml | PFOA血中濃度 ng/ml | |
日本の一般人 2023年 | 3.9 (0.39~19) | 2.1 (ND~6.5) |
日本の一般人 2008-2010年 | 14 (1.3~280) | 5.6 (0.66~46) |
消防士 | 4.1~8.6 | 1.2~2.2 |
泡消火剤の使用歴のある消防士 | 74 | 4.6 |
泡消火剤を使用した消防士のPFOS曝露が一般の人の10倍と仮定して発がんリスクを計算してみましょう。PFOAは一般人と変わらないためPFOSのみを計算します。計算方法は本ブログの過去記事に書いているので興味があれば覗いてみてください。
一般人のPFOSの発がんリスクは人口10万人あたり年間死者数0.032人ですので、曝露量が10倍とすると単純計算で人口10万人あたり年間死者数0.32人となります。この数字を追加してものさしとともに示すと以下のようになります。
要因 | 10万人あたり 年間死者数 |
がん | 306.6 |
消防士のがん追加分 | 44 |
自殺 | 16.4 |
消防士の殉職 | 3.6 |
交通事故 | 3.0 |
火事 | 0.7 |
消防士のPFAS由来がん追加分 | 0.32 |
落雷 | 0.0017 |
PFASによる発がんリスクよりも殉職のリスクのほうが高く、さらにアスベストなど他の要因による発がんリスクのほうがもっと高くなります。防護服のPFASのリスクを心配するよりもPFASの耐熱性によるベネフィット(火炎からの防御により殉職を防ぐ)のほうがはるかに重要です。
まとめ:消防士の発がんリスク
消防士の職業曝露に発がん性があることが確認されています。そこで消防士の発がんリスクを比較してみたところ、消防士の発がんリスクはかなり高いものであることがわかりました。ただし、PFASに由来する発がんリスクは比較的低く、消防士の殉職リスクよりもさらに低いことが示されました。
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